九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-12

 

 

 

 ヒポグリフに乗って空を駆け、空中庭園に挑んだまでは良かった。

 だが、相手の魔術砲撃は予想以上でライダーは、結局叩き落されてしまったのだ。宝具の性能を十全に発揮したのなら攻略できたかもしれないが、そのために消費される魔力供給用のホムンクルスたちのことを思い、つい魔力消費を控えてしまったが故の当然の結果だった。

 

「イタタ……。やっぱり強いな、あのお城。あんなの造るなんて何者なんだよ、”赤”のアサシンってのはさ」

 

 大地に叩きつけられ、それでも宝具のお陰か軽傷で済んだライダーは起き上がる。空には変わらず浮遊している、宮殿とも庭ともつかないものがあった。

 そこからはひっきり無しに戦場めがけて砲弾が放たれている。地面に着弾し、爆発する音がよく聞こえた。

 

「おーおー、派手にやってら。……アイツ、大丈夫かなぁ?」

 

 ライダーが思い描いたのは、ランサーと共に最前線に配置されたあの少年。

 白兵戦能力だけならライダーよりは上だが、どこかしら危うさが目立つ少年だ。考え出せば、宝具がまともに使えない所や多分本質的には怖がり屋な所やら何やら、それはもう色々とある。

 

――――――まあ一番心配なのは、アイツのマスターが簡単にアイツを捨て石にしそうなところなんだけど。

 

 そこまでは、ライダーにはどうにもできない。大体自分とて、マスターとの関係が上手くいっている方とは言えないのだから。

 

「あーもう、あんまり暗く考えるのは無し無し!アイツだって何やかんやでしぶといし!」

 

 多分大丈夫、とライダーは頭を掻きながら結論付けた。しかし、これから自分はどこへ戦いに向かおうか、とライダーは辺りを見回す。

 だがそこへ、わき目も振らずに突っ込んでくる現代の車が一台あった。

 

「嘘ォ!?」

 

 反射的に横に転がり、ライダーはその車を避ける。

 突っ込んできた車は回転しながら、急ブレーキ音と共に止まる。

 

「ええい、鬱陶しい!」

 

 車から飛び出してきたのは、二人の人間だった。車のドアを蹴り飛ばした金髪を束ね現代風の衣装に身を包んだ少女と、黒革のジャケットを着た大男。少女の方はともかく、男の方にライダーは見覚えがあった。

 ノインが”赤”のセイバーとの偵察戦に駆り出されたときの映像に映っていた死霊術師、”赤”のセイバーのマスターだ。

 

「……」

 

 ということは、この少女があのゴツいセイバーの鎧の中身だったのか、とライダーは少し驚いた。

 少女は地面に尻餅をついたままのライダーにようやく気付いたのか、近寄ると口を開いた。

 

「いよぅ、お前が”黒”のサーヴァント……ってことでいいんだよな?」

「あー、うん。如何にもボクは”黒”のライダーだ。そっちは”赤”のセイバーってことでいいんだよね」

 

 飄々と言いながら、ライダーは立ち上がる。

 またこれは自分では勝てそうにない奴が出て来たなぁ、と内心思う。

 だが、手には黄金の馬上槍を顕現させ、ライダーは“赤”のセイバーと向き合った。

 

「おい貴様、騎乗兵のくせに馬はどうした?」

「まぁ、ちょっと色々あってさ一休みさせてるとこだよ」

 

 庭園の攻撃を受けたときに、ヒポグリフは怪我をしている。だから完璧に事実なのだが、言った瞬間セイバーの眉が顰められた。その彼女に後ろのマスターから声がかかる。

 

「セイバー、俺は退散するぞ。後はお前さんに任せた」

「んだよマスター、残ってオレの勇姿を見ていかないのか?」

「ここがこんな場所じゃなきゃ残りたいもんだがね」

 

 マスターは辺りを見回した。そりゃそうだ、とライダーは思う。

 ただのサーヴァント同士のぶつかり合いの余波だけで、地面が揺れていて轟音も轟いている。ユグドミレニアのマスターたちとて、危険を避けて城に立て籠もっていた。

 

「しゃあねぇか。それじゃあな、マスター」

 

