九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-3

 

 

 

 

 

 サーヴァントの相手はサーヴァントが行う。

 それが、今や世界各地で行われるようになってしまった聖杯戦争のセオリーだ。

 そもそも、聖杯戦争は元々冬木という日本の都市だけで行われる魔術儀式だった。

 だが、第二次大戦の頃に行われた聖杯戦争にダーニックが参戦したことで、冬木での儀式は終わりを告げた。

 彼はナチス・ドイツと協力して、儀式の要である大聖杯を強奪。その後、彼らすら欺き粛清して、大聖杯をルーマニアに隠したのだ。

 その過程で、聖杯戦争の魔術式は流出。

 成功すれば、万能の願望器を降臨できる儀式は模倣され、世界各地で亜種聖杯戦争と呼ばれる闘争が行われるようになった。その結果、魔術師の頭数が減るという時代に突入しているのだから笑えない。

 

 そうしたことは自分たちの生み出される何十年も前の出来事ではあったが、ノインはそういう事柄を歴史のように聞いて、知っていた。

 それは同時に、その頃から一念をいだき続けて今に至るダーニックの願いの強さを思い知らされることでもある。

 ともあれ、幼子が老人になるほどの時を経た今、大聖杯はミレニア城塞奥深くで魔力を湛えて鳴動し、十を超えるサーヴァントたちが喚び出され、聖杯大戦が始まろうとしている。

 そういう状況でも変わらないことある。

 マスターがサーヴァントを相手取ることはまず蛮行と見なされ、サーヴァントが積極的にマスターだけを殺しに掛かることは例外と見られているということだ。

 特に誇り高い英霊であればあるほど、マスター殺しは好まなくなるとか。

 アサシンというマスター殺しに長けたクラスもいるが、大方の英霊は英霊同士での戦いを望むものである。

 それならば、両方の特徴を受け継いだ者は、どう戦うのだろうか。

 だが、デミ・サーヴァントという存在を、ノインは己以外知らない。

 ノインの強みはサーヴァントとして戦うための魔力を自前で補えること。そして普段はただの魔術師として振る舞えるため、サーヴァント化を解けば隠密性が高いことだ。

 逆に弱みは宝具が使えないことだった。

 というより、使えることは使えるのだが正式な真名開放ではないのである。

 

「じゃあ君、真名の分からない英霊の力を使ってるってコト?」

 

 イデアル森林の倒木の上、鎧を装着したライダーと同じくサーヴァントの装束になっているノインは並んで座っていた。

 最近、ノインのいる所によくライダーが現れてはよく話しかけてくるのだ。

 ちなみに、ノインが次点でよく出会うサーヴァントはアーチャー、次に会うのはバーサーカーである。

 バーサーカーには匂いを嗅がれた後唸られたが、たまに彼女がマスターと共にいる所を見かければ会釈程度はする。

 そういうときの様子を見るに、バーサーカーは狂戦士だが、マスターのカウレスと仲はそれなりに良いらしい。

 

 逆に主従関係が問題なのが、ライダーとそのマスターだった。

 ライダー曰く、マスターのセレニケにやたらと執着されて正直なところ辟易している、のだそうだ。

 大変だなと、ノインは在り来たりなことしか言えない。

 それでもライダーは木石とホムンクルス、ゴーレム以外の話し相手がいるなら、別に構わないらしくちょくちょくやって来る。

 そんなライダーは、今はノインの中の英霊が気になると言い出したのである。

 首を傾げるライダーに、ノインは頷き返した。

 

「そうだ。だから俺は、宝具が完全に使えないんだ」

「君の宝具って投石器なんだっけ。……参考までに聞くけど、それでどこら辺が弓兵なの?」

「俺にも分からない。恐らく投擲が攻撃手段だから、じゃないのか?」

 

 そう言ってノインは傍らの槍を見た。

 先程までこれでライダーと打ち合っていたのだ。勝負はノインの勝ちだった。速さに勝るノインがライダーを翻弄して勝ちを収めたのだが、互いに本気では無かった。宝具も使わなかった。

