『落ち着いてー、千葉さん。大きな声を出さないでくださいよー。びっくりするじゃないですかー』
「びっくりしたのは私の方だ!!だ…だがまあ良い、結果オーライだ。彰。今はホテルのどこにいるんだ?」
『彰じゃないでーす。イブちゃんでーす』
「馬鹿か!?彰!今はそんなふざけてる場合じゃないだろうが!」
『イブちゃんでーす』
電話中の千葉の額に青筋が浮かび、握られている携帯がメキキと嫌な音をあげる。
だがクールになるのだ千葉。ここでツッコメば完全に彰のペースになってしまう。
千葉は自分にそう言い聞かせて、何とかツッコミたい気持ちを抑えて会話を続ける。
「そ、そうか。では、イブ。今はホテルのどこにいるんだ?」
『やだー。女の子にそんなこと聞かないでくださいよー』
「お前、男だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??いいから、さっさと答えんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しかし、そんな千葉の決意は一瞬で崩れさる。過去に幾度となく決意したが、その決意が成就されることは決してなかった。
『トイレに行きたいって言って抜け出してきたので、今はトイレの中にいまーす。絶賛う○こ中でーす。ついでに見張りに来た人は気絶させましたー』
「そこまで具体的に答えんで良い!!しかし、なるほどな。何とか抜け出してきたわけか…そっちで何か変わったことはないか?」
『変わったことじゃないですけど…困ったことはありますねー。行動を先走り過ぎちゃいましたー』
「何?何があった?」
イブの発言に千葉の眉が細まる。長い付き合いで、この変態の能力の高さは分かっている。そのコイツですら、困る事態とはどういうことが起こったのだろうか。
『実はー、私がいるこのトイレってー…ウォッシュレットがないんですよー』
「どうでも良いわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!使わなきゃ良いだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『ダメですよー。ほら、私ってー。お尻が弱いじゃないですかー』
「全力で知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
完全にイブのペースで話は進み、シリアスはどこかに忘れ去られている。
このままではいけないと考えた卜部は千葉から電話を受け取り、話を進めようとする。
「イブちゃんか?俺だ。卜部だ」
『あー、卜部さんじゃないですかー。お久しぶりですー。お元気でしたか?』
「ああ、元気だよ。イブちゃんも元気そうで何よりだ。俺も嬉しいよ」
「いや、何ですかこの茶番は。挟まないといけないんですか?」
千葉の真っ当なツッコミは当然のように無視され、話は進んでいく。
「ところでイブちゃん話は聞いた。ウォッシュレットが使えなくて困ってるそうだな」
「いや、卜部さん!それどうでも良いです!掘り下げる部分じゃないです!」
『そうなんですよー。使わないで出ろっていう千葉さんのプランAは使えないですし、困ってるんですー』
「プランAって何だぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「なるほどな分かった。なら、イブちゃん。こうしよう。トイレットペーパーを下の水に少しだけ浸してウォッシュレットの代わりをするんだ。つまり…プランBを実行だ」
「アホなんですか!?何を真面目に答えてんですか!!」
『Bは私も考えたんですけどー、ダメなんです…何故なら…トイレットペーパー自体ないからです』
「なん…だと…」
その事実に卜部は崩れ落ちる。馬鹿な。敗北を認めるしかないのか。諦めろと言うのか。
そんな卜部の援護と言わんばかりに座っていた仙波が立ち上がる。
「慌てるでない!まだプランCがある!」
「『仙波さん!!プランCとは?』」
「アンタもかいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
感性と悲鳴が鳴り響く中で仙波の話は続いていく。
「プランCとはな…まず座ったままの状態でトイレのドアを開ける。そして素早く隣のトイレに移り、そこのトイレットペーパーを使うという作戦じゃ」
どうじゃ?と仙波は電話越しにイブに確認をする。
しかし、イブは残念だと言わんばかりにため息を吐く。
『それもダメなんですー…このトイレって…個室なんですよー』
「ば…馬鹿な…ホテルのトイレが個室じゃと?」
そのイブの言葉に仙波も崩れ落ちる。
部屋の中を諦めと沈黙が包む。今度こそダメだと諦めたその時に、倒れた卜部と仙波の肩が掴まれる。
その人物の顔を見て卜部と仙波の顔に希望が戻る。その人物は
「諦めるのはまだ早い。お前たちには私がいる」
「「藤堂中佐…!!」」
「「藤堂さんーーーーーーー!!!???」」
奇跡の藤堂だった。
予想外の藤堂の発言に千葉だけでなく、朝比奈までが悲鳴をあげる。
しかし、そんな声にも慌てずに、藤堂は仙波から携帯を受け取る。
「イブよ…話は聞いた。こうなれば最後の手段だ…題してプランDだ。お前にその覚悟があるか?」
『当たり前じゃないですかー藤堂さん…私はいつでも…Dの名を名乗る準備はできてます…イブ・D・クロードとして』
「お前にDの意思など宿ってないわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「愚問だったな…では始めよう!プランDを!」
これより、イブちゃんトイレ脱出大作戦。題してプランDが始まる。
「うう…お母さん…」
「だ、大丈夫よ!大丈夫だから!」
シャーリーは自分より一回り小さい女の子を励ましながら、内心自分も泣きそうになっていた。
