九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


act-4

 

 

 少年が去った後の、城の中でのことだ。

 

「アーチャー、さっきの彼がデミ・サーヴァントなのですか?」

「ええ、マスター。名前はノイン・テーター。……尤も、ユグドミレニアの中では皆知っている名かもしれませんが」

 

 ミレニア城塞の廊下を進みつつそう会話するのは、アーチャーとそのマスター、フィオレだった。

 アーチャーはランサーから、トゥリファスで行われるセイバー戦を見、見解を述べるよう告げられた。そのために、魔術的な映像が届けられる大広間へ向かおうとしていたアーチャーに、フィオレが頼んだのだ。

 自分も見てみたい、と。

 だが、彼女の感心はセイバーではなく、遣わされたデミ・サーヴァントの方だった。

 

 英霊と融合し、人を凌駕する力を手にした少年、それがノイン・テーターだ。

 少なくとも、一般のユグドミレニアたちはそう認識している。だからこそ、彼を御しているダーニックの権威は尚更高まっているとも言えた。

 降霊術に長けたフィオレとしては気になっていた。特に、彼が英霊の姿にならなくとも、優れた身体能力を持つということが、だ。

 

 それは、フィオレの脚が動かないことに起因している。

 

 生まれ付いての魔術回路の変質で、彼女の脚は魔術を使い続ける限り麻痺しているのだ。

 フォルヴェッジ家を継ぐものとして魔術は捨てられない。けれど、フィオレは自分の両脚で大地を歩きたかった。

 だから、魔術回路をそのままに脚を治す。

 そのために聖杯大戦に参加することを決めたのだ。

 そこに、降霊術の一種によって高い身体能力を得た例の話を聞けば、興味も持つ。だから彼女はアーチャーと共に、大広間へと向かっていた。

 けれど、その前に当の本人と出会したのは予想外だった。

 遭遇した件のデミ・サーヴァントは、弟のカウレスより、少し背が低くて痩せていた。

 “黒”のランサーのように人智を超えた遥か遠い存在という雰囲気はない。無表情で目付きが悪いだけの、ただの少年に見えた。

 

「マスター、貴女から見て彼はどうでしたか?」

「……正直なところ、彼は本当にサーヴァントと戦えるのかと思いました。その、普通の魔術師にしか見えません」

「一対一でこちらのライダーを下す腕前はあります。ですが、セイバーの相手となると厳しいでしょう」

 

 フィオレは車椅子を押してくれているアーチャーの表情を伺いたくなった。

 デミ・サーヴァントとホムンクルス、ゴーレムを“赤”のセイバーへの撃退に向かわせる、と聞いたときアーチャーは難色を示した。

 彼では力不足です、とはっきり言ったアーチャーの言葉をフィオレは覚えている。

 結果としては、大戦が始まる前にアレが英霊としての振る舞いができるのか否かの見極めは必要である、とランサーの意見が通った。

 だが、任務は撃退ではなく偵察に代わり撤退のタイミングは、念話でアーチャーがノインに指示するという折衷案となったのだ。

 

「マスター、失礼を承知で言いますが、貴女は彼の英霊としての能力をどこか欲していませんか?」

「え?……いいえ、そういう訳では」

 

 英霊としての力、そこまではフィオレの想像していなかった。

 ただ彼女は、元は脆弱な肉体だったという少年がサーヴァント化で強化されたという話を忘れられなかっただけだ。

 

「それなら良いのです。彼の力には代償があり、重い対価を払っている。私はマスターにその道を歩んで欲しくはありません」

「それは……どういう」

 

 意味なのですか、と尋ねるためにフィオレは思わず上体を捻ってアーチャーを見た。

 賢者は黙ってマスターに向けて微笑む。

 どこか哀愁を含んだ笑みに、フィオレは何も言えなくなったのだった。

 

 弓の主従は黙ったまま進み、部屋に入る。

 明るく、美麗な部屋の中には既に他の面々が揃っていた。

 玉座についているランサーを抜かして目立つのは、明らかに落ち着かなげなライダーと、彼を睨むセレニケか。

 虚ろな表情のバーサーカー、泰然としたセイバー、仮面で表情の見えないキャスター、玉座につくランサーは、アーチャーたちの方を一斉に見る。

 けれどライダーだけは、気付かないのか虚空に映し出された映像を見ていた。

 映るのはあの少年。

 ノインは、街に到着したらしくホムンクルスと何か言葉を交わしていた。

 何か話し合った後、頷き合って彼らは別れる。

 

