九番目の少年   作:はたけのなすび

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初めましての方も、こんばんはの方も、よろしくお願いします。




外典編
act-1


 

 

 

 

 

 

 

 

  ぼんやりと微睡みの中にいると、瞼の裏に浮かぶものがある。

 灰色の空の下に広がる荒れた海だ。切り立った崖の縁に立ち、自分はそれを眺めている。

 波は岩がむき出しになった崖にぶつかっては白く砕けて行く。海鳥の鳴き声と、風の吼える音だけが聞こえている。

  その光景の中に、己はずっと佇んでいるのだ。

 ただ海に焦がれて、水平線の向こうにある何かを眺めている。身を切るような風も気にすることなく、ただ一心に。

 

  一体、何を求めていたのだろう。

  答えは今も、見つかっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 人として生まれ、人以上の存在へと昇華された者たちがいる。

 人知を超えた力を振るう者、彼らは英霊と呼ばれ、伝承、神話の中で生き続けている。

 

 だが、信仰すら得ている場合もある彼らを、再び人の世に降ろそうという者たちがいた。

  不敬とも不埒ともとれる所業を成そうとしたのは神秘の探求者、魔術師。彼らは神話に刻まれた英霊を再び現世に降ろそうと考えたのだった。

  無垢な魂と十分な魔術回路を持つ子どもの中に英霊を降ろして人と融合させ、新たな命としてこの世に再誕させようとしたのだ。

 だが、その試みはそう上手くは成功しなかった。

  触媒にされた者の中に英霊は見事降臨したものの、その英霊は魔術師たちを相手にしなかった。

  お前たちの求める英雄になどならない、と拒否したのである。けれど逆に、触媒の中から退去することも、その英霊は行わなかった。

 退去は、触媒の死を意味したからだ。

 時間と金、生命を使って得られたものは、純正の英霊はまず魔術師には力を貸さないということだった。

だが、実験に加わっていた魔術師たちは、諦めなかった。

  中に英霊を宿した成功例を、魔術師としての狩りに向かわせ、極限状態に置いたのだ。

  追い詰められれば、英霊が力を貸すのではないかと思ってのことだった。

 結論から言えば、それは成功した。

 触媒は不完全とはいえ英霊としての力を振るい、生き延びることに成功したのだ。

 だが、彼らはさる巨大な一族の者たちであり、生きた英霊を手に入れた彼らは、一族の長に睨まれることになる。

 結果、彼らは一応の成果である英霊との融合体を長に差し出すことになった。

 人と英霊の融合体、デミ・サーヴァントと呼ばれるようになった成功例は長に引き渡され、彼のサーヴァントとして扱われることになる。

 

 一族の名はユグドミレニアと言い、長の名はダーニックと言った。

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの手により、聖杯大戦が引き起こされる、一年前のできごとだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ルーマニアの一都市、トゥリファスにはミレニア城塞と呼ばれる城がある。

 この地に根付いているユグドミレニア一族の根城であり、牙城。

 長らく人の気配が絶えていたその城に明かりが灯るようになったのは、ここしばらくの話であった。

 城には数名の魔術師たちが入り、魔導仕掛けの人形であるゴーレム、人造生命体ホムンクルスなどが次々と城内で生み出されていった。

 緊迫した様子の人々が入り乱れて動くさまは、戦の前準備のようだった。

 いや、そうではないのだ。

 実際に、この慌ただしさは戦の準備だった。

 ユグドミレニア一族の長、ダーニックによって起こされた聖杯戦争に備えての軍備なのだ。

 その殺伐とした空気の中、城壁の上に立って慌ただしく行き来するホムンクルスを見下ろす人影があった。

 歳は十代半ばか後半に見える、痩せた少年である。

 ナイフで無造作に切ったような黒髪と、くすんだ色合いの赤い瞳を持つ彼はぼんやりとホムンクルスたちの無表情を眺めていた。

 ふいに少年が振り返る。

 城壁に繋がる階段の入り口に、同じかやや年上に見える別な少年が立っていた。

 彼の名は、と黒髪の少年は記憶をたどり、すぐに思い出した。

 確か、カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。姉のフィオレの補助のため聖杯戦争に赴き、そのままマスターになってしまったという経緯の魔術師だった。

