九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-47

 

 

 

 “黒”の最後のサーヴァント、ライダーは、“赤”のセイバーによって広間から抜け出すことができた。

 出来たが────一直線に、大聖杯とマスターたちのところまで辿り着けなかった。床をぶち抜いて下の階に降り、さてここはどこだとライダーは首を傾げたのだ。

 だがそれでも、なんとなく下へ行けば良いというのはわかっていた。さぁ行くぞ、と足を踏み出したところで、ライダーの前に現れたのは獅子劫だった。

 

「またキミか!」

「おう。悪いが、手伝ってくれないか?うちの騎士と女帝様だが、まぁ、ちょっとこのままだとヤバイんだ」

 

 神代魔術師のガチの工房に突っ込むからそうなるんだ、とライダーは口で言いつつも、“赤”のセイバーがそこに残ってくれたから、自分が抜け出てこれたことはわかっていた。

 二度目の共闘に否はない。

 

「そりゃね、ここでセイバーに脱落されたら、ボクらは詰むもの。ルーラーとノインとボクだけじゃ、誰かが相打ちになるくらい思いきらないと、残りの面子は倒し切れない。でもそんな結果、ボクは御免だしね」

 

 特にボク以外の二人とか、そういう躊躇に乏しいし、とライダーは言った。

 

「で、あの女帝様に一泡吹かせる策とかって、何があるの?ボクのほうは、もう魔導書と槍しか残ってないんだけど……」

「俺も令呪がニ画ってとこさ。つかぬこと聞くが、お前さん、毒に耐性は?」

「おいおい、いくらボクが芸達者でも、あのアサシンの毒はダメだよ」

「だよなぁ」

 

 空中庭園自体、“赤”のアサシンの領域だ。

 彼女と天草四郎は上に玉座を据え、下に大聖杯を収めている。

 恐らく、ルーラーたちは大聖杯に辿り着いた。本当ならば、ライダーはそこまで一気に行きたかった。

 ヒポグリフが生きていたなら、間違いなくそうしただろう。

 

「……ッ!?」

「ん?なになに?」

 

 獅子劫に動揺が走ったのはそのときだった。

 

「アサシンが切り札を出した。……ヒュドラの毒だな」

 

 ライダーの顔にも緊張が走った。

 ヒュドラ。その名はギリシャ神話に登場する、猛毒を持つ化け物だ。その毒に全身を蝕まれる痛みは、あの賢者ケイローン────つまりは“黒”のアーチャーですら耐えかね、死の安らぎを選ばせたという。

 

「……解毒は?」

「俺の手元に血清が二つだな」

 

 その一つをセイバーに使うと獅子劫は言った。

 ライダーは迷うことなく片手を突き出した。ヒュドラの血清は毒から抽出される。形を変えた毒を体内に取り込まなければならないのだ。それに、ヒュドラの血清ともなればサーヴァントであろうと傷を付けられる神秘である。

 

「キミ、念話でセイバーの場所はわかるだろ?ボクが突っ込んでコイツを使うよ」

「そっからは……よし、どうせなら派手にやっちまおう」

 

 獅子劫が思いついた案を口にする。

 ライダーは驚き、少し呆れた。そんな案、理性がトンだ状態の自分並みではないか、と。

 

「でもな、うちの王様は、聖杯も勝利も諦めちゃいないのさ。無論、俺もな」

 

 獅子劫に言われ、ライダーはそれもそうだと頷いた。何せ、味方の面々が尽く聖杯を要らないだの、願いがないだのと言うような人々ばかりだったのだ。

 聖杯戦争は、本来は願望機を奪い合うための殺し合い。

 情が交わされ、確かな絆が育めた聖杯大戦は、例外中の例外なのだ。

 そんな当たり前をうっかり忘れてしまうほど、大戦の中で会った人々は、自分にとっての()()()()が多かったのだと、“黒”のライダーはまた思った。

 

「……ねぇ、“赤”のセイバーのマスター」

 

 セイバーとアサシンの対決の場へ急ぎながら、ライダーは尋ねた。

 

「キミ、昔のノインを知ってるんだろ?」

「まぁな。ただの使い魔モドキのガキとしか思わなかったがな。何かの魔術実験で造られた奴なんだろう?」

 

 やっぱりそんな感じだったのか、とライダーは嘆息する。

 

「まぁ、そだね。ねぇ、ここでボクはキミらを助けるからさ、キミはこれが終わったらさ……」

 

