九番目の少年   作:はたけのなすび

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では。


Act-11

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、夢を見る。

 夢という名の記憶を見るしかない状態になって、一体どれだけ経ったのだろう。

 閉じ込められているのと変わりない現状なのだが、きっと、己が思うより時は進んでいない。

 己で何かをするということができないから、時間の流れがゆったりとした歯がゆいものに感じられるだけなのだ。

 恐らく、それほど経たずにこの夢は途切れる。途切れたなら、()()()()()()()()()()

 

 やっと終わることができるのだ。

 己も、『彼』も。

 

 しかし、まだ終わらないままに、夢はつらつら形を変える。

 他愛ない生活、争いのない穏やかな毎日を営む、ただの人間の記憶だ。

 

─────レ■ィシ■

 

 徐々に雑音が途切れ出し、聞き取れなかった名もわかるようになってきていた。

 

─────はい、なんですか?■イ■さん。

 

 答える人間の姿形も、よく見える。

 金髪の長い髪をした、若い女性だ。

 内側の明るさが滲んでいるような、そんな明るく美しい瞳をしているが、己が知っている女王のような、恐ろしさと美しさをひとつのものにして併せ持った高貴さなどはない。

 ただ本当に普通の人間の女なのだ。

 善良で、ほんの少し芯が強いだけで、神秘を知ってはいても扱うことはできない。

 向き合うことと立ち向かうはできても、抗うことはできない。

 そんな女だ。

 

 だが、その彼女を、■イ■という名前の人間は、心底愛おしく思っている。

 有り体に言えば、惚れ抜いているのだ。

 何処がどうだから好きなのだ、というのでもなく、きっかけもどうだって良くなるほどに好きで、幸せでいてほしいとずっと思っている。

 それは、彼女も同じだ。

 彼らは互いを愛していて、だから共にいる。

 彼が純粋な人間とは呼べなかろうが、死の国に繋がることで生かされている歪な生命であろうが、そんなことは彼女には────レ■ィシ■という名の女には、関係ないのだ。

 優しさを不器用さでくるんでしまったそいつの心の在処を、その女性はわかっていたし、そういう在り方を選んだそいつを、だから好きなのだと言っていた。

 

 形を変えても英霊の力を宿し、鍛えれば英雄にだってなれるのに、そのために使える時間だってようやく手に入れたというのに、そいつは英雄に、欠片も興味がない。

 

 英雄になろうと思って、なりたくて、ついぞなれなかった己からすれば、ふざけるなと一言言ってやりたいと、思わなくもない。

 

 だけれど、それ以上に。

 

─────じゃあ何故そんなやつが、英雄の真似事なんかしているのだろうか。

─────しなければならない状況に、放り込まれたのだろうか。

 

 そのことを、理不尽に思うのだ。

 

 夢の終わりは、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 視線だけで穴が開くものなら、そろそろ開くんじゃないだろうか。

 ガラスの馬車の御者席に座り、頬杖をつきながらノインはそんなことを考えた。

 

─────いや、本当に視線で殺しにくる人ならいたっけか。

 

 しかし、今ノインの方を見ている視線の主はその彼らではない。

 項の辺りにずっと、じいっとこちらを見つめる視線を感じるのだ。

 

「ねぇ、あの盾の女の子、君のことずっと見てるけど何か縁でもあるのかい?」

「縁というか、同じデミ・サーヴァントだからだろ。……ったく、ロードもそんなことバラさなきゃいいのに」

 

 存外広い御者席の隣には、ビリーが座っている。

 カルデアから喚び出されたサーヴァント、マリー・アントワネットはガラスの馬車を召喚する宝具を持ったライダーだった。

 マシュとそのマスター、藤丸立香に、ナイチンゲールとジャックは馬車の中にいて、ビリーとノインは御者席にいる。

 姿のないジェロニモは、敵の待ち伏せがないか、先行して確認しつつ先導してくれていた。

 少年二人が何故馬車に乗らずに外にいるのかといえば、襲撃への警戒のためという理由もあるにはあったが、なんとなく女性ばかりの馬車内にいて、居心地がこそばゆくなりたくないのもあった。