 

「お前、こんなところにいたのか。ダーニックが来るように言っていたぞ」

 

  眼鏡をかけたカウレスはそう言いながら、黒髪の少年に近づく。

 彼は一礼して口を開いた。

 

「分かった。すぐに行く。伝言、感謝する」

 

 少年は言って、カウレスの横をすり抜けて歩き出した。

 だが、カウレスは彼の後に続いてやって来た。

  そのまま廊下を歩きながら、カウレスは何気ない風を装いながら口を開いた。

 

「なあ、聞いても良いか?」

「答えられる範囲でなら、構わない」

 

  淡々と少年は返し、カウレスはやや躊躇いがちに問うた。

 

「お前が、姉さんの言っていたユグドミレニアの人工サーヴァントなのか?」

「正確にはデミ・サーヴァントだ。人と英霊の融合体だ」

「……で、今回、聖杯戦争に参加するのか?」

「俺の契約者は御当主だ。彼が参加するのならば、サーヴァントは戦わなければならない」

 

 無表情に答える少年に、カウレスは一瞬気おされた。

 この少年は、ユグドミレニア内のある一派が生み出したという存在だ。

 精霊にも等しい英霊を、そのために生み出され調整された人間の子どもの中に降臨させ、人としての英霊を再度生み出す、というデミ・サーヴァント実験。

 この黒髪の少年はそれの唯一の成功例とされている。

 つまり、彼の中には英霊が降ろされ、息づいているのだ。

  今は、ユグドミレニアの魔術師の一員のような顔をしているが、いざ戦闘となれば彼は英霊から借り受けた力を存分に振るう。

 彼はユグドミレニア一族の長、ダーニックの一体目のサーヴァントであり、カウレスもその存在は知っていた。

  今回の聖杯大戦においてもユグドミレニア側の“黒”の戦力に数えられている。

 魔術協会側の“赤”が擁するサーヴァントとも戦うことを想定されて、このデミ・サーヴァントは城塞にいるのだ。

  まさか、これまでユグドミレニアの最高戦力と言われていた相手が、自分とそれほど歳の変わらない少年だとは思っていなかったのだが。

 

「何だ?」

「い、いや何でもない」

 

 血の色にも似た赤い瞳に睨まれ、カウレスは目を逸らした。そうさせる何かが、少年にはあった。

  無言で廊下を歩き、分かれ道に差し掛かって少年はカウレスに一礼した。そのまま彼は歩き去って、廊下の端に消える。

 姿が消えて、カウレスは無意識に詰めていた息を吐き出した。

 

「……変な奴」

 

 ついそんなことを呟いて、カウレスも歩き去る。

 今日、カウレスはユグドミレニアのマスターとしてサーヴァントを召喚するのだ。

 それが当主のダーニックの起こした聖杯大戦に選ばれた魔術師としての役目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重厚な造りの扉を、少年は躊躇うことなく叩いた。

 

「入れ」

 

 少年は無表情のまま、扉をくぐる。

  中には人影が二つあった。

 窓辺に立って外を眺めているのは黒く、古めかしいが品の良い衣装の男。机の側に立ち、書類を手にしているのは、白を基調にした衣装を纏い杖を手に持った若々しい男だ。

  前者は少年の記憶にはないが、後者は彼の現在のマスターにしてユグドミレニア一族の長、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアである。

 

「到着しました。要件は?」

 

 彼らの中間に立ち、少年は礼をした。

 窓辺の男は振り返り、少年を眺めた。

 人間を見る目ではなく、調度品の真偽を確かめるかのような眼だった。人の上に立つ者が持つ鋭い気配、彼の持つ莫大な魔力が彼に向けられるが、少年は特に反応を返さなかった。

