受け継がれてゆく魂の絆   作:雷月皆無

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意訳『それでも明日はやってくる』


エピローグ 『Another day comes』

 身体を自由に動かせないことがこんなに不便だなんてはじめて知った。

 とにかくあの時は必死だった。

 ともだちが戦えなくなって、今なんとかできるのは私だけで。守るためにがむしゃらだった。

 こんな体になったことに後悔はないけど、少し■■だなって思う。これじゃ、やくそく守れないや。

 

 

 動けないから考える時間が増えたのは、いいことなのか悪いことなのか・・・。

 なんのために生まれてきたかなんて、きっと最後までわからないかもしれない。

 もしも■■■■■■■■■■■・・・なんてことも考えたことがあった。

 だけど、■■を知っていたとしても、私はきっと勇者になってともだちを守るんだろうなって断言できる。

 

 

 たまに■■■■なことばかり頭にうかんで■■■■。

 今見ているものは全部■■■■で、本当はもう私はもう■■■いるんじゃないか、とか。

 寝たらこのまま■■■しまうんじゃないか、とか。

 ■■■

 

 

 勇者の使命は壁の向こうからやってくる敵をやっつけること。

 病院食はうす味でおいしくない。

 もう寝る。

 

 

 私にはもう見届けることしかできないから。

 後は任せた、なんて無責任なことは言えない。

 私は私にできることをなんとか探してみようと思う。

 それが戦えないなりにできる私のせいいっぱい・・・。

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 前に進むために必要なのは、諦めないこと、立ち止まらないこと。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

[大赦書史部 檢閱濟]

 

 

 白く清潔な部屋に紙をめくる静かな音と二人分の小さな話し声だけが響く。

 部屋にあるのは病院のものを思わせる機能的で大きなベッドが一床に、椅子が一脚のみ。これら以外の家具と呼べるものは一切なく、埃一つない程に掃除が行き届いてはいるからこそ、生活感が微塵も感じられないこの部屋はひどく寒々しい。

 夕日に照らされ横たわるベッドの主は、病院の入院患者が着る服を纏ったまだ年若い少女だ。

 彼女の右腕も左腕も、それどころか両の脚さえも力なくベッドの上へと投げ出され、動く気配を微塵も見せない。

 右眼を隠すよう頭全体に包帯が巻き付けられたその姿は痛々しく。そんな姿になってもなお、彼女は左目と口だけでつくった微笑みを絶やすことはない。

 側に仕えるようにして傍らの椅子に腰かけ、印刷された紙の束をめくっているのは白い仮面を着けた人物。声の感じや体つきから女性であるらしいことは分かるのだが、無機質な仮面で素顔を隠しているためどんな表情をしているのかは窺えない。仮面のせいでややくぐもった声色でどんな表情をしているのか想像することしかできない。

 そんな仮面の人物は、寝たきりの少女から見やすいように紙を目の前まで持っていく。このさりげない心遣いが満足に動けない少女にはとてもありがたかった。

 仮面の人物が目の前まで持ってきてくれる紙に目を通す少女は、目を細めたり、眉を顰めたり、小さな笑い声を漏らしたりと、いろんな表情を見せる。

 しばらくは少女の「次、お願いね~」という言葉と、仮面の人物の「かしこまりました」という言葉の二つが部屋の中に木霊した。

「次、お願いね~」

「こちらが最後のページになります」

「そっかぁ……」

 物悲しそうな少女の声をバックミュージックに、仮面の人物が紙の束をまとめてクリップで留めると茶封筒の中に仕舞い込む。

「やっぱりどれも検閲されてるんだね~」

「申し訳ございません」

「堅苦しいな~……もっとフランクに接してくれていいのに」

「いえ、そういう訳にも参りません。貴方様は勇者様であり、乃木家のご息女であらせられますので」

「……そっかぁ」

 少女はどこか寂しそうな声色だった。

 仮面の人物が見ているのは、勇者というお役目を負った少女であり、乃木家という大きすぎる家名であり、少女本人を見ているのではないだとはっきり分かってしまったからだ。

「どうかされましたか?」

「ううん、なんでもないんよ」

 会話とはこんなにも疲れてしまうものなのかと、久しぶりに思った。誰も彼もが幾重にも重ねられたフィルター越しに彼女を見る。仕方ないと言えばそうなのだろう。彼女の家の名ははあまりにも大きく、有名すぎた。そのおかげで皆が彼女を遠巻きに見、友人と呼べる人物はほぼいなかった。

 だからなのだろう。短い付き合いながらも、とても親しくなった友人たちに会いたいと思ってしまったのは。しかし彼女はもう、一人では歩くことも立つこともできない。両腕ももちろん彼女の意志を伝達することもない。右目の視力は失われ、距離感が掴むのが難しくなってしまった。皮膚感覚は失われ、味覚や嗅覚も消え失せた。おそらくだが、内臓機能のいくつかも喪失しているのだろう。

