九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-32

 

 

 

 

 

 

 何処か遠く深い所から、長く暗い道を真っ直ぐに落ちて行く。落下し続けたそのままの勢いで、ノインの意識は覚醒した。

 座っていた椅子から誰かに突き飛ばされたように飛び起きてよろめき、勢い余って頭から扉に突っ込む。

 

「う、わ……」

 

 ごん、と滑稽な鈍い音が部屋に響いた。

 デミ・サーヴァントの体だから扉にぶつかった程度痛くはないのだが、衝撃でノインは額を押さえた。

 

「戻れた、のか?」

 

 手を見る。

 肉が裂けて血が流れていたはずの手は、傷一つ無かった。額が割れている訳でもない。あれだけぼろ雑巾のようになっていた体に痛みもない。

 戻れた、ということらしい。

 それならば一体今は何時なのだろうと、それが気になった。体感としては数時間だが、精神世界での時の流れは当てにならない。

 扉を開けると、アーチャーの姿は無かった。代わりに、腰掛けていた椅子から跳び上がったのはジークとライダーである。

 

「おかえり、ノイン!」

「戻ったのか、良かった」

 

 そうは言うものの、二人はどこか心配そうだった。

 

「ただいま」

 

 片手を上げて、いつも通りにノインは返す。それでやっと、二人は頬を緩めた。

 

「良かったぁ……」

「……もしかしたら、俺と『彼』のどちらが戻るかで心配してくれたのか?」

 

 ノインが言うと、ライダーは少し目を逸らし、代わりにジークが答えた。

 

「ノインなら大丈夫とは思っていたのだが、気になっていた。その様子だと上手く行ったようだな。……だが、眼の色が変わったか?」

「俺の眼がどうかしたのか?」

「赤が濃くなっている。真紅に近いぞ」

 

 ノインは片目を反射的に覆った。

 多分、コンラの真紅の瞳に近くなっているのだろう。同調が深まった分、身体的特徴が受け継がれたらしい。そう言えば髪も少し伸びた気もする。

 

「ホントだ。で、ノイン。結局キミの中にいるのは誰だったの?」

 

 それは、と前髪を弄りながら答えようとしてノインは何となく精神的な引っ掛かりを覚えた。

 彼の名前は分かる。クー・フーリンの息子、コンラだ。負けん気の強そうなあの顔も、表情の一つ一つも覚えている。

 けれどそれをライダーたちに伝えようとすると、自分の内側でそれを差し止めようとする感覚があった。

 寒気のようなその感覚を無視して続ければ、違和感が倦怠感に変わるだろうという予感がある。

 ノインは口元を押さえた。

 

「名前……ちょっと待ってくれ。言える……はずなんだが、言いたくないんだ」

「んん?」

 

 ライダーが首を傾け、ジークは顎に手を当てた。

 

「サーヴァントの特性か?」

「多分―――――」

 

 答えかけてノインは思い当たった。

 コンラの死因ともなった、三つの誓約。ケルト神話に頻繁に登場する魔術的な契約、ゲッシュの存在だ。

 

「すまない。俺に力を貸してくれている英雄は、名前を名乗ってはならないんだ。名乗れないこともないが、やるとステータスが下がる」

「……何でそんな面倒なコトになってんの?」

「ケルトの誓約(ゲッシュ)だ。『彼』のゲッシュは『名を名乗るな』『道を変えるな』『如何なる挑戦をも受け入れろ』の三つらしくてな」

 

 コンラの霊基が完全に受け継がれた分、それもしっかりとノインに受け継がれてしまったらしい。今までは融合が不完全だから何の効力も無かったが、今後はそういかないことになる。

 そんな話は知らなかったぞ、とノインは心の中で尋ねてみる。コンラの声は聞こえなかったが、何となく申し訳ないと思っている気配が伝わって来た。

 一方、ジークはゲッシュの話だけで誰かが分かったらしく、ぽんと手を打った。

 

「なるほど。ケルトの伝説出身でその誓いを背負った英霊となると、真名はクー・フーリンの息子、コンラだな」

 

