九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


Act-8

 

 

 

 

 

 

 ジャックのいうように、確かにそれからすぐ目的の街には辿り着けた。ルーンの魔術で軽く気配を探れば、確かにその街の中にはサーヴァントの反応があった。

 だが、しかし。

 

「街、めっちゃくちゃ包囲されて攻められてるんだが」

「わたしたちが通ったときもそうだったからね。アーチャーふたりでがんばってたみたい」

 

 少しびっくりしたようにいう幼い少女は、敢えて助けようとかそういう意図はないらしい。

 余り、関心がないのだろう。

 かと言ってノインも、現在街を攻め立てているケルト兵すべてを消し飛ばすような火力を放てば、また消耗してしまう。

 詰まるところ、インドの火力に頼るしかなかった。

 

「……アルジュナ。頼む」

「承知しました。下がっていなさい、二人とも」

 

 わかった、と素直に元気よく返事したジャックは、十数歩下がる。

 ガーンディーヴァの威力を知っているノインも、同じく下がった。

 荒野に並んで立ち、アルジュナの攻撃を見ながら、何となく思ったことを口にする。

 

「なぁ、ジャック。あんたは、もしマスターがいて、そいつと契約したなら、そいつのことをおかあさんって呼ぶのか?」

「うん。おかあさんはね、あったかいお腹をしているひとなの。そんなひとがいたら、けいやくして、マスター(おかあさん)になってほしいな」

 

 どかんばこんとケルトが大地ごと吹き飛ぶ音を聞きながら、ノインは何とも言えない顔でジャックを見下ろした。

 

「マスター、か……」

「なあに?ノインはほしくないの?おかあさん」

「ん、まぁ、俺はもう母親とかそういうのはいいんだ」

「えー。ノインだってわたしたちとおんなじ子どもなのに」

「違うっての。それにマスターはなぁ、良い縁があれば良いんだが、今までのマスターとか召喚者がちょっとあれだったから、微妙に怖い」

 

 ノインは苦笑いを浮かべ、ジャックはうーんと細い腕を組んだ。

 

「ノインはおかあさんとはぜんぜんちがうけど、でもちょっと、ちょっとだけわたしたちと似てる感じがするね。どうしてだろう?アサシンでもないのにね」

「……そうだな。ジャックのその勘は正しいよ」

 

 よくわかるんだな、とノインは小さな少女─────といってもそこまで目線の高さは変わらない─────を見下ろした。

 一際大きな大地を震わす音がしたかと思うと、静かになる。弓を構えた白衣の青年は、二人を振り返った。

 

「済みました。主に兵士でしたが、魔術師らしき者も混ざっていましたね」

「うん、ありがとう、アルジュナ。あと、それは多分ドルイドの奴らだなぁ。にしても、兵士にサーヴァントにドルイドって、もうやることなすこと何でもありだな。あのチーズ女王」

「物量で押すのは基本でしょう。愚痴っても致し方ありません。……待ちなさい、なんですかチーズ女王とは」

 

 ノインは首を横に倒した。

 

「知らないか?メイヴって、投石器でチーズを頭にぶつけられて死んでるだろ」

「ああ、そういえば……。ちなみに、貴方の投石器で同じことは?」

「俺が見たときは、がちがちにチーズ対策してたから望み薄い」

 

 チーズ対策などと、言葉だけ聞けばふざけているようだが暗殺を考えれば真面目な話なんだよなぁ、とノインは真面目な顔のアルジュナを見る。

 まだ微かに紫電を放つガーンディーヴァを手から消し、アルジュナは肩をすくめた。

 

「ともあれ行きましょう。ジャック、その得物は片付けなさい。刃物を携えて友好を図る輩はいませんよ」

 

 肉切り包丁二振りをベルトから抜いていたジャックは頬を膨らませた。

 

「むー」

「むくれてもだめだから。今回はアルジュナが正しいから」

 

 ほら行くぞ、とノインは言って、周囲が穴だらけになった街へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、正直なとこ助かりましたわ。で、オタクらは……。へぇ、アーチャー二人にアサシン一人?それで大陸を旅して回ってるんですかい」

 

 焦げて傾きかけた門の下にて、街中にいた二人のサーヴァントのうちの片方、緑の衣に明るい髪色の青年、アーチャーであるロビン・フッドは、まずそう言った。

 荒野の街には、まだ住民がいた。彼とその相方のサーヴァントは、彼らを守るために孤軍奮闘していたのである。

 

「うんうん。助かったよ。あ、僕はアーチャー。ビリー・ザ・キッド。よろしく」

 

