無音の静寂の中、プルルとゼロの電話が鳴った。
「どうしたP 1?」
『ゼロ。例の物の設置が完了したと連絡があった。後はゼロがスイッチを押すだけだが…そっちは終わったのか?』
改めてゼロは目の前の光景を見やる。
草壁は倒れ、地に伏した。それは死闘が終わった合図だった。
「ああ。どうやら、終わったようだ」
「く…くくく…やはり勝てなかったか」
「ギリギリでしたけどね。今でも冷や汗が止まりませんよ」
それはお世辞でも何でもなく、紛れも無い彰の本心だ。
その証拠に草壁の最後の攻撃は、彰の腹にパックリと傷を残している。あと数センチ深ければ、立場は逆転していただろう。
加えて彰も全身がボロボロである。本当に紙一重の勝負だったのだということがありありと分かった。
その傷を見て、参戦したいのを堪えて傍観していたカレンは慌てて近寄ってきた。
「彰!大丈夫!?早く傷見せなさいよ!治療するから!」
「いや、いいよ、後で」
「良いわけないでしょうが!アンタの言うこと聞いて黙って見てたんだから、今度は私の言うこと聞きなさいよ!」
反論は許さないと言わんばかりのカレンの剣幕に彰も渋々従う。男の子としては強がっていたかったのだが、どうにも許してくれないらしい。
その傷跡とやり取りを見て草壁はニヤリと笑う。
「どうやら…完全に躱されたという訳でも…なさそうだな」
「アンタの全力の攻撃を完全に躱せる人類なんて存在しねぇよ」
スザクとかカレンなら分からんが。まあ、良いか。コイツら人類じゃないし。
「ふはは…地獄への土産話くらいには…なりそうだな」
「それくらいの傷なら直ぐに手当てすれば死にゃしませんよ。後は逃げるだけみたいですし。なあ、ゼロ?そうなんだろ?」
「そうだな。準備は整った」
話を振られたゼロは平然と会話に参加する。ある程度自分に振られることが分かっていたのだろう。
「だそうだ。という訳でサッサと逃げますよ。国内ならともかく海外にでも逃げればキョウトも追いかけはしないでしょうし」
「断る…儂の人生に…これ以上逃げるという事実を作ってたまるか…それに何より…桐島。貴様に借りを作るなど…死んでもごめんだ」
草壁の言葉に彰はため息を吐く。ある程度は予想していた。この人はこういう人だ。
「アンタの考えなんて知ったこっちゃありませんよ。こんな所で死なれたら後味が悪いんでね。悪いですけど、嫌でも生きてもらいますよ」
「とんだ親不孝者もいた者だな…貴様の親を殺した儂を…わざわざ生かすと言うのか?」
側で聞いていたカレンだけでなく、ゼロも仮面の中で驚愕の表情を表していた。何かあるとは思っていたが、ここまでとは考えていなかったのだ。
「そうなりますね。アンタをここで殺したら…あの人たちに顔向けできないんでね」
「何?」
「聞こえなかったんすか?あの人たちの最後の言葉が」
身体を撃たれ、死ぬ直前だと言うのに、あの人たちは自分の身体のことなど何も気にしていなかった。俺の身体のことだけを心配し、それを確認して言ったのだ。『良かった』と。
「あんなお人好しども中々いませんよ。俺はそのお人好しどもに助けられた。助けられた俺は、あのお人好しどもに恥じないように生きなきゃいけない。だから」
彰は持っていた刀を鞘に戻した。
「俺はアンタを『許す』ことにした。それが、俺があの人たちのためにできる唯一のことだ」
周りが全員呆然とする中で彰は続ける。
「それにアンタは俺から奪っただけじゃない。ちゃんと与えてくれたよ」
生きる方法。戦う方法。殺す方法。作戦の立て方。基本的な勉強。そして何より
「アンタは俺を道に立たせてくれたんだ。アンタと出会わなかったらあの人たちは死ななかったかもしれないが、後ろの馬鹿共には会えなかったよ」
クイッと彰は後ろのゼロとカレンを指差す。
草壁に出会わなければ彰の育ての親は死ななかった。しかし、皮肉にも今の彰の大切な存在達は、草壁に会ったからこそ出会うことができた。
「わかんねぇもんだよな。空っぽになって適当に生きてただけのはずだったのにな…気付けば空っぽじゃなくなってたよ」
大切なものなんて作る気はなかったのに、あの馬鹿共は人の気持ちなど考えずに、土足で人の中に入ってきた。
