新年早々嘘を付きました。更新できたのでしました。
では。
分かり切っていたことだ。
弾き飛ばされて背中から壁にぶつかり、血の味が広がる。体のどこが壊れたか、確認する暇もなく転がる。
自分の頭のあったところに、叩きつけられたのは槍の穂先。地面が抉れ、ノインはそれに全身を叩かれて吹き飛んだ。
体勢を立て直す間もなく、踏み込んできた少年に襟首を掴まれ、無造作に投げられる。水きりの小石のように地面を跳ね、崖までノインの体は飛ばされた。
崖から下の荒海へ落ちかけ、何とか踏みとどまる。
息をしようとしてノインは咳き込み、口の端から血が流れた。
「無様だな。お前は」
その前に、少年が降り立つ。表情には余裕があって、鎧には傷どころか土すら付いていない。
ここは己の意識の中。精神世界とでも言うべき世界だと、ノインは本能で悟っていた。
この世界は大体半分に分かれている。
荒れた空と海の広がる領域と、青空の下で無機質な研究所が佇む領域。前者が少年の心象世界を反映し、後者がノインの心象世界を表しているのだろう。
つまりそれだけ、少年英霊の心象世界はノインの意識に食い込んで浸食している。
少年は苛立たし気に、槍の石突を地面に叩きつけた。
「本当に無様だ。ノイン・テーター。戦士でもないどころか、なりたいと思ったこともないくせに、まだ戦えているお前がおれは嫌いなんだ」
「そう、なのか。でも俺は、あんたのことは嫌いになれない」
少年の顔が理解しがたいものを見たように歪んだ。
けれどノインの本心なのだ。彼がいて自分はまだ生きていられる。それに、この少年はノインを殺そうとしていなかった。
ここでは、ノインはデミ・サーヴァントとしての力は全く使えていていなかった。体の頑丈さは変わっておらず魔力で身体能力を強化することは可能だが、槍や投石の技能の方が頭から抜け落ちたようだった。それを本来扱うべきなのは、少年の方だからなのだろう。
それでも本来のノインの体は、息をするのも辛いような脆弱さだったからこれでもましだった。
並みの人間よりかなり頑丈なだけ、というところにまで弱体化しているのに、ノインはまだ英霊を相手にして死んでいない。
「あんた、俺を、殺す気が無いんだろう」
少年にその気があれば、とっくに刺殺されているのだ。そうなって当然だ。
そもそも力を示せという時点で、即断即決で殺そうとはしていないのだ。
「は。甘いな。お前をここで殺せば共倒れになるから、おれにお前は殺せないと思っているのか?」
「……ここで俺が死んだら、現実の俺もここにいるあんたも消えるということか?」
自分の精神に住んでいる自分以外の存在に心の中で殺されると現実の己がどうなるか、などという問題は、魔術的に考えると頭がこんがらがりそうだった。
つまりここで死んだら、現実の自分はただでは済まないということらしい。
そいつは知らなかったな、とノインは口元を拭いながら呟いた。
そして少年の英霊の方も、人間の中に宿っている状態をどういう風に捉えているのかは知らないが、第二の生とも言えるだろう。
少年はノインの考えを察したのか、鼻で笑って槍を無造作に肩に担いだ。
「言っておくが、おれは消えることに未練なんてない。第二の生が欲しいワケでもない。お前が気に入らないから、ぶちのめしているだけだ」
少年は唸るように言って、槍を構える。
ノインは槍の切っ先をだらりと下げたまま、口を開いた。
「じゃあどうして、あんたは六年も俺の中にずっといたんだ?そんなに俺が嫌いなら、出て行けば良かっただろうに」
そもそもデミ・サーヴァントとしてノインが霊基を借りることを、許さなければ良かったのだ。
