「ルルーシュ様。本当に大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫…とこの姿で言っても説得力はありませんが、まあ大丈夫ですよ」
仁美に肩を担がれながら、片足で上手く歩いているルルーシュが苦笑しながらそう告げる。
仁美によって最低限の怪我の治療をしてもらった(何処かの娘が怪我をしまくる性格だったからか、家事に比べて手馴れていた)ルルーシュを仁美はおんぶするつもりだったのだが、プライドの塊のルルーシュにとっては有り得ない選択だったので、持ち前の頭の回転と口の巧さを利用して、何とかそれを回避することに成功した。
普段は直ぐに折れるのに、何故かなかなか考えを曲げない仁美の説得に成功した時には思わず叫びたくなってしまったが、状況を考えたら有り得ない選択なので必死に思い止まった。
実際、本当にそんな状況ではない。
それどころか、最悪と言って良い状況だ。
ルルーシュと仁美がいる階はまだ安全のようだが、下の階からはひっきりなしに銃弾の音と悲鳴が聞こえてくる。機械音もすることも考えれば、ナイトメアも複数台存在するように思われる。
それに対してこちらが持っているのは、一般人の仁美のみ。加えて自分自身も足を負傷しており、一人では満足に歩くこともできない。後で仁美の記憶を忘れさせればギアス無双で何とかなるかとも思ったが、向こうにナイトメアがあるのではそれも難しい。
これは何という無理ゲーだ?
ルルーシュをしてもそういう風に考えざるを得ないほど、絶望的な状況だった。持っていた携帯も先程のトラブルで壊れてしまったし、そもそも持っていたところで、今から助けを呼んで間に合うとも思えない。
あらゆる選択肢を考えても、二人だけでここを切り抜けられる可能性はゼロだった。自身の無力さにルルーシュは舌を噛むが、そんなルルーシュの様子を見て、痛みが酷くなったのかと心配して仁美が声をかけるがルルーシュは笑って誤魔化す。
しかし元来心配性の仁美は強引にでも少し休もうと言い放ち、隣にあったドアに手をかけた。
すると、そこには
「これは…一体…?」
「…良くは分かりませんが…何かの中毒者みたいですね」
大勢の日本人がいた。
それだけであれば良いのだが、問題はその様子だ。
一人の男性は物凄く楽しそうに、声高々に誰かの名前を叫んでいる。
一人の女性は目の前にあるダンボールを撫でながら、そのダンボールを全力で褒めている。
一人の老人は良く分からないことを言いながら、のんびりと座っている。
一人の子供は楽しそうに全力で走っている。
狂気的なその有り様に仁美は震えながら言葉を発した。その疑問に対する答えにルルーシュは思い至りながらも、ただの学生である自分がそんなことを知っていてはマズイので、知らない振りをして話を通した。
「中毒って…一体どんな「薬を…リフレインを…くれよぉ〜」え?「ちっ!寄るな!」」
どう見ても常軌を逸している人々の様子に、仁美はどんな中毒を起こしたら、こんなことになるのだろうかとルルーシュに質問を投げかけるが、そんな仁美のそばに、禁断症状を起こしたと思われる男が鬼気迫る様子で寄ってきた。
いち早くそれに気付いたルルーシュは驚く仁美を尻目に腕を振り払って追い払おうとするが、完全に正気を失っているようで全く効果がない。舌打ちをしたルルーシュは、仁美の注意が自分から逸れていることをギアスを発動した。
「何度も言わせるな。『俺たちに近寄るなと言っている』」
流石の禁断症状もギアスには勝てないようで、怠慢な動きではあるがゆっくりと二人の側から離れて行った。
しかし、その男から漏れた単語から仁美にも彼らがどんな薬の中毒になっているのか分かってしまった。
「ルルーシュ様…今、あのお二人はリフレインと言っていましたが…最近ニュースに上がることが多い、あのリフレインでしょうか?」
急激な広がりでリフレインは社会的問題と化している。一般人の仁美でも名前くらいは知っていたのだろう。
「あの中毒者が言う言葉からすると、そうでしょうね。見るのは初めてなので断言はできませんが」
そうは言いながら、ルルーシュの心中では間違いなくそうだろうという確信していた。
仁美は同情に近い視線を彼らに向けているが、ルルーシュにはそんな感情は全くなかった。
