九番目の少年   作:はたけのなすび

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感想くださった方、ありがとうございました。

では。


act-37

 

 

 

 サーヴァントたちと少年少女たちが、それから空中庭園に向かうまでに過ごした時間は、長いようで短かった。

 元々三日しかなかったのだ。日が昇って沈むのを数度繰り返しただけで、刻限は訪れた。

 その間、彼らは初めて街に出たときとほぼ同じことをしていた。街に出て、遊んで、日が暮れれば誰かと一緒に拠点に戻って眠る。それはジークとノインには生まれて初めてで、彼らは一様に楽しんでいた。

 無理に大人にならなくったって良いのになぁ、と彼らの様子を見ながら少し寂しそうに呟いたのはライダーで聞いていたのはレティシアだった。

 何度かルーラーとレティシアは入れ替わったが、レティシアはノインの前では結局笑っていることしかできなかった。

 これが終われば魔術との関わりが絶えてしまう自分には、これから先も魔術の世界で生きていく以外にないノインの望む生き方を止められない。

 年齢相応な楽し気な声を上げているノインの顔を見てしまえば、どうしてもその顔を壊してしまうような言葉が湧いてこなかったのだ。

 薄氷の上を渡って行くような時間は、レティシアにとってはあっという間だった。

 その時間が過ぎた後、城から離れているライダーたち四人は、フィオレたちとは異なり直接に空港へと向かうことになる。

 ユグドミレニアが手配し、トゥールが運転する車に彼らは乗り込んだ。

 黒塗りの高級車を見、中に乗り込んだノインは、はぁ、とため息のような気の抜けた声を上げた。

 

「こういう車、ノインにも珍しいのか?」

「乗ったことがあまり無かったんだ。車に乗るより自分の足で走ったほうが速かったから」

 

 どこかずれたようなノインの答えに、ジークは肩をすくめる。

 戦いの場になる空中庭園には、ジークたちマスターも向かうことになる。十騎を超えるサーヴァントたちの魔力の供給ラインが混線しているため、マスターとサーヴァントの距離が開きすぎるのを、フィオレとアーチャーが懸念したのだ。

 特に、ライダーと彼の持つ宝具は庭園攻略の要であるため、ジークもライダーの側について庭園へと向かう。

 つまり、生身で死地へと向かうのだ。

 そのことを考えるとジークも怖くないわけがないのだが、一対一でサーヴァントと相対することが決まっているノインがいつも通りにしているのを見ると、無闇に怖いという気が湧いてこなかった。

 

「ボクも飛行機、運転してみたかったのになぁ。騎乗スキルが泣いてるよ」

 

 おまけにジークの相棒のライダーは、腕を頭の後ろで組みながら緊張の抜けることを不服顔で宣い、ルーラーを呆れさせていた。

 

「飛行機の操縦はロシェの謹製ゴーレムがやってくれるんですよ、ライダー。心配は要りません。それより、魔導書の真名は?」

「大丈夫。今はまだだけど、日が沈めば絶対思い出せるから!」

 

 ぽん、とライダーは胸を叩いて宣言する。

 目を糸のように細めているルーラーと、最早何も言うまいとばかりに車窓からの風景を眺めることに決め込んでしまったらしいノインの渇いた表情は、この穏やかな数日間で見せていたものと変わりない。

 彼らも皆、緊張や恐怖を感じていないわけではないのだろう。それでも、それを感じさせない彼らを見てジークは拳を軽く握った。

 トゥールの手で滑らかに走る車は、程なく空港に到着する。

 到着して空港の建物を見上げたノインが首を傾げた。

 

「人の気配が無いが……」

「ああ。フォルヴェッジの姉が言っていた。この空港はユグドミレニアの財力で貸し切りにしたらしい」

「神秘の秘匿のためか。それにしても規模の大きなことをしたな」

 

 ジークが言うと、トゥールは肩を一つすくめた。

 

「彼らは既に中で待っているぞ。……ジーク」

 

 何だ、と振り返るジークの目を、トゥールは真っ直ぐに見た。

 

「きっちり帰って来い。城には戻っても戻らなくても良い。ただ生きて帰って来い。私たちからはそれだけだ」

 

 同じ紅色の瞳が交わって、ジークは強く頷いた。

 その様子をノインやライダー、ルーラーは見守っていた。

 

「お別れ、あれで良かったのかい?」

「ああ、良いんだ」

 

 待たせて悪い、とジークは言い、先に立っていたルーラーの後に続いた。

 空港の建物の中には、既に彼ら以外の全員が揃っていて、そしてやはり彼ら以外に人はいなかった。外からはゴーレムたちが動き回り、滑走路に並んだ飛行機に爆弾を積み、術式の点検をする音が、遠くに聞こえていた。

 ライダーたちの姿を見て取ったフィオレとアーチャーは軽く会釈をする。カウレスは片手を上げ、バーサーカーは黙ってその後ろに佇んでいた。

 

「よし、全員が集まったところで、どうやってあそこまで行くかの最終確認だ」

 

