「そうか。解放戦線の藤堂と朝比奈以外の、主要な幹部の生存は確認できたか」
ルルーシュは電話越しに扇からの報告を聞き、内心でそっと息を吐いた。
解放戦線を吸収するために様々な手を打ってきたルルーシュからすれば、取り込むべき組織のダメージが大きすぎれば吸収する意味そのものが失われてしまうからだ。
「引き続き、藤堂と朝比奈の所在を調べろ。ブリタニアに捕まっている可能性も考慮に入れてな。例の揉め事は千葉と卜部、仙波に任せておけばいい」
そこまで告げて電話を切ると、ルルーシュは深くため息を吐いた。
(全く…藤堂の奴も面倒なことをしてくれた…)
勝手に後継者を決め、勝手に姿を消し、残された部下が納得するはずがない。何より、指名された彰本人があっさりと後継者を辞退した事実が、現場の混乱に一層の拍車をかけていた。
(実際、解放戦線の抱える問題は山積みだが、本気になったあのクズに残りのメンバーが一丸となって着いて行けば、組織の立て直しも不可能ではないはずだ。問題は、その前提条件が万に一つも実現不可能だということだが。藤堂の奴はそれを分かっていない)
ルルーシュが本来心配する必要など全くない問題ではある。だが、このまま放置すれば、生き残った解放戦線の部隊がブリタニア軍によって個別に撃破されかねない。
しかし今の状況では、部外者であるルルーシュが彼らに直接命令を下すことは不可能だった。実際に他の解放戦線の拠点も次々とブリタニア軍に襲撃されており、フォローが追いついていない。幾つかは救出できているものの、数の暴力で押し込まれつつあった。
なにより、ルルーシュどころか、卜部や仙波、千葉の命令すら拒絶する部下が存在する現状こそが、組織の混迷を何より象徴している。朝比奈がいればまだ繋ぎ止められたかもしれないが。
(ブリタニアの攻勢がここまで苛烈でなければ、解放戦線にも立て直す時間があった…。だが、これほど執拗に追い詰めてくるとは…コーネリアめ…)
ルルーシュはぎりっと奥歯を噛みしめる。黒の騎士団本体が狙われたのであれば、いくらでも手立てはあった。だが、内部から瓦解しかけている解放戦線を外部からまとめ上げるなど、どれほど卓越した策略家であっても不可能な芸当だ。
いくら同盟関係にあるとはいえ、「ゼロ」の命令で解放戦線の残党が動くはずもない。
コーネリアがそこまで見越して動いているとは考えにくいが、少なくともそれに近い状況を察知しているのは確かだ。その上で、的確に黒の騎士団の傘下候補を削り取っている。
(俺の知らぬ間に、姉上がここまで戦略的に物事を組み立てるようになっていたとは……戦姫コーネリア。その二つ名は伊達ではないということか)
だが、弱音を吐いている場合ではない。この劣勢を覆し、黒の騎士団が再び優位に立つための次の一手を打たなければならないのだ。
ルルーシュが机に向かい、思考の海へと沈み込みながら戦略を練り直していると、背後から不意に声がかかった。
「随分と思い悩んだ顔をしているな」
「何だ、セラ。お前こそ、この間まで不貞腐れていたのに随分と元気が出たじゃないか」
「……その呼び方をやめろ。それと、私は不貞腐れてなどいない」
ルルーシュの嫌味に、C.C.は額にピキリと青筋を立てた。本名が露呈した後、彰の手によって騎士団の幹部陣へと名前を周知されたC.C.は本気で激怒し、名前を呼んだ者に片っ端からトラウマ級のショックイメージを叩き込んでいたのだ。まあ、諸悪の根源である彰に対しては、身体能力の差ゆえに捕まえることすら叶わなかったのだが。
「まあ、いつまでも辛気臭い顔をされているよりは、思い悩んでいる方がマシだがな。…シャーリーの父親の件は、もう吹っ切れたのか?」
「…お前には関係ない」
C.C.の問いかけにまともな返答もせず、ルルーシュは冷たく背を向けて自室を出て行った。
残されたC.C.は、そんなルルーシュの背中にあきらめたようなため息を吐くと、一人天井を見上げて呟いた。
