思いを込めた文や書物に積もった情念から生まれた妖(あやかし)。
人に取り付きますか? いいえ。
人に悪さをしますか? いいえ。
じゃあ何をするの? 読むモノさえあればそれで満足です。
彼ら、彼女は読んだモノの中に入り込んでその中の登場人物になるのです。
そして時には、悪さをした人間を送り込んでその中に閉じ込めたり。
楽しむために書き加えた設定を参加者に与え、役割を演じさせることも。
今、これを読んでいるあなた──もうすでに文車たちの虜になっているのかもしれません。
そこはこの世界に在って、この世界には存在しない場所にある古書店。物語を望む者が入ることができる路地裏に存在します。
あなたは現実から離れた想像の世界に行きたいと思ったことはありませんか?
そこは想像が現実となった世界。いいえ、そここそがあなたのもう一つの現実世界なのです。
あなたが主人公として活躍する世界で生きたいと思ったことはありませんか?
そこはあなたを物語の主人公として受け入れてくれる理想の場所。あなたを讃え、受け入れてくれる人々が待っています。
物語はあなたを中心に回っています。さあ、躊躇うことはありません。現実世界という檻から抜け出して本の中の世界に行きませんか?
古書店「塵塚堂」は、そんなあなたのための場所なのです──
◇
塵塚堂。墨塗り文字の看板が掲げられた古本屋は路地裏の一角にある。
日干しされた本。はたき。放置されたサンダル。
狭い店内は背の高い棚で区切られ、時を重ねた古本がぎっしりと詰まっている。
薄暗い店内を豆電球が照らし、古びた階段の上にはまた棚があり本がある。それほど広くないのだが奥行きを感じさせる。
「毎度、ありがとうございます」
奥のカウンターから女の声が聞こえる。
そしてふらりと姿を現したのは虚ろな瞳をした女性だ。夏だというのにカーディガンを羽織り、よろよろと狭い道に出る。
「私……何してるんだっけ?」
呟いてのろのろと歩き出す。それを見送るのは女。まだ若い十代とも呼べるくらいの少女だ。
黒髪の前に垂らしたおさげが二つ。糊の利いた白いシャツにシンプルな黒のスカート。素足にピンクのサンダル。
透き通るような白い肌が印象的で、思春期を迎えた少女特有の女になる一歩手前の清楚さを強調する。
「次のお客様はっと……」
振り向けば、路地を曲がって塵塚堂へやってくるサラリーマン風の男がいる。
どこか急いでいるようで、道に迷った子どものような顔で。
少女は口元に笑みを浮かべると店の中に入る。受付はカウンターで。そこが本の中の世界の入り口なのである。
その日、半年余り行方不明になっていた主婦が消えた時と同じ格好で発見された。
行方をくらましていた間の記憶は混乱しており、「私、漫画の中の世界にいて世界を救ったのよ」と話し関係者を困惑させた。
発見された行方不明者の大半は直に現実を受けいれ社会へと溶け込んでいくのだが……
中には癖になってしまわれる方もいるようです。
そして塵塚堂に今日もお客様が訪れるのです。
「いらっしゃいませ、あなたが望む本を探して差し上げます」
新たな獲物。サラリーマンを前に少女が笑顔で告げるのだった。
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