九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-38

 

 

 

 

 月もない闇夜。

 地上七千五百メートルの高みに浮かんでいる城を目指して飛ぶのは、現代科学の鉄の鳥があった。

 十のジャンボジェットには、それぞれサーヴァントが潜み、マスターたちは後ろの小型のジャンボ機で空を駆けている。

 風を切って飛ぶジャンボジェットの先頭に立つのは、ルーラーたるジャンヌ・ダルク。庭園から放たれるだろうアーチャーの攻撃を先鋒として受けることを望まれている。つまり、旗振りが彼女の役目だった。

 その他の“黒”のサーヴァントは、各々ジェット機に潜み魔力反応を隠している。ノインがルーンによって改造を施した機体とあって、魔力反応は入り乱れキャスタークラスの魔術解析能力があっても、そう簡単にどこにサーヴァントがいるのかを見破ることはできなくなっていた。

 

「でも、片端から落とされたら目くらましも関係ないんだよな……」

「はいそこ、不吉なこと言うの禁止ッ!」

 

 一つだけ、二人一組になったサーヴァントとデミ・サーヴァントが乗り込んでいる機体があった。

 扉をぶち抜き座席を蹴倒して、無理っくりにヒポグリフをコックピットに呼んだライダーは、窓から外を見て呟いたノインの脳天に手刀を落とした。

 操縦桿を握るのはロシェが造った、運転技術を組み込まれたゴーレムであるため、二人は外を見て警戒していた。

 そこに来て、既にサーヴァントの格好になったノインがぼそりと不吉なことを呟いたものだからライダーは速攻で手が出たのだ。

 

『そうですよ、ノイン君。もっと元気の出そうなことをいいましょう』

 

 操縦桿の近くに取り付けられた通信用の魔術礼装からは、先頭にいるルーラーの声がこぼれた。

 

『俺たちはライダーとノインを信じている。だから思う存分飛んでほしい。そのための魔力は俺が必ず賄う』

 

 今度はジークの淡々とした声が聞こえ、ノインは通信機に向かって小さく頭を下げた。

 

「……分かった。すまない、三人とも」

「うんうん。まぁ、気持ちは分かるけどそうならないためのボクらなんだから、頑張ろうぜ」

 

 ライダーはにこにこ笑いながら、ヒポグリフの嘴をかく。くぇ、と気持ちの良さそうな声を出して幻馬は目を細めた。

 

「それにしてもルーラー、庭園は見えそうかい?そろそろ黒海の上空辺りだろ?」

『それはまだ。……いえ、待って下さい。確認できました!』

 

 ノインも雲海の切れ目に目を凝らす。

 射手の霊基を継いだ眼は、遠くに光を放ちながら空に浮かんでいる城の姿を捉えた。

 しかし、城というより外観は刺々しい巨大な鳥籠に近い。新月の暗闇の中、城が放つ魔力光は不吉なほど目立った。

 ルーラーの凛とした声が通信機を通して響き、各サーヴァントとマスターたちに緊張が走る。

 

「ノイン、乗って!」

 

 ヒポグリフに跨がったライダーは、ノインの腕を掴む。彼の後ろにノインは乗り、ルーンを刻んだ石を取り出した。

 

「キミの宝具、ついに正式解禁か。あれ、撃ち落とせるかい?」

 

 ライダーが指差すのは、みるみる大きく近付いてくる空中庭園を取り巻いて浮遊している十一枚の板だった。

 巨大な石板のように見えるあれが、『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』の誇る魔力砲台『十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)』だった。

 十一枚の黒棺の破壊。それがライダーとノインの役目だった。

 

「……分からない。この宝具も今の霊基もきちんと使うのはこれが初めてだから。……ライダーも、魔導書とヒポグリフでなんとかできそうか?」

「……ボクも分かんない。でも、やってやるさ。なんたって、マスターと約束したんだからね!」

 

 ライダーが魔導書を取り出して左手に掲げる。

 その瞬間、ぞわりと二人は背中に氷を突っ込まれたような寒気が走るのを感じた。

 このままでは不味いと、ノインは袋からルーン石を取り出した。

 

「飛び出すぞ!窓を壊す!」

「了解っ!」

 

