「ウチの頭が失礼しました」
そう言って、かけられたゲロを何とか拭き取ったルルーシュに頭を下げるのは、後から来た金髪のブリタニア人の部下とかいう女性。
ルルーシュから見てもなかなか美人な女性である。正確な年は分からないが、自分と同じくらいだと推察される。名前はジャンと言うらしい。ついでに言えば、金髪のブリタニア人はジノというようだ。見た目だけなら手荒な真似などできそうもないのだが、着いた瞬間自分の大将をボコボコにしていたことから、見た目と性格は真逆のようだ。まあ、ルルーシュからしたらどうでも良いのだが。
それよりも問題は
「あはははは。そんなに殴るなくても良いじゃないかジャン。こっちの学生さんだって、普段彼女にかけまくってるんだろうから、偶にはかけられる側になるのも良い勉強だって」
ボコボコにされていながら、全く謝罪の様子を見せない下ネタ大将の方である。
喧嘩を売っているとしか思えないのだが、本人にはその気がないのか、バンバンとルルーシュの背中を叩いてくる。周りに人が居なければ、間違いなくルルーシュはギアスを使っていたのは内緒である。
「どうでも良い下ネタ発言は止めてください。どんだけ失礼なんですか」
そんなジノの背中にジャンは思いっきり蹴りを入れて、なぎ倒す。かなり乱暴な気もするが、ルルーシュからすれば、むしろもっとやって欲しいくらいなので、何の問題もなかった。
しかし、とんだチグハグコンビもいたものだ。一方は下ネタ発言がオンパレードの変態だが、相方の女は多少なりとも常識があるらしい。
そんなことをルルーシュは思いながら、見つめていたのだが
「童貞にそんなこと言えば傷つくでしょう。童貞にはもう少し丁寧に接してください」
訂正。こっちもかなり変態だったようだ。むしろ、こっちの方がヤバいかもしれない。
「おいおい、ジャン。童貞だって決めつけんなよ。もしかしたら既に始まりの街を出発してるかもしれないだろ?」
「何処を見てるんですか?彼を見れば一目瞭然でしょう。どう見ても彼は童貞です。私が保証します」
「マジなのか?そりゃあ、悪いことしたなぁ」
ジャンの言葉で自分がどれだけ悪いことをしたのかを悟り、ジノは心から申し訳ないという態度でルルーシュに頭を下げる。
「すまなかった…童貞だって知らなかったんだ。かけたことないのに、先にかけちまって悪かったな。でも諦めんなよ。まだ若いんだからこれからじゃないか」
「頭の非礼をお詫びします。童貞に対する気遣いが出来ていないんです。今後は童貞に対する扱いを変えると思いますので、今回は許してあげてください」
「欠片も謝る気がないだろう、貴様ら…」
自身を童貞と決めつけて謝罪する二人に、ルルーシュの額に青筋が浮かぶ。どうしてくれようかと思っていると、そんなルルーシュを見かねて後ろにいた仁美が声をかける。
「大丈夫ですよルルーシュ様…カレンも初めてですから、大した問題にはならないです」
「親が何を言っているんですか!?」
「おいおいおい、初めて同士か?そいつはマズイぜ、ルルーシュ。男は女の子をリードしてやるもんだぜ?」
「大きなお世話だ!それに貴様に名前で呼ばれる筋合いはない!」
馴れ馴れしく肩に手を回してくるジノに、ルルーシュが怒鳴りつける。
しかし、そんなルルーシュの態度など構わずに、ジノはアハハと笑いながら話し続ける。
「大丈夫だって。よし!俺が奢ってやるから一緒に経験値を積みに行こう!俺はD(DX)コースを選ぶから、ルルーシュはC(Cherry)コースだな」
そう言いながらルルーシュを引っ張って、夜のお店に連れて行こうとするジノの後ろで、ジャンは木刀を構えた。
「そうですか、知りませんでした。頭はD(Death)コースを選ぶんですね」
そう言ってジャンは、真顔でジノの頭に木刀を思いっきり振り下ろす。ぎゃあああと叫ぶジノの声が響き渡るが、ルルーシュはこれ幸いと仁美の手を掴んで、二人から離れようとする。
「そ、そんなに急いでどうしたんですかルルーシュ様?」
「決まってるでしょう?あんな変人どもに関わったらロクなことになりません。俺の人生にこれ以上変人はいりません」
「決めつけは良くありませんよ、ルルーシュ様。彰様だって多少変わっていますけど、ルルーシュ様と仲良くやっているじゃありませんか」
「…ツッコミたいことは多いですが、とりあえずだからこそです。俺の変人の受け入れ容量は、アイツだけで限界を超えているんですよ」
「ん?おい、仁美さん?今もしかして変人の彰とか言ってたけど…それって桐島彰か?」
