では。
ビリー・ザ・キッドとロビン・フッドの仲間は、ジェロニモというらしい。
「ジェロニモって、あのアパッチ族の?」
「そのジェロニモだよ。キャスターで、頼りになるシャーマンさ」
屈託なく笑うのは、開拓者である拳銃王。
信頼してるんだなぁ、とノインは走りながら思う。
あれから、呪いを止めることを引き受けて、街を出てから一路向かうのはジェロニモが向かったという戦場だった。
大陸を走るのは、ビリーとノインとジャック。アルジュナとロビンは街に居残った。
「ノイン、アルジュナおいてきてよかったの?」
「遠距離から街を守る砲撃できるのは、アルジュナだけだろ。あと、こっそり行かなきゃならないのに彼がいたら気配強すぎで目立つ」
「後半が本音だよね。わからなくもないけど。まぁ、一緒に残されるって知ったときのグリーンの顔は見ものだったね」
けらけら笑うビリーに、ノインは肩をすくめた。
「でも、そのラーマがいる町に行かなくていいのか?合衆国の領土へ向かう方角だろ、これ?」
「そう思ってたんだけど、なんか一度通信した限りじゃ、ジェロニモのほうもごたついてるというか……。味方になりそうな一団がいたらしいんだけど、看護婦さん諸共合衆国に捕まっちゃったらしいんだよね」
とんでもないことを言われて、ノインの顔が固まった。
「え?」
「だから彼らの救出任務を先にするってことで、よろしく。というわけで、僕らは一路合衆国の本拠地まで行くぜ。いやぁ、索敵隠行のできる魔術使いと、気配遮断が高ランクのアサシンがいてくれるから助かるよ」
「さり気無く話の難易度引き上げてた!?聞いてないぞ!」
確かめないほうが悪いよ、とまったく悪びれるところのない少年悪漢王である。
「そりゃ尚更アルジュナは来られないなぁ……。で、その味方になりそうな人たちって誰だ?サーヴァントか?」
「違うらしいけど、立て込んでるみたいだから詳しく聞けてないな」
もしかしたら、と思う。
それが、スカサハの言っていた『星』とやらなのかもしれない。だとしたら、ノインも、彼女が言ったように『星』に引き寄せられてしまったことになる。
「なんか嫌な予感がする……」
「おいおい。しっかりしてくれよ。アメリカ合衆国の陣は手強いんだから。カルナ将軍がいるって話だし」
「待った待て。今なんてった?」
思わず足が止まる。
急に立ち止まったノインの肩に鼻の頭をぶつけたジャックから抗議の声が上がったが、ノインの耳は彼女の声も素通りさせた。
「だから、カルナ将軍だよ。凄く強い槍使いって話さ。……そういえば、アルジュナと同郷なんだっけ、確か」
同郷どころか、カルナはアルジュナが殺した宿敵なのだが、ビリーは淡白に構えていた。
ノインから見ると、アルジュナはかなりカルナに執着しているように見えた。機会があったら、再戦を挑みそうだと思えるほどに。
それほど、名前が出たときの目の光り方が、尋常でなかったのだ。
本当にあの弓兵がいなくて良かった、と胸を撫で下ろす。でなければ、合衆国の本拠地が焦土になるまでやり合いかねない。
そんな予感がした。
「カルナ……カルナかぁ。彼を誤魔化して潜入するのか……。どこかに、次元を飛び越せる馬を連れてるライダーとかいないだろうかなぁ」
「いるわけないだろ。それにしてもやけに凹むね。戦ったことあるのかい?」
「昔に聖杯戦争で一度だけな」
「へぇ。感想はなにかあるかい?」
「見たら逃げたい」
「へたれー」
指さして笑ってくるジャックに、ノインは苦笑を返した。
「はいはい、ヘタレで結構だよ。……そういえば、合衆国側のサーヴァントってカルナ以外で誰がいるんだ?」