 ノインが窓ガラスを魔術で叩き割ってヒポグリフが大空へ飛び出すのと、城から解き放たれた暴虐の戦車が、鋼鉄の鳥を轢断するのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 爆炎を上げて、一つの機体が落ちて行くのをルーラーは確かに見、思わず叫び声を上げそうになった。

 たった今落とされたたのはライダーとノインが乗っていた機体だった。

 空中庭園から解き放たれた“赤”のライダーの戦車が、“黒”のアーチャーの元へと駆け抜ける線の上に、運の悪いことにたまたまあの機があったのだ。

 戦車は落とそうと思ってあれを落としたのでなく、目障りだから轢き潰したのである。

 旗を持つルーラーの手に力が入る。

 だが、すぐに頼もしい羽ばたきの音と共に幻馬がふわりと黒煙の中から飛び出した。

 ヒポグリフの背の上で、ライダーの桃色の髪と、ノインの青い革鎧が闇夜で微かに見える。

 ほっとルーラーは息を吐き、迫って来る気配を感じて旗を勢いよく振り抜いた。

 乾いた音と共に、黒塗りの矢が叩き落とされる。

 

「“赤”のアーチャー……!」

 

 ルーラーの叫びを合図にしたかのように、ひゅうひゅうと風が泣くような音と共に大量の矢が“黒”の陣営目掛けて放たれた。

 ヒポグリフが大気を震わす甲高い咆哮を上げながら、螺旋を描くように空の高みへと旋回して、矢を避けているのが見える。そして、残りのジャンボジェットに襲い掛かった大半の矢はルーラーによって防がれた。

 だが、追加とばかりに漆黒の板から魔術砲撃が放たれる。矢を払い落としたばかりのルーラーの足場たる機体へ、凄まじい熱量が迫る。

 その中心に飛び込む影が一つ。

 空高く飛んで矢を避けていたヒポグリフは、急に真っ直ぐに急降下して自分から砲撃へと突っ込んだのだ。

 星の光を束ねたような砲撃と比べれば、幻馬の体は如何にも小さく、容易く飲み込まれる。

 だが、ヒポグリフに、より正確に言えば幻馬を取り巻く淡い光を放つ無数の()()に触れた瞬間、砲撃は押された。

 何ものをも破壊する光が、ちっぽけな紙でできた盾に押される。

 砲撃と宝具の鍔迫り合いを制したのは、幻馬とその乗り手のほうだった。ライダーの歓声が聞こえてくるようだ。

 彼は、あらゆる魔術を無効化すると言う宝具を発動させることに見事に成功したのだ。

 

「……なんて、でたらめな」

 

 そう呟きながら、ルーラーは胸をなで下ろした。

 彼女が見守る間にも、ヒポグリフは止まらない。撃墜しようと追尾してくる砲撃を躱したながら黒棺にぎりぎりまで肉薄する。そして今度は一筋の光がヒポグリフの背中から放たれた。

 弧を描いて飛んだ光は黒棺に炸裂する手前で分裂し、無数の光弾となって降り注いだ。

 轟音と共に、黒棺の一枚は剥がれ落ちて行く。そのまま、ヒポグリフは旋回して隣の黒棺に突っ込み、これも叩き壊す。

 二枚の板が空中庭園から剥離したのだ。それだけで砲撃の密度がやや下がったように感じた。

 再びライダーの宝具が発動され、魔術砲撃を凌ぐ。その隙を縫うようにヒポグリフの脳天目がけて庭園から放たれた矢は、空中に描かれたルーン文字の盾がぎりぎりで弾き返した。

 

―――――皆、必死に戦っている。

 

 背後のマスターたちに矢も砲撃も届かせてなるものかと、ルーラーは改めて聖旗を構え直したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!」

 

 サーヴァント同士の戦端が開かれている空から、少し離れた機体の中。

 使い魔の目を通して状況を見守っていたカウレスは、拳を握った。

 あれだけ発動に不安が付きまとっていたライダーの宝具。それが発動し、見事に砲撃を凌ぎ切ったのだ。

 

「ジーク、やったな!」

「……ああ」

 

