九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-41

 

 

 

 

 瓦礫に覆われた道を乗り越えてやって来たのは、カウレスとフィオレだけだった。

 令呪の刻印があったはずのフィオレの手の甲は、空っぽになっている。それを見てようやく、”黒”のアーチャーがいなくなってしまったのだという事実がノインに圧し掛かって来た。

 感傷に浸りたかった。自分の中には彼から教わったことは、たくさんあった。

 けれどそれはできなかった。そちらに割く精神の余裕は無く、フィオレの頬には涙の筋が残り、この空間にはランサーの気配があるのだから。

 

「それで、”赤”のランサー、あんたの言うマスターってのはどこにいるんだ?」

 

 カウレスが言う。どこかで別れたのか、彼らの側にバーサーカーはいなかった。

 それを尋ねてみようかと思ったが、カウレスは横目でノインをややきつく見た。

 何も言うな、と言いたげなその視線にノインも口をつぐむ。

 

「ふむ、案内しよう。ついて来てくれ」

 

 ランサーのほうは気に留めた素振りもなく、歩き出した。

 その後ろをついていきながらカウレスは、傷だらけで火傷や小さな傷だらけになりながらも、自分の足で歩いているノインを見てしみじみした様子で呟いた。

 

「あんた、ちゃんと生きてたんだな……」

 

 さすがにノインは苦笑するしかなかった。蜘蛛の足のような礼装を付けて瓦礫の山を進みながら、フィオレが口を開いた。

 

「それでもひどい怪我です。治癒魔術は必要ですか?」

「余裕があるなら頼む。魔力は節約できるならしておきたいから」

 

 はい、とフィオレが簡易とはいえ治癒魔術をかける。火傷や裂傷で引き攣れた痛みを訴えていた手足が、すっと楽になった。

 

「ありがとう」

「いえ、礼を言うのはこちらです。……単刀直入に言って、あなたはどれだけランサーを留めていられますか?」

 

 こちらのことを全く気に留めずに、庭園内を悠々と歩くランサーの背中を見てため息をつきそうになりながら、ノインは答えた。

 

「留めるだけなら、十数分だろうな」

 

 それだけ引き延ばせたとしても、全く時間が足りないのは分かっている。

 カウレスは真面目な顔で呟いた。

 

「あいつの裏を、かけるか?伝承だとカルナって英雄は頼み事を断らないだろ?……例えば槍か鎧を手放してほしい、とか」

「それはさすがに……」

 

 無理なんじゃないのか、とノインが言う前に、ランサーが肩越しにカウレスとノインを見ていた。

 心の奥底まで見透かしてきそうな静かな視線に少年たちは口を閉ざし、ランサーはゆっくり首を振った。

 

「武器も防具も、オレは手放すことはできない。我が全力を以て戦うというのが、オレがサーヴァントとして結んだ誓いであり、槍や鎧を手放すことは、その誓いを破るに等しいからだ。だが、オレの身勝手な願いをお前たちが受け入れたのも事実だ。引き換えに頼みごとがあるならば言うがいい。出来る範囲で叶えよう」

 

 怒るでもなく淡々と道理を説くようにランサーに言われて、”黒”の三人は言葉を失い、立ち止まった。

 ノインは尋ねる。

 

「……そのあなたの全力は、ルーラーを滅ぼせるのか?」

「恐らくな。我が槍の暴威を以てすればルーラーに施された聖杯による護りも、或いは砕けるやもしれん」

「じゃあ、願いはこうだ。俺以外の全員……ルーラーを含めたみんなを見逃してほしい。あなたが出す全力の相手は、何が何でも俺がする。それなら、そちらが誓いを破ったことにはならない」

 

 少し考える仕草をした後、ランサーは頷いた。

 

「一理ある。了解した。オレの全力を以てお前一人を討ち滅ぼそう」

「ば……ッ」

 

 馬鹿か、と叫んで肩を掴みかけたカウレスの手は、歩き出していたノインにぱしりと払われ、叫びの続きは赤い眼に射すくめられて止められた。

 

「お前な、それだけルーラーが大事なのか?」

「そうだ。レティシアは俺の大事な人だ。ルーラーはジークの大事な人だ。俺も彼女に恩はある。二人共、焼き払われる訳には行かない」

 

 即座に切り換えされて、カウレスは詰まった。

 目の前の半英霊の少年は自分の力の程も知っている。死ぬかもしれないと分かっている。それなのに、そう言い切った。

 彼は心のどこかしらが、やはり壊れていた。どこまでも紅く、ランサーとは異なった種類の透明な光を宿している瞳を見て、魔術師の少年はそう悟る。

 いくら大事とはいえ、ほんの数日会っただけの、血の繋がりも何もない少女のために、あんな英霊に立ち向かおうとするのはおかしかった。

 けれどカウレスにそれは言えなかった。彼を造り出し、英霊を宿らせ、こんな風になるよう壊してしまったのは、紛れもない自分たちユグドミレニアだと思ったからだ。

 ―――――それに今は、その力と決断に頼らざるを得なかった。

 