 流石英霊に纏わる知識を与えられて生まれたホムンクルスだな、とノインは思いながら頷く。

 自分から名乗るのは禁止だが、相手に言い当てられて解答するのはゲッシュに抵触しないらしかった。

 それに、ノインと名乗る分には恐らく差し障りはない。ノイン・テーターとは、ノインの存在につけられた名前で、コンラを表していない。名乗りを禁じるゲッシュは、英雄コンラの名を示したいと思ったときだけ、発動する仕組みらしかった。

 それよりも、残り二つの方が問題だった。こちらはノインの行動にもきっちり制限を加えてくると感覚が言っていた。

 ライダーは頭を抱えて桃色の髪を掻きむしった。

 

「や、ややこしい……。パワーアップのはずなのに何でそうなるんだい!?それだから幸運:Eなんだよぅ」

「む、それは少し聞き捨てならないぞ、ライダー」

 

 ノインの目がみるみる尖る。ゲッシュの存在はコンラの誇りの証だ。

 面倒なことになったのは否定しないが、『道を変えるな』は要するに空中庭園に向かわないという道を絶たれただけで、却って覚悟が固まる。

 『如何なる挑戦も受け入れる』の方は、そもそも他の敵サーヴァントが、デミ・サーヴァントに挑戦を叩き付けるとはあまり思えなかった。

 あくまで自分は挑戦する側であって、される側ではないというのがノインの認識なのだ。

 他のケルト圏の英霊がどうなっているかは知らないが、少なくともコンラのゲッシュは守っている分には、ステータスにプラスの補正が掛かるスキルなのだし、そういう訳だから何とかなるだろ、とノインは肩をすくめ、ライダーは肩を落とした。

 

「ゲッシュってのはボクらで言う、騎士の誇りとか誓いみたいなもんか。……さっきのはごめんよ、コンラの誓いを貶めるつもりは無かったんだ。たださぁ……」

「相手方にもルーラーがいるからな。ゲッシュを利用して嵌めに来るかもしれない。それが気にかかる」

「天草四郎か……」

 

 三人の間に静かな空気が流れ、ライダーが手をぱんぱんと叩いた。

 

「あー、この空気無し無し!とりあえずちゃんと融合できたんだから良かった!感じとしてはステータスも上がってるようだし!」

「そのようだ。耐久と筋力が上がっているぞ。後は、宝具のランクが見えるようになっている」

 

 サーヴァントのステータスを看破できるマスターの眼で、ジークはノインを見ながら言った。

 うん、とノインは一人頷く。不利になったことより、手に入れたものの価値を素直に喜ぼうと思った。―――――幸運が変わっていないらしいことはほんの少しばかり残念だったが。

 

「宝具を二つともちゃんと使えるようになったからな。……雑に扱うと、『彼』の師匠のスカサハが影の国から襲撃して来るらしいが」

「……何というかもう、そこまで来るとどこまでも物騒としか言えないな、ケルトは。というよりケルトだから物騒なのか。物騒だからケルトなのか。どっちなのだろう」

「おいちょっと待てジーク、大真面目にケルトを物騒の代名詞みたいに言うな」

「流石にそのツッコミはムリがあるってば。どう考えてもコンラくんバーサーカー入ってるだろ」

 

 ジークとライダーの額を小突くふりをしてじゃれ合いながら、力を示せ、出来なければお前の生命を貰う、というコンラの言葉をノインは思い出した。

 あれは何となく彼だけの言葉というより誰か、例えば師のような人間に送られた言葉であるような気がした。確か、コンラとクー・フーリンの師匠は共に影の国の女王スカサハだったはずだ。

 父との誓いを守るために生命までかけたコンラにとっては、父と同じ師から継いだものは自分が想像するよりも重要なのだろう。

 父親と呼べる存在がいないだけに、親子の繋がりというものは尚更犯し難い領域にあるようにノインには思えた。

 

―――――ありがとう。あんたの力を存分に使わせて貰うよ、コンラ。

 

 幼い姿の英雄の顔を瞼の裏に描きなら、ノインは心の中で呟いた。

 やれるもんならやってみやがれ、とでもあの少年ならば嘯きそうだった。

 少年の面影を一端脇に避けて、ノインは知りたいことを尋ねた。

 

「それで、俺はどれくらいここにいたんだ?」

「数時間というところだな。……それと、出発は五日先に伸びた」

 

