九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-2

 

 

 ミレニア城塞の周りにはイデアルと呼ばれる森林がある。

 日が昇っていようが鬱蒼と茂る葉と聳え立つ木々のせいで森の中は常に薄暗い。おまけに、魔術的な罠が山と仕掛けられ、キャスターのゴーレムまで待機している。

 ミレニア城塞と同じく一流の魔術師であろうとまず侵入できない堅牢さを誇っているが、サーヴァントならば話は別である。

 宝具で突貫する、焼き払う。魔術を解析し、利用する。対魔力スキルで押し通る。気配遮断で逆に隠れ潜む。

 どれでも取り得る選択肢で、有事の際にはこの森も多少の足止めにしかならないだろうと、半分だけがサーヴァントの少年は考えていた。

 デミ・サーヴァントの己でも、時間があれば突破できるのだから、正規の英霊にできない訳がない。

 

 朝靄の中、一人森の中で槍を振るいながら、少年、ノインは考えていた。

 そうなったらなったで、こちらのサーヴァントが迎撃に出るのだろう。

 魔術世界を統べる協会と、万能の願望器を掲げる最大規模の魔術師一族との決戦だ。どちらが勝とうが被害は甚大になる。

 とはいえ、“赤”のサーヴァントの姿すら掴めていないから、ノインには何とも言えなかった。

 

 頭の片隅でそんなことを思いながら鍛錬をするノインの格好は、ユグドミレニアの魔術師としてのものではなくサーヴァントとしての武装である。

 心臓や肺など急所の部分だけを守る群青に染められた革の軽鎧、腰に付けているのは投石器と、他の武装はそれに今振るっている槍と短剣。

 弓兵という割に弓は無く、槍兵の装備に近い。

 とはいえ、弓がない方がクラスを特定されにくくなるとノインとしてはむしろ好都合に思っていた。

 

 槍を構え、振り下ろす。虚空に敵を幻視して、その一撃を受け止める。

 受け止めて弾き、刃を返して相手の喉元を突く。躱されれば、距離を取ってまた攻撃へ転じる。

 無意識に仮想する敵は、魔術協会側の呼び出す“赤”のサーヴァントだ。

 聖杯大戦とは、“黒”の七騎と“赤”の七騎が万能の願望器を求めて行われる乱戦である。ノインは聖杯の喚び出したサーヴァントではないが、立場は“黒”。敵になるのは“赤”だった。

 

 ノインは、ひたすらそうやって自分に力を与えてくれた英霊の記憶と技術をなぞる。

 初めは魔術師の目にも捉えられるほどの速度で、次第に動きを徐々に速め、生身の人間ならば残像しか見えなくなるほどの速さへ移る。

 代償を払って手に入れ、数年かけて体に慣らしてきた力とはいえ、使い続けなければ引き出し方は忘れていく。

 忘れてしまえば、デミ・サーヴァントとしてのノインは役に立たなくなるのだ。

 失ってしまえば、本当にただの人形になってしまう。

 何もなければ毎朝かかさず行うこの鍛錬も、楽しいと思ったことはない。必要だから、行うだけだ。

 

―――――小一時間も経った後。

 