そう言った途端、目の前から少年の姿が消える。
腹に衝撃が走った、と思った次の瞬間には、ノインは再び研究所の壁に背中を打ち付けていた。それだけに留まらず、壁を二枚ほど突き破ってようやく止まる。
真っ直ぐ突き進んできた少年に蹴られて吹き飛ばされたのだ。防御のために腹を腕で庇ったために、内臓や骨は無事だが、全身に電流で撃たれたような痛みが走り、腹を抱えてノインは呻く。
ごろりと寝転がると割れた天井からは、泣きたくなるほど澄み切って遠い、青空が見えていた。
右手はまだ槍を辛うじて握っていた。しかし、これを持っていてもどうしようもない。
遠くからは、足音が聞こえていた。その気になれば一瞬で詰められる距離を歩いて来るということは、何というか本当に彼には嫌われているんだな、とノインは実感した。
それでも自分があの少年を”赤”のセイバーのようにただ怖いと思えないのは、まだ情動の一部が壊れたままになっているからか、それとも六年も中に居てくれた気配だからか、さてどちらなのだろうと考える。
結論としては、どちらでも同じだった。
ここで説得できなければ、”赤”との戦いのどこかで斃れることになる。そうしたら、もう二度と誰にも会えなくなる。
軋む全身に力を入れて、ノインは立ち上がった。
「何だ。まだ動けたのか」
声がする。壁にノインが開けた穴から、少年の姿形をした暴虐の嵐が姿を現した。
ノインは立ち上がって自分より少し小柄な彼を、真正面から見た。
「動けるさ。動かないと」
ノインは言って、槍を放り投げる。
乾いた音がして、部屋の隅に槍は転がった。
「何のつもりだ?」
「何のつもりも何も、槍も魔術も、あんたのものであって、俺のじゃないだろうが」
戦うための力は借り物で、それを借りている本人に向けても通じる訳が無かった。使えない武器は邪魔なだけだ。
ノインが両の拳を構えるのを見て、少年は虚を突かれたようだった。
「お前、馬鹿か?」
「そいつはどうも。馬鹿じゃなきゃ、ここまで来てない」
この少年に借りた以外の力は、ノインにもたった一つだけあった。教えられて、得たものだ。
”黒”のアーチャー、ケイローン。彼が授けてくれた素手で戦うための技。それだけは、どう扱えばよいのか覚えていた。
呆気に取られたように口を開けた少年は、次の瞬間空を仰いで呵呵大笑した。
てっきり殺気を向けられると思っていたノインの方が、今度は呆気に取られる。
両眼を手で覆って咳き込むほどに笑い続けた少年は、手を離すと、同じように槍を放り捨て投石器も放り投げた。
拳を胸の前でかち合わせ、少年は引き裂くような笑いを浮かべた。どこか楽し気で、残酷で、無邪気な笑いだった。
「いいぜ。ノイン・テーター。お前が組み打ちでおれに挑むというなら、相手になろう」
少年の体が沈む。
同じように構えを取りながら、ノインはふと思いついたことを口に出した。
「一つだけ、俺からも聞きたい。あんた、名前は何て言うんだ?」
名前も知らない相手に力を貸せと言い戦うのは、そう言えばとんだ無礼もあったものだと、今更思い当たる。
それでは名を聞いてくれることも呼んでくれることもなく、ただ戦えと自分を使役していた、魔術師たちと同じだ。
しかし、それを聞いた瞬間、少年の表情が一瞬消えた。あらゆる感情を排したような気配が漂う。
何かを押し殺すように、少年は答えた。
「……戦う前には教えない。教えられない。どうしても知りたければ、おれを倒して自分で掴め」
無造作に言い捨てた彼の指に、黄金の指輪が嵌っていた。その輝きがノインの目に入る。
あれはノインのデミ・サーヴァントとしての装束に加えられていない見慣れない物である。それ故に目に付いた。