会長から誘われた旅行に会長と私とニーナの三人で行くはずだったのだが、ニーナが急用で行けなくなってしまったので代わりにイブちゃんが参加した。もちろん、私と会長に不満などあるはずがなかった。
楽しい旅行になるはずだったのに、まさかこんなことになるなんて…
イブちゃんはトイレに行きたいと言ってテロリストの一人とトイレに行ったけど、戻ってこないのだが、大丈夫だろうか。
他人の心配をしている場合ではないのだが、それでも他人の心配を何処かでしているシャーリーはどこまでもシャーリーである。
その一方で
(日本解放戦線…確か彰が所属してるって言ってた組織だ)
自分たちを人質に取った組織の名前を思い出して、シャーリーはそんなことを思っていた。
だが不思議と彰のことを恨んだり、怒ったりする感情は無かった。
(なのに何でかなぁ…彰がこんなことをしたなんて私には全く思えないよ…日本人のテロリスト…疑って当たり前なんだけどなぁ)
シャーリーはバッグに付けていた彰から以前貰ったお守りをギュッと握りしめる。
優しい世界を作る。彰が言ったあの言葉に絶対に嘘はない。私は信じてる。その優しい世界がこんなことをして作られる訳がない。だとすれば彰がこんなことをするはずがない。
自分でも無茶苦茶な理屈だと思う。
だとしても自分はそれを信じてしまった。どれだけ馬鹿馬鹿しいとしてもそれを自分が信じてしまったのであればしょうがない。
自分の馬鹿度合いにシャーリーは自分で笑う。何だ彰のことを馬鹿なんて言う資格は私にはないではないか。
そんなことをシャーリーが考えていると、日本解放戦線の兵士が近寄ってきた。
怯えていた女の子はその姿を見てイレブンと呼んで悲鳴をあげる。
その声を聞いて慌ててシャーリーは口を塞ごうとする。日本人のことをイレブンと呼ばれて気分の良い人などいるわけがない。テロリストならば尚更だ。
シャーリーの予想通りその兵士は気分を害し、持っていた剣をその女の子の首元に突き付ける。
効果があるのかは分からないが、許してもらえないかと頼むが、案の定否定される。
「ま、待ってください!悪気はなかったんです!」
「どけ女!そのガキは言ってはならんことを口にした!誰がイレブンだ!もう一度言ってみろ!」
「許してあげてください!お願いします!」
シャーリーは土下座をせんばかりに頭を下げる。しかし、そんなことでは兵士の溜飲は下がらない。
「ならん!そのガキに教えてやらねばならん!日本人の誇りをな!」
「そんなことで日本人の誇りは伝わりません!そんなことじゃあ、貴方たちは本当にタダのテロリストになっちゃいます!」
「なんだと女ぁぁぁぁ!!」
兵士は持っていた剣をシャーリーへと向ける。言ってしまったとシャーリーは後悔したが、出した言葉は戻らない。それに自分は言わなければ良かったとは思っているが、出した言葉が間違っているとは思わない。
「だ…だって、こんなことをしたってしょうがないじゃないですか!自分たちが正しいと思うなら!自分たちの立場が不遇だと思うなら、こんなことは間違ってます!」
「貴様に何が分かる!どうせ貴様など日本人などゴミだとしか思っていないだろうが!」
「そんなことない!」
自分でも信じられないくらい強い声が出た。
会長を含めて自分を心配していた人もビックリした顔をしている。
だが、その言葉だけは否定しなければならない。シャーリーの脳裏に一人の男の姿が過ぎる。
「そんなことない!私は…私はあの人をそんな風には思ってない!」
「お前が日本人の何を知っている!」
「確かに私は日本人のことは詳しくは知りません…だけど…だけど…あの人のことは知ってる。あの人はメチャクチャで私の話は聞かない自分勝手なとんでもない人だけど…だけど…」
知らず知らずの間にシャーリーの瞳から涙が溢れる。
「優しくて…暖かくて…信じられる人だよ」
そのシャーリーの真摯な思いに一瞬兵士は黙るが、それを恥と思ったのか顔を赤くして反論する。
「ふ、ふん!どうだかな!どうせ、あの人とやらはお前のことを何とも思っていないさ!」
「そうかもしれない…だけど…私は信じてる。守ってくれるって…約束したから」
「ほう?では、こんなのはどうだ?」
兵士はニヤリと笑い、シャーリーに向けて剣を振り下ろす構えをする。
「俺が今からお前にこの剣を振り下ろす。その前にあの人がお前を助けてくれたらお前の勝ち。お前が死んだらお前の負けだ。簡単だろう?まあ、結果は決まっているがな。オメデタイその思考のまま死なせてやろうとしているんだ。優しいだろ?」
「シャーリー!」
見ていた会長も慌ててシャーリーを守ろうと動き出すが間に合わない。
しかし、不思議とシャーリーは落ち着いていた。自分の命がかかっているというのに。どうやら、非常事態も度が過ぎると逆に冷静になるらしい。
シャーリーは涙を流したまま、その兵士を見つめて言い放つ。
「本当に優しい人は…こんなことしない。あの人が作りたい優しい世界は絶対に…こんな世界じゃない」
彰も方法は間違っているかもしれない。彰もこの人と同じ犯罪者かもしれない。だけど、ナニカが違う。彰とこの人は絶対に違う。
「遺言はそれで良いか!?馬鹿女が!お前を守る日本人など何処にいるというのだ!」
同時に男から剣が振り下ろされる。それと同時に
「ここにいる。俺だよ」
入り口の扉が蹴破られ、そこから現れた彰の拳が剣を振り下ろす直前の兵士の顔面を捉えた。
プランD
藤堂「倒した兵士がいると言ったな?」
イブ『言いましたけど…まさか…』
藤堂「それしか方法がない…」
イブ『私のケツを舐めさせるんですか?』
千葉「この大馬鹿変態がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!服を破ってトイレットペーパーの代わりにするに決まってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」