 つまりフィオレは、すぐに急襲する作戦ではなくライダーの宝具を要とする作戦に切り替えたらしい。

 

「なるほど。……責任重大だな、ライダーもジークも」

「任せてよ!新月のボクは一味違うからさ!あ、それとフィオレちゃんからノインに伝言だよ。戻って来たら渡して欲しいってさ」

「?」

 

 何だろうと顔に疑問符を浮かべるノインに、ジークは紙を一枚手渡した。

 開いて中を読んだノインの表情がだんだんと固まる。

 

「何なに?なんて書いてあったの?」

 

 興味津々なのか覗き込んでくるライダーとジークの前に、ノインは額を押さえながら紙を突き出した。

 受け取って一読し、ジークが首を傾げた。

 

「ルーンで、爆弾を強化しろ……?」

「空中庭園に突貫させる飛行機に積む爆弾を、ルーン魔術で強化しろってことみたいだね」

「ああ。ルーラーが聖別してサーヴァントにも通じる爆薬にするとか言っていた奴だろうが……大丈夫なのかこれ、聖人スキルとルーンだぞ?変に誘爆したりしないよな?」

「さぁ……」

 

 どうせならルーン魔術も加えての強化爆弾を作るように、とのフィオレからの当主命令だった。

 結構な数の爆弾作りの注文に、ジークとライダーは同情したような目になる。確かにルーンの使い手ならできるだろうが、それにしたところで数が多かったのだ。

 アサシン討伐、霊基回復からのルーン爆弾大量生産と、ノインの仕事が立て続けなのは間違いなかった。

 しかしそれを言ったら、ゴルドにしろロシェにしろフィオレにしろカウレスにしろ、マスターたちの仕事が山ほどある状況は全員似たりよったりだ。

 

「ま、やれることがあるのは良いことだ」

 

 そう言うノインにジークは口を開いた。

 

「……ノイン。俺にも何か、手伝えることはあるか?」

 

 そうだな、とノインはジークの顔を見ながら、顎に手を当てて考える仕草をした。

 

「ライダーのお目付け役をよろしくな。絶対に彼が今後トラブルを起こさないよう頼む」

「分かった。必ずやり遂げよう」

「ちょっとマスター!ボクの信用度低くないかな!?ノインは笑うなよぅ!」

 

 涙目になりかけのライダーと生真面目に頷いているジークを見比べ、ノインは現実に戻って来て初めて笑みを浮かべただった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎にも角にも爆弾である。

 ユグドミレニアの資産を投じて飛行機と共に手に入れたということだが、そんな大量の爆薬は城に運び込めない。置く場所もないし、持ち込んだ人間から情報が漏洩されれば洒落にならないからだ。

 よって空港近くの倉庫に隠したとのことで、ノインは翌日の昼から城を出てそこへ向かうことになった。

 ルーラーの聖別は聖人スキルを持つ彼女が祈ることで完了するらしいが、ルーンはあれこれ工夫した方が威力が上がるため、試行錯誤する分時間が必要になる。

 これは結構時間がかかる、とノインは倉庫内の山と積まれた爆弾を見上げていた。

 

「一つ残らず問題なく炸裂したとしても庭園の障壁を壊せるかは微妙だよなぁ……」

「ウウッ!」

 

 爆薬などが入った箱の蓋を開けて中身を覗きながらノインが言うと、一緒にここまでやって来た花嫁姿の少女、バーサーカーは、さっさとやれとばかりに唸った。

 ノインが妙なことをしないかというお目付け役として来たのが彼女なのだが、マスターのカウレスと離れたせいか不満そうだった。

 何でも、フォルヴェッジの姉弟は重要な儀式に挑むらしい。

 血族以外の人間には儀式が決して漏れないよう城から退去せよ、との命令が出るほどに。

 そんな訳だから、ライダーとジークも街の探索に行っているはずだ。

 ルーラーと彼女と共に常にいるレティシアは儀式の補助で城に留まるとのことだったから、ライダーは前々から言っていたようにジークと街を満喫できるんだな、とノインはその光景を想像して楽しくなっていた。