 言いかけて、ライダーはやめた。この後、自分がセイバーを助ける代わりに生き残ったのなら、ジークやノインを助けてくれないかとまでは、さすがに言えなかった。

 彼らは彼で”赤”のマスターからしてみれば、敵なのだ。助ける義理はない。

 それに、戦いの最中に戦いの終わったあとの話をするのは縁起が悪かったのだ。

 

「やっぱりいいや、何でもない」

 

 玉座の間にまでライダーと獅子劫は戻る。ここまで来るに襲い掛かって来た魔術の妨害は、ライダーの宝具で撃退した。

 扉の向こうには、ヒュドラの毒が満ちた空間がある。獅子劫から受け取った血清の一本を、ライダーは躊躇いなく自分の首に突き刺した。

 痛みが電流のようにライダーの体の中を通り抜けた。

 

「ッ……。ヤバいな、これ。英霊じゃなきゃ死んでたよ」

 

 よし、行くぞとライダーは扉を押し開けた。後退しつつ、獅子劫が中に爆弾に加工した心臓を投げ入れる。

 

「セイバーァァァアッ!」

 

 叫んで駆け出した瞬間、ライダーの方へと“赤”のアサシンの召喚した毒蛇が口を向けた。

 

「邪魔だァッ!」

 

 ()()()()()()()()()()()槍が、大蛇の頭を掠める。

 

「何ッ!?」

 

 バランスを崩してのたうつ蛇と投げ込まれた爆弾に、アサシンの注意が一瞬向いた。

 ライダーはその隙に走った。大蛇の頭の横をすり抜けて、セイバーの傍らに滑り込む。

 つい先ほど別れたばかりの白銀の鎧の騎士は、目と口から血を流しながら床に蹲っていた。

 

「しっかりしろよ!王様なんだろ、キミ!」

 

 返事も待たずに、ライダーは注射器の中に封じ込められていた血清を、セイバーの首に打ち込んだ。

 

「貴様!」

 

 セミラミスの放った鎖が、ライダーの胴を直撃して吹き飛ばす。

 破壊された石壁の瓦礫の中にライダーは叩きこまれる。仰向けに倒れた彼を目がけて、さらにいくつもの魔術による光弾が降り注いだ。

 

「はは……遅いよ。……『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』!」

 

 ライダーは魔導書を掲げ、ほとんど囁くように真名を開放した。

 生み出されたのは、魔術を無効化する善なる魔女の秘術だった。

 ”赤”のアサシンの魔術は、書物が放つ輝きに弾かれ、ライダーを貫くことはできなかった。

 しかし、ライダーも咄嗟に動くことができない。襲い掛かって来る大蛇の顎とその背後の女帝を見上げ、ライダーはにやりと笑った。

 玉座に坐する”赤”のアサシン。その背後に、大剣を掲げたセイバーの姿があったのだ。

 白銀だった剣には、禍々しい赤い魔力が纏わりついていた。

 気付いたセミラミスが、防御壁を展開する。だが、セイバーのクラレントはそれを紙のように切り裂いた。

 そのままセイバーはアサシンの”肩先から腰までを、深く切り裂く。

 

「吹っ飛びやがれ!『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ァッ!」

 

 振り下ろしかけた剣に、セイバーはさらなる魔力を叩きこんだ。

 さらに令呪の命令が、彼女の剣に一瞬で魔力を満たす。

 斬撃の形へと変形された彼女の魔力の奔流が、玉座の間の床を叩き壊す。

 

「あ、ちょっ!危ないだろぉぉ!」

「うるせぇ!これで下まで一直線だろうが!」

「そうだけどさぁ!」

 

 当然、瓦礫諸共ライダーとセイバーも宙に放り出された。

 真っ逆さまに下へと落ちて行くライダーの視界に、血を噴き出しながらもアサシンが転移で消えるのが目に入る。

 だがそちらに気を取られる余裕はなかった。

 すぐ近くを獅子劫が落下していたのだ。玉座の間の外にいたはずだが、崩落に巻き込まれてしまったのだ。

 それとも、彼もいつの間にか広間に踏み込んでいたのだろうか。ともかくも、彼だけが生身で放りだされてもがいていた。

 

「あー、もう!」

 

 魔術師ならば高所から落下した際の衝撃を押さえられるだろうが、ライダーは深く考える前にとりあえず手を伸ばして、彼の襟首を掴んでいた。

 そのまま、軽業師のように瓦礫と壁を蹴り、彼らは下へ下へと落ちて行く。

 下には光り輝く杯が見えていた。

 その正面には数人の人間が見える。彼らのうち何人かは、轟音と瓦礫と共に落ちて行くライダーたちを見て、驚いたふうに口を開けていた。

 