 それでも森は倒木が更に増えるという有様になったが、デミ・サーヴァントとサーヴァントの手合わせだからこんなものだろうと、ノインは思っている。

 勝っても特に高揚もしなかった。

 高揚と言うより、味わったのはデミ・サーヴァントの自分でもサーヴァントと思ったよりも戦えそうだという、安堵感だ。

 でもライダーの宝具が解禁ならば勝敗も分からないよな、とノインは木々の隙間から見える空を仰ぎ見た。

 

「ま、君のクラス認定はともかくさぁ、それじゃいざってとき困るだろ?だからもうちょっと特訓しようよ」

 

 宝具である黄金の馬上槍を引き寄せるライダーに、ノインは首を傾げた。

 

「特訓と言っても、こうやって打ち合い続ければ分かるのか?」

「んー、何かこう、ヤバッて思ったときに、ビビッと来るときないかなぁ?」

 

 それは多分直感に優れたライダーだけだと言いながら、ノインは槍を消し、サーヴァントとしての装束も解いて立ち上がった。

 

「あれ、どっか行くの?」

「当主に呼ばれている。だから特訓は無理なんだ。手合わせは……その……ありがとう」

 

 慣れない言葉を、少し言い淀みながら口にしたノインに、ライダーは軽く手を振った。

 

「良いって良いって。でも、君の真名が分かったら教えてくれよ」

 

 約束する、とノインは頷いて歩き出す。

 ノインは、ライダーのことは嫌いではない。善性の騎士相手に、こちらの接し方が合っているのかという疑問が残っているだけだ。

 ただ、彼のマスターであるセレニケは問題だった。

 セレニケは黒魔術師である。

 生業に生贄を用いるため、ほとんどの黒魔術師は血生臭くなる。だが、彼女は普通に輪を掛けて強烈だった。

 彼女自身の性格が残酷で、生贄を楽しんで殺すという話もある。

 城内で何度かすれ違ったことはあるが、ノインの鋭い嗅覚は彼女から漂う血と臓物の臭いを捉えている。そのときばかりは、感情が出にくい自分の鉄面皮に感謝した。

 そのセレニケだが、どうやらライダーに一方ならぬ感情を抱いているらしい。英霊をそのように扱って怖くないのだろうかとノインは思うのだが、彼女は一向気にせずに劣情をライダー相手に吐き出しているとか。

 そのセレニケは、最近ノインの姿を見かけるたびに睨んでくる。ライダーに親し気に話しかけられていることが、彼女の気に障ったのだ。

 ノインとて不完全とはいえサーヴァントだから、自分がセレニケに殺されるとは思わない。が、魔術師に嫉妬されるのは、端的に言えば面倒だった。

 

 ともかく、聖杯大戦とやらが始まってから、初めてのことばかりだ。

 英雄らしくあれと命じられ望まれること、誰かと話していて楽しいと思うこと、教え導くような優しい視線の持ち主と出会うこと。

 どれもこれもこれまではなかった。

 自分に新たな変化を齎すのが、皆死者なのだと少年は気付いていない。

 気付かないまま、彼は主の部屋を訪れる。

 

「失礼します、ノインです」

 

 一礼し、ノインはダーニックを見やった。

 書き物をしていた魔術師は顔を上げると、机の上に乗せた紙束を指し示した。

 それを手に取り、ノインは眼を見開く。

 

「マスター、これは……」

「”赤”のマスターの一人が、発見されたという情報だ。あちらも既にサーヴァントの召喚は済ませたらしい」

 

 が、“赤”の内、一騎だけは単独行動を取っているという。

 

「サーヴァント中、最優と謳われるセイバーとそのマスターは他の組との合流を拒んだようだ」

「……こちらのアサシンのようにですか?」

 

 ダーニックの眼が鋭くなり、ノインは言葉選びを間違えたことを悟る。

 ライダーと話すようになったせいか、口が軽くなっていた。

 

「アサシンを離反したと見做すのは早計だ。口を慎め」

「はい、申し訳ありません」

 

