「待ちなさいよ、スザク…君!!」
先行していたスザクは正直驚いた。あのカレンさんが自分を追いかけて走ってきていたからだ。確か彼女は病弱なはずなのだが。
「カレンさん?驚いた。足が速いんだね。病気がちだって話だけど瞬発力はあるんだ?」
「え!?え、ええ。おほほ。体力はないんだけどね」
ぎこちなく笑いながらカレンさんは答えてくれる。何となく変な感じがするけど、まあ、そういうこともあるのだろう。
「そうなんだ。でも悪いけど、手加減はできないよ!」
「女子には優しくしなさいって習わなかったのかしら?」
「普通ならね。だけど、手加減して勝てる相手じゃなさそうだ」
「お褒めに預かり…光栄ね!」
人類の枠を超えた化け物二人の徒競走が始まった。しかし、ナイトメアならともかく肉弾戦となると、カレンには少し不利である。
悔しいが、その事実を認めていたカレンはどうすべきか考えを巡らせる。
と言うか、そもそも自分が猫を確保したら、学園中の生徒の前でルルーシュとキスをすることになってしまう。
なのでルルーシュに猫を確保して貰うのが一番良いのだが、あの馬鹿モヤシはジャンプ力増強シューズとかいう問題しかない道具を使用した反動とかで、暫く動けない。
本当に何をやっているんだアイツはと考えた所で、カレンの脳にヒラメキが生まれた。
カレンは全速力で自分が今走ってきた道を逆走し、ルルーシュの所まで舞い戻る。カレンのヒラメキなど知らないルルーシュは慌てて戻るように言うが、カレンは説明している暇はないと強引にルルーシュが履いているジャンプ力増強シューズを脱がして自らに装着する。
装着したカレンは倒れているルルーシュを抱えてジャンプの体勢に入る。
ここまでいけば、カレンが何を考えているのか嫌でも分かったルルーシュは、必死でカレンを止めようとする。
「お、おい馬鹿よせカレン!ジャンプしたらお前も暫く動けなくなるんだぞ!?俺も動けないし、飛んだ所で誰が猫を捕まえる!?」
「大丈夫よ。しっかり考えてるわ。とにかくアンタは落ちないように、私にしっかり掴まってなさい!」
言うと同時にカレンは舞い上がる。
そのジャンプは先ほどのルルーシュのものを遥かに凌駕していた。当たり前だが。
舞い上がったカレンの目は、階段から外に出ようとしている猫を捉えた。その頭にはしっかりとゼロの仮面が被せられている。
それを確認したカレンは空中でルルーシュを掴みながら、グルグルと回転し始めた。掴まれているルルーシュは、嫌な予感を感じながら恐る恐ると言ったようにカレンに問いかける。
「お、おい?何をするつもりだ?まさか…」
「そのまさかよ。そもそもアンタが猫に仮面を盗まれたのが原因なんだから、しっかりと…責任取って来いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「後で覚えていろ貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ニヤリと笑ったカレンは全力でルルーシュを猫の方に投げ飛ばす。そのコントロールは見事なもので、半泣きになりながら怒鳴ったルルーシュは、寸分違わず猫の元に飛んで行く。
驚いた猫は慌てて避けようとするが、ルルーシュの飛んで行くスピードの方が遥かに早かったので、ルルーシュによって捕まった。しかし、カレンの投げたスピードは凄まじく、先にあった扉もぶち破り、ルルーシュは外に放り出された。
その衝撃でルルーシュは抱えていた猫を離してしまい、何処か遠くへ飛んで行ってしまった。
あの筋肉馬鹿女どんな力で放り投げてるんだと思いながら、ルルーシュは慌てて猫の姿を確認するが、最悪なことに猫は仮面を被っていない。先程の衝撃で落ちてしまったらしい。
急いで下に取りに行かなければならないのだが、自分は先程の反動でマトモに動けない。恐らくカレンも同様だろう。最後の手段としてルルーシュはC.C.に電話をかけた。
「C.C.!!今何処だ!」
『お前の家に決まっているだろう。猫探しのイベントはどうなった?』
「イベントになっていたのか…猫が校外に出たから終わりだ!というか、そんなことはどうでも良い!」
『何だつまらん』