 気軽に返答して、セイバーは自分のマスターが些か形の歪んだ車に乗り込んで走り去るのを見送った。

 

「さて、そんじゃ待たせたな。“黒”のライダー!」

 

 セイバーは全身に白銀の鎧兜を纏うと手に大剣を召喚。切っ先をライダーに突き付けた。

 

「やれやれ、怖いなぁ、もう」

 

 ともあれ、これがサーヴァントの戦いなのだから仕方ないとライダーも槍を構える。

 だがその前に、セイバーはライダーに問うた。

 

「っと、そういや戦う前に聞いとくが、お前らのとこのサーヴァントのセイバー、自害したってのは本当か?何でだ?」

「本当だよ。……まぁ、傍から見たら内輪揉めで、彼からすると自分の信念を貫いたってヤツかな」

「それでくたばったってか?“黒”のセイバーはとんだ田舎騎士だな。おまけにそいつが消えてあの出来損ないのアーチャーがまだ生きてんのかよ」

 

 セイバーは剣を肩に担ぎながら嘲笑うように言う。彼女が何でもない事のように告げたその一言に、ライダーは顔を顰めた。

 

「……どっちも否定できないね。確かにセイバーは消えてしまったし、ノインは完全なサーヴァントじゃない。……それでもさ、あの二人は、キミみたいなチンピラのセイバーに馬鹿にされていい人間じゃないのさ」

 

 たった一つの生命を守るためにすべてを捨てた英雄と、自分だって恐いくせに気にするなと誰かに不器用に笑いかけるような少年。

 彼らを己の無鉄砲さに巻き込んだ自分にその資格はないかもしれない。それでも彼らを、彼らの死と生を馬鹿にされることにライダーは怒った。

 

「……よく吠えたな。雌犬が。その大言に見合う力があるのか見物だぜ」

 

―――――あー、これはヤバいなぁ。

 

 正直なところ、ライダーは自分が“赤”のセイバーに勝てるとは全く思えない。けれど逃してくれるとはもっと思えないし、逃げたくない。

 故にライダーは黄金の馬上槍を構えて、“赤”の剣士と相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 竜牙兵、ホムンクルス、ゴーレム。そしてサーヴァントとデミ・サーヴァントが入り乱れる戦場。

 そこを一人の少年が駆けていた。手にはサーヴァントの剣を持っているが、彼はサーヴァントではなくホムンクルスである。

 彼の名はジークと言った。

 同胞たちのために死地へ戻った彼は、今は撃墜されたライダーの元へと駆けていた。

 城へ戻ったジークは、マスターたちが戦場に集中している隙に同胞たちを解放することに成功した。だが、そのとき彼は天から落とされるサーヴァントを見かけてしまったのだ。

 それはヒポグリフで庭園に挑み、砲撃によって撃墜されたライダーだった。

 自分にとっての恩人である彼を見かけたジークは、城のホムンクルスたちを戦闘用の同胞に任せ、自分は一路ライダーの元へと駆けていた。

 彼の元に辿り着いても、ジークは自分に何かができるとは思っていない。

 ただ、恩人の危機に彼は居ても立っても居られなかったのだ。それは、人が見れば蛮勇と言われる行動だった。

 戦場では砲撃が大地を穿ち、竜牙兵が跋扈している。

 その只中を駆けながら、ジークはライダーの元を目指していた。

 手にしたライダーの剣と魔術を行使しながら、ジークは竜牙兵を避ける。鋳造された際に挿入された魔術を組み合わせれば、サーヴァントたちのように一蹴はできないまでも、何とか竜牙兵を凌いで進むこともできた。

 駆け続けたその先に、ジークはライダーを見つけた。彼の前に人影がいて、地面に倒れた彼に今しも剣を振り上げようとしている。

 それを見た瞬間、ジークは飛び出していた。

 

「待て!」

 

 全身に白銀の鎧を纏ったその何者かは、ジークの方を振り返る。手には重厚な騎士の大剣が握られており、その刃は地面に倒れたライダーの首元に突き付けられていた。

 ジークはライダーから与えられた剣を構える。覚束ないその構えを鎧の騎士、”赤”のセイバーは意外そうに見た。

 

「へぇ……。お前、ホムンクルスか」

 