 

「ダーニック。この者がお前の言うデミ・サーヴァントか?」

「如何にも。数年前、我が一族の一部が手がけた人と英霊の融合実験の唯一の成功例でこざいます、()()()()

 

 ランサーという名に、少年の片目が微かに見開かれた。

 では、この黒衣の男がダーニックの正式なサーヴァントということになる。

 正規の英霊はやはり気配が違う、と少年は内心で思った。

 英霊に力を貸りているに過ぎない少年は、彼らに比べれば劣る部分が多々あるのだ。彼自身、それは最も分かっている。

 ランサーは自然な様子で眼前に立ち続ける痩せた少年を見下ろした。

 少年は黙って、王でありサーヴァントであるランサーの視線を正面から受け止めた。

 

「……ふむ。では、この者の中にいる英霊は?」

 

 ダーニックが答えるより先に、少年は首を振った。

 

「それには答えられない。俺に力を与えてくれた英霊は名乗らないままだったからだ」

「では貴様は、何処ともしれぬ英霊を宿している、ということか?」

「ええ。この者を生み出した一派が資料を破棄したために……。ですが、アーチャーとしてのこの者の力は証明されています。使い方次第では、正規のサーヴァントに対しても戦力になり得るかと」

 

 このダーニックとは一年ほど主従関係にあるが、彼は少年に戦闘力以外の何かを期待したことはない。

 発達した情緒や豊かな感情など、下手に持たせれば危険なものからは隔離して、命令だけを下す。

 実に合理的な魔術師らしさだと少年は認識している。

 認識していて、けれど不満は感じない。己は、感情そのものが多分鈍いからだろうと少年は結論付けていた。

 だが、このランサーのように確固たる貴族的な自我を持つ者相手に同じことをすれば、ただでは済まないだろうとも感じていた。

 

  しかし、危機感を覚えるからと言って、少年は何か行動する訳ではない。

 

「そうか。では、貴様も我が配下に加えるとしよう。名は何と言う。クラス名ではない。貴様の名だ」

 

 少年は束の間ランサーの視線を受け止めるが、一瞬戸惑う。

 

「……ノイン。俺の名は、ノイン・テーター」

「ではその力、存分に我ら“黒”の陣営のために振るうが良い。貴様の英霊としての誇りと名、その働きに期待しよう」

 

 ノインはゆっくりと頷いた。

 ランサーは彼から興味を失ったように、窓の外へと視線を戻す。

 その背を、ノインは奇妙な者を見るように目を眇めて見た。

 ダーニックが咳払いして退出を促さなければ、考え事に耽っていただろう。

 一礼して、部屋を出る。

 赤い絨毯の敷かれた廊下は、歩くノインの靴音を吸い込んだ。

 

―――――俺の名前に、誇り、か。

 

 ノインという名前は、単に番号順で付けられたもの。試験管に貼られたラベルと大した違いはない。

 それをわざわざ手ずから聞き出し、あまつさえ誇りに期待すると言い渡してきたランサーは、ノインにとっては異質な存在だった。

 

―――――よく、分からない。

 

 ノインの令呪を握っているダーニックとランサーは、聖杯戦争に勝利するという利害で一致している。

 恐らく、仲違いはあるまい。

 ノインは聖杯に願いはない。万能の願望機と言われても、そんなものの使い方など思い付かないのだ。

 令呪を持つ者に戦えと言われたために、ただ戦うだけ。詰まる所彼は、けしかけられて戦い続ける闘犬と大差はないのだ。

 しかし、彼には他の生き方など分からない。

 戦う力以外を求められたことなど無かった。

 

「あ、いたいた!そこのデミ!」

 

 呼ぶ声に、ノインは振り返った。

 後ろから近寄って来た巻き毛の小柄な少年を、ノインは黙って待ち受ける。

 

