九番目の少年   作:はたけのなすび

15 / 64
感想下さった方、ありがとうございました。

では。





act-13

 

 

 

 

 

 

 攻撃されるたび、文字通り傷を力に変えて凄まじい速度でヒトの形からかけ離れていく“赤”のバーサーカーの特性は、戦場の他のサーヴァントからも認識されていた。

 その中で、真っ先に気付いていたのは“赤”のアーチャーだった。

 彼女は自らの宝具『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』により、彼を肉片になるまで切り刻むものの、結局バーサーカーの再生力に上回られてしまったのだ。

 ばらばらの状態から肉体を再構成したバーサーカーは、どこまでも彼女を付け狙う。

 正に悪夢のような再生力を前にし、これは自分では打つ手なしか、と思ったとき、アーチャーは庭園のマスターの代理人であるシロウ神父から指示を受けた。

 バーサーカーをルーラーにぶつけるので、誘導しろ、というのだ。

 汝を苛立たせるデミ・サーヴァントには宛てがわないのかと聞くも、彼には“赤”のセイバーを押し付けるという。

 それならば、とアーチャーは戦場を駆け、ルーラーの前に“赤”のバーサーカーを誘導する。

 ルーラーは聖杯大戦の管理を任されたサーヴァントであり、そのために各サーヴァントに二画分の令呪を与えられている。ある意味では、聖杯大戦最高の権力を持っていた。

 圧政者、強者に叛逆するという思考回路で固定されているバーサーカーは、狙い通りにルーラーを眼にした途端、アーチャーから彼女へと標的を変えた。

 それを確かめると、“赤”のアーチャーもその俊足で離脱する。遅かれ早かれ、“赤”のバーサーカーは限界を迎えて爆発するのだ。それに巻き込まれては堪らなかった。

 

 

 一方、バーサーカーを押し付けられる形になったルーラーは苦慮することになる。

 彼女は中立の裁定者である。自らサーヴァントを滅することは許されていないし、ルーラー自身、自分を厳しく戒めていた。

 だがバーサーカーはお構いなしに、彼女に豪腕を振るう。彼の手により砕けたものはただの岩すら魔力に犯され、砲弾のように襲い掛かってくるのだ。当たればサーヴァントとて傷を負う。

 攻められないルーラーは、ひたすら専守防衛に徹し、耐えるしかない。この戦場から離脱するのが正解なのだが、その隙もなかなか見出だせない状況だった。

 ルーラーとしての感知能力は、既に大方のサーヴァントがバーサーカーとルーラー周辺から撤退していることを感じ取っている。

 “黒”側の狂った戦士、バーサーカーすらマスターの指示を受けたのか既に離脱していた。それほど、この“赤”のバーサーカーは危険とみなされたのだ。

 だが、まだ爆発の被害が及ぶ場所に数騎が留まっていた。

 はっきり感じられるのは、“黒”と“赤”のそれぞれ一騎ずつ。そして、その他の反応もあった。

 正規のサーヴァントたちと比べればややあやふやな反応だが、それでもまだ存在している。確かめずとも、英霊と融合したあの少年だとルーラーは直感していた。

 それどころか、弱々しいサーヴァントの反応まである。こちらはあの、ホムンクルスの少年ではないのか。

 二人とも霊体化などできないはずなのに、何故逃げないのか、その小さな焦りからかルーラーはバーサーカーの一撃を受けて吹き飛ばされた。

 自分を受け止めたせいで壊れた竜牙兵の残骸を掻き分け彼女は立ち上がるが、踏み潰すつもりかバーサーカーが既に足を振り上げている。

 武器でもあり最強の護りでもある聖旗をルーラーが構え直したときだ。

 ふいに、戦場の一角から凄まじい魔力が立ち上る。ルーラーどころかバーサーカーすら、そちらを見た。

 禍々しいほどの激しさで放電する赤い雷が、闇を切り裂いていた。爆発寸前のバーサーカーのこんな間近で宝具を解放するつもりなのかと、ルーラーは顔を歪める。

 

「雄々ォオオオオ!あれぞ正に圧政者の驕り!我が鉄槌を下し、安らかな眠りを齎すべし!」

 

 そしてあろう事かバーサーカーは増えた足を使って跳躍し、一気に魔力の方へと突き進む。ルーラーも追うが、彼の跳ね飛ばしてくる岩が弾丸のように彼女の行く手を塞いだ。

 遠目には、まだ幾つか人影がある。彼らはまだ気付いていないのだ。

 

「貴方たち、そこから逃げなさい!」

 

 ルーラーの叫びだけが、ただ戦場に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――逃げなさい!