 ノインは動きを止めて、額の汗を拭う。

 それから手近な、苔むした倒木に腰掛けて上がった息を整える。

 しばらくじっとしていると、チチチと鳴きながら小鳥が飛んできて枝に止まった。続けて、木の洞からは栗鼠が顔を出す。

 ノインは黙って、私物の入ったずた袋から朝食の残りであるパンの欠片を取り出した。

 それを踏み荒らした草地の上にばら撒くと、小鳥が数羽舞い降りて来て啄んだ。

 果物も転がすと、栗鼠は木から降りてきて小さな黒い鼻を動かして匂いをかぐ。

 ノインは膝の上に肘を置いて頬杖をつき、その様子をぼんやりと眺める。

 魔術塗れの森の中では生き物の数も他所より少ない。これだけ集まるのはあまりないことだった。

 最初など、小動物の気配はノインがやって来るたびに消え失せていた。食べ物を撒いてみても変わらなかった。

 だが、何度も鍛錬を繰り返しているうちに、小鳥や栗鼠は少なくともこの生き物が敵でないと悟ったらしい。

 今ではノインが動きを止める頃を見計らって向こうから姿を見せるまでになった。ただ、彼らは一度もノインの手の届く範囲に近寄ることはない。

 その距離が心地良かった。もしもサーヴァントの力で触れて、この小さな生き物たちを潰しでもすれば、取り返しがつかないから。

 そんなことは絶対に無いだろうと思うのだが、万が一があると思うとノインは怖いのだ。

 そんなことをデミ・サーヴァントが怖がるとは恐らく誰も思いはしないだろうが。

 何にしても、誰にとっても離れて見るほうが良い。

 

 鍛錬は何とも思わないが、鍛錬の後のこの時間は好きだった。

 

 いつもなら十数分こうした後に城へと戻るのだ。が、今日はいつもと様子が違った。

 小鳥たちがふいに頭を上げたかと思うと鳴いて飛び去り、栗鼠は脱兎の如く逃げ去る。

 

 何かの気配が近づいてきたからだ。

 ノインは動かないでそれが近づいて来るのをただ待った。

 

「あ、いたいた!おーい、そこの君!」

 

 やがて木の間から、ひょっこりと顔を出したのは一人の少年だった。

 桃色の髪を後ろで一本の三つ編みにして束ね、着ているのはホムンクルス用の簡素な衣装だ。

 愛らしい少女にも見えるが、とんでもない。彼の持つ神秘はあのランサーと同質のものだ。

 

「……ライダー、か?」

「うん!君は、えーと……アーチャーなんだっけ?」

 

 ノインは黙って頷き、サーヴァントとしての武装を解除。ユグドミレニアの魔術師としての服装になった。

 彼は“黒”のライダー。

 先日、黒魔術師セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアに召喚されたサーヴァントである。

 真名はシャルルマーニュ十二勇士の一人、アストルフォ。伝説では名うての色男であり、現界した姿は完全に可愛らしい少女騎士に見えるという変わった英霊だった。

 

「よろしくね、ボクはシャルルマーニュ十二勇士のアストルフォ!」

 

 そう言って手を差し出すアストルフォに、ノインは手を取りながら答えた。

 

「……ノイン。ノイン・テーター。アーチャーのデミ・サーヴァント」

「ノイン?そんな名前の英霊、いたっけ?」

「いない。ノインは俺の名前だ。力を借りている英霊の真名は、すまないが言えない」

 

 ふぅん、とか、へぇ、とか言いながら、ライダーはしげしげとノインを見た。

 その真っ直ぐな視線から、ノインはつい目を逸らす。

 

「ライダー、俺に何の用だ?」

「いやぁ、用って訳じゃないんだけど、君も“黒”のサーヴァントなんだから、会ってみたいなぁって思ってさ。ボクらが召喚されても、君だけどこにもいないんだもの」

 

 それはダーニックに言い含められていたからなのだが、ノインは言わなかった。

 

「そうか。手間を取らせてすまない」

「良いって!にしても、君、デミ・サーヴァントなんだって?半分人間ってコト?」

「ああ」

 

 どうやらライダーはデミ・サーヴァントそのものに嫌悪はしていないらしい。

 ただ人と英霊の融合体というものに興味があっただけか、とノインは結論付ける。

 

「用は、それだけか?」

「うーん……そう、なんだけど。ボク、今から街に降りようと思ってさ。でもよく分からないこともあるし、誰か手の空いてる人いないかなぁって」

 

 ライダーはそう言って、ノインをちらりと見る。サーヴァントが街に降りるのか、とノインは驚いた。

 

「……偵察にでも行くのか?」

「違う違う。単に遊びに行くだけだよ。この時代の街とか人とか、ボクはそういうのが見てみたいんだ!だって、楽しそうだろ?まだ大戦は始まってないんだし」

 

 なんの衒いもなく言うライダーにつられて、ついノインは頷いてしまう。

 しまったと思う前に、ライダーはがっしとノインの手を取った。

 

「じゃあ行こう行こう!」

 

