九番目の少年   作:はたけのなすび

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明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

では。



act-30

 

 

 

 

 

 

 

 伝承に曰く、シャルルマーニュ十二勇士が一人アストルフォは、冒険の途中、善の魔女ロジェスティラから一冊の書物を贈られたという。それを使い、彼は邪悪な魔術師を退け冒険を成功させたと言われている。

 彼が英霊として昇華された後、その書物は宝具として今も彼と共にある。

 宝具としての効果は単純だが強力である。持っているだけでセイバー並みの対魔力スキルを持ち主に与えるし、実際それでノインも助けられている。

 更にこの書物、真名を解放すればあらゆる魔術を無効化するのだ。

 それこそ、空中庭園の砲撃魔術のような規格外の代物すら、魔術の括りに入るならばどうにかできる。

 ただし勿論、解放するには()()()()()()()()。当たり前のことだが、それが無ければ始まらないのである。

 それだというのに、ライダーは真名を忘れてしまったのだという。

 

「普通真名を忘れますか!?」

「ライダーに常識は通用しないからな……」

 

 良くも悪くも、と言うジークの言葉を聞いて、頭を抱えているのはルーラーである。

 現在、“黒”が空中庭園を攻略するのは不可能に近い。幾つか案は考えられているのだがどうにもこうにも成功率が低い。

 特に厄介なのは、アーチャーの狙撃に加えての空中庭園からの魔術砲撃である。その片方だけでも抑えられれば或いは、とフィオレは言う。

 その糸口になりそうな宝具を持っているんだけどとライダーが言い、けれどその真名を忘れてしまったのだとあっけらかんと告げた正にその瞬間に、ルーラーとノインは部屋の前に到着してしまったらしい。

 冷静なアーチャーでも驚いて大声が出るはずだ、とノインは半眼でライダーを見ていた。

 件の魔導書は今、卓の真ん中に置かれている。

 一目で込められた神秘は段違いであると感じ取れる書物である。魔術師たちには価値が分かるだけに、彼らは息を呑んでいた。

 

「ライダー、これが魔女ロジェスティラから貰った物なのですか?」

「うん。間違いないよ。開放すれば、あらゆる魔術をはね返せるはずだよ」

「でも真名が分からない、と……」

 

 フォルヴェッジ姉弟は顔を見合わせてため息をついた。

 

「ルーラーの権限で真名は分からないのか?」

 

 ゴルドの意見に、ルーラーは頭を振った。

 

「そこまでは不可能なのです。私に分かるのは各サーヴァントの真名までです。宝具までは何とも……」

「えぇ……。それじゃ、いよいよどうするんだよ?」

 

 ロシェの問いに答えられる者は誰もいない。

 

「待って待って!ボク、真名を思い出せる条件なら分かってるんだ!」

「それは何ですか?」

 

 アーチャーに静かだが圧を感じさせる声で問い掛けられ、ライダーは答えた。

 

「月の無い夜であること。新月なら、ボクは確実にこの本の真名を思い出せるよ」

 

 間違いなく、とライダーは真面目な顔で頷く。アーチャーは思案するように顎に手を当て、ノインは頭の中で暦を思い浮かべた。

 

「新月……。確かアストルフォは月に理性を奪われていたという伝承がありましたね。それ故月のない夜ならば理性が戻り、真名を思い出せる、ということでしょうか」

「次の新月となると、五日後だな。……つまり、この本を使うならば俺たちは五日待たなければならない」

 

 ノインの冷静な物言いに、フィオレは車椅子の肘置きを握り締めた。

 五日の遅れが引き起こす事態が幾つも彼女の頭に浮かんで消えているのだろう。

 現当主の迷いに、彼女のサーヴァントと弟は目配せし合っていた。

 

「……一旦、解散にしよう。これに関しては、俺と姉さんで話し合おうと思う。おじさんにロシェ、サーヴァントとジークとノインは下がってくれ」

 

 カウレスが手を上げて言い、フィオレは驚いたようだが受け入れるかのように頷いた。

 ゴルドやロシェは既にマスターではない自分たちの意見することでないと思っているからか、真っ先に退出する。バーサーカーはカウレスを案じるように見ていたが、アーチャーに促されて出て行った。