「ごめんちょっとみんな避けてぇぇぇぇえっ!」

 

 獅子劫を掴んだまま、ライダーはその叫びと共に庭園の最深部に降り立った。

 くるりとその場で周った彼の眼が最初に捉えたのは、ぽかんとした顔のノインだった。

 彼の腕には盾があり、その背後にジークとカウレスと、それにしゃがみ込んでしまっているルーラーがいた。さらには、ライダーには見覚えのない幼い女の子までがいて、彼は首を傾げる。

 女の子の面差しにはどこか見覚えがあったが、とっさに思い当たらなかったのだ。

 

「やぁ、無事で良かった!ところで、これ今どうなってるの?」

 

 ”黒”のライダーはそうして、首を傾げたまま、目の前の彼らに向けて問うたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちの台詞だそれは!」

 

 天上から降って来たライダーは、能天気なほどに明るく今がどういう状況かと聞いた。

 固まりそうになるが、すぐにノインは我に返ってそう叫び返す。

 叫び返しながら、ライダー目がけて放たれていた光弾を盾で弾く。それを放ったのは、天草四郎の傍らに出現した”赤”のアサシンだった。女帝は傷つき血が流れていたが、目は炯々と輝いていた。

 邪魔はさせない、と言いたげな気迫がその目に込められていた。

 しかし、アサシンの傷は剣で斬られたような傷だ、とノインが思った瞬間、ちょうど瓦礫を蹴とばして”赤”のセイバーの姿が現れる。

 彼女も彼女で血濡れだった。何があったのか知らないが、目元や口に血の跡がこびりついていた。

 それでも戦意は全く衰えていないのか、彼女は剣を肩に担いでにやりと笑った。

 

「”赤”のアーチャーに命ず!宝具『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』を用いて、”赤”のセイバーを押し留めろ!」

 

 だが、その瞬間空間に声が響いた。手を掲げて宣言したのは、アーチャーのマスター、天草四郎。

 彼はさらに令呪を掲げて命令を下した。

 

「続けてアサシンに命ず、全力で以てノイン・テーターを止めろ!」

「心得たぞ、我がマスター!」

 

 すべての令呪が消え、アサシンの死に体だった姿に力が籠る。光弾が飛び、ノインが盾を構えるよりも早く彼の体を吹き飛ばした。吹き飛ばされたその場所にアサシンの鎖が展開され、ノインは壁に抑えつけられた。腕ごと絡めとられ、盾が振るえなくなる。

 それに重なるようにして、アタランテの全身に黒い霞が纏わりついた。

 

「アァァァァァアッ!」

 

 獣のような咆哮が霞に取り付かれたアーチャーから轟く。霞が晴れたとき、先ほどまでの彼女の姿形は消えていた。

 翠の装束の代わりに、怪物と呼ぶにふさわしい異形の獣の皮が、彼女の半身に纏わりついていた。

 目は血走り、牙が口の端から覗いている。あまりの変貌ぶりに、壁に鎖で縫い付けられたまま、ノインは呆気に取られた。

 そのまま、彼女はアタランテだった何者かは、”赤”のセイバーへと突貫する。

 剣を盾のように構えて迎え撃とうとしたセイバーは、アーチャーの体当たりで吹き飛ばされた。

 二騎のサーヴァントはもつれ合って、闇の中へ消えた。獅子劫が舌打ちし、そちらの方へと駆け去る。

 

「この……!」

 

 ノインはもがくが、アサシンの渾身の魔力が注ぎ込まれた鎖は、一向に緩む気配がなかった。

 最後に残ったライダーに向けて、天草四郎は巨人の腕を振り下ろす。

 

「うわ、ちょっ!?」

 

 ライダーはすばしこく横へ跳んで避け、巨人の腕を掻い潜った。

 その隙に、ジークが腰の剣を抜いて走る。ノインを拘束している鎖に振り下ろすが、力が足りないのか剣が弾かれた。

 

「くっ……!」

 

 ジークとノインの顔が歪んだそのとき、もう一つの影が走った。

 小さな、子どものような体躯のその人間は、()()()()()速度で拳の殴打が降り落ちて来る中をすり抜けると、ノインの腕を捕える鎖に剣を振り下ろした。

 甲高い音を立てて、鎖が千切られる。解放された腕で、ノインはもう片方の腕を拘束していた鎖を引き剥がした。

 剣を振るったのは、半ば英霊の姿となった幼い少女だった。

 