 断りかけたが、思い直してノインは頷く。

 今日は特に何か命令は下されていない。朝から昼は、鍛錬以外にやることがなかった。

 それに、この英霊一人を街に行かせると後が怖い。勘だが、ライダーは何かとんでもないことを引き起こしそうだった。

 

「やった!いやぁ、話の分かるデミサバくんで嬉しいな!」

「変な略称を付けないでほしい。呼び方ならデミでいいから」

「分かった。じゃあノインだね!」

「……それで良い。でも少し待ってくれ」

 

 ノインは言って、残りのパンくずと果物を、すべて草地に撒いた。こうしておけば自分たちが去った後に、適当に小鳥や栗鼠が食べるだろう。

 これで良いと振り返ると、ライダーは驚いたように眼を瞬いていた。

 

「?」

「や、何でもないよ」

 

 それでも意外そうに、ライダーはノインを見ていた。

 引っ張ろうとするライダーの手を離して、ノインは彼の後に続く。

 ”黒”のライダーは初めて会う人間だな、とノインは思いかけて訂正した。彼はただの人間ではなく、英霊だ。普通と違うこともするだろう。

 そう考えて納得する。

 だがこの後、街中で散々ライダーの破天荒さに振り回されるとは、まだノインは知らなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「失礼、あなたが一騎目のアーチャーですか?」

 

 街中でライダーに引っ張り回されてから、ミレニア城塞に戻ったノインを、今度は別のサーヴァントが廊下で呼び止めた。

 草色の革の軽鎧を纏い、静かな森の静けさを漂わせる青年、アーチャーのケイローンである。

 ユグドミレニア本来のアーチャーで、ギリシャ神話にその名を轟かす大賢人でもあった。

 伝説では彼はケンタウロスで、半人半馬のはずなのだがサーヴァントとしての姿は人間の青年そのものだ。だが、力は間違いなく一級のサーヴァントである。

 ついでに言えば、彼はライダーやノインよりかなり背が高い。

 自然、ノインは見上げるような格好になる。

 

「うん、そうだよー!」

 

 ノインが答えるより先に、まだその場にいたライダーが言った。

 一騎目というより、ノインは自分を番外のサーヴァントだと思っているのだが、ライダーの後では訂正がしづらい。

 仕方無しに頷く。

 

「一応、そうだ。……俺に何か用か?」

「ええ、あなたの霊基に少し興味がありまして」

 

 ケイローンは言って眼を細め、ノインを見下ろした。

 大賢者の眼力には、借り物の霊基はどう映るのだろうか、ノインにも気になる所ではある。

 しばらく黙ってから、ケイローンは口を開いた。

 

「なるほど。人の子を基盤に英霊を降ろす。しかし降霊術だけではないようですね。複数の魔術基盤の組み合わせですか」

「そうだと聞いている。それに、魔術だけじゃない。俺を生んだ技術には科学というのも混ざっている。情報は御当主が握っているが、あなたが問えば開示するだろう」

 

 ケイローンの眼は、何もかも見透かすようだったが、それで威圧感を感じることはない。

 為政者のランサーとはまた違う視線だ。魔術師であり、貴族でもあるダーニックとも、天真爛漫な騎士のライダーとも違う。

 

―――――これが教師の眼、なのか?

 

 ノインはゆっくり首を傾けた。

 一方、ライダーの方はむずがるように上体を揺らしている。

 

「ケイローン、ボクらもう行ってもいいかな?」

「……ライダー、真名」

 

 ノインがぼそりと言うと、やば、とライダーは口元を押さえた。

 

「ごめん間違えた、アーチャーだアーチャー!」

 

 流石にノインも白い眼になる。

 ノイン本人は己の裡にいる英霊の真名を知らないため、真名が知られて弱点を突かれることはない。

 だがケイローンはヒュドラの毒が生命を落とす原因となった、という逸話がある。

 まだ見えたことはないが、“黒”のセイバーも真名の漏洩が弱点に繋がる英霊らしく、彼のマスターはセイバーが口を効くことすら禁じたとか。

 真名というものは、それほど重要な情報なのだ。

 

「ヒュドラの毒が用意されないとも限らない。気をつけた方が良い、ライダー」

「うぅ……だからごめんってば」

「謝るべきは俺じゃない。問題になるのはアーチャーの方だ」

「そこまでで構いませんよ、ノイン・テーター。ライダーをあまり凹ませるものでもありません」

 