 特にノインである。

 マシュ・キリエライトからどうも見られているのだ。今も、馬車の窓越しにちらちらと覗かれている。

 彼女は、シールダーのデミ・サーヴァントである。昔のノインと同じように。

 だからなのか、マシュは何か聞きたげだった。その割に、視線が合うと目を伏せるものだから、ノインからはどうにもしようがなかった。

 

「でも彼女、ずっと緊張してるよね。マスターの女の子の安全に気を配ってて、聞きづらくなってるんじゃないか?」

「だろうな。何処かで休憩したときにでも話してみたいけど」

「気になるのかい、あの子のこと」

 

 まぁな、とノインは後ろへ流れていく荒野へ視線をやった。話の続きを促すようなビリーの沈黙に、ノインはふぅと息を吐いてから答えた。

 

「……あの子は、妹に似てるんだよ。ちょっとだけどな」

「へぇ、妹がいたのかい。ああ、そういえば、君本体はコンラじゃなくて人間で、生者なんだっけ。そりゃ家族もいるよね」

 

 はは、とノインは軽く笑った。

 

「でもな、俺の世界だとカルデアなんて組織は聞かないし、逆に彼らの世界だと聖杯大戦もなさそうなんだよな。だから多分、俺はカルデアのあの子たちからすると、並行世界の住人ってやつなんだろう」

「僕、魔術系の話はよくわかんなくなるからパスする」

 

 両肩をひょいとすくめたビリーに、ノインもこくりと頷いた。

 

「正直俺もわからない。検証しようがないからな。ロードが俺を知ってるのは、多分変な召喚のせいで、並行世界の記憶でも混ざったからかと思うんだが」

「でも、やっぱり確かめようがないから放っとくと」

「今はさ、多少おかしなことでも検証するより利用したほうがいい。だろ?下手に確かめて、奇跡が弾けてしまったら困る」

「そりゃそうだ。時間もないからね。……ちなみに、これからアルジュナに会うわけなんだけど、カルナと戦った言い訳とか考えた?」

 

 ノインは頭を抱えた。

 

「言い出した僕が言うのもあれだけど、そこまで気にするかい?」

「するよ。あいつ、カルナと一回戦ったって言っただけで、目の色変えて根掘り葉掘り聞いてきたんだぞ。絶対、いると知ったら勝負したがる」

「このアメリカを、全部放っといてかい?あんな生真面目そうな英雄が、そんなことするかなぁ?それにカルナのことなら、もう一回殺してるだろ。アルジュナはカルナに勝った。それが伝説の結末じゃあないか」

 

 さっぱりした、如何にもアウトローらしい物言いだった。

 ノインも本音を言えばそう思う。

 逆ならまだしも、自分が一度殺した相手を、もう一度殺したいと思うのだろうか。

 つまるところ、アルジュナの考えることはわからないのだ。

 戦士(クシャトリヤ)の名誉とか正義とか誇りとか、そういうものを背負いもしたことがなく、そもそも死んだことがない人間には。

 死にたいと思えるような後悔は、ノインにもある。あるけれど、ノインはまだ死んだことがない。

 紛れもない自分の世界の、自分の体で過ごしていた最後の記憶まで遡れば、己は精一杯生きている途中だった。

 だから、死後にまで持ち越すような情念の激しさの何たるかは、推し量ることはできても最後の一線がわからない。

 それでも、必要ならば授かりの英雄だろうとも、止めなければならない。

 

「ナイチンゲールがカウンセリングしたらどうにかなるか?」

「二丁拳銃で蜂の巣にするのを、カウンセリングと呼ばないよ。普通に説得すべきだと思うね。その場合、やるのは君かな。付き合いが長いのはジャックとノインだけど、あの子に説得はムリだろ」

「やっぱりか」

 

 あー、とノインが呻きながら、地平線に目をやると、はぐれ魔獣が目についた。

 聖杯頼みでやたらと召喚したからなのか、ケルトはすべての魔獣を統率していると言い難い。だから、ああして大陸を彷徨うはぐれものが出て、住民の脅威になったり、ジャックの良いごちそうになったりする。