 “黒”のアサシン、ジャック・ザ・リッパーだけはミレニア城塞ではなく、東の島国、日本の東京で召喚されている。

 マスターに選ばれた魔術師と相性の良かった土地が東京だったためにそういうことになったのだが、召喚されているはずのアサシンの主はまだこちらに接触して来ていない。

何か不手際があって遅れているだけ、という話では無いだろう。最悪、アサシンは“赤”側についたか、殺されたとも考えられる。

 そして、気配遮断による隠密やマスター殺しを旨とするアサシンが本当に欠番になったのなら、その穴に充てがわれるのはノインだろう。

 

「失言は許す。だがお前は、これからそのサーヴァントとマスターの偵察に行け。その者たちはどうやら、ここトゥリファスを探る腹のようだ」

 

 当初はゴーレムやホムンクルスたちだけを差し向けるつもりだったが、デミ・サーヴァントの技量が如何ほどか、ランサーが試すと言ったそうだ。

 最優のセイバーの首を獲れとは言わぬ、だがかの者の技量を引き出す程度はしてみせよ、とランサーは命を下した。

 それくらいはこなせると、ランサーはノインを位置付けたのだ。

 

「承りました」

「では行け。ホムンクルスは既に向かい、ゴーレムは街で待機させている」

 

 ノインは頷き、踵を返す。

 ダーニックの視線が何故か常より鋭い気がして、とにかく立ち去りたかった。

 部屋を辞すると何故かほっとした。

 自室に戻って夜闇に紛れる服に替え、城を出る。

 だが出ようとする直前、ノインはまた呼び止められた。

 

 呼び止めたのは、“黒”のアーチャー、ケイローンと車椅子に乗ったそのマスターである。

 車椅子の少女は、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 カウレスの実の姉で、ユグドミレニアの魔術師の中では図抜けて優秀だ。ダーニックの次の当主だとまで言われている才媛だった。

 

「街に出るのですか、ええと……」

 

 フィオレは、車椅子を押しているアーチャーと佇んでいるノインの間で一瞬視線を彷徨わせた。

 どちらもアーチャーなのだ。呼び方に戸惑ったらしい。

 

「デミでもノインでもどちらでも良い」

「……ではノインと。改めて聞きますが、あなたは街に出るのですか?」

「出る。セイバーが発見されたので、偵察に行く」

「ですがノイン、セイバーは最優と言われています。それは伊達ではないでしょう」

「分かっている、アーチャー。俺だって自分の生命は惜しい」

 

 感情の乗っていない声でノインは返し、アーチャーは一瞬瞠目してから続けた。

 

「あなたへの撤退の指示は、ダーニック殿ではなく私が行います」

「アーチャーが?何故だ?」

「私は軍師でもありますから。ですから、念話による指示には即従うように」

「……分かった。あなたの判断は信じている」

 

 フィオレに目礼し、ノインは外へと歩き出した。

 足を早めながら、これで直に会った“黒”のサーヴァントとマスターは、五組だなと考える。

 こちらの最優のセイバーは、まだ知らない。どこかの高名な騎士らしいが、普段は霊体化していて見たことはないのだ。

 マスターのゴルド・ムジーク・ユグドミレニアの方は、ホムンクルスの魔力供給槽の近くで見た。だが、それなりの錬金術師という彼はやはりノインを見てもダーニックやロシェと似た無機質な眼しかしなかった。

 

 憎悪を込めてくるセレニケはさて置いて、フィオレの視線はカウレスと似ていたなとノインは考える。

 眼の前の存在が、英霊なのか人なのか、サーヴァントなのか人形なのか、自分はどう接すればいいのか素直に戸惑っていた。

 魔術師にしては素直な性格なのだなと、ノインは思い、それきりフィオレのことは一時忘れることにする。

 眼の前の任務がよほど重要だったからだ。

 

 “赤”のセイバー。

 どのような敵かは知らない。その英霊とマスターがどのような願いを聖杯に託すのかも。

 だけれど、敵を調べるのが任だと、少年は決め、風のように夜闇を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さほど時間はかからずに、ノインは城下町であるトゥリファスに辿り着いた。