「やっと見つかった。ねぇ君、今から先生の工房に来てくれよ」

 

 少年、ゴーレム造りの魔術師、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアは、屈託なく言う。

 彼が先生というのは、彼本人が呼び出した“黒”のキャスターに他ならない。

 “黒”のマスターに選ばれた彼は、いち早くサーヴァントを呼び出して、彼と共に兵隊となるゴーレムを造り続けている。

 その過程で、ロシェは自分より遥かにゴーレム造りとして優れているキャスターを先生として慕うようになったそうだが、ノインには関係は無かった。

 少なくとも、これまでは。

 

「いいだろ、デミ。今晩には本当のサーヴァントが喚ばれるんだし、君、今は暇だろ?」

「ああ」

「じゃあ決まりだ。先生がさ、サーヴァントとの融合体である君の魔術回路を見ておきたいって言うんだ」

 

 だから行こう、とロシェはお構い無しに先に立って歩き出した。

 彼はいつもこうで、ノインをデミとしか呼ばない。

 その彼が師と仰ぐキャスターが、ノインの魔術回路にわざわざ興味を持つ。

 

 厄介な話に違いない、とノインは嘆息し、ロシェの後を付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、貴様の言ったデミ・サーヴァントか」

 

 少年の辞した後の部屋で、ランサー・ヴラド三世は己のマスターに問い掛けた。

 ダーニックは恭しく答える。

 

「如何にも。生身であるため制約はございますが、魔力供給は原則として必要とせず、低級の死徒ならば単独で問題なく屠る力を持っております」

 

 ノインという個体名のデミ・サーヴァントは、ユグドミレニアの一派が生み出したモノだ。

 生み出すコストと比して成果が釣り合わなかったために頓挫した実験の生き残りである。彼以外の被験者は、すべて失敗した。

 ダーニックに背を向けていたランサーは振り返って口を開いた。

 

「だがダーニック、あの者は弱いぞ」

「それは……」

「力ではない。かの者は未だ英雄足る者の気配を持たぬ。戦奴と変わらぬ者に過ぎん。化物の相手ならできたとしても、正道の英霊の気に呑まれる。尤も叛逆を恐れて、貴様ら魔術師は敢えてそうしたのであろうがな」

 

 嘆かわしいとでも言いたげに、ランサーは首を振った。

 

「才ある英雄の芽を持つ者を、あのような戦奴隷に仕立て上げた所業の是非は問わぬ。だが、今後同じ扱いをするのを余は好まぬ。使い潰すには惜しい才はある故、な」

 

 それだけを言って、ランサーは霊体となってダーニックの眼前から消えた。

 気配が失せてから、ダーニックは椅子に座りため息をついた。

 

「使い潰すことはならぬとの仰せ、か」

 

 ダーニックはふと、傍らにおいた書物を見た。絡み合う蔓草のような紋様が刻まれているその書物は、ノインの擬似的な令呪だった。

 アーチャーのデミ・サーヴァント、ノイン。

 皮肉のつもりか生産者によってノイン・テーターと名付けられた彼は、ダーニックに逆らったことはない。

 出自故か、彼には自我も薄く、命じたことには従順だ。少なくともダーニックやユグドミレニアのマスターたちはそう認識している。

 駒として扱うにはむしろ好都合だとダーニックは思っていたのだが、あのヴラド三世にはそれが気に食わなかったようだ。

 よりにも寄って、英霊の誇りと来た。

 造られた人形風情にそんなものがあるとは、ダーニックには思えなかった。

 ルーマニアにおける護国の英雄、ヴラド・ツェペシュは、存外扱いづらいと結論付けざるを得なかった。

 だが、ユグドミレニアの七騎のサーヴァントすべてが揃っておらず、聖杯大戦が始まってすらいない今、陣営の要と一族の長たる己が不和になっては致命的だ。

 故に、ノインに関してダーニックはランサーの提案を入れざるを得ない。

 