『は?何を言ってるんですか?貴方が裏切る心配なんてしてる暇が私にあると思ってるんですか?』
『テメエが助けを必要かどうかなんて関係ねぇ!俺がやりたいからやるんだ!文句あるか!』
『お前がここで死ねば俺は助かるが、司令は悲しむ。離婚届に判が押せなくなるからな』
『借りを作ったまま、何処かに行くなんて許さないよ』
『君が居なくなったらつまらないでしょーよ』
『私が勝手にお前を信じた!だからお前について行くんだ!!』
『レイラとの結婚式を見るまでは絶対に殺させないわよ?』
『あら?知らないんですか彰様?彰様が信じていなくても、私は貴方を信じているんですのよ?』
『託しても良いか?お前に日本の未来を』
『非常に残念なことに私はお前と知り合ってしまったからな…まあ、本当に困ったことがあったら助けてやらんでもない』
『バーカ。俺に頼れよ。先輩なんてその為にいるんだよ』
怒涛のように思い出される記憶に彰はふっと笑う。
「あの時アンタが言ったことは正しかったよ。確かに地獄のような世界だ。だがその地獄の中でしか…出会えない人達もいましたよ。だからまあ、俺は今の俺の環境をそこそこ…気に入ってるんですよ」
彰の言葉を聞いて、草壁は綺麗事を言うな!と怒鳴りつけようとしたのだが、どうしてもその言葉は出てこなかった。
納得してしまったからだ。この男ならそういうだろうと何処かで予想していたからだ。
(…コイツのことが気に食わんはずだ)
草壁も含めて解放戦線のほとんど全員は、独立していた『過去の』日本を取り戻そうとしている。
(この馬鹿は親を二度も失っても…空っぽになってもなお…光(未来)を見るのか)
その考えに思い至り草壁は笑った。自分の過去の選択が、完全に間違っていたと分かったからだ。
桐島はどう考えても、自分が望むような『過去』の日本を取り戻しはしないだろう。
「ふん…やはりお前は日本解放戦線には相応しくないわ」
この男は『未来』の日本を作るつもりだ。
「良く言われますよ」
しかし、どうやら自分は相当に博打が好きらしい。
「連れてきた儂が間違っておったわ。貴様などクビだ。何処にでも行け」
前回の自分の選択が間違っていたと分かった。だが
「そりゃ、残念。だけど片瀬さんや藤堂さんにクビと言われないと出て行けませんよ。ほら、一応真面目な人間で通っているんで俺」
もう一度コイツに…賭けてみたいと思ってしまった。
だが、だとすれば賭けるに値するかもしれないもう一人の存在についても、自分は確かめなければならない。
草壁がそんなことを思った直後に轟音が鳴り響き、建物全体に大きな揺れが走る。
この場にいた草壁を除く全員が戸惑った隙をついて、草壁は最後の力を振り絞って立ち上がり、机の上のスイッチを手に取った。
彰の傷の手当てをしていたカレンとされていた彰は一瞬遅れて反応し、スイッチを奪い返そうとするが、その前に草壁がスイッチを前に差し出した。
「動くな!これは爆発物のスイッチだ!下手な動きをすれば爆破するぞ!」
そう。これは自決用に草壁達が用意していた爆発物のスイッチだ。
その言葉にカレンは舌打ちをしながら止まる。
ゼロはギアスを使おうとしたが、一瞬でもギアスに逆らわれて爆破されたら本末転倒なので、ギリギリの所で思い止まった。
「爆破されたくなければ儂の質問に答えろ!ゼロ!貴様は何のために日本を取り戻そうとする!」
彰とカレンに合図を送って打開策を練ろうとしていたゼロは、予想外の要求に驚き、思考が空白になった。
「虚偽は許さん!虚偽だと儂が判断すれば、今すぐこれを爆破させる!」
何の意味があるのかとゼロは思い悩む。だが、草壁の真意をゼロは全く理解できない。
そうであるならば、相手が望む回答をするのは難しい。その上、相手が虚偽だと思えばその場で爆破される。
それに何より先程の彰の言葉を聞いていたゼロは、何時もなら絶対にあり得ないことだが、自分の本心を語った。
「…ブリタニアに恨みがあるのですよ。だから私はブリタニアを壊すために私は行動を起こした。日本解放はそのついでです。別に日本を解放したくてやっている訳ではありませんよ」