「つまらんことがあるか!猫は校外に飛んでいったが仮面は校舎の下に落ちている筈だ!今すぐ回収に向かえ!」
『また器用に面倒臭い状況になったものだな。まあ、良いだろう。手伝ってやる』
「終わったら連絡を寄越せ!いいな!」
そこまで言ってからブツっと電話を切ると、ルルーシュは急いで校舎の上から仮面を探そうとするが、距離もあるせいで流石に簡単には見つからない。そんなルルーシュの背後にシャーリーを背負ったスザクが現れた。
「いやあ、まさか、負けるとは思わなかったな。流石だよルルーシュってアレ?猫はどうしたの?」
「校外に飛んでいったよ。これでイベントは終了だ」
「何でそんなことになったのか聞きたいけど、まあ、それならしょうがないね。シャーリーに勝たせてあげたかったんだけどなぁ」
内心は早く会話を切り上げて仮面を探したいルルーシュだが、そんなことはおくびにも出さない。この辺りの演技力は見事である。
「ルルーシュ君!猫はどうなったの!?」
その二人の会話にやっとの思いで階段を上がったカレンも加わる。だが、その事実はルルーシュからすれば看過できないものだった。
「校外に飛んでいったが…お前なんで普通に動けてるんだ?」
「え?かなり痺れてるから走ったりするのは無理だけど、歩くだけなら何とかできるでしょ?」
カレンの言葉に内心で化け物めとルルーシュは思ったが、口には出さない。まあ、カレンからすればルルーシュがモヤシすぎるという話なのだが。
化け物とモヤシのスペックの差による悲劇である。
「しかし、計算外だが助かった!カレン!俺をおぶって下まで降りてくれ!」
「…ルルーシュ。男として情けなくないかい?カレンは病弱なんだよ?」
「カレンの体調が良い日なら大丈夫だ!彼氏として保証する!カレン!頼む」
「…あー、はいはい」
一応女としてもう少し女性扱いして欲しいものだが、ルルーシュの態度から緊急事態が生じていることが分かったので渋々従う。付き合いの長さは伊達ではない。
そうしてカレンにおぶられることで、何とかルルーシュは下まで辿り着き、会長たちへの説明を全てスザクに任せたルルーシュは、カレンと二人で落ちた仮面の探索を始めたが、そこに見覚えのある栗色の髪の女子生徒が現れた。その顔を見てルルーシュは思いっきり顔をひきつらせるがカレンには見覚えがなかったので、ルルーシュの反応に眉をひそめる。
「久しぶりだねー、ルルーシュ君。全く何をやってるのかな?こんなポカをするなんて。緊張感が欠けてるとしか思えないですねー」
困ったものだと肩をすくめる女子生徒をカレンは誰なんだろうと思っていたが、何とか歩けるようになったのか、ルルーシュはカレンの背中から降りて、その女の子の顔を思いっきり掴みながら怒りを込めて話し出す。
「な、ん、で、お前がまたそんな格好でこんな所にいるんだ…」
「やだなぁ、そんなのルルーシュ君に会いたかったからに決まってるじゃないですかー。女の子に言わせないでくださいよ恥ずかしい」
そんな女の子の告白じみた言葉を聞いてもルルーシュは全く嬉しそうな顔を見せず、それどころか身体中から怒気を発していた。そんなルルーシュの様子はカレンからしたら意外過ぎるものだった。
ルルーシュは自分と親しくない相手には、基本的に親切に接するからだ。逆に言えば、怒ったり意地悪をしたりするのは、それだけ気を許してる証拠と言える。
自慢ではないが、一応彼女としてルルーシュを間近に見てきたカレンはそのことを重々承知していた。更に、ルルーシュの人間関係で知らない人物などカレンには存在しない。まあ、皇族時代の人間関係なら話は別だが。
なので、今のルルーシュの彼女に対する反応には、カレンとしては首を傾げざるを得ない。恐らく親しいのだろうが、私の知らない人間関係があったのだろうか?
「ね、ねぇ、ちょっとこの女の子は誰なの?ルルーシュ君?」
「…別にこいつの前で猫を被る必要はない。お前も良く知っている奴だしな」
「はあ?私知らないわよ?こんな可愛い子」
「確かに見た目だけは可愛らしいがこいつは女じゃない。ここまで言えば分かるだろう」
頭が痛いと言わんばかりにルルーシュは頭を抱える。だが女じゃないとはとういうことだ?そうだとすると男ということになるが、こんな可愛い姿になるなんて、普通の変装とかじゃ無理…え?