 ままならないと思いながらも、ダーニックは立ち上がる。

 もしあのデミ・サーヴァントが正規のサーヴァントに大幅に劣るようなら、キャスターに与えてしまうのも選択肢の一つとして考えていたのだ。が、それも修正しなければならなくなった。

 

 ダーニックはふと、窓の外へ目をやる。黒髪の痩せた少年が、ちょうど陽のあたる中庭を横切っていた。

 彼は、キャスターのマスターであるロシェに先導されて歩いている。

 使い魔風情が思わぬ所で生命を拾ったものだとダーニックは思い、キャスターの工房へ繋がる通信道具へゆっくりと手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャスターの宝具には、『炉心』と呼ばれるパーツが必要になるのだと、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアは嬉々として語った。

 “黒”のキャスター、高名なゴーレム造りのアヴィケブロンの宝具は、ロシェ曰く至高のゴーレムだという。

 だが、キャスターは宝具を元々持って現界する訳ではない。

 材料を集め、然るべき手順を踏んで初めて、至高のゴーレム『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』は完成するそうだ。

 それには、一つ重要な部品がいる。

 ゴーレムの心臓たり得る、()()()()()()である。

 こればかりは代用品が効かず、キャスターの宝具起動のためには必ず一人の魔術師を食い潰さねばならないのだ。

 

「それに、ただの魔術師じゃ駄目で、素養が必要だ。ただ魔術回路があるってだけの人間は、『炉心』になれない」

 

 それこそ英霊の受け皿になっているデミ・サーヴァントならばあるいは最適かもしれない、とふとキャスターが漏らした一言をロシェは聞き付け、ノインを工房に連れて来たそうだ。

 工房へ連れて行く目的を話さないロシェを、流石にノインは不審に思い、殺気混じりにロシェを問い詰めた。すると、彼は仕方なさそうにそれらを白状し、ノインを唖然とさせた。

 

「でもダメだってさ、ランサーが君を使い潰すのはならんってダーニックに言ったみたい」

 

 それを臆面もなく本人の前で言う辺り、ノインは流石に顔をしかめた。

 

「ゴーレムにされるのは御免だ」

「でも君、ダーニックには逆らえないだろ?」

 

 ロシェの返しに、ノインは今度こそしかめ面になった。

 

「……どこの世界にゴーレムになって喜ぶ馬鹿がいる。そちらだってゴーレムは造りたいがゴーレムになりたくはないだろう」

「そりゃそうだよ!ゴーレムになったらもうゴーレムを造れないじゃないか!」

 

 流石に今のはまずいと思ったのか、ロシェは咳払いした。

 

「安心しなよ。君を炉心にはしない。だから正直に言ったのさ。代わりにちょっと手伝ってもらいたいだけさ」

 

 こういうやり取りをすると、本当に己は魔術師相手にしてみれば人形か使い魔なのだなと、ノインは思わざるを得ない。

 大願、大望、悲願、宿願。

 そういうものに一族代々立ち向かってきた者たちにしてみれば、魔術実験のために生み出され目的もない己は、人の形をしていても同じ人とは考えることができないのだろう。

特に、子育てすら全てゴーレム任せというフレイン家の人間故、ロシェはゴーレム以外は尚更関心が薄い。

 

 ともあれ、炉心として、次にキャスターが目を付けたのはホムンクルスだという。

 今、このユグドミレニアは大量のホムンクルスを抱えているのだ。

 戦闘用、雑用係など様々に別れているが、彼らの中の多くは地下にいる。

 地下の魔力供給槽の中で、“黒”のサーヴァントたちへの魔力を搾取され続けているのだ。

 そのお陰で、“黒”のマスターたちはサーヴァントへの魔力供給により疲弊することもなく、常に全力の戦闘が行えるという仕組みだ。

 使い潰されるホムンクルスたちの犠牲はあるが、ホムンクルスとは元々そう言った目的の為に鋳造される存在である。

 ノイン以上に自我は希薄で、命じられたことのみ淡々とこなす。そういう者たちだ。

 

