大分シリアスになっちゃったなぁ…
「……で、なんで俺がここに運ばれたんですかね。ここは医務室っていうより、人生の終着駅みたいな空気漂ってますけど」
彰は、ベッドに腰掛けたまま、包帯を巻こうとする千葉の手をひらりとかわした。その手には、まだボロボロのジャンプが握られていたが、千葉がそれを奪い取って無理やり横に寝かせた。
「お前、ルフィがどうとか言っているが、現実を見ろ。お前がすることは傷の手当てだ。海賊王への道を歩くことじゃない。大体お前は能力者じゃないだろうが」
「いや、海賊王への道歩いたら傷治るから。俺の悪魔の実が覚醒して、全身真っ白になってドンドットット鳴り響くから。今まさに心臓がそのリズム刻もうとしてるから。あ、これ不整脈かな? どっちにしろ医者呼んで」
「バカなこと言ってないで大人しくしろ!」
スパン! と、千葉の平手が彰の額に炸裂した。
「痛っ……! ちょ、怪我の手当してくれてんじゃないの!?今のダメージで俺のギアがセカンドから一気にリバースに入ったんですけど! 訴訟問題だよこれ!ワノクニ救えなくなっちゃうよ!?」
「うるさい、死ぬ気があるならさっさと傷を治せ。ペラペラ回る口を少しは回復に回したらどうだ?」
千葉は呆れたように息をつき、手際よく包帯を巻き始めた。彰はなおも文句を言っていたが、千葉の鋭い視線に射抜かれ、ようやく観念したように天井を仰いだ。
はじめの印象は変な奴だった。
まあ、現在進行形で変な奴なので、初めから一貫して変な奴だったと言うべきか。
草壁中佐が連れてきた時、こいつはまだ「少年」と呼ぶのがふさわしい年齢だった。
だが、その瞳には少年らしい輝きなど微塵もなく、煮干しの死体のような乾いた虚無が淀んでいた。何かあったのだろうと推測はついたがここでは何もない奴の方が少数派だろう。特に気にも留めなかった。
だが、実力だけは違った。正規の剣の訓練など受けていないにも関わらず、我流で振るうその刃は、若手最強であった朝比奈と互角に渡り合うレベル。……性格を除けば、その「力」だけは大したものだった。気に留めないのが不可能だった。
だが、どれだけふざけていても、どれだけ軽口を叩いていても、その雰囲気には常に、どこか解放戦線から一線引いたような孤独が漂っていた。
その孤独は、誰かに救いを求めるような湿ったものではなく、ただそこに「自分」という存在が不在であるような、奇妙な空虚さだった。
だからだろうか。千葉は、この掴みどころのない生意気なガキを、不思議と放っておくことができなかった。
「お前、また1人でいるのか?」
訓練の合間。他の若手たちが熱く語り合う喧騒から離れ、訓練場の裏で寝そべっている彰を見つけ、千葉は声をかけた。
「何だ、またアンタか。暇なんですか? 独身女性の休日の過ごし方としてはお勧めしませんけど。婚活サービスした方が良いと思いますけど」
「アンタじゃない。千葉凪沙だ。あと私はまだ独身を謳歌しているだけだ。婚活サービスなどせん」
舐め腐った態度に青筋を浮かべるが、本人は気にもしないのか目線も合わせない。千葉は「この野郎」と思いながらも、無視することもできずに再度話しかける。
「お前の個の実力は認めてやるがな。組織にいる以上、それだけでは評価されん。もう少し集団行動というものを意識して行動しろ。連帯責任で他の奴らが迷惑するんだ」
「いや、要りませんし。別に評価とか。俺、将軍になりたいとか一ミリも思ってないんで。平社員のまま、適当にサボって、月曜日にジャンプ読めればそれでいいんっすよ。出世なんてしたら、ジャンプ読む時間が責任感とかいうゴミに侵食されるじゃないですか」
意地を張っているとか、やけになっているとかではなく、本心でそう言っているように聞こえた。彼は「何か」を成し遂げるためにここにいるのではなく、ただ「そこにいるから」ここにいるだけなのだ。
「じゃあ、お前は何をしたいんだ。何のために、その若さで死線を潜っている」
「何でしょうねぇ。……別に、これと言ってやりたいこともないし、気がついたらここに放り込まれて、気がついたら剣を振らされてただけですよ。心臓が動いてるから息をしてる。それだけです」
「おい、自分の人生だろう?流されるままではなく、主体的に生きろ」
「主体的に…ねぇ。じゃあ、逆に聞きたいんですけど」
そう言うと、彰はくるりと体を反転させ、光の消えた死んだ目を千葉に向ける。
「俺はどうしたら許されるんだと思います?」
誰に?何を?