「……分かった。頼んだぞ、デミ・アーチャー」

「了解した。当主」

 

 同時にカウレスは思った。やはり自分が、ユグドミレニアの当主を、ダーニックの跡を引き継ぐことになって良かったと。

 本当の英霊ではない少年相手に、”黒”の全員のために盾になれとは、相棒を失って気丈に振る舞いながらも、頬に涙の跡を付けている優しい姉では、きっと言えなかったろう。

 魔術師であるカウレスには、その言葉を言うことができた。喩えどれだけ、言葉とは裏腹の硬い表情をしていたとしても。

 彼の表情を見て、ノインは少し、ほんの少しだけ口の端を吊り上げて笑った。

 カウレスが初めて見た、デミ・サーヴァントの素の表情だった。

 

「あんたが死にそうな顔するなよ。別に勝算がまるきり零でもないからな。零だったら、あんなこと言えないし」

 

 一転して、自分とそれほど変わらない年相応の少し少年の顔になった半英霊を見て、カウレスの表情も壊れかけた。

 咳払いして、声の平坦さをカウレスは保つ。

 

「……お前、さっきは十数分そこそこしか止められないって言ってたよな?」

()を一切考えないで良いのなら、話は別だよ」

「そうか。じゃ、バテたあんたの回収もしないとな」

「助かる。頼んだ」

 

 それきり、彼らは何も言わずに”赤”のランサーの後に続く。

 

「着いたぞ」

 

 どれだけ歩いたのか、ランサーは一つの扉の前で立ち止まった。彼が押し開けると、中には椅子に座った五人の男女がいた。

 いずれも装束からするに魔術師で、いずれも虚ろな目であらぬ言葉を呟き続けている。

 この聖杯大戦で、これが本来なら戦うことを望まれていた"赤"のマスターたちの末路だったのだと思うと、感慨深く思う気がしないでもなかったが、今はただ木偶人形を見るような感じで、何もノインの心に感情を引き起こさなかった。

 

「それで、転送装置ってのはどこにあるんだ?」

「この部屋全体がそうだ。魔力を流すことで起動する。これ以上の人数でも起動は可能だ」

 

 さすが神代の女帝の宝具だとノインは部屋の空気を感じて思った。

 カウレスは部屋を眺めてから、フィオレの方を向いていた。

 

「姉ちゃん。……姉ちゃんはここまでで戻ってくれ。地上に戻って、こいつらの保護とかなんとか色々とやっておいてくれ。おじさんとも連絡取ってさ」

 

 頬の横に落ちた髪を埃で汚れた細い指で耳にかけ、フィオレは頷いた。

 

「……ええ、分かったわ。気を付けてね、カウレス。……それに、ノインも」

 

 自分も名を呼ばれると思っておらず、一瞬呆けた顔になってしまったノインを見て、フィオレは儚げに笑った。それから空っぽになった手を振った。

 ランサーが部屋に魔力を流すと同時、彼女は他のマスターたちと共に部屋から消え失せる。

 転移が成功したのだ。

 

「これでこっちの約束は完了した。じゃあ、”赤”のランサー、どこでこいつと戦うんだ?」

「案内しよう。闘技場らしいものを女帝が造り上げている」

 

 絶対あの馬鹿みたいな火力で庭園を壊されたくなかったからだろう、とノインは極小さな声で呟いて、それをカウレスが聞き拾った。

 同じ所を、ぐるぐる回っているだけなんじゃないだろうかとノインが思うほど、彼らは入り組んだ庭園を更に抜ける。

 

「……というか、カウレス。あんたはいつまでついてくるんだ?」

「あのな、誰がお前を回収するんだよ。それに、一応見届け人のつもりだから最後まではな。バーサーカーにはちゃんと言ってきてる。……ああ、危ないとかそういうことなら気にするな。大体、こんな神秘の激突があるっていうのに、魔術師だったら見逃すのは損だ」

 

 ノインはカウレスの答えに紅い眼を大きく見開き、眼を細めて肩をすくめた。

 

「……戦い出したら、あんたのことは絶対顧みられない。俺も……多分ランサーも、手加減できるような宝具じゃないから」

「そうかよ。じゃあ尚更俺のコトは気にするな」

 

 それでも行くから、とカウレスは言った。

 

「それよりお前の宝具というか切り札っての、間違いなくランサーに対抗できるのか?」

 