「ゴーレムを死霊術師に充てがい、己はセイバーの相手をするつもりですか」

「ホムンクルスは?」

「全員補助に回したみたいだよ」

 

 フィオレの疑問に答えたのはライダーだった。彼はやっほぅ、と気軽にアーチャーに挨拶し、手招きしている。

 いつも天真爛漫な表情のライダーはちらちらと不安そうに映像を見ていた。

 

「死霊術師に木偶人形、サーヴァントにデミ・サーヴァント。対応に間違いはないな」

 

 全員揃ったからか、ランサーは玉座の上で鷹揚に頷く。

 その中でライダーは小さく漏らした。

 

「そりゃ、多くを死なせない対応としては合ってるんだけどさ……」

 

 宝具も使えないのにムリしなくても、とライダーは頭の後ろで腕を組んで呟いていた。

 

「……ライダー、酷なようですが貴方がここで心配していても詮無いことです。撤退の時期を正しく彼に伝えることを考えましょう。私の意見を彼が聞かない場合、説得はそちらに任せたいのですが」

「分かってるさ。うん、頑固者を宥めるのは得意だったから、任せてよ!ボクはローランも宥められたんだから!」

 

 胸を叩いて請け負うライダーに、アーチャーは軽く笑って頷いた。

 その会話からして、ライダーもあの少年をセイバーに向かわせるのは反対だったのだとフィオレは察する。

 

「あの者はセイバーを見つけたようだな」

 

 ランサーは呟く。

 使い魔が送ってくる映像の中、槍を携え、鎧を纏ったサーヴァントと化したノインが動いていた。

 彼が屋根の上から石を投石器で投げ、石が地面に触れた途端、炎が画面を舐めた。

 

「ダーニック、あれがデミ・アーチャーの宝具なのか?」

「いや、違う。キャスター、あれはルーンだ」

 

 ダーニックは首を振る。

 画面の中では炎から飛び出してきたセイバーと、ノインがちょうど相対したところだった。

 全身を白銀の甲冑で固めたセイバーの大剣は帯電している。赤い雷光を纏った姿は正に力の塊で、革鎧と槍だけの少年は如何にも頼りなく見えた。

 ただ少年の表情の捉えどころのなさは変わらない。飛び掛かる獣のように、体勢を低くして槍を構えていた。

 

「“赤”のセイバーも……優秀のようだな」

「ええ、幸運以外のステータスにCランク以下が存在しない。……正しく、剣の英霊にふさわしいと言えます」

 

 ダーニックとアーチャーの冷静な声と見立ては続く。

 映像の中、ノインは破壊力を伴う赤雷に苦慮しているのか、密集する建物の壁を蹴って跳び回っている。

 そして、横殴りのセイバーの大剣を縦にした槍で受け止めるが、耐え切れなかったのか吹き飛ばされ、石壁に叩き付けられていた。

 だが、ノインは粉塵の中からすぐに飛び出す。

 手にしていた小石を彼が地表に叩き付けた瞬間、今度は氷の槍が虚空からセイバーへ襲い掛かった。

 だが、槍はセイバーに触れた瞬間消え失せる。

 

「高い対魔力スキルも有するのか。……セイバー、あれには勝てるか?」

 

 ランサーに問われ、“黒”のセイバー、重厚な鎧を付けた、褐色の肌を持つ青年騎士は頷いた。

 

「問題なく。だが、あの少年では倒し切るのは不可能だと思われる」

「ええ。これ以上の戦闘行為に意味は無い。退かせましょう」

「そのようであるな。アーチャー、指示は任せた」

 

 アーチャーが頷く。

 ふぅ、と密かに胸を撫で下ろしているライダーをフィオレは見やった。

 氷の槍を弾かれたノインは、再び防戦している。その彼目掛けて、何か物体が投げ付けられた。

 少年はそれを見てから弾く。が、“赤”のセイバーには十分過ぎる隙だった。

 今までとは桁違いの速さで突貫。再び槍ごとノインを吹き飛ばし、今度は彼の肩を掴んで焦げた石畳へ叩き付けた。

 大地が軋む。石の欠片が飛び散り、その中心で少年が血を吐いた。

 

「ダメだ、ダメだってば、早く逃げろよ……」

 

 ライダーの声が届いたのかノインは槍を手放し、倒れたまま剣を振り下ろしかけていたセイバーの前に小石を掬い投げた。

 直後、閃光弾のような光を放って小石が弾け、セイバーが一瞬怯む。

 その上体を蹴飛ばして跳ね起き、ノインは大きく後ろへ跳躍。そのまま屋根を飛び越し、画面からも消え去った。

 追おうとしたらしいセイバーはマスターから指示でも受けたのか止まり、霊体化する。あちらも撤退を決めたようだった。

 