「違う…心配など、するわけがないだろう? 私には、そんな資格などないのだから…」
「全く…何日になったら起きるのかしらねぇ…ナオト」
様々な予想外の事態が重なったこともあり、すっかり夜遅くなってしまったが、息子であるナオトの様子を見にきた仁美は、困ったような優しい笑顔を浮かべながらその頬にそっと触れた。
容体が安定しているとはいえ、一向に目を覚ます気配のない息子を持つ親として、心配しないはずがない。
返事がないことは痛いほど分かっていたが、それでも毎日語りかけることだけは欠かさなかった。
なお、この語りかけはナナリーも毎日一緒に行っており、小夜子とカレンも多忙の合間を縫って定期的に顔を出している。
「早く起きなさいよ? 起きて、ルルーシュ様やナナリー様にちゃんと恩返しをしないといけないんだから」
ナオトが目覚めれば、仁美たちがこのルルーシュの邸宅に身を寄せる理由は失われるかもしれない。それは仕方のないことだと分かっている。
だが、もしそうなったとしても、何らかの形で大恩あるルルーシュに恩を返すと仁美は心に固く決めていた。
それほどの深い感謝が、仁美の胸にはルルーシュとナナリーに対して満ちていたのだ。
そんな思考に浸っていると、部屋の扉から控えめなノックの音が響いた。促すように返事をすると、そこからルルーシュがひょっこりと顔を覗かせる。
「仁美さん。まだ起きていらしたのですか?」
「あ、申し訳ございません、ルルーシュ様。起こしてしまいましたか?」
「そんなことはありませんよ。たまたま目が冴えてしまって、水を飲みに降りてきただけです」
紛れもない事実だった。自室から出てきたルルーシュは、水を飲むために降りてきた際、ナオトの部屋に灯りが漏れているのに気づいただけなのだ。
「俺のことよりも仁美さん。ナオトさんのことが心配なのは分かりますが、まずはご自身の体調が第一です。あなたが身体を壊して倒れでもしたら、それこそナオトさんが心配しますよ。夜更かしは控えないと」
そう言ってやんわりと体調を気遣うルルーシュだが、仁美にもその不器用な優しさはしっかりと伝わったようで、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、ルルーシュ様。ですが大丈夫ですよ、ちょうど休もうと思っていたところでしたから」
「そうですか。では、余計なことでしたかね」
そう呟くとルルーシュは部屋の中へと足を踏み入れ、仁美のすぐ隣に立った。
「仁美さんがこれほど心配しているというのに起きないとは…ナオトさんにも困ったものですね」
「ええ、本当に。ルルーシュ様にもご迷惑をおかけしてしまって…」
「いえ、特に俺に迷惑がかかっているわけではありませんから、お気になさらず」
実際、ナオトの重厚な医療費や看病の手配はすべて彰が個人的に負担しているため、ルルーシュの懐は一銭も痛んでいない。
看病自体もナナリーはともかく、ルルーシュ自身が直接行っているわけではないため、物理的な負担も発生していなかった。
だが、そんな固い言い回しに、仁美はクスクスと楽しそうに声を上げて笑う。
「……何がおかしいのですか?」
「ふふ。ルルーシュ様は、もう少しご自分に甘くなってもいいと思いますよ?」
「自分なりに適切な評価をしているつもりですが」
「それが厳しすぎるんですよ」
治療費が発生していないとはいえ、できる限りの範囲で仁美の家事や負担を支えるよう、ルルーシュが陰で小夜子に命じていることを仁美は知っている。
それに、日本人がルルーシュの家で働いていることを快く思っていない近隣のブリタニア人住民に対し、ルルーシュが密かに手を回して話し合っていることも。
なお、一部の過激な住民たちがルルーシュによって強烈なお灸を据えられていることまでは仁美も把握していない。
その「お灸」の詳細な内容は省くが、現場を目撃したカレンがドン引きしていたことは補足しておこう。まあ、命までは取っていないはずなので大丈夫だろう。たぶん。