思わぬルルーシュの回答に、彰とカレンは思わず顔を見合わせる。
この男が本心を言うなど全く思っていなかったからだ。
しかし、そのルルーシュの回答は悪いものではなかったのか、草壁は高笑いを始めた。
「復讐か!フハハハハ!!なるほどな、悪くない答えだ!そこのバカの綺麗事よりもよっぽど信じられるわ!ゼロ!お前は儂達と同じだな!」
「一緒にしないで貰いたいですね」
「いや、同じだ!ゼロよ!お前は『過去』に囚われている!だがまあ、悪いことではない!負の感情というのは侮れん!結果としてという形ではあったとしても、貴様の日本解放の思いは真実だと受け取った!そしてクロヴィスを殺し!枢木スザクを助けたお前の実力が本物だということに疑いの余地はない!」
グハッと口から血を流しながらも草壁は笑みを崩さない。
面白い。コイツも充分に賭けるに値する人間だ。
その結末を自分は見ることはできないだろうが、負けたとしても悔いはない。この絶望的な戦力差の中で、日本を解放できる可能性があるとしたらこの二人だけだ。
「では、第二の命令だ。今すぐこの場から出て行け。儂を置いてな」
「はあ!?」
意味不明な草壁の発言にカレンは素直な感想を発するが、ゼロと彰は草壁の真意を読み取った。
「…無駄死にする気ですか?」
「好きに解釈しろ。さっきも言ったが儂は本気だ。お前らが去らなければ本気でお前らごと爆破するぞ」
彰と草壁が無言で視線を交わす。
その様子を傍目に見ていたゼロは、淡々と事実を告げた。
「行くぞ。カレン。彰」
「…いや、でも」
「でもも何もない。本人がここまで言っているのに、助ける方法など何処にある」
「…そうだな。行こう」
彰は何かを言いかけたが、辛うじてそれを踏み止まって部屋の出口へと足を向ける。それを確認してゼロも部屋を去ろうとするが、その前に独り言のように呟いた。
「先程の轟音は恐らく、地下からブリタニアが突入した音だろう。となれば突破するのは時間がかかる。貴方の傷の深さから判断すると、それは致命的だ。貴方は彰に殺されたことになる。だが、仮に貴方が自分の意思で自爆すれば、貴方は自殺したことになるだろう。草壁中佐…貴方がそこまでして守りたかったものとは」
「止めろ、ゼロ。そんなものはない」
しかし、全てを言わせずに草壁は止めた。
「勝手に勘違いされては困るわ。まあ、せっかく会ったのだ。最後に一つだけ忠告しておこう。ゼロ。復讐でブリタニアを壊すのは先程言ったように構わん。だが、それに飲まれんようにすることだ」
「何が言いたいのですか?」
「飲まれれば、貴様は儂と同じ運命を辿るということだ。その復讐の炎はお前自身をも焼き尽くすだろう」
「そんなことはさせないわ」
草壁の言葉にルルーシュが反論する前にカレンが反論する。
「私と彰がいる限りそんなことはさせない。何があろうと、私はゼロを幸せにするって私自身に誓ってるのよ」
カレンの何の根拠もない、だが力強い言葉を受けて草壁は薄く笑い、そうかと呟く。
それを聞いてゼロとカレンは部屋から出て行く。それに続いて彰も出て行こうとする。
「俺には何かないんすか?」
「貴様に言うことなど何もないわ。早く消え失せろ」
「相変わらず冷てぇなぁ」
困ったように笑った彰は、後ろを振り返らずに呟く。
「俺はさ…草壁さん…あんたのことが割と好きだったよ」
「そうか…」
それを聞いて草壁は返答する。
「儂はお前が嫌いだ」
「でしょうね。どうやったら好きになってもらえますかね?」
「そんな方法などこの世にない。だがまあ、更に嫌いにさせる方法ならあるぞ」
「どんな方法です?」
「夢を叶えろ」
草壁の言葉に彰がピクッと反応する。
「儂が絶対に認めない貴様の夢をな。そうすれば…心置きなく嫌いになれる」
その言葉を聞いて笑った彰は、黙って部屋を出て行く。
一人になった草壁は、ふうとため息を吐いて天井を見る。
どうやら走馬灯というのは本当にあるらしい。しかしせっかくならば、もっと良い記憶を呼び戻して欲しいものだ。
甦るのは草壁が世界で最も嫌いなあの馬鹿との思い出ばかりだ。
『桐島ぁぁぁぁ!貴様また練習サボっとるのか!!』