 

 そんな声が、何処かで聞こえた気がした。

 声に体が勝手に反応する。金縛りにあったようにまだ動けないジーク目掛けて鞭のように撓る腕を認識、彼を突き飛ばして転ばせ、ノインは自分も地面に転がって避けた。

 

「圧政者に鉄槌を!走狗に安らかな眠りをォォオ!」

 

 理性が完全に吹っ飛んだ叫びを上げながら、バーサーカーが更に腕を振り上げる。今の彼にはノインもジークも、等しく倒すべき者にしか見えていないのだ。

 動こうとするも、斬られた脇腹に鋭い痛みが走り、思わずノインの動きが止まる。

 地面に倒れたまま振り上げられた腕を見上げるしかないノインの顔の上に、バーサーカーの異形の影が落ちた。

 

触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)ァァッ!!」

 

 間一髪で滑り込んで来た“黒”のライダーの馬上槍が、“赤”のバーサーカーの腕に触れる。力も勢いも足りないその一撃を受けた瞬間、バーサーカーの脚が消失した。

 大地を震わす地響きを立てて、彼は横に倒れた。

 それでもバーサーカーの八本もある腕は止まらない。ノインとジークを背後に庇い、何とか槍で腕を払い除けながら、ライダーが叫んだ。

 

「や、めろってんだ!スパルタクス!キミの、英雄としての誇りは、弱者を守るコトなんだろう!確かに、確かにボクは騎士で、英雄だ!英霊だ!キミからすれば、敵だろうさ!」

 

 ライダーは理性などとうに無いはずの狂戦士相手に叫び続ける。

 

「だけど!ノインは、ジークは、違うだろう!キミが、二人を、殺すなァッ!」

 

 ライダーが鞭のような腕を一本跳ね上げた瞬間、バーサーカーの動きが束の間止まる。

 だが、同時にノインは肌が粟立つ魔力を感じた。

 首を巡らせて横を見れば、そこにはいよいよ禍々しい剣を振り上げたセイバーがいる。

 ライダーもジークも、気付いたようにそちらを見るが遅い。どうすることもできない。

 せめて少しでも逃れようとノインが立ち上がった瞬間、バーサーカーが動いた。

 脚の代わりに腕で体の向きを強引に変え、セイバーの方に挑んだのだ。

 今しかない。ノインはライダーとジークの胴を纏めて抱えると、全力で後ろに飛び退る。

 

「にょわっ!?」

「ッ!?」

「喋るな!舌を噛むぞ!」

 

 脚力を振り絞った渾身の一跳びで、バーサーカーとセイバーから一気に距離を取る。

 ライダーとジークと共に岩陰に転げ込んで伏せると、ノインは覚えている限りの防御のルーンを岩に刻み付けた。

 

我が麗しき(クラレント)―――――」

 

 セイバーの真名を唱える声が聞こえる。岩陰からノインが覗くと、異形のバーサーカーが一直線に邪剣を振り上げる剣士へ向かっていた。

 遠く離れていたが、ノインにはあのセイバーは不敵に口を歪めて笑っているのが見える気がした。そして―――――恐らくバーサーカーも笑っているのだろう。そんな気がした。

 

「―――――父への叛逆(ブラッドアーサー)ァアアアッッ!」

「雄々オオオオオオォオオッッッ!」

 

 赤雷が肉を焼き焦がす臭いが鼻に届く、大地が砕け、空気が震える。

 盾にした岩がみるみるうちに削られていくのが感じ取れた。

 強化の術式へ魔力を流し込み、ただただ耐える。歯を食い縛った口から、血が流れる。

 赤雷の熱を頬に感じながら、ノインは魔力を込め続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――駄目!

 

 赤雷が解き放たれた瞬間、ルーラーは走り出していた。だが間に合わない。

 “赤”のバーサーカーは真正面からセイバーに突撃した。セイバーの放つ宝具を、抱きしめるように受け止めたのだ。

 バーサーカーの小山のような体はたちまち焼き焦がされ、三つに増えた頭のうち二つが瞬時にして潰れる。

 だがバーサーカーは消え去らなかった。

 空気を震わせる叫び声と共に更に前進。赤雷をほぼ飲み込み、体の大方を消し飛ばされながらも留まったのだ。

 ルーラーが駆け寄ったときには赤雷は止まり、バーサーカーの体は燻る残骸となって地面に散らばっていた。

 それの背後には、半ば溶解しながらもまだ原形を辛うじて残している岩が一つあった。

 その陰にルーラーは駆け込んだ。

 