 通信で車で街へ向かっていたホムンクルスたちの集まっている場所に向かう。

 ノインが見つけたときには、既に彼らはそこで武装を完了させていた。

 屋根から飛び降りて来た彼に気付き、男性型と女性型のホムンクルス数体が駆け寄って来る。彼らの手には斧槍や弓、剣があった。

 

「状況は、分かるか?」

「はい。“赤”のセイバーと思しきサーヴァント、それにマスターらしき男が発見されています。場所は補足していますが、どうしますか?」

 

 ふと、感情表現の豊かなライダーと話した後のせいか、ノインは彼らの無表情と淡々とした口調が普通より冷たいものに見えた。

 頭を振って、それを追い払う。

 ホムンクルスは最初からこういうもの。自分はそれに慣れているはずだ。

 

「デミ・アーチャー様?」

「何でもない。……“赤”のセイバーのマスターは、情報によれば死霊術師(ネクロマンサー)だ。そっちにはゴーレムを行かせろ」

 

 死霊術は、死者の魂や肉体を使う。戦闘ともなれば、それらを扱って相手を呪い殺すのだ。

 “赤”のセイバーのマスターは時計塔から派遣されて来た獅子劫界離という男だ。彼には、ノインもダーニックに命じられた仕事の中で出会ったことがある。

 戦場に極端に特化した、強面の手練の魔術師だった。ダーニックが生まれ付いての貴族ならば、彼は生粋の傭兵だ。

 彼を知るからこそ、ノインは死霊術は生者相手にはよく効くが、正真正銘の人形であるゴーレムには効きが弱いだろうと判断する。

 

「それから、セイバーの相手は俺がやる」

「では、我々は?」

「人払いの結界と、魔術での補助だ。俺には対魔力スキルがあるから、攻撃に巻き込んでも構わない。セイバーの足場でも崩してくれれば良い。それと撤退のときのバックアップもだ」

「了解しました」

 

 ノインは頷いて、サーヴァントの姿となる。

 淡い光を放つ魔力が彼を取り巻く。それが晴れた後には少年ではなく、デミ・サーヴァントが一騎現れていた。

 宙に浮いた槍を手で掴み、ノインは手に馴染ませるかのようにくるりと穂先を回した。

 

「よし、行くぞ。……それと、マスターと英霊に向かうのは避け、攻撃するなら遠距離からに留めろ」

 

 マスターやサーヴァントに向かえば、彼らは容易く殺されるだろう。

 ホムンクルスがそのために造られた生命体で、彼ら自身それに対して何とも思っていないとしても、生き物が眼の前で血をぶちまけて死ぬのをノインは見たくなかった。

 ホムンクルスは淡々と頷いた。

 

「承知しました。デミ・アーチャー様」

 

 そのややっこしい呼び方もどうにかしてほしいな、とノインは思いつつ、地を蹴って屋根の上に跳び上がる。

 ホムンクルスたちに念話で伝えられた位置に移動すれば、人影が二つ、街の中心部にあった。

 一つは体格が良く、背格好にぼんやりとだが見覚えがある。もう一つはかなり小柄だが、纏う神秘が桁違いだった。

 小さな方がサーヴァントか、とノインは当たりをつけた。

 彼らは、トゥリファスの市庁舎に向かっているらしい。そこにある塔はこの街で最も高かったはずだ。

 

「……まぁ、偵察のための場所は探すよな」

 

 呟いて、懐から石を取り出す。

 石には魔術と魔力が仕込まれ、即席の爆弾となっていた。

 腰の投石器を外し、それを装填する。

 

「―――――」

 

 ノインが呪文を囁くと、石は赤く発光し始めた。

 それ行け、とノインは大きく振り被って石を投げる。それが着弾し、爆発するのと同時に、槍を構えて自身も屋根から飛び降りたのだった。

 

 

 

 





自分がおらずとも英雄になっただろう人々の背中を、それでもそっと押せることが喜びだと言う教師と、英雄の力を背負わされただけの少年。

……大概えげつないことを書いている気が。

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