〜30分前〜
痛みがくるのを覚悟してユーフェミアは目を瞑ったが、いつまで経っても痛みがやってこない。
どういうことだろうかと恐る恐るユーフェミアは目を開く。すると、目の前に『馬鹿は見る』と書かれた旗が出ていた。
予想外の展開に声も出ずにいると、ふっと笑いながら口を開いた。
「馬鹿もここまでいけば上等だな」
そう言うと、そのまま銃をしまって何事もなかったかのように行動を開始する。その後ろ姿を見ながら、ユーフェミアは思ったことがそのまま口に出た。
「殺さないんですか?」
「あん?何で俺がお前みたいな、戦場に出たどころか人を殺したことすらない、脳内ピンクの馬鹿を殺さなきゃならんのだ。俺はそんなに暇じゃねぇ」
言われてみれば、あの人は銃を出してから私との会話の間、あの銃を弄っていない。つまり、最初から殺すつもりはなかったと言うことか。
そう思いながら周りを見ると、あのオレンジ髪の少女がため息を吐いているのが目に留まった。考えてみれば、あの少女だけは最初から最後までほとんど動揺もせずに彼を見ていた。この結末を何となく想像でもしていたのだろう。
今この場でその事実が分かったのは、ユーフェミアと苦笑いをしているミレイだけである。
しかし、それを分かっていない警護は銃を出そうとするがそれをユーフェミアは止めるように言う。ここでこの男と争ったところで益はない。
「何故ですかユーフェミア様!こいつは貴女様を殺そうとしていたんですよ!?」
「優先順位を間違えてはいけません。今はここにいる全員が死なずに生き延びることが第一です。そのためには、この人の協力は必要不可欠です」
ですよね?と確認の意味を込めてユーフェミアは彰を見やる。
その視線の意味に気付いている彰は、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らして答える。
「お前に言われんでもそのつもりだ…が。まだキャストが揃ってねぇ。もう少し待て」
キャスト?と誰かが呟くのとほぼ同時に扉が開いた。
「待たせたな!人質の奴等!今助けに来たぜって…あれ?」
正義の味方の登場だと言わんばかりにドヤ顔で扉を開けた玉城は、意外に全員がリラックスしている現状を見て逆に慌てる。
「な、なんだお前ら?人質だろ?どうなってんだ?」
そんな玉城の様子を後ろで見ていた扇と井上は、どうしたのだと声をかけながら部屋に入ってくる。
「グッドタイミーング。テロリストの諸君」
彰がパチパチと手を叩くと、その存在に気付いた玉城が銃を向けるが扇は止めるように言う。
「君は一体誰だ?」
「あんたらの味方だよ。敵の敵は味方ってな」
彰はそう言うと、判断に困っている扇にゼロに電話するように言う。
何故知っていると扇達は慌てるが、彰からすればほとんど予想していた展開である。
自分では判断できない事態に、扇は言われるがままに電話をして事情を伝えるが、予想外にあっさりとそいつに協力しろと返事が返ってきた。
その事実に、特に玉城は訝しげに彰を見るが、そんなことは知らんと言わんばかりに彰は無視して、ユーフェミアに近づいていく。
「キャストは揃ったし準備を始めるか。皇女様よ。ちょっと後ろ向いてな」
「貴様!何をするつもりだ!」
「やかましいっつの。死なせたくないんだろ?だったら黙って見てな」
それでも警護は納得せずに、彰を近づかせないようにしているが、例によってそれをユーフェミアが止めて、自らは後ろを向く。
「良し。それじゃいくか。あんまり動くなよ」
そう言うとヴィィィンという電子音が響き、頭に軽い刺激が走った。
何だろうと思って後ろを向くと、入ってきたテロリストも含めた彰以外の全員が口を半開きにして、顔面蒼白になっている。
その様子を疑問に思いながら見ていると、男は呆れたように言う。
「おい、動くなっつの。上手く剃れないだろうが」
「剃る?」
ユーフェミアが疑問の声を発するのと、自身の側に落ちている物体に気付いたのはほぼ同時だった。それは確かに先程まで自身に備わっていたものであり、あるのが当然と考えていたもの。つまり
「私の髪の毛?」
自身の長髪だった。
呆然としているユーフェミアを無視して、ユーフェミアの髪の毛を半分削ぎ落とした張本人である彰は、バリカンを持ったまま平然と告げる。
「確認は終わったか?よぉし、半分まで終わったから残りの半分いくよー。じゃあ、準備してー」
「じゃ、ないでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
「無礼者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!何をしてくれてんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかし、そんな暴挙がこれ以上許されるはずもなく、シャーリーと警護の女のドロップキックが彰に炸裂する。
「痛えな!急に何なんだよ!」
「いや、それ思いっきり私のセリフ!!ねぇ、何してんの!?何を考えて生きてんの!?」
「やはり死にたいようだな貴様!今すぐ処刑してくれる!」
二人の抗議を受けて、何に怒ってるのか判明した彰はため息を吐いて答える。