そこまで考えてカレンは青褪める。自分の周りに一人だけ存在する。あり得ないレベルの変装技術を持っていて、こんなことをしでかしそうな、自分が猫を被る必要がない男が一人だけ。
カレンは震える手で女の子を指差す。間違いであって欲しい。一縷の期待を込めて、カレンは確認のため尋ねる。
「あんた…彰?」
「やだー、カレンさん。この姿の時はイブちゃんって呼んでくださいよー」
やだなぁと言って自分の肩を叩いてくる変態を、カレンは思いっきりぶん殴りたかった。しかし、もしかしたら何か事情があるのかもしれないと思い、一応聞いてみる。
「…何でここにいるの」
「んー、スザク君がここに転校したって聞いたんですよー。それでー、二人もこの学園に通ってるし、重要人物が揃ってるからどんな感じになってるのか確認に来たんですよー」
「…何でそんな姿で来たの?」
「色々ありますけどー、一番の理由はー」
そこまで言ってからイブはウインクをして、続きを話す。
「趣味ですねー」
ツッコミどころが多すぎて、カレンは何も言えなくなった。
そんなカレンの様子を見かねて、ルルーシュが話を本筋に戻そうとする。
「気にするなカレン。俺も始めて見たときはお前と同じ気持ちだった。それで?お前が落ち着いているということは仮面は見つけたのか?」
「もちろんじゃないですかー。C.C.さんに事情を聞いてー、手伝ってあげたんです。仮面は彼女に渡してますから安心してくださいね」
えへへと楽しそうに微笑みながら答えるイブは間違いなく可愛いのだが、中身を知っているルルーシュとカレンからすれば、全身から鳥肌が立つのを止められなかった。
「…そうか。では、騒ぎになる前に学園から消えるんだな。ついでにできれば、この世からも消えてくれ」
「もうルルーシュ君たらツンデレなんですからー。でもまあ、そうですね。今日のところはこの辺で帰ります」
予想外なことに大人しく帰ろうとする変態に、ルルーシュとカレンは少し驚く。
コイツがここまで来て何もしないで帰るとは思わなかったからだ。
そんな反応を見てイブはニッコリと微笑みを返す。
「そんなに驚かないでくださいよー。そもそも今日はお二人に会うつもりもなかったんですから。ではでは。さよならです。近いうちにまた会いましょう」
そう言うと、変態は鼻歌を歌いながら去っていく。
その後ろ姿をルルーシュとカレンは疲れきった顔で見送っていた。
「…何だったのかしらアレは」
「忘れろカレン。アレは天災のようなものだ。人間は忘れることで生きていける」
「…そうするわ。ゴメン、頭が痛いから保健室行ってくる」
「…俺も同行しよう」
そう言いながら二人は揃って保健室に向かう。今見たものを忘れようと懸命に努力しながら。
〜次の日〜
場所はアッシュフォード学園のルルーシュとカレンのクラス。
周りの生徒の盛り上がりの中で、ルルーシュとカレンの顔は完全に引きつっていた。
そんな中で担任教師は淡々と続きを話す。
「はい、静かに!今日は転校生を紹介する。さあ、自己紹介を頼む」
「はーい、分かりました」
先生にそう言われた転校生の少女は、そのままクラスのみんなの前で自己紹介を始める。
「はじめましてー。私はイブ・クロードって言いまーす。好きなものは楽しいこととルルーシュ君でーす。色々都合があって休むことも多いと思いますけど皆さんよろしくでーす」
ルルーシュとカレンは絶望を感じたまま、思いっきり頭を机に強打した。
一部の生徒の感想
(あの時ギアスを使わなければ…)
(何かおもしろいこと起こりそう!)
(アレ?あの子確かルルーシュとワケありの子じゃ?)
(病気を理由に休学しようかしら…)
(え!?あの子確かルルのこと好きだった子だ!うー、またしてもライバルが)
(女の子だけど、ルルーシュと付き合っても良いと思うのは何でだろう)
(随分と可愛い子だな。しかし好きなものがルルーシュとか大胆だなぁ)