ルルーシュから言わせれば、彼らは敗北者だ。それもレジスタンスになる勇気もなく、ただ過去にしがみついているだけの臆病者だ。そんな彼らに同情をする心はルルーシュにはなかった。むしろ、蔑みに近い念を抱いていた。
「…もしかしたら…ここにいるのは私だったのかもしれませんね」
「え?」
思いがけない仁美の言葉は、思考中のルルーシュには届いていなかったが、突如として発生した揺れにそんなことを気にしている余裕もなくなった。
下の階の戦闘で、ルルーシュ達のいる階の床が攻撃されたせいで、床の一部が崩れてなくなってしまっただけでなく、一部では収まらず破壊の箇所は徐々に広がっていく。
慌てた仁美はルルーシュを支えたまま、慌てて部屋を出て行く。とは言っても、部屋を出たところでこの建物に安全な場所など何処にもない。それでもなお、一縷の望みを捨てないで、仁美は降ってくる瓦礫や巻き起こる爆風でボロボロになりながらも、前に進むことを諦めなかった。その証拠に
「大丈夫です、ルルーシュ様。貴方は絶対に私が守ります」
ルルーシュに安心するように微笑みかけた。
その笑顔は諦めの笑顔ではない。誓っているのだ。何があっても自分がルルーシュを捨てることはないと言っているのだ。
その事実にルルーシュは歯軋りする。
馬鹿にも程がある。何故こんな簡単なことに気が付かない。
「何を言っているんですか貴方は…まさか、この状況で二人とも助かるなんて奇跡を期待している訳じゃありませんよね」
「できれば期待してますけど…無理ならルルーシュ様だけでも守ります」
「何処までお人好し何ですか…そこまでして守るほど、長い付き合いじゃないでしょう」
「付き合いの長さなんて関係ありませんよ。子供達を助けられた。私がルルーシュ様を守るのにこれ以上の理由はいりません」
その言葉にルルーシュは笑った。
本当に馬鹿な奴だ。自分達が取引の材料に利用されていたことにすら気付いていないとは。
「ククク…これだからイレブンは良いように使われるんだ」
「ルルーシュ様?」
様子が変わったルルーシュの様子を心配するように、仁美はルルーシュの顔を覗き見るが、一度出し始めた言葉は止められない。だが、それはルルーシュがずっと言いたかった言葉だ。
屋敷で仁美がルルーシュに感謝の念を向けながら楽しそうに働くのを見ていても、罪悪感のカケラがルルーシュの良心には突き刺さっていた。自分はそんな風に感謝をされるような気持ちで、仁美やカレンを助けた訳ではない。
にも関わらず、疑うそぶりなど全く見せずにルルーシュに感謝の念を示している仁美に、ルルーシュはずっと言いたかった。俺はお前たちが思っているほどキレイな人間じゃない。
「お前たちを俺が善意で助けた?笑わせるな。そんな訳がないだろう。イレブンなどどれだけ死んだ所で俺には関係のない話だ」
「ど、どうしたんですかルルーシュ様?」
「どうしたも何もない。いい加減ウンザリなんだよ!一途に俺を信じ続けるお前達家族の馬鹿さ加減にな!」
そこまで言うと、ルルーシュは自身の肩を担いでいた仁美を突き飛ばして尻餅をつく。どうしようもなく不快だった。自身を案じる仁美の優しさが。
「お前たち家族を助けたのは彰との取引があったからだ!そんなことがなければ俺がお前たちを助けることなどあり得なかった!誰が好き好んでイレブンなど助けるか!お前たち家族の命など!俺にとっては都合の良い道具だったんだよ!」
これはルルーシュの本心であった。知らないイレブンの命など、自分にとっては使い捨ての道具だ。その道具をルルーシュは取引のために助けた。ルルーシュにとってはそれだけのことだったのだ。
「ここまで言えば馬鹿なお前にも分かっただろう…もう行け。俺にはお前が命をかけて助ける価値などない」
こんな場面で余計なことを言ってしまったとも思ったが、同時に晴れやかでもあった。辛かったのだ。自身に向けられる仁美やカレンの感謝の気持ちが。
しかし、そんなルルーシュの独白を無言で聞いていた仁美はふっと微笑んだ。
「…良かった」
「何?」
ボソッと呟いた仁美は、そのまま座っていたルルーシュを無理やり立ち上がらせたまま無言で歩き出す。
焦ったのはルルーシュだ。
何だこいつは。俺の話を聞いていなかったのか?