 束の間、広間の空気が弛緩する。

 

「……強いようね、“赤”のセイバーもそのマスターも。特にあのマスター、短時間でゴーレムから逃れてサーヴァントの援護までして見せた」

 

 口火を切って呟いたのはセレニケだった。

 ダーニック、“黒”のランサーは共に頷く。

 

「後は“赤”のセイバーの真名、そして宝具の性能だろう。あのデミ・アーチャーではそこまでは引き出せなかったようだが」

 

 淡々とキャスターは言う。

 これにもまた、“黒”を率いる者たちは頷いた。

 

「力不足とはいえ、あの者は当初の目的は果たしている。あれもまた、我らの陣に集った英霊として認めよう」

「……御意のままに、公王」

 

 当主は頷く。少年は一先ず、彼らの意に応えられたのだ。

 

「あー、じゃあ、これにてお開きで良いかな?良いよね?」

 

 ちょっとボクは失礼するよ、とライダーは一礼してたちまち消え去る。

 セレニケが苛立たしげに呼び止めようとするのも聞かずに、彼は去って行った。

 向かった先は十中八九、あの少年の所だろう。彼らがいつの間に仲を深めたのか、フィオレには分からない。

 ただ、当主ダーニックがライダーの消えた場所を見る苛立たし気な視線だけは、フィオレの記憶に残ることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城に帰り着いて、ホムンクルスたちと別れる。偵察の報告を行ったあと、ノインは寝床に倒れ込んでいた。

 眼を覆う手を退け、灯りに右手を翳して見れば、小刻みに震えている。

 その震えを見ていると、ああ、生きて帰れたと実感できた。

 “赤”のセイバーは桁違いだった。こう言ってはなんだが、“黒”のライダーより遥かに強かった。

 

―――――怖かった、な。

 

 雷で痺れた足と、叩き付けられた背中、傷めた内臓には自分で自分にかけた治癒魔術が効いている。半刻もすれば、痺れや痛みは取れるだろう。

 もう一度、上げていた腕を下ろしてノインは眼を覆った。

 じくじくとした痛みが身体中を苛んでいる。治癒能力も高いデミ・サーヴァントになって以来、痛みを感じ続けることはあまりなくなった。

 けれどこれはサーヴァントにやられた傷だった。

 あそこで、セイバーのマスターである獅子劫の投げた魔術師の心臓を加工した爆弾。あれを弾くときに失敗したとノインは思う。

 見ずに払い退ければ良かったのに、獅子劫の挑発に一瞬気を取られたのだ。

 はぁ、と息を吐いて寝床にごろりと横になる。

 寝床の上に置いた、手ずれのした本の背表紙が目に入った。

 色鮮やかな絵が表紙を飾る、子ども向けの本。読む訳でもなく、ただノインはそれをぼんやり眺めていた。

 

 だが、近付いて来る靴音にノインは気が付いた。本を寝床の隣にある机の上に置いて、半身を起こす。

 大きな音を立てて、扉を開けたのはライダーだった。気のせいか、桃色の三つ編みが逆立っているような気がした。

 

「ら、ライダー?」

 

 ずんずんと入って来たライダーは、寝床に腰掛けて首を傾げているノインの眼の前で止まると、両腰に手を当てた。

 

「君、ちょっと無茶がすぎるんじゃないのかい?」

「……“赤”のセイバーに挑んだことか?」

「そうだよ。宝具も使えないのに、何やってるのさ!?」

 

 怒っているライダーを前に、ノインは首を傾げた。

 

「何やってるのかと言われてもな……。俺はサーヴァントで、マスターがいる。マスターに命じられれば、サーヴァントは従うべきだろう?」

 

 戦うために喚び出されるのがサーヴァントだから、とノインは言った。

 俺は聖杯戦争のためのサーヴァントではないがな、とちらりとそんなことも思う。

 

「そうだけど、そうなんだけどさ!」

 

 あー、もう、とライダーは頭をかく。

 彼の眼は、服の隙間から見える布を見ていた。ノインは布に刻んだルーン文字を患部に巻いて回復しているのだが、彼はその視線を避けるように立ち上がってライダーと向き合った。

 

「俺の心配は良い。元々偵察のためだったし、普通なら存在しないデミ・サーヴァントをランサーが測ろうというのも当然だ。それに、怪我をしたのはあちらの挑発に気を取られた俺の責任だ。ライダーが怒ることではない」

 

