九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-11

 

 

 

 

 

 

 地平線から蝗のように押し寄せる骸骨の群れ。その名は竜牙兵。それを迎え撃つのは、剣や槍を手にしたホムンクルスとゴーレム。

 この戦場において、彼らは兵である。

 彼らのざわめきを聞きながら、ノインは動悸を抑えて走っていた。彼の横には、キャスターのゴーレムに騎乗したランサーがいる。

 馬と並走しながら、ノインは辺りを見ていた。

 ここはミレニア城塞前の草原。

 “赤”と“黒”の全面対決。その只中にノインはいた。

 

 兵団と兵団との大規模な戦いなど、当然のことだがノインは見たことがない。

 自分に力を貸してくれている英霊は、このような光景を見たことがあったのだろうか。

 そのときの記憶を受け継いでいたなら、押し寄せる敵兵とサーヴァントを怖いと思うこともなかったのかもしれない。

 

 だが、所詮は無い物ねだりだ。

 

 この大地は今は戦場だ。躊躇えば死ぬ。そして躊躇いがなくとも、死ぬときは死ぬ。呆気なく何の意味も無く。

 

 アーチャーとしてのノインの感覚が、莫大な魔力を感知したのはそのときだ。

 見上げれば天から降り落ちる無数の光輝く矢。恐らくはあちらのアーチャーの宝具かと、当たりをつける。

 

「バーサーカー、撃ち落とすぞ」

「ゥウウ!」

 

 唸り声を上げて肯定するバーサーカーは、巨大な戦槌を掲げ、先端に取り付けられた球体から雷を迸らせた。

 ノインも腰から投石器を外し、石を装填。

 

「――――――」

 

 仮の真名を呟き、石を空中で分裂する魔弾へと変える。

 空から雨のように落ちてくる矢を、ノインは正面から見た。目を逸らさない。

 宝具は怖い。無論、死ぬことも。怖くて堪らないが、それでも耐えた。

 バーサーカーが猛りながら大地に戦槌を叩き付け、ノインは下から上へ石を投げ上げた。

 空へ昇る竜のように立ち上る雷撃と、空中に舞った石は分裂して炎の球となり、天からの災厄を迎え撃つ。

 爆音が連続的に空で響いて、辺りを束の間明るく染めた。

 けれど、災厄の大半は叩き落とせても、すべてを凌ぎ切るのはやはり不可能だった。

 “黒”のランサーとバーサーカー、ノインの立つ位置はまだ無事だが、撃ち漏らした矢に襲われた大地は穴だらけになり、ゴーレムと竜牙兵の残骸、ホムンクルスの亡骸が転がることになる。

 宝具による矢を防いだと判断したバーサーカーは、雄叫びを上げて走り去った。敵を求めて彼女は戦場を駆け抜けて行くのだろう。

 馬上の王は冷静に言った。

 

「―――――なるほど、これが敵の露払いということか」

 

 ノインが見上げれば、空に漂う空中庭園からは、凄まじい勢いで空中を走る戦車が一台飛び出していた。

 “赤”のアーチャーによる先制攻撃の後、間髪入れずに“赤”のライダーが出撃したのだ。

 “黒”のアーチャーによれば、彼はアキレウス。ギリシャ神話に名を轟かす、神速の英雄で、アーチャーの愛弟子でもある。

 アーチャーが明かしたところによれば、彼は神性の持ち主でなければ、踵を除いて体に傷をつけることすらできないという破格さだ。

 

 彼の相手は“黒”の陣営で唯一神性スキルを持つのアーチャーが行う。

 “黒”のバーサーカーは遊撃、ライダーはヒポグリフにより空中庭園へと向かい、キャスターはゴーレムによる支援と、時期を見計らっての“赤”のバーサーカーの解放を担当する。

 マスターである魔術師たちは城の中で戦場を見守っている。

 そして大将である“黒”のランサーは、馬を駆って先陣を切っていた。

 ノインは彼の補助、或いは盾だ。

 つまり大将首を狙って来るだろう“赤”のサーヴァントたちを前線で迎え撃つのだ。

 それが、“黒”のランサーの戦の差配だった。

 大将が前線に出るという事態だが、“黒”の陣営はセイバーとアサシンを欠いている。対して相手はバーサーカーこそ失ったものの、その他のサーヴァントは健在である。

 陣営中最強のランサーが後方にいては、勝てる目算が立たないが故の判断だった。

 