「分かった、分かった。安心しろ。次はお前らをカットしてやるから」
「何処も安心できない上にそこじゃないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!違うから!何で急にユーフェミア様にバリカンをかけたのかってことだから!」
「何だそんなことか…まさかとは思うが、俺が何の考えも無しにこんなことをしたのかと思ってるんじゃないだろうな?」
「そうとしか思えないんだけど…」
情けないと言わんばかりに彰は首を振る。これくらいのことは見ただけで分かってほしいものだ。
「良いか?三つの理由がある。一つ目はコイツの格好だ。こんな如何にも皇女丸出しの奴がいたら、皇女がいるとバレやすい。こんなレベルの変装じゃ、隠しようがないしな」
これは彰の本心である。こんなピンクの長髪をしている人間など世の中にそういるものじゃない。
「二つ目は囮を作るためだ。この人数を逃すには警備の手を緩めるしかない。それには相応の生贄が必要だ。皇女様ともなれば生贄には十分だ」
これも彰の本心である。正直、囮でもいない限りこの人数を守るのは至難の業だ。
「三つ目は暫くシリアスだったからな。正直、ふざけたくなりました」
「それが本音だよね!?間違いなく三番目の理由が本当の理由だよね!?」
「やかましい!命が助かるだけありがたいと思え!ハゲになるのと死ぬのとどっちが良い!」
「とんでもない二者択一を迫ってるよこの人!?」
「両方ダメに決まっているだろう!ユーフェミア様を何だと思っている!!」
そんな風に三人が揉めていると、半分ハゲになったユーフェミアが仲裁のために割って入った。
「三人ともやめなさい!」
「ユーフェミア様!しかし!」
「私なら大丈夫です…事情はわかりました。ハゲになろうと私は私です…この場の皆様が助かるなら、私がハゲになることなど…どうでも良いことです」
「ユーフェミア様…」
ユーフェミアの圧倒的な慈悲の心に、警護だけでなく周りの人間も涙を浮かべていた。しかし、空気を読まない彰は、その空気の中で平然と作業を続行しようとする。
「良し、本人が良いと言ってるんだから問題ないな。良し。それじゃあ残りの半分いこうか」
「ねぇ空気読んで!?頼むから空気読んで!?空気は吸うだけのものじゃないんだよ!?」
そこから更に10分後
ほとんど全ての人がドン引きしている中、清々しい顔をした彰はやりきった顔で告げた。ユーフェミアの髪は完全にお無くなりになられている。酷すぎると思う。
「ようやく完成だ…今日からお前の名はユーフェミアじゃねぇ…今日からお前の名は…ハゲフェミアだ」
「何処の湯婆婆!?」
「申し訳ございませんコーネリア殿下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!私は…私はユーフェミア様の髪を守ることができませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「さてと、次だ。おい、ハゲ。服を脱げ」
「せめてハゲフェミアって言ってあげて!?」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?今度は服を脱げだと!?何をするつもりだ!?」
「囮に使うんだよ。そのためにこっちのテロリストと服を交換してもらう」
「はあ!?俺が!?」
くいっと自身に指を向けられた玉城は、予想外の展開に驚愕の顔をする。完全に部外者のつもりでいたからだ。
「ふざけるな!あんな汚らしい男の服をユーフェミア様に着させられるか!」
「おい、そこまで言ってあげるな。確かに臭そうだし、不潔そうだし、着たら何か菌とかうつりそうだけど、本人の前で言ったら傷つくだろ」
「テメエの方がボロクソ言ってんだろうが!そもそも何で俺がそんなもんに協力しなきゃいけねぇんだよ」
「仕方ないんだ…よく聞いてくれ。俺は人質を助けるためならあんたが死んでも構わない」
「ぶっ殺すぞ、テメエ!?」
人権を無視した彰の発言に玉城は怒り狂う。当然である。
だがある程度は予想していたのか、彰は少しトーンを落として話し続ける。
「まあ待て。アンタにとっても悪い話じゃない」
「何処がだ!」
「考えてもみろ。ハゲになったとはいえユーフェミアは相当な上玉だぞ?」
「だからどうしたんだよ!」
「アンタはそんな上玉がさっきまで着ていた服を着れるってことさ。しかも堂々と…な。まだ匂いとか体温とかは残ってるだろーな」
彰の発言に玉城は暫く沈黙する。そしてこれまでになく真面目な顔をして答える。
「それってーと…アレか?着た服は俺が貰っても…良いんだよな?」
「何言ってんだ?当たり前じゃないか。命を助けるんだ。それくらい貰っても許されるに決まってる」
ニヤリと笑った彰の発言に、グヘヘへへと下衆な笑い声をあげてから玉城は了承の言葉を発した。
「しょ、しょうがねぇなぁ。人質のために俺が身体を張ろうじゃねぇか!」
「流石だな。アンタならそう言ってくれると思ってた」
さてと、と言ってから、今度は完全にクズを見ているその他全員の視線を完全に無視してユーフェミアに告げる。