 カウレスが持っていた図を広げ、一同はそれを覗き込んだ。

 フィオレが車いすから身を乗り出して、地図に書かれた黒海の一点を指さした。

 

「空中庭園自体は、ルーラーの感知能力もあって場所の特定はほぼできています。ジャンボジェット機で飛べば、追いつくのに然程時はかからないでしょう」

「囮のジェット機に紛れて近寄り、何とか乗り込むって話だと思っているんだが」

「ええ、その認識で合っていますよ、ノイン」

 

 囮の機体にはノインが改造を施したり、ルーラーが聖別してサーヴァントにも多少は通じるようになった爆弾が詰め込まれている。

 といっても、大半は”赤”のアーチャーに撃ち落とされてしまうのだろう。

 

「マスターの俺と姉さん、ジークは目立たない小さい飛行機で後から行く」

 

 次にアーチャーがルーラーを見た。

 

「兎角に派手な“赤”のライダーとランサーより、狙撃手であるアーチャー、アタランテのマスターへの脅威は計り知れません。よってルーラー、サーヴァントの位置を割り出せる貴女の特権により彼女を抑えて頂きたい」

「ええ、分かっています」

 

 アーチャーは頷き、ライダーとノインのほうを見た。

 

「ライダー、貴方はもちろん魔導書とヒポグリフで砲台を破壊して頂きたい。あれが生きていると、我々すら庭園には満足に近づけないでしょうから」

「了解!」

「それから、ヒポグリフにもう一人乗せることは可能ですよね?」

 

 フィオレの問いにライダーは頷く。

 

「できるけど、誰を……ああ、そっか」

 

 フィオレとアーチャーの視線の先を辿って、ライダーはノインに行き着く。

 自分も飛行機を足場にして行くものと思っていた少年は、意外そうに目を微かに見開いた。

 

「俺もか?」

「ええ。貴方はライダーと共に接近し、遠距離から砲台をできるだけ破壊してください。弓兵のサーヴァントならば可能でしょう」

 

 弓兵と言われてもノインは弓を持っていないのだが、そんな冗談を言っていられる空気ではない。

 宝具の一つが投石であり、遠距離からの攻撃が可能なのは確かなのだ。

 

「分かった。だが“赤”のランサーが現れた場合は?」

 

 アーチャーは一瞬口籠ってから答えた。

 

「貴方の判断に任せます」

 

 こくりとノインは首を上下に振った。その肩をライダーがべしんと引っ叩く。

 

「オーケー、じゃキミはボクと組む訳だ。よろしくね!」

「改まって言うことでもないだろ。……よろしく、ライダー」

 

 怪力スキル込みのライダーの力に叩かれても、ノインはけろりとしたまま答えた。

 こほん、とフィオレが小さく咳払いをする。感情を押し殺したような冷静な声で、彼女は厳かに宣言した。

 

「では、皆さん。各自所定の位置へ。庭園にて無事な姿でお会いしましょう」

 

 最後の一言は、ノインには紛れもない彼女の本心に聞こえた。

 やはりフィオレ・フォルヴェッジは魔術師向きの冷徹な心がないのだろうか、とそんな事を思ったところで、ノインはぐいとライダーに腕を引っ張られた。

 

「よーし、じゃあボクらは外に行くよ!」

 

 ライダーの片腕は既にジークの腕に絡んでいた。

 不必要なくらい明るい声と共に、ライダーは二人を引っ張って行く。ユグドミレニアの魔術師とサーヴァントたちに一礼して、ルーラーがその後を慌てて追った。

 建物から出て、外の冷たい大気の中に転げ出て、ようやくライダーの足が止まった。

 

「おい、ライ……」

 

 引っ張られたまま走っていて、つんのめりかけたジークは声を上げるが、ライダーの肩が少し震えているのに気づいた。

 ノインは空を見上げる。

 今宵は新月。狂気の象徴たる月は姿を隠し、ライダーが理性を取り戻す夜だ。

 

「……ライダー、もしかして怖いのか?」

 

 ジークが問いかけるとライダーはゆっくり振り返る。振り返り、さらにしばらく黙ってから頷いた。

 

「怖いよ。ボクが弱いせいでキミたちが死ぬかもって考えたら、怖くて怖くて堪んないよ」

 

 そう言われて、ノインとジークは何となく顔を見合わせ、ライダーに視線を戻した。

 へら、とノインの顔が緩み、彼は肩をすくめた。

 

「その想いは、皆同じではないのか。俺だって怖いし、ジークもだろ」

「そうだな。俺の魔力が尽きるか飛行機が落とされて俺が死んでしまえば、ライダーは消えてしまうし、ルーラーもノインも危うくなる」

 

 静かにジークが言い、ライダーの眉が下がったが、構わずにノインとジークは続けた。

 

「自分が欠ける怖さより、自分が欠けたら仲間の誰かが危うくなる怖さが勝る感覚くらいは、俺にも分かるよ。今のライダーが感じる怖さは俺やジークも共有できるから……」

「同じ気持ちを分かち合える。それしかできないが、少しだけでも君の心配は和らがないだろうか?」

 