 さぁ、とノインは首を横に倒し、カウレスはおい、と思わず突っ込んだ。

 

「それなのにあんな啖呵切ったのか……!?」

「施しの英雄相手に、可能性があるってだけで十分だろう。それに俺は賭けたよ」

 

 そうでもしないと仕方ないだろ、とノインは目を逸らした。そうでも言わないと、ランサーを誰が止めるのだ。

 止められなかったら、彼はルーラーやライダーを灼き尽くす。それだけは駄目だった。

 

「着いたぞ。相談は終わったのか?」

 

 ランサーは二人を巨大な部屋に導いた。

 空間が弄られているのか、不自然なほど広い。確かにこれなら壊しまわっても平気だろうな、とノインは思った。

 ランサーはその空間に進み出て立ち止まる。ほぅ、と息を吐いてノインも槍を手に彼から数メートル離れたところに立った。

 

「名乗ろう。我が名はカルナ。太陽神スーリヤが子。そして“赤”のランサーとして、お前を討ち滅ぼそう」

 

 そちらも名乗るが良い、とでも言うようにランサーは槍をノインに向けた。

 

「……ノイン。ノイン・テーター。アーチャーのデミ・サーヴァント。だけど真名は言えない。言うと、俺は全力で戦えなくなるから」

 

 ランサーは目を細めた。

 

「ノインとはお前のたった一つの名だろう。ならば真名は不要だ。オレの前に立つのは、ただお前という戦士だ。それ以外ではない」

 

 不思議な感情が胸に走って、ノインは黙った。

 友人ではなく、敵としてランサーはノインを一つの人間として認めていた。

 それが嬉しくもあり、怖くもあり……ノインはただ槍を構えることを己の答えとした。

 

「では……」

「いざ」

 

 直後、槍と槍がぶつかり空間が爆発する。

 “赤”最強の槍兵と、“黒”の少年の戦いは、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

「ジーク!……マスター!」

 

 一人庭園の中を進んでいたジークは、急に名前を呼ばれて立ち止まった。

 曲がり角から体当りするようにジークに飛びついてきたのは“黒”のライダー。ただ、手には見慣れない大盾を持っていた。

 

「良かったぁ!無事で!……ねぇ、フォルヴェッジくんたちは?」

「彼らは……ノインの方だ。()()()()()()()。俺はライダーを探していた。ところで、その盾は何だ?」

「あ、これ?“赤”のライダーに貰ったんだ。真名もね」

 

 あっけらかんとライダーは言い、ジークは瞠目しかけてそれどころではないと意識をしっかり保たせた。

 

「……そうか。ライダー、俺たちは先へ行こう」

「ノインは?あいつ、無茶して“赤”のランサーのとこへ一人で!」

 

 駆け出しそうなライダーの腕を掴んで、ジークは努めて冷静な声で答えた。

 

「分かってる。……カウレス伝手で聞いた。あいつは彼の足止めに回った。俺や、ライダーや、ルーラーや……レティシアのためだ」

 

 戻って来ることをノインは望んでおらず、絶対勝てない訳ではない、とノインは言った。それをカウレスから聞いて、ジークは信じた。そしてカウレスも彼なりに、一つ考えがあるのだと言っていた。

 それを、ジークは信じた。

 

「……分かった。ボクらは先に行こう、マスター」

 

 そのとき、横合いから彼らの方へ駆けてくる足音が聞こえ、同時に魔術砲撃が降り注いだ。

 

「おい!」

 

 彼らの前に現れたのは、黒革のジャケットを着た巨漢。そして彼が引き連れてきた竜牙兵と魔術砲撃の雨だった。

 

「危なッ!」

 

 ライダーの魔導書が光り、槍が走る。

 たちまち魔術は打ち消され、竜牙兵は瞬く間に骨の山となった。

 

「助かったぜ。ライダーさんよ」

 

 飄々と言ってのけたのは、“赤”のセイバーのマスター、獅子劫界離である。

 

「なんでキミがここに?”赤”のセイバーは?」

「分断されたんだよ。ご丁寧にな」

 

 あ、そうだった、とライダーは思い出した。

 それで一人になったマスターを狙って、セミラミスの砲撃が降りかかって来たと言う。

 そこから自力で何とか逃げ続けていたという彼に、ジークは無表情の下で驚いていた。

 

「じゃあ、あんたは俺たちと行動してくれ。魔術ならライダーの宝具でどうにかできる」

「言われなくともそのつもりだったぜ」

 

 獅子劫は、そう言って顔の傷を際立たせるように笑ったのだった。

 

 

 

 




合流したり、離れたり。

海の向こうにて更新中につき、多分次も遅れます。

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