ピキ
多分、何かが壊れるきっかけというものがあるとしたらその言葉だったのだろう。
辛うじて堪えていたナニカが壊れていく音が聞こえた。
「私は反対です」
藤堂からの言葉を聞いて最初に反対したのは千葉だった。
朝比奈も衝撃を受けたような顔をしているが、言葉には出していない。それを意外には思ったが、言葉に出していないならば考慮している場合ではない。今は、明確に反対を表明している千葉への対処が先だった。
そう考えた卜部は千葉は藤堂の間に立つ。
「待て、千葉!お前の気持ちは分かる!だが、今の解放戦線にはアイツの能力が必要だ!」
「分かっています。だが、それでも私はアイツが解放戦線のトップに立つのは認めません」
明確な拒絶。正直、ここまでの反応を千葉が見せるのは藤堂も卜部も予想外だった。あの藤堂の意見にこうも明確な反対を見せるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「確かにアイツは性格とかに問題はかなりある。だが、それを考慮してもアイツ以外の選択肢はないだろ」
「そういう問題じゃないんですよ、卜部さん」
卜部が悪くないのは分かっている。だって、卜部は彰の過去を知らない。千葉のような心境に至るはずがない。
だが、八つ当たりだと分かっていても千葉は止められない。
「アイツに!解放戦線を背負わせることだけは!私が認めない!」
認められない。例え、藤堂の命令だとしてもこれだけは認められない。絶対に認めてはならない。
「…そうか。お前は知ってるんだよな。アイツの過去を」
そこまで聞いて卜部は悟った。千葉がここまで明確な拒絶をする理由が彰の過去にあるのだと。
だが、それとこれとは別の話だ。この状況で私情を挟むことは許されない。
「俺はあいつの過去を知らない。多分、千葉にしかわからないことがあるんだろう。だけどな…他に選択肢はないだろ?」
現実として彰が解放戦線のトップに立つしか事態の打開方法が思いつかない卜部には、私情を聞いている余裕はない。
「それなら、解放戦線は私が継ぎます!」
「…千葉。それは無理だ」
今まで話を黙って聞いていた藤堂も口を挟む。千葉の提案は不可能だったからだ。お前も分かっているんだろう?と言いたげに藤堂は千葉の目を覗き込む。それは非常にシンプルであり、残酷過ぎるほど単純な真実。
千葉には崩壊寸前の解放戦線を立て直す能力がない。
その事実を誰よりも自覚していた千葉は悔しさのあまり血が垂れるまで口の頬を思い切り噛む。
力がないものの理想は戯言に過ぎない。現実は無常だ。
(何で私には…)
知っている。あの馬鹿が本当は日本のために戦う必要がないことを。
知っている。あの馬鹿がブリタニアを憎んでいるわけではないことを。
知っている。あの馬鹿が戦いを好きなわけではないことを。
知っている。あの馬鹿が解放戦線を憎んでいるだろうことを。
知っている。私があの馬鹿に戦って欲しくないと思っていることを。
知っている。私があの馬鹿に解放戦線から抜けて欲しいと思っていることを。
全部知っている。全部知っているが…それだけだ。
知っていても、それを為す力が千葉にはない。更に残酷なことにそれを為す力が彰にはある。
彰の過去を知らないとしても、藤堂や卜部とて好き好んで彰に舵取りを任せると言うわけではない。それしか方法がないから言っているだけである。
仙波は彰を大将にする案には反対だが、代替策がある訳でもない。ブリタニアに包囲された現状では尚更だ。藤堂が捕まるか捕縛されない限り、包囲網が緩むことはないだろう。藤堂が居なくなれば、解放戦線の支柱が無くなる。その先は文字通りの崩壊だ。
とは言え、如何に藤堂の言葉でも一兵卒がいきなりトップに立つと言われて納得できる者などいない。今は千葉が正面から反対を表明しているため成り行きを見守っているのかもしれないが内心は不満で一杯だろう。賛成する者など卜部くらいだ。
「…念の為に聞きますが、それは命令ですか?」
感情を削ぎ落とされたかのように無表情になった朝比奈が藤堂に問いかける。
「そうだ」
藤堂とて、朝比奈が快く思わないのは理解している。してはいるが、今はそれを考慮する余裕がない。
「そう…ですか」
その言葉を聞いた朝比奈はそっと目を閉じ…暫しの間の後に開かれる。
「解放戦線の一員として…命令なら…従わざるを得ないですね」
その言葉に藤堂以外の全員が絶句した。誰もがあの朝比奈がそんな命令の黙って従うとは思わなかったからだ。
「朝比奈…思うところはあるだろうが納得してくれ…今はこれしか手段がない」
「了解です」