 高ランク宝具の二つ同時使用というだけあって、そのマスターであるジークの魔力負担は大きく、魔力量の多い元供給用ホムンクルスと言えども顔色は徐々に悪くなっていた。

 それでも、彼は泣き言ひとつ言わずに、カウレスに向けて頷きを返した。

 

「今、黒棺が二つ落ちたわ。片方はノインで片方はライダーがやったみたい」

 

 同じように戦況を見守っているフィオレが言う。

 

「あいつの宝具も威力が増してたのか……」

「コンラの霊基を完全に受け継いだからな。力は増している。単独行動スキルのアーチャーだから、魔力もぎりぎり回せているようだ」

 

 カウレスが呟くと、ジークが答えた。彼は彼で、ライダーと視覚を共有させて戦況を把握している。

 ヒポグリフで空を縦横無尽に逃げ回りつつ、ライダーは砲台を狙っていた。といっても、魔術師の視力では彼らはちっぽけな光の点にしか見えない。時折、砲撃が炸裂して辺りが真昼のように明るくなる。

 このまま彼らが順調に黒棺を落としていってくれればいいのだが、そう簡単に行くとはカウレスにはとても思えなかった。ジークは魔力消費に耐え、フィオレは令呪の刻まれた手を握りしめて窓の外を伺っている。

 彼女のサーヴァントである”黒”のアーチャーは、”赤”のライダーとの一騎打ちに持ち込まれた。半ば予想していた展開だったが、彼らの激突だけで数騎のジャンボジェットが既に消費されている。

 こうなってはマスターには手が出せない。アーチャーとライダーの対決は、凄まじい速さで目で捉えられることなど最早不可能だった。

 姉のサーヴァントのことも気にかかるが、カウレスにはそれ以上に懸念することがあった。

 彼のサーヴァントであるバーサーカーのことだ。彼女には、空を飛ぶ術がないのだ。

 今、バーサーカーはまだ持ちこたえている飛行機を足場にして空に留まっているが、ルーラーが”赤”のアーチャーの矢か魔術砲撃を打ち漏らせば、或いは”黒”のアーチャーと”赤”のライダーの戦いの余波が飛べば、飛行機が落ちるのではないかと、カウレスとしては気が気ではない。

 頑張れと、令呪の繋がりを感じながら祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前後左右、凄まじい勢いで振り回される。

 だが、霊基が強化されたために、幸か不幸かノインの意識は完全にはっきりしていた。

 自分たちを狙って来る光弾の熱を感じ、矢の風切り音を聞く。

 怖いとはもう思えなかった。思うより先に、体が勝手に動くのだ。

 

「さあさあ、まだまだ行くぞ!『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』!」

 

 片手でヒポグリフの手綱を捌きながら、ライダーはもう片方の手に収まった魔導書を掲げる。書物が光り輝いて、ページが風に煽られたように夜空に踊り狂った。無数の紙片が飛び交って盾を形作り、今しもヒポグリフを叩き落そうとしていた砲撃を凌ぐ。

 だが、再び矢がヒポグリフ目がけて迫りくる。恐ろしいほど正確な狙いで放たれた矢に向けて、ノインは空中に盾のルーンを描いた。

 ガラスが割れたような音がして、物理障壁が”赤”のアーチャーの矢を防ぐ。その隙を見計らって、ノインも再び投石器に魔力を込めた。ヒポグリフから大きく身を乗り出して、腕を後ろに引く。

 

「叩き落とす――――『抉り穿て我が魔弾(クロッホ・ドリオレヒグ)』!」

 

 真名の開帳と共に放たれたのは、一つの石だった。石は閃光となって飛び、空中で無数に分裂すると流星群のような勢いで黒棺を破壊した。

 

「よし、これで三つ目!四つ目、行くよ!」

 

 空高く舞い上がったヒポグリフは、何度めかの突撃を敢行する。

 魔術防御と物理障壁を同時に展開し、弾幕をかいくぐった一撃は、四つ目の黒棺を見事に破壊した。

 その達成感を味わう暇もない。ノインは口の中にせりあがって来たもの吐き出した。手のひらを見ると、血がぽたぽたと零れた。

 膨大な魔力を体中にかけ巡らせた反動と、それだけの魔力をつくり上げて消費した虚脱感が同時に襲い掛かって来る。

 

