「…いや、あのあんまり聞きたくないんですけど、ツッコミの境地って何ですか?」
引きつった顔をしながら、シャーリーがリョウに問いかける。
シャーリーからしたら正直あまり聞きたくなかったのだが、聞かないとこの異常事態に対処できなくなるかもしれないと考えたのだ。
「何だ、お前知らないのか?」
「知ってるのが常識みたいな雰囲気出さないでください。世界の殆どの人は知りませんから」
「私から説明しましょう。ツッコミの境地。アレは自分のツッコミの限界を超えた者だけが踏み入ることができる場所。それがツッコミの境地です」
そう言ってリョウではなく、話を聞いていたアヤノが答える。
しかし、その説明を聞いたシャーリーは冷や汗を流しながら、それに疑問を呈する。
「あの…何か格好良い感じで言ってますけど…それってただツッコミに疲れ果てた人ってことなんじゃないんですか?」
そんなシャーリーの疑問を完全に無視して、アヤノの解説は続いていく。
「ツッコミの境地発動状態になると、私たちにも見えるオーラを出し、過去に戦った者達へのツッコミを無意識に発動します。見てください。今までのカレンのツッコミの集大成です。アレは飛び膝蹴りですね。見事なものです」
「いや、それ完全にただの可哀想な人です!ただ条件反射でツッコミを出すようになっただけです!」
そんなシャーリーの視界にはツッコミを次々と繰り出すカレンと、それをマダオゾーンによる反発で防ぐアノウが映った。
何か菊◯印のステップとか言ってカレンが三人に分身しているのだが、ツッコミをしたら負けだと思ったので黙っていた。
もう、何か色々有り得ない気がするが、残念ながら現実なので対処する他ない。
「というかこれ、どうやって収拾つけるんですか?カレンは条件反射でやってるんですよね?マダオさんも元に戻らないし」
死ぬほどどうでも良い、無駄に激しい戦いを指差してシャーリーが尋ねる。診療なんてどうでも良くなったので、正直帰りたいのだが、流石にこれを無視して帰るのは可哀想な気がする。
そんなシャーリーの当然の疑問をアッサリと否定する。
「いえ、終わりますよ」
「え?終わるんですか?」
「はい。見てください。おかしいと思わないんですか?カレンのあの汗の量を」
「…確かに異常に汗が出てる気もしますけど、今更この程度のことをおかしいと思うわけないじゃないですか」
またしてもシャーリーによる当然の反論を全く無視して、何故かドヤ顔でリョウが続ける。
「漸く気付いたようだな。ツッコミの境地の弱点に」
「いや、弱点しかないです。存在自体が弱点です」
「本来できないことを限界を超えてやっているんだ。その反動で異常にツッコミ力を使う。幾らカレンといえども長い時間はもたねぇ」
「(ツッコミ力って何?って聞いたら負けなんだろうなぁ…)…じゃあ、どうするんです?」
「決まっている…参戦するだけさ。俺はあの境地に至った者を三人知っている」
「…そんな可哀想な人が後三人もいるんですね」
そんなシャーリーの同情タップリの言葉を無視して、リョウは続ける。
「解放戦線の千葉。EUのレイラ。そして…」
ブワッとリョウの周りに謎のオーラが発生する。
「他ならぬこの俺だ」
「いや、アナタもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
突然の展開に流石のシャーリーもツッコミをあげるが、構わずにリョウは続ける。
「ふっ…能ある鷹は爪を隠すと言うだろ?さあ、行くぞマダオ!覚悟しなって、ふぶおおおう!!」
「何か吹っ飛ばされた!?」
しかし格好つけたにも関わらず、リョウは不可視の攻撃によって思い切り壁に叩きつけられる。
何故の現象にシャーリーは戸惑うが、全く動じていないアヤノはこれまたドヤ顔で解説を始める。
「甘いですね、お客様。これはカレンの「アンタがそんなもん使える訳ないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」という意味が込められた無言の見えない速さのツッコミです。ツッコミの境地に至ったからこそできる高速のツッコミ。流石は私の親友です」
「ドヤ顔の所悪いですけど、全然誇れることじゃないです!確かに凄いですけど、悲しすぎる力です!」
そんなシャーリーとアヤノの会話がある中でも、カレンとマダオの悲しい戦いは続いていく。繰り返されるツッコミという名の攻撃に、マダオの防御も限界が来ていた。
しかしツッコミの境地の反動により、カレンのツッコミ力もかなり失われていた。つまり、お互いに限界が近い。戦いの決着は近かった。
「どっちももう余力がない…次のツッコミが最後になる。炸裂するか防がれるか…それとも相討ちか…」
(突っ込まない…突っ込まないよ私は…)