ルーン魔術と投石器、黄金の指輪と己の名を名乗らない、少年の姿の英雄。
情報の欠片がすべて噛み合って、ノインの頭の中で光が弾けた。
一つ、思い当たる名前があった。とはいえ、それが正しかろうが誤りであろうが、現状には全く関係が無い。
眼を閉じ、息を吸う。感じた匂いは、昔毎日のように感じていた『家』の空気と同じもので、それがどうしてだか哀しかった。
「―――――行くぞ」
少年の声が低くなる。高まる殺気に、ノインも思考を切り捨て身構えた。
ケイローンから教わった言葉と動きのすべてを纏う。そうすれば、痛みと傷で霞んでいた世界が少し輪郭と色を取り戻した。
気がついたら、少年が目の前にいた。
右から来る拳を防ぐために腕を突き出す。拳が当たった瞬間、電流に打たれたような痛みが再び走ったが、暗示をかけて無視する。
少年の腕を掴み、逆の手でがら空きの胴にノインは拳を打ち込んだ。
「――――!」
衝撃で顔を歪めたのは、ノインの方だった。
岩どころか、鋼鉄の塊を殴ったような衝撃が脳天を突き抜ける。強化に回した魔力が足りなかったのだ。
少年はにやりと笑う。ノインは掴んでいた手を離す。後ろに跳んで距離を取ろうにも、ここは狭すぎた。
咄嗟に横に半身をずらす。空いた空間を少年の拳が通り抜け、風圧でノインの髪が揺れた。
屈み、足を払う。人体の構造を把握しての一撃で、少年の体勢が崩れる。その隙に、開いた穴からノインは跳び出した。自分の心象領域から、少年の心象領域へたどり着いたところで、右側から風の音を聞く。
両手で少年の蹴りを受けると同時に、魔力で身体を強化。渾身の力で、少年の小さな体を逆に投げた。
くるくると軽業師のように空中で回り、少年は危なげなく着地する。余裕に溢れたその態度に、ノインはため息をつきそうになる。
英霊と言うのは、本当に存在自体が理不尽だ。心底思う。それと一対一で相対するのは、本当に馬鹿にならなければやっていられない。
「凄い馬鹿力なんだな。それに格闘も慣れていると」
「……知らないでおれに組み打ちを仕掛けたお前の落ち度だ。槍ならともかく、おれはこれで負けた試はない」
「ああ、そうなんだろうな。組み打ちだったなら、あんたは海辺で生命を落とすことも、無かったんだろう」
少年の動きが止まる。ノインは構わずに続けた。
「そうなんだろう?―――――光の御子クー・フーリンの息子、コンラ」
少年――――コンラの顔から、表情が再び消えた。
「正解、か」
『名を名乗ってはならない』、『行く道を変えてはならない』、『あらゆる挑戦に応えねばならない』。
三つの誓約を守ったがために父であるクー・フーリンと一騎打ちをすることになり、魔槍ゲイ・ボルグで殺された幼い英雄、コンラ。
それが、この少年の名前だったのだ。
コンラはふんと鼻を鳴らした。
「知恵だけは回るのか。さすが小狡い魔術師だな」
「何言っているんだ。俺は魔術師じゃない。俺の中に居たなら、知っているだろう」
「……失言だったな。お前は魔術師でもない。戦士でもない。だから気に入らないんだ」
「戦士でもないのに戦うな、ということか」
コンラは頷いた。潔癖なんだな、とノインは思う。
「戦士だけが戦って、それで話が済むのならこの世はもう少し良くなっている、コンラ」
名前を呼んだ途端、コンラが再び拳を構えた。それを見ていないかのように、ノインは話を続けた。
「俺が戦士じゃないなんてことは、俺が一番よく知ってるさ」
戦えるものだけが戦えばいいとコンラは言いたいのだろう。そうでない者は出しゃばるな、と。
何かを為す力のあるものだけが、それに立ち向かえば良い。とても優しい理屈だった。