「ノイン!?」

「前だけ見てろ!まだ行けるから!」

 

 口元に僅かに零れた血を拭って、ノインはライダーに叫んだ。

 それよりも、思ったより魔力の消費が堪えていた。ルーンで”赤”のアーチャーの矢を凌ぎつつ、二度宝具を撃ってこれなら、恐らく黒棺を破壊できるだけの威力のものは、あと三度ほど撃てて限界だろう。

 ヒポグリフの体当たりも後どれだけ続けられるか分からない。

 残る黒棺は七つ。すべて破壊できるか否かは賭けだなと、ノインは血の味のする唾を飲み込みながら思った。

 そのときふと、視界の片隅にバーサーカーの姿が映る。

 他の機から離れ、運悪く孤立してしまったジャンボジェットの尾翼に立ち、槌を構える彼女は、自分に向けて放たれた矢を雷で以て叩き落していた。

 ばちばちと暗闇で金色の光を放つ雷は矢を防ぎきるが、勢い余ったのか雷光が足元の飛行機の尾翼を消し飛ばしてしまう。

 がたんと飛行機が傾いて、みるみる高度が下がった。辺りにあった飛行機は、”黒”のアーチャーと”赤”のライダーの戦闘に巻き込まれてすでに破壊されており、ルーラーの飛行機はバーサーカーの足場とは離れてしまっていた。

 その瞬間、空を見上げたバーサーカーの瞳と、ノインの瞳が交錯した。

 

「ライダー、真下に降下してくれ!」

「オッケー!理由はあとで聞くよ!」

 

 内臓が持ち上げられるような浮遊感と共に、ヒポグリフがほぼ直角に突っ込む。墜落しかけの飛行機の上に取り残されたバーサーカーめがけて、ノインは叫んだ。

 

「バーサーカー!」

 

 ヒポグリフが飛行機の横を掠めた瞬間、ノインはバーサーカーの腕を掴んで引っ張り上げる。

 彼らが駆け抜けた直後に、バーサーカーが使っていた飛行機は黒煙を上げて雲海に沈んでいった。

 

「ウゥウ……」

「あ、危なかったぁ……」

「まだまだ危ないぞ。ライダー、庭園に降下できるか?」

 

 片手でバーサーカーの華奢な長身を抱えながら、ノインは言う。このままでは宝具が撃てないので、バーサーカーには空中庭園に先に降下してもらおうと思ったのだ。

 意図が読めたのか、ライダーは力強く頷いた。

 

「やってみる!」

 

 頼もしいな、とノインは頷く。だが次の瞬間、全身が総毛だった。

 途轍もない何かに狙われていると、本能が警鐘を鳴らす。

 一体どこから、と上を振り仰いだ瞬間、ノインは見た。黒棺の上に黄金の煌めきが見えたのだ。

 夜目にも目立つ鎧を輝かせ、屹立しているのは“赤”のランサー、カルナだった。

 彼の()に、怖気が走るほどの魔力が集められる。宝具を放つ気だ、とノインは直感した。

 

「宝具が来るぞ!」

「ヤバい!二人ともしっかり捕まって!キミの力の見せどきだよ、『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』!」

 

 黒棺の上に立ったランサーの眼から、凄まじい光がヒポグリフに向けて迸る。

 だが、ライダーが真名を唱えた瞬間、奇妙なことが起きた。

 彼らを焼き尽くさんと迫ったランサーの炎は、確かにヒポグリフに直撃した。しかし、ノインもバーサーカーも何の熱も感じない。

 気付けば彼らは無事な姿のまま、まだ空に留まっていた。

 戦う前にライダーから教えられた『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』の能力をノインは思い出した。

 

「次元を跳んだのか……」

「そういうこと!」

 

 ヒポグリフが再び降下していく。庭園の地面が近づいて来たところで、ノインはバーサーカーから手を離した。彼女は危なげなく庭園に着地し、空にいるノインたちを振り返った。

 

「行け!カウレスたちが来たところで合流しろ!」

「アウッ!」

 