 いずれにしろ、発見即排除が妥当だった。

 顕現させた槍を無造作に振る。穂先から雷撃が飛び出して、魔獣の四肢を痺れさせた。

 怯んだ魔獣の額を、一瞬でビリーの弾丸が貫いた。

 脳漿を撒き散らして魔力へ還る魔獣を、ノインはぼんやり眺めた。

 この大陸は、そんな光景がもはや風景の一部に成り果てている。空に飛竜がいても驚くより先にどこへ向かうのか襲って来るのかを冷静に計算するし、脅威と判断したなら躊躇いなく排除してのけている。

 つまり、己はこの事態に慣れているのだし、それを許容し始めている。

 慣れるべきなのはわかっているし、今の在り方は正しい。それでも、ただ機械的に戦うのは昔の、聖杯大戦より前の自分に引き戻されていくようで、落ち着かない思いがあるのも事実だった。

 とはいえ。

 その落ち着かなさこそが、己が変わった何よりの証なのだろう。

 だからきっと、その想いがあるうちは大丈夫なのだと言い聞かせている。

 

「ノインさん、ビリーさん、今何かありませんでしたか?」

 

 馬車の窓から身を乗り出して来たマシュを、二人は振り返って見た。

 

「ああ、はぐれ魔獣がいたから消しといたよ」

「えっ!?早くない!?」

 

 マシュのさらに横から、明るい髪色の少女が顔を覗かせる。カルデアのマスター・藤丸立香だった。

 

「だって僕、早撃ちなら負けたことないから」

 

 腰の銃を叩くビリーの横で、ノインは頷いた。

 

「とまぁ、ここに二人もサーヴァントがいれば敵が来てもわかるから、きみらは中に入っとけよ。日差しを浴びてるだけでも、人間にはきついだろ」

「……お兄さんタイプ?」

「誰がお兄さんだ誰が」

 

 ノインが赤い目をつり上げて三角にすると、あわわと立香は首を縮めた。

 しかしそのまま、立香は風ではためく髪を押さえながら尋ねる。

 

「あの、ノイン?ケルトのところから飛び出て来たって言ってたよね?」

「ああ」

「クー・フーリンとメイヴにスカサハの名前は聞いたんだけど、他のサーヴァントのコトはわからないかなって……」

「それは僕も気になるな。あっちの戦力について、何か知ってるならさくさく吐いてよ」

 

 はいはい、とノインは手をひらひら振った。言おうとしていたのだか、今まで言う機会がなかったことである。

 

「俺が知ってるメイヴの喚んだ英霊は、フェルグス・マック・ロイ、フィン・マックール、ディルムッド・オディナ、ベオウルフ、スカサハだ。フェルグスは倒したが、聖杯で再召喚しようと思えばできるってことは忘れるな」

「あら、随分と多いのね。それに女王が二人もいるの」

 

 また新たな声が、御者席と馬車内を繋ぐ小窓を開けて現れた。

 馬車の主である白髪の少女、フランス王妃マリー・アントワネットである。

 馬車の席に膝を揃えて座り、可憐に微笑む姿は愛らしく、魔獣蔓延る荒野を行く馬車が、まるでそこだけ宮殿であるかのようだった。

 フランス王妃であった少女は、ただ存在するだけで空気を華やかに染めていた。

 

「ノイン。あなたから見て、女王メイヴと女王スカサハというのはどんな人だったの?教えてもらいたいわ」

 

 曇りない笑顔である。

 その横ではナイチンゲールが無言で目を光らせていた。彼女は、ケルトを須らく除菌対象に認定したらしく、見れば見た分だけの敵をぶちのめすべしと決めてかかっているのだ。

 心なし王妃の隣の婦長から目を逸らしながら、ノインは記憶を辿った。

 

「女王メイヴは、厄介だ。聖杯が無くとも、自分の血を使うことで兵士を生み出せるし、恋人の一人の特技だった未来視もできると宣っていたな」

「未来視ですか!?」

「万能じゃなさそうだけどな。万能だったら、俺は逃げられてなかったろうから」

 

 それにしても脅威である。

 恐らく、己にかかる災厄なり敵なりを把握する程度のことはやってのけるだろう。

 そういうと、ビリーが眉をひそめた。

 