 しかし左目が見える、左耳が聞こえる、喋ることができる。

 逆説的に言えば、この少女にはそれだけの自由しか残されてはいなかった。

 誰かの補助を受けても満足に生活できない体。不便だと思ったことは山ほどあり、不満も同じくだ。

 だけども、それを訴えてることはしないし、例え訴えたとしてもなんの解決にもなりはしないのだから。

 彼女の体は、医学的に見れば、なんの異常もなく、健康体そのものだ。精神的なものが原因ではない。

 彼女は自ら進んで、大きな力の代償として身体機能を神様への供物として捧げ続けたのだ。 言わば、呪術的なものであり、失われた身体機能が戻ることはない。

 神様はさらに、彼女たちに死ぬことができない体を与えた。

 与えられた神様からの祝福は今や彼女の体を苛む呪い。魂は肉体という牢獄に囚われ、肉体もまた神様に捧げる供物に過ぎない。失われた身体機能は二十にも及び、喪われた分だけ彼女は更なる力を得た。しかし、その神様の力の一端を行使するために必要な端末は厳重に管理され、彼女の意思だけではどうすることもできない。

 そんな状況になっても、少女には勇者になったことに対する後悔は一切ない。勇者になったからこそ、ずっと一緒にいたいと思える大切なともだちができた。

 だけど、そのともだちと会うことはもうできない。一人は、一緒に過ごした記憶を供物として捧げた。一人は勇者としてのお役目を立派に果たし、そして―――。

「私、夕日が見たいな~って」

「かしこまりました」

 少女のお願いを受けた仮面の人物はベッドを窓辺の、夕日がよく見える位置まで移動させる。

「ありがと~マキマキ」

「ま、マキマキ? ……それは私のことでしょうか?」

「そうだよ~。真木准だからマキマキ。いいあだ名だと思うんよ~」

「は、はあ……」

 付けられた不思議なあだ名に、仮面の人物こと真木准はどう返せばいいのか分からなくて困惑した。目の前の少女は多くの場合に、ぽやぽやとした笑みを浮かべているからか、どうにも距離感が掴みづらい。元来生真面目な気がある彼女とではあまり会話が弾むはずもなく、こうして極々事務的なものに納まってしまっている。

「それとね。少しだけ、一人にしてほしいな」

「かしこまりました。では一時間後、またこちらに参ります」

 少女の『お願い』は可能な限り叶えるようにと、上司から厳命されている真木は頭を下げて一礼し、しずしずと扉まで歩く。

 扉を開けて部屋から出ようとしたその時、少女の意味深な独り言が聞こえた。

「たとえ暗闇が未来を奪っても、諦めない心が希望へと導くから。どうかあの光が、この小さな世界の希望になりますように……」

「園子様? どうかされたのですか?」

「ううん、なんでもないよ~」

 だから思わず聞き返すも、少女はただニコニコと笑うだけで何も語ろうとしない。それが無言の拒絶だと真木には思えて。もやもやとした気持ちを抱えながら、また一礼し少女の部屋を後にした。

 ゆっくりと扉が閉められ、世話役の足音が遠ざかる。開け広げられた窓からは秋の涼やかな風が吹き、白く清潔そうなカーテンを小さく揺らす。

 窓から見える外の景色は赤く色づき、太陽は西へと沈んでゆく。この分だと一時間じゃ沈み切らないかなぁ、とのんびり考えた。

 眼下には日常が広がり、多くの人は隠されている悪夢のような真実など何も知らず、優しい嘘を信じて日々を過ごしているのだろう。

 知らないというのは時の場合にもよるが、幸せなことに違いない。

 知らなければ傷つくこともなく、絶望することもない。

 まだまだ十代前半に過ぎない女の子たちが世界を守るために敵と戦ったことを知っているのは一握りの人間だけ。

 人知れず戦い、多くの犠牲を払ってようやく、守ることができた世界。それでも敵を倒しきれたわけでなく、一時の時間を稼ぐことができたに過ぎない。

 多くの人が事実を知らないことに苛立ちを覚えることなんてない。

 そして、こんな体になってしまったとはいえ、勇者となったことに後悔はない。

 まだ機能している左目を細める。黄昏の風景は、美しくもどこか物悲しい。

 守ることができた日常が手には届かない場所にあって、三人で勇者としてのお役目を頑張り抜いても守れなかったものがあった。戦いの中、櫛の歯が欠けるように失われていったのは大切なものばかり。

 自然発生したことになっている災害で幾人もが怪我を負い、また彼岸に旅立った人たちがいた。

 そう……いなくなったともだちは帰っては来ない。

「わっしー……ミノさん……会いたいなぁ」

 叶わぬ願いだと知りながらも、願いを口にせずにはいられなかった。

 不意に視界が滲む。

「そっか……まだ泣けるんだ」

 泣いているのだと認識してしまえば、もう駄目だった。

 次々と脳裏に浮かぶのは、三人で過ごしたとても大切で楽しかった思い出ばかり。もう涙なんて枯れ果てていたと思っていたのに、流れ落ちる涙は止まらない。

 しゃくり上げ、頬を服を濡らし続ける。心底、今この部屋にいるのが一人だけで良かった。こんな姿はあまり見られたくはないから。

 どうしても夕日は悲しいことを思い起こされてしまうから。今のこの瞬間だけはともだちとの楽しかった思い出だけに浸りたかったから。ベッドの上で泣き続ける乃木園子はゆっくりと目を閉じた。

 

 神世紀二九八年一〇月。勇者に選ばれた三人の少女の尽力により、敵の撃退に成功。

 

 勇気のバトンは、次の勇者へと託された。

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