 バーサーカーは一声吼えて、あっと言う間に駆け去った。そして息つく暇もなく、ライダーとノインは莫大な熱が高まっているのを感じた。

 

「もう一回跳ぶよ!」

 

 反応する間もなく、ノインの体は次元跳躍に巻き込まれた。

 一瞬吐き気のようなものを感じたかと思うと、もう元の世界へ戻っている。彼らの背後では、”赤”のランサーが槍を振り抜いた体勢のまま、冷徹な瞳でライダーたちを見ていた。

 

「なるほど。そちらの切り札は、魔術の無効化と次元の跳躍というわけか」

 

 落ち着いたランサーの声が聞こえる。

 位相の異なる次元へ束の間飛び込んで攻撃を躱すという出鱈目な方法も、彼にとっては大して驚くようなことではなかったらしい。

 槍が、幻馬とその背に乗った者たちを指し示した。

 

「お前たちに、これ以上空を駆けさせるわけにはいかない。悪いが、ここで墜ちてもらう」

「そんなコト聞いてやれるかっての!」

 

 ライダーが手綱をぐいと引く。

 幻馬は目にもとまらぬ速さで跳び出したが、ランサーは炎を射出して当然のようにその速度に追随して来た。

 黄金の槍が横一線に振るわれ、幻馬を捉えるが、槍が引き裂いたのはただの残像である。だがランサーはそれで動きを止めることは無く、離れた位置に出現したヒポグリフへ一直線に突貫して来た。

 

「なんなのさ、あのランサー、デタラメにもほどがあるよ!」

 

 器用に逃げ回りながら、ライダーが叫んだ。

 ランサーの動きは、ライダーたちが次元の狭間に飛び込んで再出現する位置を、正確に捉えているとしか思えない。おまけに、魔力消費を全く気にする必要が無いのか、大量の炎を放出してヒポグリフの速さに楽々と追いついて来ていた。

 ライダーが唇を噛みしめるのを、ノインは見た。

 彼の魔力供給はジークが行っている。こうまで消費の激しい宝具を立て続けに使えば、いくらジークと言えども体のほうがもたない。

 ライダーにもノインにも、それは分かっていた。

 

 ノインは不意に、全身を包んでいる夜風が重く温いものになって、纏わりついてくるように感じた。

 

 自分の手を見る。

 ほんの少し震えている手で拳をつくり、額に押し当てる。奥歯を噛みしめて、ノインは目を開ける。震えは収まっていた。体の奥に、ノインは震えを押し込めたのだ。

 

「ライダー、俺がランサーを留める。その間に、できるだけ多くの黒棺を破壊してくれ」

 

 体に絡みつくような温い空気は、ノインが感じている恐怖だった。しかし、今はそれを切り裂かなければならない。

 ノインが言った瞬間だけ、ライダーの肩が跳ねた。

 

「……分かった。でも、いいかい、絶対に死ぬんじゃないぞ!」

「ああ、もちろんだ」

 

 にやりと、ノインは笑った。

 その笑みを見て、ライダーは手綱と魔導書を握る手に力を込める。

 

「絶対だからな!」

 

 ライダーに向けて頷いた次の瞬間には、ノインは体をヒポグリフから引き剥がしていた。

 足を下にして体が石のように落下し、あっという間にランサーとライダーの姿が遠ざかる。

 だが黒棺の一つに足裏が触れた瞬間、ノインの体はそれを足場に弾丸よりも速く跳び出した。兎などを遥かに超えた異常なほど長い跳躍で、ノインは一跳びで距離を詰める。

 真正面に僅かに眼を見開き、驚いているようなランサーの姿を捉える。

 考えるより先に体が動く。

 雄叫びと共に、ノインは両手で握った槍を、ランサー目がけて全力で振り抜いた。

 甲高い金属のぶつかり合う音が、地上七千五百メートルの天空に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 





魔導書と幻馬と雷光と魔弾、インドビームと戦車型飛行機ミキサー、ミサイル級ギリシャ弓術と特大魔術砲撃、そして聖少女の旗が舞うという大惨事。

デミ少年の第一宝具、ようやく真名解禁。ネーミングは何かもうご容赦ください…。

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