 拳銃を腰に吊っている、金髪の少年と青年の中間にも見えるサーヴァント、ビリーは人懐っこそうに笑った。

 彼らの後ろからは、街の住民たちが数名建物の陰から姿を覗かせている。

 手にはこの時代のものである銃が握られているが、やはりケルトの狂戦士たちの装備と比ぶれば、如何にも頼りない鉄の筒に見えた。

 

「こちらはアーチャー・アルジュナと申します」

「同じく、アーチャーのノインだ」

「えーと、わたしたちはね、アサシンのジャック・ザ・リッパー!」

 

 各々ひとまず真名を名乗ってから、ロビン・フッドは口を開いた。

 

「で、オタクらはケルトの側じゃないってんだな。だけども、そっちのあんたは……正直なとこケルトのサーヴァントに見えるんですがねぇ?」

 

 鋭い視線がノインに向けられる。ルーン文字の刻まれた鎧と投石器を持っていれば、疑われるのは当然だった。

 

「ああ、確かに俺の霊基のベースはケルトの英霊で、元々の召喚主は女王メイヴだよ」

「おやこいつぁ驚いた。隠すことでもないと」

「だってもうバレてるだろ。でも、紆余曲折あってこちとらケルトの裏切り者なんだ。だから、あんたがたの味方だよ」

 

 やや戯けながら、ノインがふざけた敬礼をすると、アルジュナが呆れたように首を振った。

 

「彼は終止このノリですし、あからさまに怪しいところや隠し事も多々ありますが、狂王をつけ狙う心は本物です。人理を崩壊させんとする側でもありません。このアルジュナが保証します」

「微妙に辛辣だなぁ!?全体的に否定しづらいけど!」

「うん。わたしたちもそうおもうよ。でもノインは、変なことはしないから」

「だからジャックはナイフを出すなって!」

 

 遊びのつもりか、くるくると曲芸のようにナイフをお手玉するジャックを慌てて止めるノインを見つつ、ロビンはふぅと鼻から息を吐いた。

 

「了解っと。確かにオタクは違うみたいだ。あいつらみたいにバーサーカーでもなさそうですわ」

「そうだね。ケルトにも色々いるってことかな。君みたいに、子どもな英霊もいたんだね」

 

 ロビンは篭手に収まった弓を、ビリーは腰のホルスターにかけていた手を下ろす。

 ノインは小さく頭を下げた。

 

「ありがとう。あ、でも俺そんなに子どもじゃないから。多分あんたたちより歳上だからな」

「もうその訂正は諦めたほうが良いのでは」

 

 ちぇっ、と子どもっぽく口を尖らせてみせてから、ノインはロビンとビリーの方を見た。

 

「それで早速で悪いんだが、この大陸は、今はどうなっているんだ?……ケルトと、合衆国と、あんたがたレジスタンスの三つがいるのはわかったんだが、あんたがたと合衆国の関係がよくわからない。味方、というのでもなさそうに見える」

「ぶっちゃけたこと言うねぇ。でも確かに そうなんだよね。合衆国の王様は物量でひたすら勝とうとしてて、ちょっと付き合えないかなぁって話なのさ。で、従わない僕らみたいなアウトローも、敵扱いってわけ。困ったもんさ」

 

 まぁ、話は街に入ってからしようか、とビリーは手招きしながら言う。

 

「そんじゃ、オレはそこらにトラップでも仕掛けてきますわ。そいつらのこと頼んだぞ」

「オーケー。行ってら、グリーン」

 

 ロビンは街の外へ向かい、ひらひら手を振るビリーの後について、ノインたちも街に入る。建物の所々には矢が突き刺さり、壊れているものも多くある。ものの焦げる臭いと鉄の臭いが、街中に漂っていた。

 

「ケルトの襲撃ってよくあるのか?」

「まぁそこそこには。今のところ、僕とグリーンでなんとかなってるけどしつこくてさぁ。……いやぁ、でもさ、正直なところ、そっちのアーチャーのお兄さんが撃ってきたときは街が消えるかと思ったよ」

「それは申し訳ありませんでした。手心は加えていたのですが」

「え、あれで手加減してたのかい?街の周りが穴ぼこだらけなんだけど」

 

 目をまん丸にしているビリーに、ノインは頷いた。

 

「あれで、だ。深く考えないほうがいいぞ、拳銃王。アルジュナの言ってることは神代サーヴァントの世界の話だから。しかもインドの」

「……そうするよ。って、神話出身はそっちもじゃないのかい?ケルトだろ、君」

「俺はちょっと事情がある」

 