 兜越しの視線が恐ろしかった。小柄な騎士から放たれる威圧感に、足が震える。それでもジークは、言葉を押し出した。

 

「ライダーから離れろ!」

「ば、バカかキミは!何してるんだ、早く逃げろ!」

 

 剣を向けられ、動けないライダーが叫ぶ。

 ジークがそちらに気を取られた一瞬で、”赤”のセイバーは突進していた。剣がギロチンの刃のように、ジークへ向けて振り上げられる。

 だが、直前でセイバーはどうしたことか後ろに飛び退く。

 ジークの横を何かが掠めるように飛び、乾いた音がした。

 見れば、セイバーの脇腹の部分の鎧が砕け、その足元には槍が突き刺さっていた。

 誰の物か確かめる間もなく、ジークは突き飛ばされる。気付けば短剣を持った少年が一人、彼に背を向けて立っていた。

 

「の、ノイ……」

 

 言いかけたジークの胸倉を引っ掴んで、振り向いたノインは彼を引き寄せる。そしてその額に頭突きを見舞った。

 鈍い音がして、ジークの眼の前に星が飛ぶ。燃えるような眼で、ノインはジークを正面から射抜いた。

 

「馬鹿かあんたは、何だってこんな―――――」

「ノイン、前!」

 

 ライダーの叫びにノインが反応。

 短剣を掲げて、ノインは再び突っ込んできたセイバーの騎士剣を受け止める。だが、押し込まれてノインの足が下がった。

 白銀の兜の奥、強く光る眼がノインを捉えていた。

 

「貴様、あのときの似非アーチャーか!」

「……だったら、何だと……言うんだ!」

 

 ルーンで出鱈目に引き出した渾身の力で、ノインはセイバーの剣を押し返す。火花が飛び散り、無茶な強化をした反動で腕に嫌な感触が走ったが、敢えて無視した。

 押し返され一歩下がったセイバーは、後ろも見ずに赤雷を纏わせた剣を振るう。後ろから馬上槍を手にして飛びかかろうとしていたライダーは、雷に打たれ全身を痙攣させながら地面に倒れた。

 一撃でライダーを沈黙させたセイバーは、剣を腰だめに構えた。

 

「ちょうどいい。貴様から殺してやる!出来損ないのアーチャー風情が!」

「……やれるのならやってみろ、”赤”のセイバー」

 

 セイバーの大剣と比べれば余りに小さく頼りなく見える短剣を持ち、ノインは答えた。

 初手の槍を躱されたことが痛かった。だがあそこでああしなければ、ジークが叩き斬られていたのだ。

 本来の得物である槍は今は地面に転がっているが、取りに行くにしてもセイバーが立ちふさがっている。投石器ではこうも距離を詰められては難しい。短剣一本で、何とか凌ぐしかなかった。

 さらに悪いことに、今まで散々庭園から砲撃で狙い撃ちにされ、防御に使ったルーンの石が尽きかけている。気力はまだあるが、それも万全とは言えなかった。

 自分をここまで引きずり回した何者かが、”赤”のセイバーに自分を始末させるつもりだというのなら、全く以てその策に嵌ってしまったと、ノインは自嘲したくなる。

 だが、やるしかなかった。

 

「ハッ……上等だ!」

 

 セイバーが吼える。

 魔力を放出し、弾丸のように突っ込んでくる剣士をノインは紙一重で避けた。大地を転がり、咄嗟に手が掴んだ石に氷のルーンを刻んで投げつける。

 

「そう同じ手を、何度も食らうかよ!」

 

 だがセイバーは、石を空中で薙ぎ払う。発動させる前に石は真っ二つに砕かれ、遥か彼方に飛ばされた。

 兜の奥で、セイバーが笑った気がした。振り下ろされる大剣の下、ノインは頷く。―――――狙い通りだった。

 

「Bis!」

 

 しゃがみ込んで地面を叩き、掌に仕込んでいた魔術を発動。土が盛り上がり、壁のようになってセイバーとノインの間に立ちふさがった。

 

「雑魚が!」

 

 だが、セイバーは意にも介さない。放出した魔力で一瞬も止まることなく前進して土壁を砕くと、突きを見舞った。

 咄嗟にノインは体を捻るが、躱し損ねて刃が脇腹を切り裂く。ついでとばかりに籠手で覆われた腕で腹を殴られ、ノインは地面に叩きつけられた。

 血を吐いて地面に倒れた少年を、セイバーは見下ろす。

 