 譲らないその言い方に、ライダーの眉が下がる。

 

「……分かったよ。でも、見てるこっちは気が気じゃなかったんだからな。それは忘れないでくれよ」

 

 今度はノインの方が視線を逸して寝床に元の通りに腰掛ける。

 ライダーはそのまま手近な椅子を引き寄せると座った。

 

「……確かに、ライダーがセイバーの相手をして、俺がそれを見ていたらやはり気が気ではいられなかったな。あのサーヴァントは、とても強かったから」

「真っ赤な雷とか出して凄かったもんねぇ。……あ、雷ならこっちのバーサーカーも出せるんだっけ?」

「フランケンシュタインの怪物、だったな。……彼女のどこが怪物なのか、俺には分からないんだが」

「あ、それはボクも同感かも」

 

 にやっと笑ってライダーはふと、机の上に置かれた本を見た。寝床と机、棚と椅子しかない殺風景な部屋に不釣り合いな、おとぎ話を集めた本である。

 ライダーの視線に、ノインは気づく。

 

「それ、君の?」

「ん、まぁな」

「開けてみてもいいかい?」

「構わないさ。でも、破るなよ」

 

 破らないよ、とライダーは言って優しい手つきで本を取り、端がもうぼろぼろになっているページを、そっと捲った。

 

「童話かぁ。君、意外なの読むんだね」

「珍しくもないだろ。何せアンデルセン童話だから」

「あー、有名な作家なんだっけ。何か聖杯がそういうこと教えてくれてるような……くれてないような」

 

 どっちだよ、とノインはつい苦笑した。

 

「ほら、もう良いだろ」

 

 そう言って彼は片手を差し出す。その上に、ライダーは本を置いた。

 受け取って、ノインはそれを棚に丁寧にしまった。

 

「大事なものなんだね」

「ああ。貰ったものだ」

 

 棚の扉を閉め、振り返ったノインの顔はもう元の無表情になっていた。

 その顔を見て、ライダーはふと気になることを思い出した。

 

「そう言えばさ、君、さっき“赤”のマスターの挑発に乗ったって言っただろ?……一体、何て言われたんだい?」

 

 寝床に腰を下ろしたノインは束の間凍ったように動きを止めた。

 

「あ、嫌なら良いんだよ!でもちょっと気になってさ」

 

 両手をパタパタと振るライダーに、ノインは首を振った。

 

「大したことではなかった。……お前はまだユグドミレニアの奴隷をやってるのか、と言われただけだ」

 

 前までならば無視していた一言なのにな、とノインは視線を床に落として呟く。

 ライダーの動きが止まった。

 

「以前、俺は仕事で獅子劫とは会っている。あちらも俺を覚えていたらしい。だからこその一言だったんだろう。あんなのに引っかかるなんて、俺もまだ駄目だな」

 

 言ってノインは肩をすくめ、ライダーが黙りこくっていることに気付いて眼を瞬いた。

 

「ライダー?」

「……何でもない。何でもないよ」

 

 ライダーは椅子から弾みを付けて立ち上がると、また腰に手を当てて宣言した。

 

「ともかく、君は今日は休むこと!ボクらと違って生身なんだからな!」

「いや、デミ・サーヴァントに人間と同じ休息は……」

「言っとくけどこれはアーチャーの伝言だからな、守らなきゃアイツに怒られるぞ!」

 

 う、とノインは詰まった。

 アーチャーは怒らせると間違いなく恐ろしい。多分、ダーニックよりも。そんな予感がした。

 降参だとばかりにノインは無表情のまま両手を上げ、ライダーはにこりと笑った。

 

「じゃ、またね」

「じゃあな、ライダー」

 

 ばいばーいと手を振って、ライダーは部屋を出て行く。

 足音が遠ざかるのを待って、ノインはまた寝床の上にゆっくり横たわった。

 デミ・サーヴァントに休息はほぼ必要ない。それでも、眠った方が傷の治りは速くなるだろう。

 

 そう思う間もなく少年の瞼は落ちて、意識が朧気になる。

 

 だから少年は、別れたライダーが廊下で一つの出会いをしているとは全く知らない。

 知らないまま、彼は一時の眠りに落ちて行ったのだった。

 

 

 




憑依継承(サクスィード・ファンタズム)により得たのは、自己流に昇華しているルーン魔術のスキル。
どう弄ったかは追々。彼の保有スキルはこれのみ。

クラススキルは、対魔力:B 単独行動:A

それはそれとして普通に真名がばれてそうだと思う今日この頃です。

連続更新はここまでになります。

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