「なんだい、暗殺者泣かせもいいところじゃないか。作戦の練り直しが要るな」

「ころすの?解体しようか?」

「はいそこ、ジャックは刃物仕舞えって。婦長に取り上げられるぞ」

 

 窓越しにノインが言うと、ジャックは横に座っていたナイチンゲールからすぐ離れて、立香の側にくっついた。

 短い時間だが、彼女にもう早懐いたらしい。

 良いことだと思いながら、ノインは記憶を辿った。

 

「あとは……なんというか、メイヴは、あれ、愛に生きてるって感じだな。自分の愛で世界を滅ぼすのも厭わないし、勇敢な戦士なら何人でも恋人にしたいし、誘惑もする。そういう女王だ」

 

 立香とマシュは、それを聞いて顔を見合わせた。

 

「こ、これまたすごそうだね……」

「メイヴ女王は、多くの戦士たちの恋人であったとされていますが、事実だったようですね」

 

 若干引いている少女たちに、まぁ、確かに美しい女ではあったよ、とノインが言うと、ビリーがひゅうと口笛を吹いた。

 

「君もそういうことに興味はあるんだ。淡白な面してるから、まるっきり戦うことしか考えてないのかと」

「あのな、俺も普通に普通の男だぞ。それじゃただの修羅じゃないか」

 

 とはいえ、ノインにとってかけがえのない()()()()というのは既にいるから、メイヴを見たところで、綺麗に描かれた絵画か彫刻に感心するような印象しか抱かなかった。

 つまり全く、徹頭徹尾に、メイヴに対して女としては関心を(いだ)けないのである。だからこそ、それを察知されてメイヴを怒らせることになったのだ。

 

「あら、あらあら。じゃああなたには愛しい女性がいるということなのね?素敵だわ」

 

 頬を両手で押さえ、天真爛漫に尋ねるのはマリー・アントワネットだった。

 

「ああ、そうだ。彼女はあなたと同じ国の、優しいひとだよ。王妃(ラ・レーヌ)

 

 彼女の姿を思い出して、ノインは頬が緩むのを感じた。

 今はどうしようもなく遠いところにいて、会えないひとだけれど、だからこそ胸の中にある姿が霞むことはない。

 ふと、ノインは全員が黙ってしまったことに気づいた。

 

「なんだ、どうかしたか?」

「いや、その……ねぇ、マシュ?」

「は、はい!ノインさんが、とても大人っぽいやわらかい顔になっていました!新発見です!」

 

 心なし顔の赤いマシュは、こくこくと首を何度も縦に振っていた。

 

「そんな大袈裟な。大切なひとなんだ。姿を思い出せば、俺とて笑顔になりもするさ」

「はいはいはい!その()の話はお・し・ま・い!終了終了!肝心のスカサハのほうはどうなんだい?」

 

 ぱんぱんぱんとビリーが手を叩いた。

 む、とノインは唸ってから答えた。

 

「……彼女は凡そ何でもできるし、俺は絶対勝てない。最悪の予想だが、仮にクー・フーリン、スカサハ、メイヴが全員敵として来たなら、どんな手を使ってもいい。カルデアのきみらは逃げろ」

「え?」

「俺からは、今は他に言えない。第一、彼女は今のところ、きみらの敵か味方かは不明なんだ」

「それは、どういうことでしょうか?」

「スカサハは、アルジュナと俺を襲ってはいるが、この時代が滅びてしまえばいいと思っている節はなかった。で、何かを試すか探すみたいに大陸を彷徨ってる。嵐みたいな御仁だよ」

 

 本当に、頭の痛いことである。

 

「ロードとさっきの司令官にも伝えておいてくれよ」

 

 そこまでを言って、ノインはぼんやりと形が見え始めた街を槍で示した。

 

「そら、街が見えてきた。あれがラーマがいるっていう街だ」

 

 ガラスの馬車は車輪の音を荒野に響かせ、街へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





彼と彼女はそういう関係です。
何がどうしてそうなっていったかは、多分ちょろちょろ出てきます。
ともかく、概ね平穏と呼べる範囲内で生きてました。
だのにアメリカに引っ張られて来られてるという。

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