ふと思いついた仁美は、ごく自然な動作でルルーシュの頭の上にそっと手を置いた。
あまりにも突然の出来事に、ルルーシュは一瞬で顔を朱に染めると、バッと弾かれたように距離を取った。
「な、何ですか、いきなり!」
「あ、申し訳ございません! 最近のルルーシュ様が、どこかお辛そうに思い悩んでいるように見えておりましたので…つい、なんとなく…」
「なんとなくって……」
困惑を隠せないルルーシュに、仁美はどこまでもまっすぐな瞳を向ける。
「ナオトやカレンが落ち込んだ時も、こうやって頭を撫でてあげていたんですよ。だから、少しは効果があるかなと思いまして」
「…大丈夫ですよ。それに、別に思い悩んでなどいません」
「そうですか? それにしては少し元気がないように見えますし…それに、以前より少しお痩せになっていませんか?」
それだけは、ルルーシュも否定できなかった。シャーリーの父親を死に追いやった自責の念から、ここ最近は喉にまともに食べ物が通らなかったのだ。
カレンもその異変には気づいていたのだが、自分も「同罪」であるという強い罪悪感からかける言葉を見つけられず、もどかしい思いを抱えていたのだった。
どう取り繕うかと思考を巡らせるルルーシュをよそに、仁美はすっと距離を詰めると、再びその頭に温かい手を重ね、優しく撫でた。
「いいんですよ、無理に答えなくても。私には言えないことなんですよね?」
ルルーシュの頑なな態度から、それがナナリーや自分たちには決して明かせない重荷なのだと仁美は理解していた。彼が何を背負っているのかは分からない。だが、それでも懸命に「いつもの自分」を演じようと強がる少年の姿が、たまらなく痛々しかったのだ。
「答えなくてもいいですから…私に心配くらいはさせてください。私にできることなんて、こうして心配することくらいなんですから」
「そんなこと…ないですよ…」
本当に、そんなことはなかった。言えない秘密はある。けれど、それでもいいと。ただ側に寄り添うと言ってくれる仁美という温かな存在に、ルルーシュの張り詰めた心は確実に救われていた。
「ルルーシュ様が何をされているのかも、何に悩んでいるのかも私には分かりません。ですが……それでも一つだけ言わせてくださいね」
そう言うと、仁美は包み込むような笑顔で言葉を紡いだ。
「ルルーシュ様は、本当によく頑張っていらっしゃいますよ」
毒気のない、どこまでも優しく温かい言葉。…思わずルルーシュの口元から、自然と小さな笑みがこぼれた。
「…頑張るだけじゃ、ダメなんですよ」
「何を言っているんですか。子供が一生懸命頑張っているのなら、それだけで十分に立派なんですよ」
「ふっ…子供、ですか」
思えば、「子供」として扱われた経験など、いつ以来だろうか。だが二人の母である仁美から見れば、どんなに背伸びをしてもルルーシュは守るべき子供の一人に過ぎないらしい。
「はい。ルルーシュ様は我が家のご主人様ですが、まだ高校生の可愛いお子さんですから」
「…参りませんね。仁美さんには勝てそうにありません」
「ふふ、伊達に二人の親をやっていませんから。…そうです、ルルーシュ様。もしよろしければ、ホットミルクでもいかがですか?」
「そうですね。では…仁美さんの分と合わせて、二人前作っていただけますか?」
「はい。では、少々お待ちくださいね」
そう言うと、仁美はルルーシュの頭からそっと手を離し、パタパタと軽やかな足取りで部屋を後にした。少し遅れて後を追うようにルルーシュも廊下へ出たが、キッチンへと向かう仁美の背中を見送りながら、ポツリと小さな呟きを漏らした。
「…羨ましいよ。お前が」
具体的に何が羨ましいのか、ルルーシュ自身にもよく分かっていなかった。だが、冷え切っていた胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなったような気がした。