 訝しげに首を傾げながら、ビリーは街を歩く。街には破壊の跡がやはり目立ち、怪我人のうめき声も聞こえていた。

 

「俺、ルーン魔術の治癒は使えるぞ。あと、ジャックも外科手術のスキルで傷の手当はできる。……だよな?」

「うん!」

「そうかい。じゃあ、頼もうかな」

 

 はーい、と返事をするジャックと共に、ノインは小屋にまとめて寝かされている怪我人のところに向かった。

 幼い子ども二人とあって、不安げな表情になる彼らも、魔術とスキルで立ちどころに治る傷に、目を丸くする。

 

「ねぇ、君、治癒魔術は得意なのかい?」

 

 怪我人の手当をし終わったノインに、小屋の外の樽の上に腰掛けたビリーが尋ねた。

 

「一通りはできる」

「魔術による呪いも、わりとなんとかなったりする?」

「モノにより」

 

 それがどうかしたのだろうか、とノインは首を傾げた。ビリーは説明する教師のように指を立てた。

 

「いやさ、僕らの仲間が、サーヴァントをひとり他所の街で匿ってるんだけど、その彼、心臓をケルトの呪いで壊されかけててさ」

 

 ()()()()()()()と聞いて、ノインの目が細められる。それには気づかないのか、ビリーは淡々と言った。

 

「凄く強い英霊らしいんだけど死にかけてて、なんとかならないかって、僕らの仲間は今合衆国側の土地に行ってるんだ」

「何故ですか?」

「あっちが張ってるキャンプの一つに、片っ端から人を治して回る凄い腕利きの看護婦がいるらしいんだ。多分サーヴァントだろうけど、彼女の手を借りられたら治せるかもしれない」

 

 幅広い時代からの召喚にノインは内心驚いた。

 看護婦で英霊となれば、そうとう近代だろう。

 ビリー・ザ・キッドやジャック・ザ・リッパーのような新しい英霊がいるかと思えば、アルジュナやスカサハたちのような旧い英霊もいる。

 この特異点の仕掛け主は、誰だか知らないが正気じゃないと改めて思った。

 

「看護婦のサーヴァント?ナイチンゲールとかか?」

「かもね。まぁ、そんなわけで僕らも医者を探してるのさ。君は、同じ系統の魔術使いなんだろ。どうにかできそうかい?」

「様子を見ないことにはなんとも言えないところもあるが、でも食い止めるだけならある程度は可能だ。心臓潰しの槍の呪詛なら、つくりは判る」

 

 心臓を喰らうその呪いとは、十中八九、クー・フーリンの魔槍、ゲイボルグの呪いだ。

 コンラを殺した槍の呪詛を受けて、それでも生存している英霊とはさぞ強いだろう。

 アルジュナも同じことを思ったのか、口を開いた。

 

「その負傷している英霊とは誰なのですか?」

「えっと……確か、ラーマだったかな。クラスはセイバーで。そう名乗ってるってジェロニモが言ってた」

 

 今度はアルジュナが驚きで目を見張った。

 ラーマの名はノインも知っている。

 インドにおいて、21世紀でも尚讃えられている理想王。『マハーバーラタ』と並ぶ大叙事詩、『ラーマーヤナ』の主人公である。

 

「ラーマ王が?あの理想王すらも、呪いで死に瀕しているのですか」

「そうだよ。クー・フーリンにやられたんだってさ」

 

 よほどの衝撃だったのか、アルジュナは片手で口元を押さえた。

 よくわかっていないらしく、ジャックはこてんと首を横に倒し、そのままノインの袖を引っ張った。

 

「ノイン、ラーマって?」

「むかーしむかしにいた、インドのえらい王様さ。アルジュナたちの大先輩ってところかな」

 

 ひそひそ言うジャックとノインの前で、ビリーは両手を広げた。

 

「で、どうする?君の助けが要るんだけどな」

「ノイン。完治できずとも、良いのです。延命を図れるならば頼みたい。かの理想王がこの地に顕現しているならば、死なせる訳にはいきません」

「……」

 

 血の臭いが混ざった乾いた風を頬に感じながら、少し、考えた。

 他でもないコンラを殺した父親の槍の呪いを、食い止めてほしいと言われるなんて、因果なものだとそんなことを思う。

 

「……了解した。案内頼めるか?」

「よし、そうこなくっちゃ。じゃ、僕はロビンに伝えてくるよ」

 

 にやりと笑って、ビリーは何処へか消えた。

 西へ東へ大陸を駆けずり回る旅は、まだまだ終わりそうにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





アーチャーカルテット@アメリカレジスタンス
それぞれの主武装→大弓、短弓、拳銃、槍

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