「街中んときは、もう少し骨があるかと思ったんだが……。こんな平野で、オレの相手をしようとしたことが間違いだったな」

「……」

 

 確かに、遮蔽物のある街中ならいざ知らず、魔力放出スキルを持つセイバーと正面から平野で戦うなど、無茶も良いところだった。

 ”赤”のセイバーは強い。どうしようもなく、ただただ強かった。

 それでもまだ立ち上がろうともがくノインの手から、セイバーは短剣を蹴り飛ばす。

 

「あばよ、偽の英霊もどき」

 

 霞むノインの視界の中、両手で振り上げられた大剣に冷たい星の光が反射して、煌めいているのが見えた。

 血濡れて禍々しい剣のはずなのに、それをノインはやけに綺麗だと思う。

 

「―――イ―――ン!」

 

 だが誰かに名を呼ばれ、意識が引きずり上げられる。

 見上げると、こちらに向けて飛んでくる槍が見えた。予想外の方向からの槍に、一瞬だけ”赤”のセイバーの気が逸れる。

 その瞬間、正に獣のような動きでノインは跳んだ。セイバーの肩を足場にし、宙の槍を掴み取る。

 赤”のセイバーの背後に、ノインは飛び降りる。同時に再びルーンで急激に力を上昇させた。

 そのまま両手で持った槍を棍棒のように振るい、ノインはがら空きの”赤”のセイバーの背中を殴りつけた。

 鐘を叩いたような音と共に、セイバーが吹き飛ぶ。直後に強化が切れ、ノインは反動で力が抜けて膝を付いた。

 

「大丈夫か!?」

 

 ノインに駆け寄って来たのはジークだった。先ほど槍を投げてくれたのも、彼らしい。

 気遣うように肩に伸ばされた彼の手を払いのけ、ノインは槍に縋って立ち上がるとジークを真正面から見た。

 

「答えろ、ジーク。どうしてここにいる」

 

 爛々と燃え盛る血の色の眼にジークは押された。痩せた無表情な少年の全身から、炎のような怒りが噴き出していた。

 

「答えろ。何故だ。あんたは、一番ここにいてはいけないはずだ」

「俺……俺、は」

「仲間を助けようとしたのか?そうだとしたら尚更だ。どうしてここに来た。仲間たちが大事なら、彼らと共にいるべきだ」

 

 ジークが何か答えようとしたときだ。

 その瞬間、”赤”のセイバーを吹き飛ばした方角から、莫大な魔力が立ち上ったのだ。

 見れば土埃の向こうで、兜を脱いで素顔を露わにした碧眼の少女が、大剣を両手で構えていた。

 夜の闇の中で、眩い赤雷を放出し続ける大剣には、禍々しい程の魔力が束ねられている。

 宝具だ、とノインは直感する。間違いなく、”赤”のセイバーは宝具を解放しようとしていた。

 それも収束する魔力の量から察するに、ここら一帯を吹き飛ばしても余りある威力だ。ついに逆鱗に触れてしまったのか、少女の整った顔は憤怒に染まっていた。

 逃げなければならない、とノインは反射的に思った。あれは防げない。自分にもライダーにも、不可能だと悟る。

 

 だがどう逃げればいいかと、考える暇もなかった。

 ずしん、と大地が震える。戦場を照らしていた月の光が翳り、ノインとジークは揃ってそちらを振り仰いだ。

 最初に眼に入ったのは小山のように膨れ上がった異形の姿である。恐竜に似た三つの頭と鞭のような八本の腕が蠢き、昆虫のような大量の足がその巨体を支えていた。

 

「……バーサーカー」

 

 呆然とその変わりようにノインは呟く。

 異形になり果てた狂戦士と、憤怒に燃えた恐るべき剣士。

 咄嗟に動けない少年たちの眼の前で、巨人は足を振り上げる。その踏み込みに大地がぐらりと、不穏に揺れたのだった。 

 

 

 





デミ少年が怒ったが、同時に“赤”のセイバーも怒らせた話。共に口より先に手が出るタイプ。

あと敵の止めはしっかり刺すべき。

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