「知らないでここまで来てたのかい」
「うん、しらない!わたしたちはケルトたちとしか、たたかってないもん」
ノインも、ケルト側のサーヴァントとは交戦したり追撃されたりと関わりはあるが、合衆国側のことはあまり知らなかった。
「じゃあ、走りながら軽く言うよ。あっちはトップにエジソンがいる。これが王様を名乗ってるんだ。あとはエレナ・ブラヴァツキー夫人だったかな」
「発明王と神智学の権威か。……ビリーもそうだが、近代のサーヴァントが多いんだな」
「それをいうならジャック・ザ・リッパーもだよね。それから僕らの仲間には、あとエリザベート・バートリと皇帝ネロもいるよ」
予想よりも多いサーヴァントの数だった。
そんなことを話しながら進むうち、やがて行く手にちらちらと、人の手で整備されたような道や馬車が見えるようになる。
「とと、そろそろ合衆国側に入るから気をつけてくれよ。君たち、見た目で警戒されやすいから」
「了解」
言って、ノインは鎧と槍を消した。
武装解除したノインの姿は、血と砂埃で汚れたシャツとズボンなので如何にも生命からがら、ケルトたちから逃げて来た難民に見えた。
細い腰に刃物をいくつもぶら下げ、露出度の高い革の服の上から、ぼろぼろのコートを羽織っているジャックも同じである。
人を避けたり、馬車をやり過ごしたりして進むうち、やがて彼らは城に辿り着く。ビリーはそれを素通りし、近くにある木立の中に入った。
「さてと、ジェロニモ。いるかい?」
「ああ」
やおら、何もなかったはずの空間から、男がひとり現れる。真正面にたまたま立っていたジャックは跳び上がって、ノインの後ろに隠れた。
「すまない。驚かせる気はなかったのだが……」
褐色の肌に白い染料で文様を描いた、ノインとジャックからすると見上げるような巨漢であるが、目は優しげだった。
「あなたがジェロニモか?」
「そうだ。キャスターのジェロニモ。魔術の通信で話は聞いた。君たちがジャック・ザ・リッパーと……ノイン、だったか?」
やや訝しげな視線だった。
ノインなどという真名の英霊は、無論いないのだ。不思議に思われるのも無理はない。
「俺は英霊じゃないよ。ちょっとした特異点下での例外サーヴァントなんだ」
「ふむ。まぁ、この異常事態では、そういうこともあるだろう。早速だが作戦を話しても構わないか?」
「お願いする。……ほら、ジャック。アサシンが脅かされてどうするんだよ」
むぅ、とびっくりしてしまったことに、むくれるジャックを前に押し出して、ノインは話を聞いた。
ジェロニモの話は単純で、明快だった。
彼はロビン・フッドから借りた、纏うと姿を消すことのできるマントの形の宝具、『顔のない王』を持っていた。
それを使って城内に忍び込み、看護婦とその仲間を助け出す。ただし、脱出しようとすれば、必ず見張りをしているカルナに勘付かれる。
彼の陽動ができないか、ということだった。
またも彼と戦うのか、とノインは小さくなった己の手のひらを見下ろして、握った。
「わかった。俺の霊基の気配を全解放する」
今の人格が何であれ、ケルト由来の霊基を持つのに違いはない。そんな気配が陣地でいきなり現れれば、カルナならば来るだろう。
「そのやり方では、君が一番に狙われるだろう。それで良いのか?」
「ん、でも確実に気をそらせるぞ」
「わたしたちもてつだうよ。わたしたちは、霧をつくれるの。みんな、あの中ではまよってくるしむから」
ジャックは得意げに胸を張っていたが、その威力を知るノインは、毒の霧を思い出して微かに眉をしかめた。
方向感覚は狂い、サーヴァントでもただでは抜け出せないあれなら、多少の時間は稼げるだろう。