「―――――来たか」

 

 ランサーが呟き、既に敵影を捉えていたノインは無言で頷く。

 戦場を突っ切って向かって来る気配が二つ。

 いずれもサーヴァントだ。

 

「ノイン・テーター。貴様は“赤”のアーチャーを迎え撃て。ランサーは余が叩く」

「了解しました」

 

 ノインも武装である槍を召喚する。

 己の身の丈ほどある無銘の槍を構える彼を、ランサーは馬上から冷然と見下ろした。

 

「今更、貴様やライダーが反省しているかなどという些事は問わぬ。存分に働き、蛮族どもを殺せ。躊躇いなく、殺し尽くすのだ」

 

 苛烈な命令に少年は頷いた。

 敵は既にはっきりと見える位置にまで近付いていた。翠の衣装を纏い大弓を持つ少女と黄金の鎧を付け、長槍を携えた青年である。

 少女―――――“赤”のアーチャーが馬上のランサー目掛けて放つ矢を、ノインは槍で叩き落とした。

 誘うつもりか、一瞬足を止めたアーチャーは“赤”のランサーから離れて行く。

 

「行け。貴様を避けて余の杭を展開するつもりはない」

 

 ランサー同士、アーチャー同士で戦えという命だった。

 ノインは身を低くすると、放たれた矢のように飛び出した。一直線に“赤”のアーチャーへ突き進む。

 アーチャーは焦る様子もなく一度に三本の矢を放つ。

 心臓と両足を狙った矢を、ノインは二本を叩き落とし、一本はぎりぎりで躱した。革鎧が抉られるが傷はない。

 だが、その隙にアーチャーは更に距離を開け、機関銃のような勢いで次々と急所目掛けた矢を撃ち込んできた。

 距離を詰めたいノインを、近寄らせず射殺すべくアーチャーは疾駆している。

 脚の速さは数値で言えば恐らく互角だと感じる。だが、アーチャーの動きは、まるで人から逸脱したような無軌道さで先が読めなかった。

 獅子の耳と尾を持つ、獣じみた挙動の女の射手。

 人の形を取っていても馬の尾があるケイローンと、もしかして同郷だろうかとそんなことを思う。

 背後では爆音と大地の振動。それに炎の熱気を感じ取る。“赤”のランサーなのだろうが、振り返る余裕はない。

 矢を切り落とし、前へ進もうとした所で、悪寒を感じてノインが宙へ飛ぶと、たった今踏み締めていた大地から杭が生える。

 “黒”のランサーの宝具、『極刑王(カズィクル・ベイ)』の余波だった。

 かつて、ヴラド・ツェペシュはオスマントルコの兵士を串刺しにし、敵兵を恐怖によって撤退させた。

 その逸話は、彼の『領土』の空間に無限とも言える大量の杭を顕現させる形で、宝具として昇華されている。

 そしてトゥリファス一帯は既にランサーのスキル『護国の鬼将』によって彼の領土と化している。

 

 故にこの戦場のあらゆる場所において、ランサーは杭を生み出し続けることができるのだ。

 

 杭の余波はアーチャーにも襲い掛かっていたが、彼女も同じく難なく躱し杭の陰から正確にノインを狙い撃つ。

 だが辺りが杭で埋められ、彼女の動きも先程よりは制限されていた。

 両足に強化のルーンを叩き込んで、ノインは更に加速。ようやくアーチャーに辿り着き、槍を振り下ろした。

 アーチャーは弓で一撃を受止める。

 乾いた音がして、大弓と槍越しにノインとアーチャーは互いを真正面から見た。

少年を見たアーチャーの顔が、僅かに顰められる。

 

「……そうか。汝か、神父の言った木偶の英霊とやらは」

 