色々聞かなければ答えようのない質問だ。だが、その質問の奥に踏み入るのは躊躇われた。何となく……だが、彼が抱えているのは、言葉でどうにかなるような軽いものではないと感じたからだ。
その問いは、彼自身が自分の存在そのものを「罪」か何かのように捉えているようで、聞いていて胸がざわついた。
「……何だその漠然とした質問は。答えようがないだろうが」
「ま。そうですね。期待してたわけじゃないんでいいですけど。そもそも答えなんて、この世のどこにも載ってないですしね」
肩をすくめて彰は答える。期待などしていない。他人にも自分にも。ただ、流されるままに、呼吸の惰性でここにいるだけ。
その空虚さが、ふざけた言動の隙間から冷たく伝わってきた。
「…お前、許されたいのか?」
「どうなんでしょうね。今となってはそれも分からなくなっちまいましたよ」
「何も分からないんだな、お前は」
千葉は溜息をつき、腰のポーチから、ビニールに包まれたおにぎりを取り出して彰の前に差し出した。
「何ですか、いきなり。毒入りですか? 俺、死ぬ時はせめてもっと豪華なもの食べて死にたいんですけど。キャビアとか。食べたことないけど」
「これを食べたら、少なくとも私はお前を許してやる。今日、掃除の当番をサボってここで油を売っていたことはな。あとキャビアはここにはない。おにぎりで我慢しろ」
「サボってないですよ。あれです、ほら……生理です。月のモノなんです。男の子として新しい扉が開いちゃったんです」
「お前に生理などあるわけないだろうが! 扉を閉めろ!」
おにぎりを持っていない手で、千葉は彰の頭をぶん殴った。
「あだっ!」と頭を押さえている彰の口に、無理やりおにぎりを押し込むと、千葉はふんと鼻を鳴らした。
「ほら、行くぞ。まずはお前に掃除の仕方から教えてやる。埃の取り方一つ知らないようじゃ、ブリタニアどころかダニにも勝てんぞ。お前の心の中の埃も、私が叩き出してやる」
そこまで言うと、千葉はニヤリと笑った。
「ガキはガキらしくしていろ。生意気な口を叩いても、私がちゃんと見てるからな」
彰は、口におにぎりを詰め込まれたまま、不満げに眉を寄せた。しかし、吐き出すこともせず、もごもごと不器用に咀嚼を始めた。その姿は、確かに年相応の少年に見えた。
それから月日が流れ、ちょっとした事件から千葉は彰の過去を知った。知ったからといって何ができるでもなかったが…いや、何もしようとしなかったのだろう。それから、藤堂さんや卜部さんとも話すようになってからは少し変わったように見えた。
EUに行ってからは更に変わった。何もできない私と違い、何かできる人間は大勢いるのだ。
そして話は現代へと戻る。
雨の降り止まぬ中、千葉は泥を噛むような思いで通信端末を握りしめていた。
藤堂さんはどうしたのだろう。無事でいるとは思えない。
他の四聖剣はどうしたのだろう。私が生きているのだ。何とか生きているとは思うが。
他のメンバーはどうしたのだろう。生きているとは信じたいが、統率も取れていない中、何人が生きているのか。
自分の無力さが、雨と共に全身に染み込んでくる。プライドも、軍人としての立場も、もはやゴミ同然だった。
だが、ゴミだとしてもゴミとしてのプライドがある。最後まで戦い抜くしかない。そう決意を込めた千葉の耳に着信音が鳴り響く。
徐に電話を見る千葉の目に「変なやつ」の名前が飛び込んでくる。
(何でこのタイミングで…)
ゴミとしての最後のプライドにヒビが入る。
絶対に頼りたくないが、誰よりも何とかしてくれるかもしれないと期待を持てる男からの電話に千葉は出られない。
声を聞いたら頼りたくなってしまう。声を聞いたら希望を持ってしまう。
どの面を下げて頼めば良い。何もできなかった自身があの少年に何を求めているのか。
自分にできることは頼らないことだった。この人殺しの螺旋から、あのバカを追い出すことだった。
だと言うのに、自分はそれすらもできないと言うのか。
千葉の葛藤を他所に電話は鳴り続けている。本当に空気が読めない男だ。希望など見せないで欲しいのに。
震える指がゆっくりと着信ボタンに触れる。そこから、余りにも馴染み深い緊張感のカケラもない男の声が聞こえる。
「出るの遅いんですけどぉ。時間ないの分かってますぅ?上司なんですからそれぐらい意識してくんないと」
「…彰。悪いが今はお前と話している時間は「解放戦線の本体が叩かれたんでしょ?知ってますよ」…そうか」
コイツなら知っているだろう。そこに違和感はない。
「だから時間がないんですよ。ま、とはいえ、流石は藤堂さん。あの状況なら最適解ですね。藤堂さんなら殺されることはないだろうし、あっさりと死ぬ人でもない。捕まりはしてるかもですが、生きてますよ」
千葉は電話を握りしめる。だから電話に出たくなかったんだ。こうなれば抑えられないことが分かっていたから。
「彰!」
千葉は絶叫に近い声を絞り出した。
かつて自分が頼らないと誓った、あの少年に。かつて「ガキでいろ」と言った、あのクソ生意気な少年に。
あまりにも身勝手な願いを託す。
「恥を忍んで、お前に頼む……! あの人を……藤堂さんを助けてくれ!!」