「君、眼力そのものは英霊なんだろ?それで魔術回路が特に良さそうなホムンクルスを選ぶの、手伝ってくれよ」

 

 手伝うも何も、彼らは既に地下の供給槽のある部屋に辿り着いていた。

 実の所、ホムンクルスの無表情が苦手なノインは気が進まなかった。

 だが、既にロシェは中に入って手招きしている。

 薄暗く、ホムンクルスたちの浮かぶ水槽だけがぼんやりと黄緑色に発光している部屋の中に、青い衣装の仮面の男が立っていた。

 

「ロシェか。……横の君は」

「アーチャーのデミ・サーヴァント。ノイン・テーターだ。ホムンクルスの選定を手伝うために来た」

「ああ、君が……」

 

 キャスターは理解したように頷いたが、表情は仮面に隠されている。

 

「ロシェ、先日言ったように炉心になるホムンクルスの選定はまだ先だ。必要とあればそこのアーチャーに手伝わせるのも手だが、まだそのときではない」

「あ……すみません。先生。僕、気になってしまって……」

 

 打って変わって子犬のように萎れるロシェに、ノインは無言で引いた。

 

「良い。君の期待も分かる。だが今は通常のゴーレムを作製すべき時だ」

「はい!」

 

 それから、素直に返事するロシェとキャスターは、ノインなどいないかのようにゴーレムのことについて語り出した。

 熱中しだした魔術師たちは、周りのことなど容易く見えなくなる。ノインはその場から離れることにした。

 薄暗い廊下には、供給槽の中に浮かぶホムンクルスたちの影が不気味な藻のようにゆらゆらと揺れている。

 その影の一つが、ふと自ら動いた気がしてノインは足を止めた。

 顔を上げてみれば、そこには少年の形をしたホムンクルスが一体、供給槽の中にいた。

 見てくれだけで言うならば、ノインとあまり変わらない年齢だろう。だが彼らは急造されており、実年齢は三ヶ月かそこらだ。

 薄く開いている瞳は鮮やかな赤。白髪は培養液の中で海月のように揺らめいて、手足は棒のようで力も入っていない。

 ホムンクルスが自ら動いたように見えたのは、気のせいだったようだ。

 しかし、ホムンクルスのどこを見ているのか分からない虚ろな視線からノインは目を逸らした。

 背後では急造の子弟が忙しく意見を交わす声がする。

 それが急に煩わしく聞こえて来て、ノインはもう後も見ずに地下室を出た。

 

 今晩、“黒”は残りの五騎のサーヴァントを召喚するが、その場には近付かないようにとダーニックから言われているのだ。

 デミ・サーヴァントは英霊そのものを再び誕生させようとしたモノだが、英霊によっては自分たちの生が侮辱されたと感じる者もいる可能性がある。

 故に、各サーヴァントの性質が分かるまで姿を見せるなと、ノインはダーニックから言われていた。

 ランサーに引き合わされたのは、彼ならば問題なかろうとダーニックが判断したからで、キャスターはそもそもゴーレムと聖杯戦争の趨勢以外に興味がない。

 彼ら二騎は今のところ問題は無かった。が、残りはどう出るか分からないのだ。

 

 適当に見張り台にでも行くか、とノインは城壁の方へ足を向ける。

 

 その日の夜、ミレニア城塞内部で発生した莫大な魔力の奔流をノインは一人、見張り台に座って星空を見上げながら感じ取ることになる。

 冷たい夜気を感じ、白い息を吐きながらたった一人で迎える寒い夜。

 少年の聖杯大戦はそうして始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イメージは、ロマニにもダヴィンチちゃんにもフォウにも、ぐだにも出会えなかったマシュ。
情緒、感情、その他諸々はこれから。

彼の名前と中の英霊に繋がりはなし。ノイン・テーターとは名付けた者のただの皮肉。

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