 呟きの意味はノインには分からない。

 分からずとも関係はなかった。

 戦いになれば、ノインの思考は熱が無くなる。裡から来る衝動に全身を委ねて戦うのだ。

 怯える心が叫ぶ声は何処かに押しやられて、変わって戦うための力が彼を支配する。それが英霊と融合した少年が手に入れたものだった。

 精神が上書きされ、戦うための最適の思考になる。

 戦い続ける間は、自分が違う存在へと置き換えられている感覚を味わいながら、無言無表情でノインは槍を押し込む。

 舌打ちしたアーチャーは、片手に矢を召喚。それをノインの眼を狙って突き出す。

 彼女の一撃を首を捻って逸れたが、アーチャーに腹を蹴られてノインは十数メートルも吹き飛んだ。

 竜牙兵の群れに突っ込み、彼らを巻き込みながら吹き飛んだノインは四肢に力を込めて止まり、立ち上がって頬を拭った。

 剣や槍を構え、不格好に体をゆらしながら操り人形のような動きで襲い来る竜牙兵を纏めて槍でなぎ払い、アーチャーを探す。

 風切り音に無意識に反応、体を捻るが背中に板で叩かれたような衝撃が走って、ノインはふらついた。

 革鎧に刺さった矢を抜き取りながら振り向いて、ノインは投石器で石を投げた。

 魔力光を纏った礫は大地を穿ち、辺りを一時真昼のように明るく染め上げる。

 だが、ノインは構えを解かない。

 真の英霊が、あの程度で殺されるはずがないのだ。

 果たして、再び光の矢が空を割って降り注いできた。だが、矢の雨はノインだけではなくその後方にも降り注いだ。

 

「……?」

 

 何故そこを狙うのか、と少年は首を巡らせ、理由を理解した。

 

「圧政者よォオ!」

 

 大地を震わすような雄叫びを上げて、重機のような勢いで突っ込んでくる“赤”のバーサーカー。

 背に“赤”のアーチャーの矢を無数に突き立てた彼は、ノインと彼女がいる戦場を捉え、正に突っ込んで来ていた。

 ノインすら見えていないのか、バーサーカーは愚直に進んで来る。彼の進行方向にいるノインは、転がって彼の突進を避けた。

 その背中には針鼠の棘の様に矢が突き立てられている。だが、バーサーカーの背中の肉はあっと言う間に盛り上がり、矢を押し返した。

 その分、バーサーカーの体が膨れ上がり、益々声から理性が吹き飛んだ。

 

「……暴走、しているのか」

「バーサーカーとはそういうモノ。“赤”のランサーの邪魔はさせん。さて、ああなった狂戦士に敵の区別がつくか?」

 

 杭の山のどこからかアーチャーの声がする。

 バーサーカーは笑いながら手にした剣を振るい、大地を割る。その背中にまたも矢が突き立てられた。

 肉が泡沫のように盛り上がって矢が外れ、またもバーサーカーの姿形が変わる。更には空中庭園から砲撃までもが降り注ぎ、ノインは飛び退いた。避けるどころかバーサーカーはそれを受け入れるようにして光に呑まれ、雄叫びを上げるが彼は消え去らない。むしろ体が膨れていった。

 肉体がぼこぼこと音を立てて膨れ上がり、竜牙兵を圧し潰していく。バーサーカーの顔が肉の中に埋もれていき、余りのことにノインは唖然となった。

 バーサーカーが手にした剣を振るう。その余波でノインは再び吹き飛ばされた。

 狂戦士の変貌ぶりに、気を取られたその隙が致命的だった。

 アーチャーに蹴り飛ばされたときの倍以上の距離をノインは飛ばされ、竜牙兵の群れに叩きつけられる。

 

「ッ……!」

 

 骨の山と化した竜牙兵の中からもがいて立ち上がり、ノインは血を吐いた。

 遠目には”赤”のバーサーカーの姿が見える。膨れ上がり続ける彼は、それでもどこかへ行こうとしていた。

 炎と杭で辺りを破壊し続けている”黒”と”赤”のランサー同士の戦場にではない。どうやら”赤”のアーチャーは、バーサーカーをどこへか誘導するつもりらしい。そのために邪魔なノインをバーサーカーに排除させたのだ。

 肉でできていた小山のような姿となって進んでいくバーサーカーをノインは見た。

 あれが、話に聞いていたバーサーカーの宝具『疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)』なのだろう。

 牢屋で言葉を交わしていた時の面影など無くなり、あまりに悍ましくなったその外見が、ノインの心に何とも言えない思いを呼び起こした。

 

「……」

 