その真理で世界が回っているのなら、デミ・サーヴァントもジャック・ザ・リッパーも生まれなかったに違いない。
資格や力の有無を、世界が鑑みてくれることはない。
たまたまその場に生まれてしまったから、たまたま才能を見出されてしまったから、たまたま居合わせてしまったから。
そんな下らない理由で、この世の誰も彼もが理不尽に巻き込まれる。自分で選んだ道だと思っていても、状況に選ばされていることがある。
それでも、生きているならその道を歩んでいくしかないのだ。
これからの数日を生きるために、ノインは目の前の英雄を
幼い英雄のまま果てて、終ぞその真理を骨身に沁みて理解することは無かっただろう、少年相手に。
「もう一度言う。戦うための力が要るんだ。だから力を、貸してほしい」
「だからそれならば――――」
「いやいや、倒せだなんて無茶を言うな。あんた相手じゃあ、俺は殺されないようにするだけで精一杯だよ。だから説得する。舌を抜くまで喋るのはやめないからな」
コンラは馬鹿を見るような眼になった。
自分と違って、この少年は考えていることが素直に顔に出るんだな、と思う。
「減らず口を……!」
「あんたはそもそも、どうしてそこまで俺が嫌いなんだ?」
踏み込んできたコンラの拳を、紙一重で躱してノインは尋ねた。
「知れたことだ!優柔不断で後ろ向きで、自分のことも置き去りにした!自分の望みも彼らの望みも、まとめて忘れてしまった恥知らずだ!」
ひどい言われようだった。大体真実なだけに、言い返せない。
「大体何より苛立つのは、お前が!誰のことも恨んでいないことだ!」
叫ぶと同時に、コンラは拳を振りかぶる。
感情が高ぶっているせいか大ぶりな一撃だった。ぎりぎりでこれも躱すことができたが、風圧で頬が切れた。標的を失った拳は、地面を大きく陥没させた。
「恨んで!憎んで!尽きない恨みをぶつけて当たり前だろうが!お前の愛する家族も!お前自身をも奪った魔術師どもだぞ!」
少年の感情が爆発した。
魔力が吹き荒れ、風が巻き起こる。コンラの長い黒髪が風に千切れそうなほど暴れていた。
「それすらできないヤツが、人間に戻っただと?笑わせるな馬鹿野郎が!今もそうだ、おれを一度も恨んじゃいない!桁の違う力を振るうおれを、どうして理不尽なんだと憎まない!聖人にでもなったつもりか!」
コンラの手がノインの襟首を掴む。
防御のために胸の前で交差したノインの腕を、一切構わずコンラは殴り抜いた。石ころのようにノインが吹き飛ばされて、砂埃の中に姿が消える。
陥没した地面の中心に立って、コンラは片目を覆った。
「おかしいだろうが、こんなこと……!」
「そうかよ。そう思うってことは、あんたは良い奴だよ。……腹立たしいくらいになァ!」
唐突に、コンラの目の前にノインが現れる。
幻術の己と入れ代わり、先の一撃をやり過ごしたぼろぼろの幽鬼のような少年は、両手をコンラの襟首にかける。
蹴りかと身構える彼に―――――ノインは、頭突きを見舞った。
「――――ッ!?」
コンラの体が、初めて仰け反る。その額から血が一筋だけ垂れていた。
ノインの方はそれでは済まない。ありったけの魔力で防御しての頭突きだったが、額は弾けて流れる血が顔の上をを流れ、悪鬼のようだった。
それでもノインは、コンラの襟首を掴む手の力を緩めなかった。血の中で眼だけが別の生き物のように、爛々と光っている。
「あんたこそ、何を見当違いなことを言ってるんだ……!俺が彼らを、憎まなかった、恨まなかった?そんな訳がないだろうが!」
―――――憎かったよ、殺してやりたかったよ、俺たちからまともに生きる機会を奪った何もかもすべてを!