何故かシリアス顔で話すアヤノに言いたいことは山ほどあったが、かろうじてシャーリーはツッコミを思い留まる。
最後の攻防の前にカレンのオーラが更に光り輝いた。それに負けまいとするかのようにマダオゾーンのオーラも力を増した。
その姿はまさに台風と台風のようだ。
その台風と台風は少しずつ接近していき、遂に激突した。
二人のオーラの輝きは本日最大となるが、拮抗し過ぎているせいで中々決着がつかない。
そのせいで溜められたエネルギーは行き場を失い、唯一の逃げ場となる天空へと動き出した。
つまりまあ、要するに
「…空が綺麗ですね」
「そうですね、お客様。今日も綺麗な青空です」
診療所の屋根をそのオーラで吹き飛ばしてしまったのだ。無駄に凄い奴らである。
しかしそこまでしてもなお、決着はつかない彼等の激突は止まらない。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
雄叫びを上げながら二人は飛んだ。飛びながらも何度もぶつかり合う。その激突は正にツッコミとボケの頂上決戦の様相を呈していた。
(…私は何を見させられてるんだろう)
そんな感想をシャーリーが抱いていることなど関係なく、二人の戦いは遂にクライマックスを迎えようとしていた。
負けるわけにはいかないと言わんばかりに、マダオのオーラは更に強くなる。彼には負けられない理由があった。
(こんな小娘に…私の不幸が分かってたまるものかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
思い返せば3年前。アレから私の人生にケチがつき始めた。
突然私の前に現れた四人の疫病神。奴等に会ったせいで…奴等に会ったせいで…
勝ち組だった自分の人生は真っ逆さまに負け犬人生…見下す人生が一転して見下される人生に…人を見下して鼻で笑う人生を送れるはずだったにも関わらず…
結構最低なことを言っている気もするが、本人は至って真面目である。つまり、コイツもロクデナシだと言うことだ。本当にろくな奴がいない世界だと思う。
ぶっちゃけ、原作でも結局勝ち組人生から見事に転落しているので、遅いか早いかの違いなのだが。自身の性格にも多大な問題があるのを自覚した方が良い。
とは言え、四人の疫病神による齎された不運が非常に大きかったのも事実なので、恨んでも筋違いという訳でもない。そんなマダオの負のオーラは確かに凄かった。
だが
(馬鹿なこと言ってんじゃないわよ…)
(何だと…)
マダオは知らなかった。
(不幸?そんなもんが何だってのよ…こちとら)
自身が相手をしている存在が何なのかを。
何故か相手の思考に割り込んで会話を始めたカレンは、そのまま負の笑いを浮かべたまま続ける。
(ボケしかいない絶望の中で…戦国時代を生き抜いてんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)
(何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!)
そこまで言うとカレンのオーラが一段と激しくなる。その勢いは止まることを知らず、マダオのオーラを圧倒する。
トドメとばかりに空中で回転したカレンは、そのままマダオの負のオーラを打ち砕かんと回し蹴りをする。
バキバキバキという音を立てながら、マダオの防御オーラが砕かれていく。
そして
「これで…終わりよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
遂にマダオを捉えたカレンはそのまま地面(病院)に叩きつけた。
叩きつけられたマダオは完全に気を失っている。それを確認したアヤノは手を挙げて勝利を宣言する。
「ゲームセット!ウォンバイカレン!セブンゲームストウシックス!」
「さてと…リョウ…テメエ…内臓置いてくんだろうな?」
「おい、馬鹿待てよ!俺のせいじゃねぇだろうが!」
「知るか馬鹿野郎!患者の責任は医者の責任だ!」
「俺は医者じゃねぇ!」
「代理とは言え医者だろうが!さっさと心臓の一つや二つ置いてけ!」
「心臓は一つしかねぇんだよ!」
心底どうでも良い戦いのせいでボロボロになった病院の中で、メスを片手にヤブ医者に追いかけられているリョウを見ながら、アヤノとシャーリーは立っていた。
その側で何が起きたのか全く分かっていないスザクは疑問符を浮かべながら、シャーリーとアヤノに尋ねた。
「あの…何をしたら一体こうなるの?」
「「何というか…その…」
何故のテンションが落ち着いて冷静になったアヤノと、元から冷静だったシャーリーは揃って答えた。
「「テニプリやってました…」」
これでこの話も一区切りです