そう言うと誰よりも先に朝比奈は武器を手に取り、外へと向かう。千葉は慌てて声をかける。
「待て、朝比奈!話はまだ終わっていない!」
「終わってますよ。藤堂さんが決めた以上、どうしようないでしょう?」
「ふざけるな!これはそんな問題ではない!」
「過保護も良い加減にしときなよ、千葉さん」
朝比奈は立ち止まると、チラリと千葉に目を遣る。
「アンタはアイツに同情してるんじゃない…それはアンタの自己満足だ」
「何だと!?」
千葉は朝比奈の前に周り、胸ぐらを掴み上げる。だが、掴み上げられてるはずの朝比奈は涼しい顔だ。
「怒るのがその証拠でしょ。別に本人が何かを言った訳でもない。勝手に想像して、勝手に自分を被害者に置いてるんでしょ?そうしないとアイツと接することもできない?」
「お前に何が…!?」
「千葉さんより知ってる…とは言わないけどね。少なくとも今となっては千葉さんの次くらいには事情を知ってるよ」
「良い加減にしろ!」
そんな一触即発の空気の2人の中に卜部が割り込む。ブリタニアの前に四聖剣が殺し合いを始めるなど冗談にもならない。
「揉めてる場合じゃないだろうが!今はとにかく逃げることが優先だ」
「そうだな…最早、話をしている時間もないようだ」
解放戦線の仕掛けた足止めもブリタニアに突破されたのが確認できた。直ぐにでも行動を起こさなければ、藤堂どころかこの場にいる全員の壊滅は免れない。
「私は東に向かう。指名した者以外は全員西に行け!」
「藤堂さん!」
千葉の声を無視して、藤堂は老齢の数名に声をかけるとナイトメアに騎乗し、ブリタニアの包囲へと突撃する。
藤堂が名乗りをあげて突撃をしたことで、明らかに包囲が藤堂の方向に傾いた。
「今しかない。行くよ」
朝比奈は周囲に声をかけると、一目散に包囲の突破のために先陣をひた走る。その姿を見て、仙波は硬直している千葉の肩に手を置く。
「千葉…今は逃げるしかない。行くぞ」
何と返事をしたかも覚えていない…だが、軍人の本能で千葉の足は戦場へと向かっていた。
雨が降っていた。
ブリタニアの包囲を突破した千葉は周囲の安全を確認すると、力尽きたかのように周囲の木に体重を預けて座り込む。雨に濡れたが、そんなことは気にならなかった。
「くそっ…」
悔しくて涙が溢れる。その涙も雨に流されるが次から次へと溢れ出る。
「あんなことを言っておきながら…」
『解放戦線はお前の止まり木だ。そこに止まっている間は私がお前に生きる方法を教えてやる。だが、約束しろ。お前は絶対に私たちを許すな』
アイツが何と返事をしたのかは覚えていない。ただ一方的に、押し付けた約束。約束とも言えない、図々しい決め事。
『お前の生き方が定まったなら…出ていけよ。お前の面倒を一生見るなんてごめんだ。私はお前が嫌いなんだ』
私はあの時からアイツが嫌いなんだ。だって、嫌いにならないと辛すぎるじゃないか。私に心配する権利なんてある訳ないじゃないか。
「誰よりも解放戦線を…憎んでいるアイツに…解放戦線を任せるだと…」
図々しいにも程がある。奪っておきながら困ったら託すと言うのか。
だが、藤堂はもう居ない。あのブリタニアの包囲を突破できるとは思えない。藤堂が居なければどの道、解放戦線は終わりだ。だとしたら、少なくとも藤堂を助けるには彰が必要だ。自分だけでは圧倒的に足りない。力も知恵も圧倒的に不足している。
どれだけ千葉が嫌だとしても、彰に頼る以外の選択肢を千葉は持たない。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
千葉の慟哭が天へと溶けていく。
傷だらけで1人ジャンプを見ている少年がいた。
服装から判断するしかないが、同じ解放戦線の一員だろう。
「何をしている?」
別に話しかける必要もなかった。だが、千葉は気まぐれで声をかけていた。
その少年は話しかけられたことに驚いたようだったが、すぐに平静を取り戻すと返答した。
「ジャンプ見てる」
「そんなものは見ればわかる!そんな怪我で何をしているのかと聞いているんだ!」
怪我しているなら医者に見せろと付け加える。死ぬような怪我ではないが、放っておけば治るほど浅い怪我には見えない。
「こんくらいの怪我なら放っておけば治りますよ」
「そうは見えないが?」
「まあ、治るでしょ。ルフィも肉食べれば治るらしいし」
「お前はルフィじゃないんだよ」
「俺はジャンプ読めば治るんですよ」
「どんなびっくり人間だ!治るわけないだろうが!」
千葉は怒鳴ると、無言で彰の手を掴み、無理やり医者へと見せるべく強引に引っ張り続ける。
それが彰と千葉の最初の会話だった。