 残ったライダーとジーク、ルーラーとノインも、外へ出る。

 部屋を出、振り返ったところでジークはライダーの眉が八の字になっていることに気づいた。

 

「ライダー?どうかしたのか?」

「何でも―――――」

「ない訳がない。大方、真名を忘れた責任でも感じているんだろう」

 

 ノインは無表情で振り返って言い、ライダーは図星だったらしくうう、と唸った。

 

「ねぇ、ノイン。キミ、元気になったのは良かったし察しが良くなったのも喜ばしいんだけども、発言に遠慮が無くなってないかい!?」

「俺は元々こうだぞ。……というか、ライダーは伝承が絡んでいるから、ある程度仕方ない特性のようなものだろう」

 

 淡々と言って、それにな、とノインは肩を落とした。

 

「人のことなら俺が一番言えないだろう。英霊の名前がそもそも抜けているんだから」

 

 ああ、と四人の間に微妙な空気が漂った。 

 

「あれ?」

 

 廊下の先、彼らの前にアーチャーが現れ、彼はノインだけを手招きしていた。

 ルーラーやジークたちに手を振り、ノインはアーチャーの後に従った。これから彼が何をしようとしているか、分からない者はいない。

 

「おーい、ノイン。ボクにはよく分かんないけど頑張れよ!」

「ちゃんと戻って来いよ」

 

 ライダーとジークのあいさつにノインは振り返らないで片手を振った。

 彼らがいなくなってから、ジークはルーラーに問うた。

 

「ルーラー、君にはノインに力を貸してくれている英霊が誰か分かっているのか?」

「……はい」

 

 ルーラーは頷いた。

 立場上ルーラーが自分から教えることはしなかったし、ノインが尋ねて来なかったため彼女が発言することは無かったが、ルーラーは特権により相対したときに見抜いていた。

 

「そいつ、どんな英霊なの?あ、名前までは教えてくれなくていいんだけど、何かしかこう、伝承からして狂っているみたいな、そういうのじゃないんだよね」

 

 狂化ランクEXバーサーカーを間近で見てるからちょっと気になるんだよね、とライダーは続けた。

 ルーラーはジークの方も見る。彼とノインは似たような無表情なのだが、彼も気遣っているようだった。

 

「ノイン君と融合している英霊には、狂っているという逸話は持っていません。悪逆を働いた反英霊でもありません」

 

 それを聞いて、ライダーとジークの表情がほんの少し和らいだ。

 ルーラーが思いつく『彼』の特徴はもう一つある。

 

「彼は()()()()()()()()()()であり、道半ばで倒れた英雄たちの一人です」

「うーん?」

 

 でもそんな英霊はたくさんいるよね、と言いたげにライダーは首を傾げている。

 それこそ”黒”のランサーやキャスターは、完成した技量を持ってはいても正しく志半ばで斃れた英霊だった。というよりも聖杯戦争に召喚される英霊ならば、そうでない者の方が少ないだろう。

 そういう意味では、ノインの中にいる英霊の素性もありふれている。

 微妙に異なるのは、伝承の中でも完成されていないとされている英雄ということだ。

 ルーラーの気がかりはたった一つ。

 

―――――英霊として完成する前に果てた者が、もしこの世で器を手に入れられるかもしれないと判断すれば。

 

 再び生きている人間と同じように振る舞えるとしたら、『彼』はもしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ルーラーはそれを懸念していた。

 けれど現状では、”黒”に勝つ見込みはなく、ノインは言ったところで止まるような性格ではない。故に、彼女は止めなかった。

 右手で左の二の腕を掴むルーラーの内側で、小さな声が囁いた。さっきまで黙り込んでいた、レティシアだった。

 

―――――大丈夫です、聖女様。あの人は必ず帰って来ますよ。

―――――どうして貴女はそう言い切れるのですか、レティシア?