「あれ、ルーラー!?」

 

 真っ先に反応したのは、“黒”のライダーだった。泥と血だらけになった顔を上げ、まん丸に眼を見開いている。

 その横には同じく土まみれだが無事な姿のジーク。それから岩に背中を預け、脇腹に血を滲ませた蒼白な顔のノインがいた。

 

「貴方たち―――――」

 

 無事ですか、とルーラーが確かめる前に背後でまだ何かが動く気配がした。

 彼女が振り返れば、驚くべきことにまだバーサーカーの肉片が動いていた。焼け焦げた体の欠片たちが芋虫のように地面を這いずって一つに集まり、先程よりも悍ましい何かの形を取り始める。

 

「貴様ら―――――!」

 

 遠くには怒りを滲ませる“赤”のセイバーもいる。だがその暇にもバーサーカーは止まらない。

 彼の宝具『疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)』はもう暴走しているのだ。恐らく、本人にすら止められるものではない。

 

「ここから離れなさい、“赤”のセイバー!巻き込まれますよ!」

 

 ルーラーの叫びが聞こえたのか、或いは流石にマスターに止められたのか、セイバーは舌打ちしつつも霊体となってこの場から去った。

 これでセイバーの安全は確保できたから良いとしても、まだ駄目だった。

 ルーラーの眼の前にはデミ・サーヴァントのノインと、ホムンクルスのジークがいる。生身の彼らに霊体化して逃げる選択肢はない。

 おまけに二人とも傷を負っていて、少なくともすぐには爆発の範囲内にまで逃げ出すことは不可能だった。

 唯一霊体となって逃げることのできるライダーは、一向動く気配が無い。

 

「ライダー、貴女も……」

 

 ルーラーは言いかけるが、ライダーは首を振った。

 

「……逃げない。逃げないからな、ボクは!ここで二人を見捨てるなんて、できるわけ無いだろ!」

「―――――そう、ですよね」

 

 そうだと思った、とルーラーは頷く。

 シャルルマーニュの十二勇士アストルフォは、こんなところで逃げようとする性格ではない。

 ノインを庇うようにしているジークも同じなのか、ルーラーの視線を受けて首を振った。

 

「……そちらはそちらで、何故逃げない?あなたの中、には別の誰かがいるだろう」

 

 おまけに最も傷付いているノインにまで問われ、ルーラーは一瞬瞠目した。

 揃いも揃って彼らは互いをかばい合い、他人のことばかりだ。

 ライダーもノインも、それにジークもただ愚かで脆く、弱いだけなのかもしれない。それでも彼らをただの愚か者だと切り捨てることが、ルーラーにはできなかった。

 再び眼を見開いたときには、ルーラーの紫水晶の瞳に強い意志が宿っていた。

 

「―――――いいえ、私とてここで逃げる訳にはいかないのです。良いですか。皆さん、私の後ろから決して出ないように」

 

 そもそも、ジークをここに連れて来たのは自分だった。ライダーやノインは彼を庇って戦っていた。

 だから―――――喩え今から行うことが逸脱行為だとしても―――――これくらいならば許されるだろう、とルーラーは決断した。

 そしてルーラーにも、さっきのライダーの叫びは聞こえていたのだ。ルーラー個人の感情で言うならば、よりにもよってスパルタクスに彼らを殺させたくはないと思ったのだ。

 柄に巻き付けていた旗を、ルーラーは解き放つ。聖女ジャンヌ・ダルクの象徴でもある聖旗が闇夜にはためいた。

 ライダーたちを背後に、ルーラーは然と前を向く。

 裁定者の眼前には小山のような狂戦士。既に彼の顔は膨れ上がった肉の中に埋もれて、判別することはできなかった。

 

「スパルタクス。貴方のような英霊に、無辜の民を傷つけさせる訳にはいきません」

 

 圧政に立ち向かい、弱者を救済することを求め続けた求道者、スパルタクス。彼は正に、第二の生における最後の一撃を放たんとしていた。

 恐らくは、第一の生を含めても生涯最強のそれを受けるのは、聖杯大戦の裁定者である。

 鳴動するバーサーカーの肉塊を前に、ルーラーは両手で旗を構え直した。魔力で肥大化しきった体はもう間もなく自壊し、溜め込んだ傷のすべてを攻撃として解き放つのだろう。

 魔力で肌が粟立ち、大地が震える。それでもルーラーは眼を逸らさない。

 