 俺たちは一騎当千とは縁遠そうな面子だからな、とノインは頬をかきながら言った。

 戦士のコンラが聞けば、何を弱気な、と怒りそうだとノインは内心思ったが、自分と彼とは、魂の色が似ていても生きて来た歳月で培った在り方が違うのだから、こればっかりは改まらない。

 うー、とライダーは頭を抱えた。

 

「キミたちが逞しくなったコトに喜びたいけどさぁ、ボクは自分の弱さが嫌になりそうだよ……」

「そんなことない。ライダーは、ライダーらしくあるときが一番強いんだ。俺を助けてくれたときみたいに」

「……失敗するかもしれないんだよ、マスター?」

「それならそれで、失敗したって良い。ライダーがライダーらしくあるのなら」

 

 唸っていたライダーは、しかしすぐに立ち上がった。気弱な光は消えていて、瞳がきらきら輝いている。

 その光を引き出したのは、マスターであるジークだ。

 それを見て、ノインは胸の奥に小さくて細い針が刺さったような気がした。

 自分にそういう心から信じあえる契約者というのがいないのだ。いないからこそ、ノインは自分がサーヴァントだとは名乗れない。かと言って普通の人間かと言われたら、もう頷けない。マスターと呼んでいた人間は、自分の手で殺めたも同じだった。

 小さい器だなと、自分で自分を少し笑う。同時に、そんなこと知るか、という吹っ切れた気持ちも湧いた。

 ぱん、と乾いた音がする。ライダーが自分の頬を両手で挟み込んで叩いた音だった。

 

「よし!気弱はここまで!新月のボクが一味違うということを、キミたちに見せよう!」

 

 ライダーは天空に向かって指笛を吹き鳴らした。月のない空から、翼持つ不思議な形の影が舞い降りる。

 鷲の上半身と馬の下半身を持つ幻想の馬、ヒポグリフはコンクリートの上に音も立てずに降り立った。

 そこへ、鎧の音を鳴らしてルーラーが追いついて来る。

 

「お、ルーラーじゃん。やっほー」

 

 ヒポグリフの羽毛に覆われた首を撫でていたライダーが気づいて手を振る。

 ルーラーの視線がジークに向いている。ノインは自分も、ライダーのようにヒポグリフの羽毛にやたらと気を取られた振りをした。

 ルーラーが、個人として、ジークに向ける言葉は、あまり人に聞かれたくないだろうとそういう風に思ったからだ。

 

「ねぇ、キミは良いのかい?レティシアちゃんとなんかさぁ……」

 

 ルーラーとジークの会話から意識をそらしてつつノインが顔を上げると、ライダーが見ていた。

 

「いい。今更改まったことは言いたくない。三日間、十分楽しかったから、俺はそれでいいんだ。それに……」

「それに?」

「レティシアの目を見て話すときだけは、言いたいことの半分くらいしか言えなくなるし、何を言ったらいいか分からなくなるんだ」

 

 どうしてだろうな、とノインが言うと、ライダーは、あー、と新月の空を仰いで嘆息した。

 そしてノインは、何故だがヒポグリフに髪を齧られ、前脚で蹴られかける。幻馬の体の半分は巨大な猛禽なのだ。嘴や鉤爪で突かれてはたまらない。

 

「おい、ちょっと!待て!何で突く!……ライダー!」

 

 ヒポグリフの主は、困ったような顔で苦笑いしていた。

 

「あー、ヒポグリフ、そのくらいにしておいて」

「そもそも、俺たちは途中まで飛行機に隠れて乗るだろう。今からヒポグリフを展開させなくてもいいんじゃないのか」

 

 前脚でしつこく蹴ろうとしてくるヒポグリフから逃げ回りつつノインが言うと、ライダーは額を押さえた。

 

「う、そうだったね……。景気づけで呼んじゃったけど……」

 

 ライダーが手を叩くと、ヒポグリフはかき消えた。

 

「それじゃ、ボクらも飛行機に乗ろうか」

 

 そうだなと頷いて、今し滑走路へ現れたフィオレたちのほうへ、ノインも向かうのだった。

 

 幻獣にじゃれかかられている少年に、そのとき眼差しを注いでいる少女がいた。

 表には出ずに、聖女の内側から見ている彼女。レティシアに、ルーラーはやはりライダーと同じことを尋ねていた。

 このまま、私が表に出たままで良いのですか、と。

 

―――――良いんです。改まった言葉を言ってしまうと、それだけで何かが一つ終わってしまいそうな気がしますから。

 

 この場で、レティシアという少女は見守ることを選んだ。

 

―――――あの人には、自分のしたいことを、したいようにしてほしいんです。わたしはそれを、見ています。

 

 ジークがライダーに告げたことと、同じことをレティシアも答えた。

 

―――――何一つ忘れないように、見ています。わたしにできることは、それだけですから。

 

 そう、聖女の内にいる少女は宣言するのだった。

 

 

 

 

 





マシュにとってのぐだは、彼にはいなかった。

いなくとも、世界は燃えず凍らず回り、止まらない。


それはそうとセミ様実装万歳。

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