『いやいや、だってこんなに良い天気なんですから、俺くらいは外に出てないと太陽も拗ねちゃいますよ。だからみんなの分まで俺が日光を浴びときます』
『ただ寝とるだけだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
いつも通りサボっている桐島の態度に草壁は激怒する。そんな草壁の様子を見て彰は、カラカラと笑う。
『まあまあ、落ち着いてくださいよ。たまには練習じゃなくて夢を語り合うとかどうですか?』
『ふん。皆が平等な世界を作るとかいう貴様の綺麗事か?』
『夢はでっかくって言うでしょ?』
『ふん。そんな世界など儂は認めんし、従わん。お前が本気でそんなたわ言を成し遂げたいと思うならば、まず儂を倒すんだな』
『いやあ、そんな必要はないでしょ』
『何?』
『別にブリタニア人が嫌いな日本人がいたっていいじゃないですか。俺だってイケメンは嫌いですし。滅べば良いと思ってますし』
『相変わらず心が狭いな…』
『あ、だから草壁さんは好きですよ』
『どう言う意味だ貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
失礼すぎる彰の発言に、草壁の額に青筋が浮かぶ。
『ま。だから問題ないんですよ。好き嫌いは人それぞれ。それぞれがそれぞれの好きなものに全力になるってのは悪くないですよ』
『…その結果、儂がブリタニア人を殺しても構わんということか?』
『そんな心配はないですよ。俺が止めますから』
ニヤリと笑って言う彰の言葉に草壁は一瞬返す言葉を失った。
『その世界でブリタニア人を殺したいなら、まずは俺を殺してくださいよ。そうじゃなきゃ、ブリタニア人は殺させませんよ。だから、俺が草壁さんより強くなれば、草壁さんはブリタニア人を殺せないでしょ』
当たり前のように言われた言葉は草壁の心に突き刺さる。だが、それを認められない草壁は、持っていた竹刀を思い切り彰に振り落とした。
『だわっはい!?急に何をするんですか!?』
『そこまでのホラを吹くなら、儂より貴様は強いということだな?面白い!今からそれを…証明して見せろぉぉぉぉぉ!!』
『アホかぁぁぁぁ!!いつかですよ、いつか!誰も今なんて言ってませんよ!』
『問答無用ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
そんな過去を思い出した草壁は苦笑いする。本当に碌な思い出がないものだ。
だが、それも…悪くないな。
「暫くこっちには来るなよ大馬鹿者」
そんな感傷に浸っている時間は終わったのか、草壁は持っていたスイッチを強く握る。
「暫く貴様の顔は見たくないわ」
その瞬間、草壁の周りで爆発音が響き渡り、生じた閃光が草壁の身体を包み込む。
最後に見えた草壁の顔は…満足そうに笑っていた。
「あれ!?イブ!あんた無事なの!?」
「イブちゃん!!良かった!大丈夫だった?」
「はーい。大丈夫でーす。彰とかいう人に助けられたんですよー。その人はどっか行っちゃいましたけど」
「え!?彰…さんに会ったの!?怪我とかしてなかった!?」
「全然平気そうでしたよー。めんどくせーから先に帰るとか言ってました」
「帰っちゃったの!?もー…ちゃんとしたお礼も言ってないのに…」
君たちを助けるとやってきたテロリストと隠れていたが、暫くしてボートに乗って逃げるぞと言われたシャーリーとミレイは、あと一人残っているのだと事情を説明していると、そのあと一人であるイブが戻ってきた。
それを見てシャーリーとミレイは笑顔になる。まあ、シャーリーは笑ったり、怒ったり忙しくしているが。
だが、そんな風に忙しくしていたシャーリーが、イブの顔を見て疑問符を浮かべる。
「イブちゃん?何かあったの?」
「えー?何がですか?」
「いつも通りに見えるけど…何が気になるのシャーリー?」
「えー、じゃあ、私の気のせいなのかな?何かイブちゃんが今にも…泣きそうな顔に見えたから」
シャーリーの言葉にイブは苦笑いを浮かべる。
「別に何もないですよー。ただ…
入ったトイレにウォッシュレットが付いてなかっただけですよ」
これで一区切りですね