 自分で自分の頬を殴って、ノインはその想いを打ち消す。

 バーサーカーの宝具は確か、臨界点を超えれば爆発する広域破壊宝具。他のサーヴァントたちのように、霊体化して即座の離脱行動を取れないノインには、命取りになる宝具だ。

 或いは”赤”のアーチャーや、庭園から砲撃を振り注がせてきたサーヴァントは、それを狙っていたのかもしれない。

 いずれにしても戦場の方へ戻らなければ、とノインは再び走り出す。

 ふと空で魔術砲撃の放たれる轟音が轟いたのはそのときだ。

 見上げれば、夜空に巨大な魔術式が展開されている。そこから放たれたと思しき魔術の光をノインは注視する。

 見知った人影が一つ、石のように落ちていくのが見えた。

 

「まさか……ライダー?」

 

 ヒポグリフで空中庭園へと挑んだ彼が、撃墜されたとしか思えなかった。

 どちらへ向かうべきか、ノインの足が止まる。

 だが、それを許さぬとばかりに、またも庭園からの魔力砲撃がノイン目がけて襲い掛かって来た。

 それを避けるように、ノインは走り出す。誘導されていると知りつつ、彼は駆け回るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ。あれがマスターの言っていた出来損ないとやらか」

 

 戦場を俯瞰する空中庭園。そこに君臨するのは、”赤”のアサシン、女帝セミラミスである。

 庭園内に置かれた玉座に腰を下ろしたセミラミスの周りには、幾つもの魔術式が展開され戦場を映し出していた。

 ある術式には、単騎で戦場を駆けている金髪の少女、ルーラーが映し出され、また別の術式には森林内を駆ける白髪の少年、彼女のマスターであるシロウ・コトミネが映っていた。

 彼が相手をしているのは、”黒”のバーサーカー。狂乱する人造人間をシロウはぎりぎりで相手取っていた。

 自らの願いの是非を問う、という理由で戦場に飛び込んだシロウを、アサシンは見ていた。そのようなことのために、自分の命を敢えて危険に晒すことを通常ならアサシンは許さない。

 しかし、彼女はシロウの気概を聞き、彼を戦場に送り出した。

 だが、それも終いだ。アサシンの眼前ではルーラーがシロウへ向けて疾駆していた。

 

「マスター、ルーラーが迷わずお主に突き進んでいるぞ!急げ!」

『分かっています!』

 

 アサシンの指示を受けて、シロウが離脱を開始する。

 彼女はそれを見届け、また別の映像に眼を止めた。そこには、戦場を駆け回る別の黒髪の少年が映し出されていた。

 

「出来損ない。それも矮小な魔術師の木偶人形か……。目障りだな」

 

 彼女が指を振るえば、砲撃が降り注ぐ。それを、デミ・サーヴァントである少年は器用に避けていた。

 故にますます忌々しい。速さだけはあるな、とアサシンは玉座の肘置きを指で叩いていた。

 アサシンはマスターのシロウから、あれがどういう存在かを聞いていた。

 曰く、あれは人々の願いを背負わされて生まれたもの、だという。人間を超える人間を創り出すために行われた、魔術と科学を組み合わせた実験体。

 ある意味では、私の願いを別の形で昇華したものかもしれない、とシロウは述べていた。同時に、あれは決して己の願いとは違うものだとも。

 彼はどうやら、何か苛立ちにも似た感情をあのデミ・サーヴァントに向けているようだった。

 だからというわけではない―――――と少なくとも本人は思っている―――――が、アサシンはあのデミ・サーヴァントを排除しようとしていた。脱落させても聖杯に魔力を注ぐわけでもない欠陥品だが、だからこそうろつかれるのは面倒だった。

 

「そう言えば、彼奴を眼の敵にしていた剣士がおったな。……ぶつけてやるのも手だろうて」

 

 ”赤”のセイバー・モードレッドとそのマスターは、今、街から車を使って戦場へと一直線に向かっている。

 そちらへデミ・サーヴァントを誘導するべく、アサシンは砲撃をさらに降り注がせるのだった。

 

 

 




今更ながら、仮に今デミ少年とスパPが戦うとデミ少年に不利。
一撃で消し飛ばす火力がありませんし、霊体化して逃げることもできませんからして。顔見知りの変貌ぶりに驚きもしますし。

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