「代わりになってくれるってよ。じゃあ、ハゲ。さっさと脱げ」
「「今の話を聞いて脱げるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
しかしその発言はユーフェミアではなく、側にいる警護とシャーリーに否定される。
「しょうがないだろ?ここの監視の目を緩めるには、それ相応の手土産が必要なんだよ。ユーフェミアなら、手土産には十分だ。監視の目がユーフェミアに集中している間に、ここの全員を逃がす準備ができる」
「皇女様にそんなことさせたら、生き残っても私たち全員死刑だよ!」
「せめて私の服を着させろ!いや、頼むからお願いします!私の服を着させてください!」
「アホか。多分テレビ放送で流されるから、それだとコーネリアには一発でユーフェミアじゃないってバレるだろうが。遠いから顔は軽い変装でもバレないだろうが、服は流石にバレる。敵を騙すにはまず味方からだ。コーネリアにはテレビに映ってるのがユーフェミアだと誤解させなきゃならん」
恐らく屋上で晒し者にされて、最悪落とされるのかもしれないが、それを言うと玉城がやらないと言い出しそうなので黙っている彰。鬼である。
「し、しかし…」
「分かりました。服を交換します」
「ユーフェミア様…申し訳ございません…」
ユーフェミアの優しさと自身の無力さに警備は涙を流す。しかしそんなことを構うはずもない彰は、うんうんと頷いて準備を始める。
「流石は皇女様だ。よし、ビデオカメラは準備したからいつでも着替えて良いよー。はい、スタート」
「「それは絶対に作戦に関係ねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
「ピーカブー!!」
しかし続け様に行われる彰の暴挙は、シャーリーと警備の人間の突っ込みと言う名のドロップキックに阻まれたのだった。
「さてと…草壁さん、馬鹿な真似はこれで終了だ。幕引きだよ。もうチェックメイトさ」
草壁に銃を突き付けた彰はサラッと事実を述べる。
確かに彰の言う通りだ。
人質はいるとはいえ、隠れられて直ぐには見つからない。
捉えているユーフェミアは偽物。
幹部のほとんどは彰に倒され、草壁も銃を突き付けられている。
状況的にはほとんど詰みである。
だがそんな状況にも関わらず草壁は笑った。
「ははは。何も分かっていないな貴様は。詰んでいる?馬鹿な。そんなものこんな真似をしでかす前から分かっていたわ。貴様も同じだろう」
「…まあ、薄々は」
「そして儂が助からんということもな。ユーフェミアがいたのは偶然だ。その偶然がなければコーネリアに人質ごと殺されていたわ。万が一助かっても、片瀬少将もキョウトも儂を絶対に許さん。この戦いは始まる前から死ぬことが決まっておったわ」
「そこまで分かってて良くやりましたね」
「男にはやらなければならん時がある。これが、それだというだけの話だ。それに結果として貴様にとっても良い展開になったのではないか?」
「は?何処がですか?こんな面倒毎に巻き込まれてむしろ迷惑ですよ」
「儂を堂々と殺せる良い機会が巡ってきたではないか。貴様の育ての親であるブリタニア人を殺した儂をな」
「はっ。何を言うかと思えば」
草壁の発言を彰は鼻で笑うが、その瞬間外で物音が聞こえた。それにより彰の注意が一瞬逸れたのを見逃さず、草壁は瞬時に剣を彰の銃に向かって投げつける。
それは見事に命中し、彰は銃を床に落とす。急いで拾おうとするがそんな真似が許されるはずもなく、草壁は瞬時に飛びかかり、もう一つ持っていた剣で彰に斬りかかる。
彰も隠し持っていた剣で何とか対応するが、この体勢では落ちた銃を拾うことは不可能だった。
鍔迫り合いを続けながら彰は舌打ちをする。
「正気ですか?俺を斬ったところで何も解決しませんよ」
「何。死ぬ前に忘れ物を思い出しただけだ。6年前の決着をな」
「ありゃ、アンタの勝ちでしょうよ」
「ふん。奇襲だったとはいえ、まだガキだった貴様にあの場にいた部下を全員殺された儂が勝ちだと?そんな勝ちなど儂は認めん」
お互いが相手の刃をはじいて距離を取る。
分かっていたことだが、お互いがお互いの実力を認めた。
「殺す気で来い桐島。お前の親の仇はここにいるぞ。儂もお前を殺す気でいく。部下の仇であるお前をな」
「何回言ったらわかるんですかねぇ…」
ぽりぽりと彰は自身の頭をかきながら続ける。
「敵討ちとか興味ねえって言ってんでしょうが…ただ…」
彰の脳裏に殺されそうになったシャーリーの姿がフラッシュバックする。
「俺の大事なものを、アンタにこれ以上奪わせる気は更々ねぇ」
彰の言葉に草壁は薄く笑って再び斬りかかり、彰もそれに応戦する。
6年前に止まった時計の針が再び動き出した。
入れたかった会話
ミレイ「本当の名前はしっかり隠しておいてくださいね。戻れなくなりますから」
ユーフェミア「私なりかけてました。ハゲフェミアになりかけてました」
シャーリー「いや、会長何処のハクですか!?」
彰「おい、カミナシ。準備終わったか?」
護衛の女「そこはカオナシと言ってさしあげろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」