 

 聖女の内側で少女は言い淀んで、答え合わせをするようにもう一度口を開いた。

 

―――――男の子の意地ですよ。あの人はそれくらい意地っ張りです。

―――――だから聖女様、あなたはあなたの心と役目を見失わないで下さい。

 

 そう言って、レティシアは疲労からか沈黙したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ノイン、分かっているとは思いますが、我々には時間がありません」

 

 廊下を早足で歩く、アーチャーの背中を追いかけながらノインは頷いた。

 明日にしろ五日後にしろ、六十年かけてきた天草四郎からすれば誤差の範囲内で、翻って“黒”には時間も強さも圧倒的にない。

 追い付けるとは思わない。が、ぎりぎりまで追いかけ続けなければならない。そのために必要なことを行うのだ。

 アーチャーが向かうのは地下だった。この城塞の中でノインの魔力の波長が最も合う地点だ。前から探して見つけ出していてくれたのだろう。

 扉の前でアーチャーは振り返った。彼が何か言う前に、ノインは口を開いた。

 

「ありがとう、アーチャー。ここまでで良い」

 

 に、と笑う。

 多分これから行うことを実行して良いのか、最後に尋ねようとしてくれたのだろう。本人を抜かせば、アーチャーはノインの体のことを知る唯一の人物だ。

 霊基を完全に受け継ぐことができれば、振るう力は強くなるだろう。しかし、代償も重くなる。

 マスターと自分のためには無情に宣告したって良いはずなのに、気にかけてくれた賢者に少年は感謝して、扉を一人で開けて閉じた。

 小部屋に入るとしん、と音が遠ざかる。

 部屋の中央の椅子に向かいながら、どこにも行かないで、と言ってくれたレティシアの顔が過ぎった。

 嬉しかった、本当に。それを言ってくれた彼女のことが、ノインは素直に好きだった。

 纏わりついていた霞を、あの一言が遠ざけてくれた。

 自分たちが殺めた子どもら。彼らへの償いなどできる訳がないし、できると思うことが誤りだ。

 ノインは、彼らをただ決して忘れずに覚えておくことにした。

 あの日の自分やきょうだいたちと混ぜず、彼らを彼らとして記憶することが彼の選んだ、名もなき子どもたちへのたった一つの礼だった。

 レティシアの言葉が無ければできなかった。

 

―――――うん、好きだな。彼女のことも、彼女の生きている世界のことも。

 

 ちゃんと頑張らないとなぁ、とノインは椅子に腰かけて目を閉じた。

 自分と外界を切り離すための暗示は、得意だった。辛くなったときに、何度もやってそうして自分の内側に閉じこもるためにだ。

 そうやって閉じこもっているときは、『彼』の存在を感じ取ったことは一度もない。それでも内側に、『彼』は確かにいるはずなのだ。

 ずっと力を、霊基を、貸してくれているのだから。

 槍を何度も握り、胼胝のできた自分の両手を見下ろす。一度、息を吸って吐き、眼を閉じた。

 ひゅるり、と奈落に落ち込むようにノインの意識は闇に沈み込んで分解された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――深く、深く、沈み込んでいく。

 

 足を下にして落ちていたようにも、頭を下にして落ちていったようにも思う。 

 どちらが上か下なのかも分からない。そのうち考えることもやめて、ただ落ちていくに任せた。風も感じないし、そもそも自分の体がどこまであって、どこまでが闇なのかも分からない。

 ただただ、下に落ちていく感覚だけが感じられる本物だった。

 ふと、昔、ずっと昔に聞いた物語を思い出した。

 確か兎を追いかけて、穴に落ちた女の子の話だった。奇妙な国をさ迷って、それでも最後には家に帰ることのできた女の子の物語だ。

 自分の追いかけるものは兎などという可愛らしいものではないし、落ちていく先も不思議の国ではなく自分の内側である。何と言うかとことん夢がない。

 そういう思考ができるようになった分、()()()()()()()感じがある。英霊が入る前の自分は、もっとよく笑ってよくしゃべる、今とかなり違う奴だった。

 

―――――あの頃は、しゃべっても聞いてくれる相手がいたからな。

 