だが、だからこそそのまま使わせるわけにはいかないのだ。
「ジャック、あの霧を出すなら、カルナだけを囲むようにしてくれ。合衆国の人間は、ひとりも殺しちゃだめだ」
「なんで?じゃまならころしちゃおうよ」
自然な幼い仕草で、ジャックは首を横に倒す。あどけなく、背筋が寒くなるほど澄んだ目を覗き込みながら、ノインは否と首を横に振った。
「一人でも殺めたら、相手は俺たちを倒すまで追撃してくるからだ」
「やりかえされるってこと?」
「そういうことだね。じゃ、僕も二人の援護に回るよ。ノインが引きつけて、僕と一緒に撹乱、ジャックが霧を張る。で、ジェロニモたちが離れたら逃げる。簡単だね、生命がけってこと以外は」
違いない、と苦笑いするしかない。
ジェロニモのほうを振り仰げば、アパッチのシャーマンは落ち着いた雰囲気を崩さずに頷いた。
「話はまとまったな。では、行こうか」
四人は頷き合って、それぞれ動き出す。
ジェロニモの姿は宝具の力で透明になり、ジャックは気配遮断を用いて消える。ビリーも多少気配を抑えれば、この時代の人間にも溶け込める。
残るのはノインひとり。
向かい合うのは、妙に近代的なつくりの城の壁である。
念話による、ジェロニモの合図を感じ取った。
一つ息を吐いてから、ノインは一瞬で武装を顕現させた。
突如現れたにも等しい、ルーン文字の刻まれた革鎧と槍を持った、明らかに尋常でない気配の少年に、その場の誰かが反応するより先んじて、ノインは大声を張り上げた。
「合衆国の皆さん、こぉんにぃちぃはぁぁっ!!」
普段なら決してやらない狂気を混ぜた叫びと共に、槍の穂先に雷を集める。
放電する穂先を無造作に振り下ろせば、軌跡に合わせて解き放たれた雷撃が、城に降り注いだ。城壁に当たるが、何かの防御術式が張られていたらしく、電撃は壁を崩すには至らない。
それでも、混乱を呼ぶには十分だった。
「て、敵襲だ!サーヴァントだぞ!」
「将軍を呼んでこい!」
たちまち、周囲は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。それを見ながら、ノインは何もしない。
最初の一撃を放ってからは、だらりと下げた手に緩く槍を掴んでいるだけだった。
彼らとまともに戦う気も、傷つける気もないのだ。この時代のただの銃なら、サーヴァントはいくら撃たれてもどのみち死ぬことはない。
だがその瞬間、横合いから急速に近寄ってくる気配を感じて、ノインはそちらに反射的に槍を構えた。
「ッ!」
全身の骨に響く衝撃を、強化魔術の重ねがけをした体で何とか受け止め、そのまま相手を見る。
薄青い酷薄な視線とざんばらの白髪、幽鬼のような細い体躯に眩い黄金の鎧があった。
ノインにとっては、かつての“赤”のランサー、施しの英雄カルナだった。
「ケルトの者か」
「見たらわかるだろ」
振るわれる槍を、紙一重で避けた。
ここでは、カルナは周りを巻き込みかねない大技を放つことはできないのだ。ならばとばかりに、カルナは黄金の槍を振るった。
容赦なく急所を狙う攻撃を、いなす。首の皮が薄く斬られて、鮮血が飛ぶ。それでも首を落とされることは避けた。
首の傷はそのままに、ただ力任せにがぃん、と耳障りな音と共に、ノインはカルナの槍をかち上げた。だが直後にカルナの蹴りが放たれ、腹にくらう。
十数メートルも吹き飛ばされ、城から引き離されたノインの目の奥で星がとんだ。
自分から後ろに跳んでいなければ、胴体が千切れていてもおかしくなかった。
「……貴様は」
だが、カルナはそのまま槍を振るう手を一瞬止めた。
─────覚えられている?