「ツェーン……」

「そうだよ!もう、ほんとうにばかなんだから!」

 

 半分だけが紫の鎧、半分だけが簡素な服のままの少女は、怒ったように頷いて、今度はルーラーの下へ駆けた。

 

「おきて!」

 

 小さな少女は、ルーラーを揺すりたてる。

 ルーラーの顔が上がる。彼女の紫の瞳にノインと少女とジークの姿が映り込んだ。

 

「ルーラー、何が何だかわからないのだが、怪我でもしたのか!?」

 

 盾で拳を受け止めながら、ノインは叫んだ。

 

「ノイン……くん?」

 

 そうだ、とノインは拳を盾で払い除け、蹴り飛ばして後退させながら叫び返した。

 その体の周りでは、小さな雷がスパークし続けていた。大気に満ち満ちる魔力を吸いあげながら、ノインは体を動かし続ける。

 

「どう……して?」

「……バーサーカーが、アイツを生かしたんだ」

 

 相棒と同じ紫電を纏いながら戦うノインを見ながら、カウレスは答えた。

 

「詳しいことは俺にもわからない。それでも、まだアイツは戦ってる。ルーラー、あんたはどうなんだ?」

 

 ルーラーの視線が、傍らに倒れたままの旗に向けられる。

 救国の乙女の旗として、数多の兵士たちの前で掲げられた軍旗は、ジャンヌ・ダルクの無二の武器は変わらずそこにあった。

 

「そう……ですね。ええ、きっとそうなのでしょう……」

 

 旗をルーラーは手に取った。脚に力が込められる。

 魔力の拳に押され、ついに耐え切れなくなったノインの前に、一瞬で彼女は現れた。

 旗が一閃され、拳が手首のところで斬り取られる。続けて、ライダーを叩きつぶさんと迫っていた拳にも彼女は旗を振るった。

 同じように斬り落としたその塊を籠手で殴り飛ばして、ルーラーは真正面に佇む天草四郎を見た。

 彼もまた、ルーラーを見ていた。苛立たしげにも痛ましげにも見える、不思議な表情を浮かべていた。

 

「ジャンヌ……!貴女はまたも立ち上がるというのですか?人類救済という素晴らしき願いを目前にして!それを阻むために!」

 

 変わって進み出たのは、ジル・ド・レェだった。

 彼にも、殺人鬼に堕ちた彼にも、人類救済を願う優しい心はあったのだと、ルーラーは思う。

 ジル・ド・レェは、なおも言い募っていた。

 

「彼の……天草四郎の、人類救済の願いを、否定するおつもりか?それが貴女や私に与えられた、唯一の贖罪の機会であるというのに!犠牲になったそこの少年少女のような者たちを、数多救えるかもしれぬのに?」

「ええ、そうです。ジル。……確かに、私は過ちを犯しました」

 

 ルーラーの目が、ノインに向けられる。

 ノインは首を傾げた。ルーラーと彼女の戦友の言葉の意味を、考えあぐねているようだった。

 

「だからこそ……私は、ここで倒れることはできません」

 

 ノインと彼の小さな妹のやり取りは、ルーラーにもレティシアにも聞こえていた。

 大人になりたいまま生き続けてきたノイン、生きたいと世界に踏み出したジーク。

 彼らはいつも怯えていた。怯えながらも、流されながらも、それでも彼らは生きて来た。

 苦悩して来たその道のりで彼らは生きて来た。きっとこれからも何かに出会い続けて、変わり続けて行くのだろう。

 

 ルーラーはそれを見ることができない。けれど、その道のりの何と愛おしいことか。

 

 永遠に揺蕩う世界など要らないと、ひとりの少年は言った。

 自分の道のりのすべてを、救済されるべきものだと憐れむなと、怒ってもいた。

 奇跡に相対してもそう言った生者の言葉を、ルーラーは護ろうと思った。

 

「ノイン君、ライダー。……少しの間、彼の攻撃を止めていられますか?」

 

 故に、ルーラーは腰の剣に手をかけながら、その言葉を口にしたのだった。

 

 

 




乱戦中。
アタランテとの絡みはありますので、少々お待ちを。

以下、本編とは全く関係がありません。

アポコラボが来ました!万っ歳!
続編をどうしようかと迷っています。

以上です。

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