「―――――我が旗よ、我が同胞を守り給え」

 

 バーサーカーが遂に臨界点を越える。

 瀑布のように押し寄せる暴力的な光を前に、ルーラーは宝具の真名を高らかに謳い上げた。

 

我が神は(リュミノジテ)―――――」

 

 それを、ノインは見ていた。

 襲い来る光に立ち向かう小さな背中に、迷い無く旗を握る彼女に、素直に彼は見惚れていた。

 

「―――――ここにありて(エテルネッル)!」

 

 戦場で兵士たちを導き続けた救国の聖女の旗は、バーサーカーの一撃を真っ向から防いだ。

 それは、ルーラーの持つ規格外の対魔力スキルを防御力に変換する究極の護りだ。

 ありとあらゆるものを消し飛ばす光の渦に、歯を食い縛って彼女は耐える。

 背後の三人、そしてルーラーを光が飲み込む。眩さに堪らず眼を伏せたくなるが、ノインはルーラーから眼を逸らせなかった。

 永遠とも思える時間の後、光が静まる。焼け爛れ、大きく抉れた大地を前にしながら、ルーラーは背後の彼らを振り向いた。

 

「……無事ですね、良かった」

 

 心底安堵したような微笑みと共に告げられた言葉に、ノインはただ頷いた。

 

「い、生きてるよぅ……。ホントありがとう、ルーラー!」

 

 ライダーが立ち上がり、ルーラーの腕を取ってぶんぶんと上下に振る。

 

「……ありがとう、ルーラー」

「助かった。……ありがとう」

 

 ジークとノインも答え、ルーラーは少し困ったように頬をかいた。

 

「いえ、これはその……。そう言って頂けるようなことでは……」

「?」

 

 ルーラーの微妙な歯切れの悪さに、ノインが首を傾げたそのときだ。

 

『―――――生きているのか、デミ・アーチャー。生きているなら、空を見ろ』

 

 ばち、と頭の中で撃鉄を起こされたように何かが切り替わった。

 戦いの最中、完全に無意識に念話を断っていたのだが、ノイン自身の気の緩みからついに補足され、繋がったらしい。

 

「……はい、マスター」

 

 ライダーとジーク、それからルーラーが、ノインの方を気遣うように見てくる。彼らの視線を避けるように、ノインは眼の上に手を翳して空を見上げた。

 

「何だ……?」

 

 空に浮かぶ巨大な空中要塞は、移動していた。

 バーサーカーの爆発の際は、上昇して難を逃れたらしい城が、半壊しているミレニア城塞の上空に留まっていたのだ。

 そう、ミレニア城塞は壊れていた。壊滅とまではいっていないが、半ばは瓦礫と化している。

 戦場を薙ぎ払うだけに留まらず、バーサーカーの一撃があそこまで届いたのかと、今更ながらにその威力に背筋が寒くなった。

 

『命令だ。今すぐ庭園に赴き、大聖杯を奪い返せ』

「大聖杯……」

 

 それは城塞の地下深くに隠されていたのではないのか、とノインは聞き返しかけ、また唖然となった。

 ミレニア城塞の中から上空の要塞へ、光り輝く何かが上っていくのだ。糸で引き揚げられているかのようにゆっくりと、だが確実にそれは要塞に飲み込まれていく。

 誰かに教えられるまでもなく、分かった。理解した。

 あれこそが、冬木の大聖杯だ。この距離からでも感じ取れるほどの、莫大な魔力が渦巻いている。

 あの光と比べれば、肥大した体に詰まっていたバーサーカーの魔力も遥かに見劣りした。

 

「何……アレ?……って大聖杯じゃないか、え、奪われかけてないかい!?」

 

 この場の全員の驚きをライダーが代弁した。

 

『状況は理解したか?私と公王も要塞へ向かう。貴様は庭園に急行し、ライダーは城の守りに向かわせろ。……それを以て、そこにいるホムンクルスを庇ったことは不問とする』

 

 どうやら、ダーニックにはここでの出来事も知られていたらしい。はい、とノインは答えた。

 

『急げ。事は一刻を争う。ライダーのマスターの癇癪を、何時までも私が収めると思うな』

 

 それだけ言って、念話は鋏で切るように断ち切られた。

 戸惑っているようなジークとルーラーを見、ノインは説明するべく口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 





理性蒸発ライダーと狂化EXバーサーカーの叫び合いとか……。

一応書いておきますが、ヒロインはいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。