ルルーシュと仁美の会話に、ボコボコにされたせいで顔全体が赤く腫れ上がり、縄でぐるぐる巻きにされて地べたに放り出されていたジノが、会話に割り込んでくる。
そのジノの言葉に、ルルーシュと仁美の歩く足が止まる。
ルルーシュは知らないフリをしようとするが、真面目な善人である仁美は驚いた顔で肯定した。
「え、ええ、そうですが…ジノ様は彰様のことをご存知なのですか?」
「アハハハ!ご存知も何もアイツと俺は大親友さ!」
「あら、そうだったのですか。世界は狭いものですね。私も彰様には大変お世話になっておりまして」
「おお、そうか、そうか!まあ、アイツは良い奴だからなぁ!」
ジノに影響されて仁美は微笑みを浮かべるが、ルルーシュは類は友を呼ぶという諺は、真理なのではないかと考えていた。その理屈で言うと、ルルーシュも変人ということになるのだが、黙っていることが優しさだろう。
「お二人ともアレと知り合いだったのですか…余計なお世話かもしれませんが、アレは付き合うと、感謝と同時に後悔も増えますよ」
「…その言葉は、アイツと会う前に聞きたかったな」
血に塗れた木刀を握りしめながら話しかけてくるジャンに、ルルーシュは頭を抱えながら答える。嬉しくも何ともないが、初めて二人が意気投合した瞬間である。
「既に分かっているようですね。ということは既にアレとは親しいわけですか」
「断固として否定するが親しくはない。ただ、まあ付き合いはそこそこ長いというだけだ」
「では、そんな貴方にご忠告を…直ぐにこのエリアから離れなさい」
「それはどういう意味ですか?」
全く雰囲気を変えずにサラッと重大なことを言われたルルーシュは、良く意味が分からないという態度を装って尋ねてみる。
彰の知り合いというだけで、堅気の人間ではないことは想像できる。まあ、ナナリーやシャーリーのような例外もいない訳ではないのだろうが、確率としては低いだろうとルルーシュは考えていた。
それに加えてこの発言。明らかにナニカを知っている人間であることは明白だった。
しかしそんなルルーシュの演技が見抜かれたのかどうかは定かではないが、ジャンはその質問にまともに答えることはせずに、ルルーシュから背を向けてジノの所に向かった。
「そのままの意味です。私はアレに借りがある。ですので、アレの知人を見殺しにするわけにはいかないんですよ」
借りとは何の話かとルルーシュは聞こうかと思ったが、聞いたところで絶対に答えないだろうと感じたので止めにした。別にギアスを使ってまで聞きたい話でもない。
「そろそろ行きますよ、頭。私たちはダベリに此処に来た訳ではないんですから」
そう言うとジャンは縄の端っこを持ち、ジノを引きずるように…いや、まさに引きずりながら店を出て行こうとする。喋っている途中だったジノは、少し待つようにジャンに頼むが、全く聞き入れられずに引きずられていく。
「待てってジャン!喋ってる途中だから!いや、本当にさ!え!?本当にこのまま引きずって連れてかれる訳?いや、俺一応頭なんですけど…あの、ジャンさん?聞こえてます?あの、ちょっと…」
そしてそのまま、ルルーシュと仁美の視界から二人は居なくなった。個性的な人たちでしたねぇと微笑む仁美の神経を、ルルーシュは讃えたくなったが、今はそれよりも、ジャンとか言う女が言っていたことが引っかかる。
「そうだ、仁美さん。思い出したんですけど、俺は買いたいものがあったんですよ。仁美さんは帰るだけだと思うので、先に帰ってて貰っても良いですか?」
「それでしたら私が買いに行きますから、ルルーシュ様はお帰りになっても大丈夫ですよ?」
「いえ、個人的なものなので、私が買いに行きたいんです」
「そうですか?それでしたら、良いのですが…あの、ルルーシュ様?1つ良いでしょうか?アドバイスという訳でもないのですが」
「何でしょうか?」
仁美の発言で、ルルーシュの脳内が活発に動き出す。何か今の自分の演技に至らない所があったのだろうか。
この後は、先程のジャンの言葉の真意を探るために、単独行動を開始したい所なのだが、それを言うわけにはいかないので、表面上は、穏やかないつも通りの笑顔を取り繕って会話をするようにした。
ルルーシュがそんなことを考えているとは全く知らない仁美は、声を下げて続きを話す。
「必要ないかもしれませんが、一緒にゴムも購入した方が良いと思います」
「貴方は俺が何を買いに行くと思っているんですか!?」
次は番外編の方の更新になるかもです。