血を吐きながらノインが叫んだ。
自分のものとは比べ物にならない感情の爆発に、英霊の少年が確かにたじろいだ。
「でもな、だったらどこまでを殺せばよかったんだ。ダーニックか?ユグドミレニアの全員か?それとも―――――俺たちを生んだ世界すべてか?」
一度衝動に身を任せてしまえば、絶対に恨みは止まらない。憎悪は途切れない。それなら世界を恨めば良かったとでも言うのか。
それこそふざけるな、とノインはコンラに指を突き付けた。
「下手な感情を見せれば、処分される。俺の生きていた場所はそういうところだ!俺は恨みを誰かに叩きつけて、自分だけ満足して死ぬ結末なんて御免だった、それだけだよ!」
――――世界にはきっと、きっとどこかに泣きたくなるほど優しくて、綺麗な場所があるから、そう、それこそおとぎ話のような機械仕掛けの優しい神さまだっているんだから。
―――――だから、諦めないで。生きてね、兄さん。
「それは、お前の妹の……!」
「そうだよ。俺は自分が生きるために感情を殺した。何処かにあるって言う優しい場所を見たかった!たったそれだけの人間を、聖人?あんたの方こそ大馬鹿野郎だ!その目は節穴かよ!何を見ていたんだ!」
けれど、ノインという人間はそうして生きるために感情を殺しすぎて、そのうち何のためにそうやって振る舞うか分からなくなった。見せかけと自分の境界を、一人ぼっちの子どもは容易く見失って途方に暮れた。
それをこの聖杯大戦という血塗られた奇跡の中で出会った人々が、思い出させてくれた。
一番あたたかい少女の向こうに、妹が、兄が、姉たちが知りたかった優しい世界を垣間見れた。
「彼らを壊させたくない、どうしても、生きていてほしい!そのために力を貸せと言っているんだ!」
最後の一言を全身から吐き出して、ノインの体から力が抜ける。英雄の襟首を掴んでいた手が離れ、ずるずると膝を付く。
ノインに寄りかかられる形になったコンラは、けれど血まみれの体を突き放すことはしなかった。
代わりに、耳元で囁く。
「おれの霊基をこれ以上使えば、体が壊れる」
「分かってる」
「それでも、戦うのか?」
「ああ」
「ここに居続ければ、お前はもっと苦しむ。それでもか?」
「気遣いは嬉しいけど、でも、受け取れない」
ここで逃げたら本当に、一生後悔するから。
誰も気遣ってなんかない、とムキになったように目を三角に尖らせるコンラに、ノインは痛みと疲労で濁った眼を真っ直ぐ向けた。
「昔のあんただって、そうだったんじゃないか。あの海を越えて相対した朱槍の戦士が、父親だって、分かっていたんじゃないのか?」
戦えば死ぬかもしれなかった。それでもコンラという少年は戦いを選んだ。
真正面から父親と出会うために。それが戦士として生きることを選んだ彼の、一番真摯な向き合い方だったのだ。
哀しくなるほど愚直に生きて、それでこの少年は結局死ぬことになった。
コンラは肩を落とした。
「おれと同じことをしたら、早死にするぞ。敵が誰かも、どういう奴らかも分かっているはずだ」
「そうなるかもな。でも、そうならないかもしれない。未来なんて、誰にも分からないだろ。だから俺は生きて来れたんだから」
強がりでしかない答えを聞いて、コンラは体中の空気を吐きつくすような息を吐き、ノインの背中を叩いた。
「分かった。……分かったよ、ああ畜生。大馬鹿者一人なら死ぬだけかもしれないが、二人ならまだ何とかなるかもな」
―――――力を貸そう。アルスターのクー・フーリンの息子、コンラの名において、持てる力のすべてをノイン・テーターに貸し与えよう。
ノインの体を近くの岩にもたせ掛け、その手を取ってコンラは宣言した。
「……でも俺は、あんたに勝ってもいないんだが」
「はあ?おれに勝つのが無理だと抜かしたのは、お前だろうが。さっき見事に頭突き決められたから、あれで決着にしといてやる」
自分がただの少年の叫びに一瞬だけでも気圧されたことはおくびにも出さず、ノインの額を手のひらで何度も軽く叩きながら、コンラは言った。
「まあ、これで宝具はどっちもまともに扱えるようになるさ。特に二番目は蔑ろにすると師匠に殺されるから、というか影の国から殺しに来そうだから、そこんところは頼むぞ。本気で」
「あんたの師匠ってまさか……ああ、女戦士スカサハか」
それは怖そうだ、とノインは寝言のように言った。
ひどく眠かった。堪らなく、眠かった。
堪える間もなく瞼が下がり、すべてが闇に消えて行く。
―――――頑張れよ、というぶっきらぼうな声が聞こえた気がした。
―――――ありがとうと言う前に、意識の糸がぷつりと切れた。
真名開帳&意地の張り合い。
更なる修羅に進む前に心を折って止めたかった英霊少年、一番近くで自分を見ていた相手に見当違いなことを言われて怒ったデミ少年。
正しさはどっちにもあってどっちにも無い。
という訳で掴んだものと共に、いざ現実へ還ろう。
ちなみにコンラには七歳説もありますが、書く上で流石に幼すぎると感じたので少し引き上げました。