「…何か凄く何処かで聞いた名前なんですけど、大丈夫ですか?」
「当たり前だろうが。何を心配する必要がある?良く見ろ」
シリアスな空気を形だけでも作ろうとしているリョウは、一応真顔で告げた。
「この顔がふざけているように見えるか?」
((いや、ふざけているようにしか見えないんだけど!!??))
リョウの言葉にシャーリーではなく、後ろで聞いているヴィレッタとカレンが内心でツッコミをあげる。
特にホワイト・ジャックがリョウだと気付いているカレンは尚更である。近くのナースも何処から見てもアヤノだという事実が、それに拍車をかけている。
(何やってんのよアイツら!!??)
一言で言えばこれがカレンの全感情である。
「あの…すいません見えます」
しかしリョウとアヤノとは初対面のシャーリーはそれに気付かないので、自然とツッコミも控え目なものになる。知らないとは可哀相なものである。
「確かに何も知らなければそう思うかもな。それに俺は彼を尊敬している。名前もそれをオマージュしていることは否定しない。だが俺は、そんな生半可な覚悟でオマージュをしてる訳じゃない。色んな点を真似しようとしている。だから俺は、彼を見習って医師免許を取っていない。彼がそうしているようにな」
((ただの不法行為だろうが!!!))
真っ当なヴィレッタとカレンのツッコミは、残念ながら聞こえない。
「え!?いや、それは駄目なんじゃないですか!?」
「馬鹿野郎!常識に捉われるな!」
((お前は少しくらい捉われろよ!!))
「いや、私が悪いんですか!?」
いきなりキレられたことにシャーリーは少し戸惑う。アヤノはそんなシャーリーの肩を掴み、安心させるように微笑む。
「大丈夫ですよ。先生の腕は確かです。これまでも数えきれないくらいの人間を切ってきました。安心してください」
(そりゃ、切ったじゃなくて斬ったんでしょうが!!)
しかしそんなことは知らないシャーリーは、アヤノの言葉を間に受けて驚いている。
「ええ!?無免許なのにそんなことして良いんですか!?」
「良いんですよ」
((良いわけねぇだろ!!!))
ヴィレッタとカレンの内心のツッコミなど知る由もないアヤノは、泣き真似をして言い放つ。
「本当は私と先生だって…こんなことしたくないんですよ!でも…誰かを助けるために仕方なかったんです…」
今にも泣き崩れそうなアヤノの様子を見て、カレンは完全に白い目を向けているが、シャーリーは戸惑っていた。
常識で考えれば許されることではないのかもしれないが、常識では救えない命があるということを知っているからだ。
「い、いや、そうかもしれないですけど…でも…」
「たく、しゃあねぇなぁ…分かったよ。今から俺の腕を見せてやるぜ」
座っていたリョウはそう言うと、すぐ近くのベッドに手をかける。
そのままベッドの布団を取ると、驚いたことに口輪をされて縛られた男が現れたのだ。
驚きのあまり声も出ないシャーリーを尻目に、リョウは告げた。
「コイツは病気に罹っていたな。マダオ病と言う。俺しか治せない不治の病だ」
「あの…この人メチャクチャ首を振ってますけど」
「ただの発作ですよ。ねぇ、マダオ様?そうなんですよね?」
ニコリと笑ったアヤノは、微妙にシャーリーには見えない角度で、メスを首筋に当てながらそう言った。
すると半泣きになりながらアノウは静止する。それを見たシャーリーはアヤノの言葉を信じたが
((思いっきり脅迫だろうが!!!))
全て見えていたヴィレッタとカレンには、そうとしか思えなかった。
「誤解が解けたようで良かったぜ…さて、俺の腕を見せるか。まずは」
そう言うとリョウは、置いてあったチェーンソーをすっと構えた。
「マダオ様にチェーンソーを振り下ろします」
((ただの処刑場にしか見えないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!))
「いや、待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!良いですから!!!そこまでしなくても先生のことを信じますから!思い止まってください!」
解体ショーが始まる寸前になって、流石にシャーリーもリョウのことを静止する。このままでは、とんでもないものを見せられると思ったからだ。
「え?良いのか?キレイな赤が見える所だったのに」
「いや、見なくて良いですから!間に合ってますから!」
「そうなのか?ちっ、じゃあ良いか。んで?どんな症状なんだ?」
「あ、はい。最近少し喉が痛くて」
「なるほどな。病気はわかったよ」
「え!?診断もせずに分かったんですか!?」
「たりめーだろ。俺くらいになるとな。このくらいの病気は感じるだけで分かる。そこら辺の馬鹿医者とは違うんだよ!」
「す、すごい…で?どんな病気なんですか?」
「お前はな…恋の病だ!」
((お前が一番馬鹿だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!))
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???恋の病で喉って痛くなるんですか!?」
「勿論だ。思春期の奴の病気の原因は、大体恋の病と中二病だと決まっている」
「そうなんですか!?」
((な訳ねぇだろ!!!))