 分かった、とノインは口をつぐんだ。

 どうもライダーの影響か、今日は普段以上に口数が多くなっている自覚はあった。が、何とも加減が分からない。そのためか、つい言い過ぎてしまったらしかった。

 

「悪い、ライダー。俺は話すのに慣れていないみたいだ。別に、そちらを凹ませるつもりは無かった」

 

 礼をして、ノインは場を下がる。

 そう言えば、アーチャーは自分の名前を誰から、いつ知ったのだろうか、と首を傾げながら。

 ライダーは微妙な表情でそれを見送り、アーチャーの方を見た。

 

「アーチャー、あいつ、どう思う?」

「率直に言えば、あまり好ましい素性ではありませんね。……英霊を無垢な人の子の中に降ろし、新たな生命体として生かす。理論は理解できますが、動機は理解できない」

「んー、でもそれはあいつのせいじゃないとボクは思うな」

「ええ。彼には英霊の力を誇っている様子はなかった。年齢を鑑みても、自ら望んで背負った訳ではないのでしょう」

 

 アーチャーは頭を振る。嘆かわしいと言いたげだった。

 

「とはいえ、彼も戦うでしょう。直接聞きましたが、彼はダーニック殿のサーヴァントです。何より、彼本人に戦いを避けようという気がないようだ」

「やっぱり、アーチャーから見てもそうなのか」

 

 パラメータだけでいうなら、ノインはライダーを上回っている部分もある。つまり、戦力として数えられているのだ。

 何より、ノイン本人に戦いを忌避する様子がなかった。戦えと言うならば戦う、と淡白な反応しか返さない。

 半日彼を引っ張り回してみて、ライダーにはそれが分かった。

 ぶっきらぼうで無愛想、無表情だが、悪い少年ではない。根は良いやつだとライダーは思っている。

 

「むむむ……。召喚されて、まさかあんなサーヴァントがいるとは思ってなかったよ。悪い奴じゃないだけにさぁ……」

「同感です。“赤”のサーヴァントと彼は、できるならなるべく戦わせたくないものです」

 

 数多の英雄の師だった賢者はそうしてため息をついた。

 一目見れば未熟と分かる少年だった。技量や力、サーヴァントとしてのパラメータの話ではなく、英雄の何たるかを彼は知らない。

 数多の生命を飲み込み、忘却して来た長い長い人類史の中で、尚名前を残す者たち、それが英雄だ。

 力を借りていると言っても、彼は英雄ではない。端的に言えば、力に見合う精神が追い付いていないのだ。

 寄って立つもの―――――喩えば、故郷や愛する者、忠義を捧げる者、己の信念、信頼できる友、あるいはマスター―――――がなく、心の芯を持たない。

 それでどうして戦えよう。あたら生命を落とすだけだ。

 アーチャーと同じく、ライダーもそれは肌で感じたのだろう。

 

「そうだよね……。よーし、ボク頑張るぞ!あいつが出て来なくても良いくらいにさ!いや元から頑張るつもりだったけど、余計にね!」

 

 ふん、とライダーは握り拳を作る。

 アーチャーは束の間呆気にとられ、すぐ相好を崩した。

 

「ええ、そうですね」

「ようっし、じゃあ、ちょっとあいつと打ち合いでもしてみようかな。あ、でも弓兵って言ってたし、弓の方が得意なのかな。んん?でもその割には弓、持ってなかったような……あれ?」

 

 あれぇ、とライダーは今度は頭を抱えて悩みだした。

 

「……疑問ならば、彼に聞いてみれば良いでしょう。しかし、打ち合いも程々にしましょうね」

 

 うん、と答えてライダーはノインが消えた方向へ駆け去った。

 それを見届け、アーチャーも姿を消し、廊下には誰もいなくなったのだった。

 

 

 

 

 




断言致しますが、アストルフォ√ではありません。

ちなみにデミ鯖の歳は16、身長165cmです。

基本パラメータは以下の通り。

筋力:C
耐久:C
敏捷:A
魔力:A
幸運:E
宝具:-



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