そんなわけはないと思った。
ジャックは覚えていなかったし、ノインの姿はあのときとは違うのだから。
「カルナ君!何事かね!」
離れた城壁の上からいきなり大声が響いたのはそのときだった。
サーヴァントの視力で見れば、それが誰かは知れた。
「……ライオン?」
人の体にふさふさした鬣を持つライオンの頭がくっついている。そうとしか、見えなかった。
魔術か何かで声を届けているのだろう。小さく見える姿からは信じられないほどに朗々と、声が轟いていた。
「敵襲だ、
「そ、そうか。うむ、わかったぞ!」
それきり、獅子頭のサーヴァントの姿は見えなくなった。
獅子頭がエジソンと呼ばれていることを確かめるより先に、ノインは槍を前に突き出した。
黄金の槍の穂先と、無銘の槍の銀色の穂先がぶつかり合う。
「ぐっ……!」
──────強い、重い。
ノインの槍がはたき落とされそうになったとき、鎧で守られていないカルナの顔に銃弾が雨あられと叩き込まれた。
それを、眉一つ動かさずに槍でカルナは打ち払う。動きを殺さず、槍がノインの喉元目掛けてのびた。
「やぁっ!」
上から襲いかかったジャックが、両手に持った肉切り包丁を叩きつけるように振り下ろし、槍の軌道をほんのわずか逸した。
生まれた小さな隙に、ジャックの腰を抱えて、ノインは後ろに跳ぶ。
砂を蹴散らして、二人は踏み止まった。
「その動き……お前は、オレと何処かで刃を交えたことがあるのか?」
ジャックが隣でナイフを構える音を聞きながら、ノインは無言で槍を構えた。
「いつだったか、我が槍の一撃で生命を落としながら尚、生き返った者がいる。お前は、あの少年と同じ目をしているな」
「……っ」
細められていたノインの赤い目が、見開かれる。槍を持つ手に力が籠もった。
カルナの槍が構えられ、放つ戦意とは真逆にほんの僅かに口調が柔らかくなった。
「かの少年相手ならば、オレも存分にこの槍を振るえるというものだ」
「そうなるのかよっ!?だったら忘れといてくれたほうがよかったなぁ!!」
『
そう言いながらも、ほんの微かに口元が綻んでいるノインを見ながら、カルナは生真面目に片眉を下げた。
「それはすまなかったな。インドラの一撃を凌ぎ、殺されて尚蘇った少年だ。どうにも忘れ損なった。……しかしその反応、姿は異なっているようだが、お前はあのときの半英霊本人というわけだな」
「あ」
最後のひと押しを、他ならぬ自分の手でやってしまったことに、ノインは頭を抱えたくなった。
だけど、と先ほどとは違う意味で口角を吊り上げる。ジェロニモからの連絡が来たのだ。────もう大丈夫だ、と。
「……まぁ、いい。最初の目的は、もう済んだ」
「何?」
「ランサー、こっちはあなたと戦いに来たんじゃないんだよ。第一、きっとこの大地で、あなたが戦うべき相手は、俺なんかじゃない。────ジャック!」
「うん!」
誰かを呼び込むように、ジャックが両手を広げる。彼女を中心にして、濃い霧が一瞬にして立ち込めた。
カルナもジャックもノインも、諸共に巻き込まれる。小柄な少年と少女の姿は霧に飲まれてカルナの視界から消え失せ、気配も陽炎のように朧になって途絶える。
「……なるほど、ひとえにオレを留めるための宝具、ということか」
呟いたカルナの全身から放たれるのは、魔力による業火。槍に炎が蛇のように絡みつき、辺りを覆う魔の霧の焼き尽くした。
たちまち、辺りに日の光と暑く乾いた風が吹き込み、元の景色を取り戻す。
だが、直前までその場にいたはずのサーヴァントたちは、跡形もなく姿を消していた。
槍を振るい、炎の残滓を払ったカルナの耳には、エジソンの大声が届いた。
「カルナ君!そちらどうなっているのかね、ケルトのサーヴァントだと聞いたのだが!」
「ああ。どうやら逃げたらしい」
本腰を入れて襲撃する意図は、毛頭なかったようだ、と答え、カルナは光輪の座する空を見上げたのだった。
覚えてもらっていたのは嬉しいが、嬉しくない話。
そして16歳の頃より感情表現豊かになっている。