普通に考えたら有り得ないことでも、医者に言われたからか、シャーリーは素直に信じている。
この世界で生きるなら、もう少し人を疑った方が良いと思う。
「そうだ。まあ、あまり知られていないがな。と言うわけで、お前の病気を治すには、お前の恋を成就させるしかねぇ!」
「そ、そんなこと言われても…」
急な質問にシャーリーの顔が赤くなる。そんなことを聞かれるとは思わなかったのだ。
そんなシャーリーの様子を見ていたアヤノはニヤリと笑う。完全に楽しむことに決めたようだ。
「これも病気の治療のためですよ。何に悩んでいるんですか?」
「いや、えっと、あの、その…」
顔を真っ赤にしたシャーリーは口籠っていたが、喋るしかないのかと腹をくくり、ボソボソと話し出す。
「好きな人がいるんですけど…その人は既に彼女がいて…でもその彼女は私の友達で…どうしたら良いのかと」
「何だ簡単じゃねぇか」
「え!?解決策あるんですか!?」
シャーリーは思わず俯いていた頭を上げる。聞いていたアヤノも拍子抜けしたような顔をしている。
「いや、それは当然でしょう。簡単に解決できますよそんなの」
「本当ですか!?一体どうやってです!?」
希望が見えたと言わんばかりに目を輝かせたシャーリーは、ワクワクしながら続きを待つ。
「「その彼女を殺せば良い」」
「何をとんでもないこと言ってんですか!?」
(いや、その彼女って私何ですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??)
シャーリーだけでなく、こっそり聞いていたカレンも思わず絶叫する。カレンは心の中でだが。
しかしリョウは当たり前のように続きを話す。
「当たり前だろうが。お前、恋と友情とどっちが大切だ?」
「どっちも大切何ですけど!?」
「お気持ちは分かりますが…それは贅沢と言うものです。良いですか?何かを選ぶということは、何かを選ばないということです」
(何か格好良い感じで言ってるけど、アンタら最低なことを言ってるからね!?)
「そう。欲しいものがあるならば、何かを捨てなければいけないんです。それは品性かもしれません…誇りかもしれません…。ですが恋とは、それに見合う価値があるものです。もし覚悟が決まれば、私達に頼ってください」
そこまで言ったアヤノは、ガシッとシャーリーの肩を掴む。
「金次第でその彼女を私達が殺してあげます」
(結局金なんかいぃぃぃぃぃぃぃぃ!金のために色んなもの全部捨ててるのはアンタらでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
知らないとはいえ、自分の親友が自らを殺すと言っていることに、カレンは心中で絶叫する。コイツらなら殺すのはともかく、金のために自身を半殺しくらいにはしかねないと思った。
「そう…何ですかね?」
(アンタはアンタで悩むなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!何、心を動かされてんのよ!何、私を殺す決心を固めてきてんのよ!)
「そうに決まってるだろ?じゃあ、決め手だ。大先生に意見を仰ごうか。大先生。出番です」
「この程度のことで僕を呼ばないで欲しいけどね…まあ、しょうがないか。はじめまして。僕こそ」
リョウがそう言うと奥の扉がスッと開いた。そこから、白衣を着て明らかに作り物の鼻を付けた青年が現れた。
「本間ユキ太郎だよ」
(やっぱり、
(また変なのが出てきた…)
ユキ太郎の素性を知っているカレンは心の中で絶叫し、次から次へと現れる変人にヴィレッタは頭を抑えた。
「あ、あの…意見を仰ぐってどのような?」
「そんなに難しいことじゃないよ。要するに君の好きな人が誰なのか、ハッキリさせようって話さ。ハッキリすれば殺す決意もできるでしょ?」
そう言うとユキ太郎は大きな画用紙を床に敷いた。人が一人丁度乗れるような大きさだ。
訳の分からない行動に、シャーリーは首を傾げる。そんなシャーリーの疑問に答えるように、ユキ太郎は喋り出す。
「今から君の好きな人を頭の中に思い浮かべるんだ。そうしたら君の思い浮かべた人物が本当に好きな人なら、その人はここに現れる」
「ええ!!??何ですかそれ!?そんなものあるんですか!?」
「勿論だよ。このラーの紙は真実を映し出す紙さ」
((そんなもんあるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ただのパクリだろうが!!!))
そんな尾行者の反応など知る由もないユキヤは、発煙筒を焚いて視界を遮ってから続ける。
「さあ!思い浮かべるんだ!君の好きな人を!」
普通であればそんなもんあるのかと疑問に思う所だろうが、場の空気に流されたシャーリーは、律儀に自分の好きな人を思い浮かべる。
(私の…私の好きな人は…)
器用なのに変な所が不器用で。格好つけたがりで。本当は優しいのにそれを表に出すのが下手で…
そこまで考えてシャーリーはフッと笑う。
(ああ…やっぱり私は…ルルのこと…好きなんだなぁ)
改めてそれに気付いたシャーリーはうっすらと目を開ける。
もしこれで目の前にルルが現れていたら。今度こそ伝えよう。自分のルルに対する思いを。振られたとしても悔いはない。
煙が晴れて、紙の上に人物が居るのが薄っすらと見える。その人物の体型は思ったよりもしっかりしていて、日本人のような顔をして、栗色の髪で…いや、ちょっと待て。
「…何してるの?スザク君…」
そこに現れた人物は自分が考えていた人物ではなく、クラスメートであり生徒会の仲間でもある枢木スザクだった。
シャーリーのジト目が突き刺さる中、スザクは堂々と告げた。
「出番が来るまで窓の外でずっとスタンばってました」
沈黙が一瞬周囲を包む。そして…
「じゃねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「スプラトゥーン!!!」
遂に我慢の限界が来たカレンの、ツッコミと言う名の飛び膝蹴りがスザクに炸裂した。
カレンも結構耐えたんですけどねぇ…