 ライダーはあんな感じの人間だから、ジークは色々楽しめるし学べるだろう。

 自分に人並みな情動を取り戻す切欠は、間違いなくライダーが与えてくれたと断言できるだけに、その点ではノインはライダーを頼りにしていた。

 しかし、ノインと逆にバーサーカーは自分も城から出されたのが面白くないようである。

 ノインが作業を始めると、バーサーカーはじいっと片隅に座って見て来た。人に懐かない大型犬に見られている気分になる。

 バーサーカーは時々ポケットから取り出した花びらをぶちぶちと千切っては、スカートの前に溜めていく。

 本当に不機嫌そうだな、とノインはそれを見て思った。

 ぶちんぶちんと花びらを千切る音が段々と無視できないほど大きくなって来たところで、ノインは思い切って先に話しかけた。

 

「……なぁ、バーサーカー。分かってると思うけど、カウレスはあんたを蔑ろにした訳じゃないと思うぞ」

「ウ!」

 

 ぱしんぱしん、とバーサーカーは平手で地面を叩いた。

 知っていても離れていることが嫌なのだろう。感情を露わにしている彼女の様子は、伝説のような狂った怪物などには全く見えなかった。

 頬をかきながら、ノインは何とか言葉を繋ぐ。

 

「俺の見張りだってユグドミレニアから見たら必要なことだろうし……それに多分、フォルヴェッジ家門外不出の儀式ってことは、継承に関わる儀式か何かだろ。そういうのは、かなりキツいものだ」

 

 サーヴァント召喚然り、デミ・サーヴァント降霊の儀然り、魔術儀式は非常に疲れるものだし、かなり体が痛むこともある。生命に関わることも珍しくない。

 そう言うとまたバーサーカーに唸られた。つまり何が言いたいんだお前は、とでも怒られているようだった。

 

「だからさ、弱った所をあんたに見せて心配かけたくない……ってカウレスは思ってるかもしれないってことだよ」

「ウ?」

 

 今度はきっと、どうしてとバーサーカーは言ったのだろう。

 マスターとサーヴァントだからそんなことを気にしなくて良いのに、と彼女は思っているのかもしれない。

 

「俺の想像だから違うかもしれないが、きっとあんたが女の子であっちが男だからだと思うぞ」

「ウゥ……」

 

 花嫁姿の、華奢で背の高い少女はきょとんと目を大きく見開いた。

 早口にそれだけ言って、ノインは下を向いて爆弾を強化する作業に戻る。

 炎のルーンと風のルーンをもっと上手いこと組み合わせて爆発力を高められれば良いのにな、と物騒なことを考えながらもさくさくと手は止めない。

 どうやら、あれからルーンのスキルも向上したらしく、どうすればより上手く使えるのか考えが回るようになっていたのだ。

 バーサーカーは、ノインの話を聞いてどう思ったのか持って来た花を千切らずに手の中で静かに優しく弄んでいる。

 ノインの考えなど本当は丸っきり見当違いかもしれない。自覚はあるがノインは人の心を斟酌するのに、まだ慣れていないのだ。

 だから後でカウレスに変なことを言うなと怒られるかもしれないが、そのときはそのときで怒られればいいかとノインは作業を続ける。

 それに、他に関してはともかく、カウレスが少女相手に意地を張りたい気持ちだけは何となく察せているとも思っていたからだ。

 

 結局、倉庫にあった爆薬はその日の残りをすべて使って強化が完了した。

 山と積まれた完成品を見ながら、これを使いきる日は四日先なのかとノインは思う。

 短いような長いような、奇妙な感覚に囚われながら、ノインはバーサーカーと共に城へと戻るのだった。

 

 

 

 




休みは終わり、普通の生活に戻りましたので更新は遅くなるかと。

ステータス変化後
筋力:C→B
耐久:C→C+
敏捷:A→A
魔力:A→A
幸運:E→E
宝具:-→A

ルーンスキルも向上。その他は追々。後は若干ケルト化。

真名当て、楽しんで頂けましたか?

ちなみにクー・フーリンズにデミ少年が会えば混乱でフリーズ。復旧した後は若親父殿、槍親父殿、術親父殿、狂親父殿と呼び分けして適度な付き合い。ただあのゲッシュは正直どうかと思う。
スカサハに出会った場合はヤバい奴だと察知し、遁走。ただし逃げられない。北米神話大戦はホント勘弁して下さい、となる。

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