 息を吐いて、前を見る。

 向かう先に光は無く、ただ一層分厚い闇の渦だけがあった。

 止める気も止まる気配もなく、自分はそこへ真っ直ぐ、石のように落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――唐突に闇が晴れたその先で、眼を開けた。

 

「ここは……」

 

 声が出たことにも驚いたが、目の前の光景にはさらに驚いた。

 ノインは真っ白いリノリウムの床の上に立っていたのだ。彼は廊下にいて、目の前にはガラス張りの部屋があった。

 部屋の中にある寝台はどれも模様一つない無機質なもので、それが十個あった。

 観察動物のための飼育箱のようだった。そして見覚えがある。

 ガラスの壁は割れていて、寝台はいくつか倒れている。染み一つなかった床は土塗れになっていた。最後の印象と大分異なっているが、間違いなかった。

 

「そうだろうな。ここはお前の最初の場所だ」

 

 かけられた声に、ノインは反応した。

 振り返ると割れた壁の穴の縁に、少年が一人腰かけていた。

 彼の背後には、何度か見てきた灰色の海が広がっている。ノインの背後には、壊れた研究所とでも言える建物が広がっている。

 荒れ模様の空と海を背負って、黒い髪の少年はにやりと笑う。

 その瞳はノインのようなくすんだ赤ではない。真紅に光っていて、どこか獣染みていた。

 片膝立ててノインをねめつけている小柄な少年は、幾つか歳下に見えた。項の辺りでノインより長い黒髪を無造作に紐で束ねている。

 装束は青い革鎧、右手には短めの槍。腰には革紐にも見える投石器。

 彼はノインがサーヴァントとして戦うときとほぼ同じ格好をしていた。少年がノインに似ているのではない。ノインが彼の力を借りているからだ。

 こうまであっさりと、本人に出会うと思っていなかったノインは、何と返してよいやら分からずに固まる。

 

「なぁんか言えよ。口が利けない木偶人形ってワケじゃ無いんだろうが」 

 

 獲物を狙う肉食獣のような荒々しさと残酷さ、年相応の子どものような純粋さが、細面の顔に表れている。

 友好的な感じはない。思えば夢の中での視線も、優しさとかそういうものを感じた試しはなかったよな、とノインは頬をかいた。

 

「初めまして、と言うべきなのか、俺は」

「阿呆か。初めてなワケが無い。何年お前の中にいたと思っている。おれはお前を見ていたが、お前はおれを見ちゃいなかった。今更振り返ったかと思えば、今度はさらに力を貸せだと」

 

 言葉に棘と殺気が混じる。

 この少年はどうやら、ノイン・テーターという人間を嫌っているらしい。それにしては饒舌ではあるが、手を差し出す気は毛頭ないと少年は態度で示していた。

 ノインは生唾を飲み込んだ。

 ここの己は自分一人。頼りになるのは何もない。戦うとき、これまでずっと頼りにしていた力の源と対峙しているのだから。

 

「……そうだ。それでも俺は頼む。俺は力がいるから」

 

 ふん、と少年は鼻で笑う。

 彼は屈んで足元にのびた影に手を突っ込むと、中から槍を取り出した。

 無造作に槍をノインに投げ渡す。ノインがそれを片手で受け止めると、彼は腰を下ろしていた穴の縁から飛び降りた。

 

「己のことも彼らのことも、何一つ顧みて来なかったお前に、ただで力など貸さん」

 

 槍の穂先がぴたりとノインの喉元を指し示していた。

 ノインは少年の顔と手元の槍を見比べた。槍の穂先に、青褪めた己の顔が映っていた。

 

「……まさか、あんたを倒せと?ここで?」

「出来なければお前の命を貰うまで。おれの知る戦士とはそう言うものだ。泣き言も聞かないし、おれはこれ以外の方法は知らない。力を寄こせと言うなら、こちらの領域で争え」

 

 灰色の海と灰色の建物だけの世界のどこか遠くで、雷が一度轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





デミ少年は、親愛も友愛もそれ以外も割とごっちゃである。
という訳で自分の中に潜りました。少年英霊の真名は次で開帳かと。


申し訳ありませんが、明日の更新はありません。

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