「おい、何をやっている!俺を助ける必要などないと言っているだろうが!」
「そんなことはありません。ルルーシュ様が居なければ、私もリフレインに溺れていたかもしれません。あの場にいたあの人たちは、もう一人の私なんです。そうならなかったのはルルーシュ様のお陰です。その貴方を助けない理由などありません」
「馬鹿が!だからそれが誤解だと言っている!俺はお前たちを助けたくて助けた訳ではない!」
「それがどうしたって言うんですか?」
顔色一つ変えずに仁美は続ける。
「むしろ、良かったくらいです。道具としてでもルルーシュ様のお役に立てて。これが善意で助けてくれたなどと仰られたら、私はこの恩をどうやって返したら良いのか途方に暮れてしまいましたよ」
「お前…何を言って…」
唖然とした顔を見せるルルーシュに、仁美は何時ものように微笑みかける。
「ルルーシュ様は自分に厳し過ぎるんですよ。私だってそんなに優しい女じゃありませんよ?良いじゃないですか、自分の都合のために誰かを助けても。人間なんて皆同じようなものですよ。私だって自分の都合のためにルルーシュ様を助けていますから」
「都合?何だそれは」
「一緒にご飯を食べたいから」
仁美は脳裏に思い浮かべる。自分の帰る場所を。ルルーシュが自分に与えてくれた場所を。
「特別なことなんて要らないんです。ナナリー様にルルーシュ様に小夜子さんにカレン。時々来る彰様やシャーリー様達生徒会の皆様。私は皆といつも通りにご飯を食べたいんです。寝坊助のナオトも、もう少ししたら加わるかもしれませんけどね。私はあの空間を守りたいんです。例え何があったとしても」
豪華な食事何て贅沢は望まない。仁美にとって金で手に入る物に価値などない。
「私がルルーシュ様を守る理由なんて…これだけで充分じゃないですか」
仁美はルルーシュに生きていて欲しかった。自分を道具として見ていたかどうかなど関係ない。仁美はルルーシュの側に在り続けたかった。
「だからお願いです、ルルーシュ様。生きるのを諦めないでください。自分を嫌いにならないでください。貴方が彰様とどんな取引をしたのだとしても…貴方がどんな人間でも…貴方が私たち紅月家にしてくれたことは決して変わらない。私たち親子は貴方の前から決して居なくならない。幾らルルーシュ様が居なくなるのを望んだとしてもです。諦めた方が良いですよルルーシュ様。何と言っても私はカレンの母親なんですから」
こんな状況でもニコリと笑って告げた仁美の言葉に、ルルーシュは下を向いた。全くこの親にしてアイツ在りだ。全く…駒として側に置いてやっているだけだと言うのに、どいつもこいつも本当に…
(俺の言うことを聞かない奴ばかりだな…)
そんなことをルルーシュが考えている間にも、事態は悪化していた。
下の階の戦闘は、遂にルルーシュと仁美がいる階にも到達し、爆風が更に激しくなっていた。
だが、悪いことだけではない。戦闘が上の階になったことで、逆に今ならば、下の階は手薄になっているはずだ。怪我をして歩けない奴などがいない限りは、充分に逃げられる可能性があった。少なくとも、この場に居るよりは間違いなく可能性が高いだろう。
そう判断したルルーシュは、自身の目にギアスの文様を浮かび上がらせた。
「頑固ですね。仁美さんは」
「ルルーシュ様もですよ。さあ、歩きましょうルルーシュ様。今ならまだ間に合います!」
ルルーシュを励まそうとルルーシュの顔を覗き見た仁美に、ルルーシュはギアスを発動させた。
「ええ…貴方一人ならね。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる…『俺を置いて一人で全力で逃げろ!』
「え…い、嫌です!ルルーシュ様!私は…私は…はい。全力で逃げます」
ギアスをかけられた仁美は何とか必死に抵抗しようとしていた。しかし、ギアスの強制力には敵わずに、ルルーシュを置いて一人で先に行ってしまった。
一人になったルルーシュは爆音を聞きながら壁に寄りかかる。そして、先程の出来事を思い出して苦笑した。
「全く…道具の癖に主人の命令に逆らうとはどんな道具だ。馬鹿だよ本当に」
そこまで言ってからルルーシュは自身の髪を掴んだ。そして諦めたように上を向いた。
「分かってるさ。馬鹿は俺だ。何処の世界に、道具のために死を選ぶ主人がいるんだか」
俺は何処で間違ってしまったのだろうか。以前の俺であれば、間違いなく仁美を見捨てていた。にも関わらず、最早俺にはその選択肢は取れなくなってしまった。本当に何処でこうなってしまったのだか…
いや、違うな。ルルーシュは自分で自分の考えに笑った。
(何処で間違った…か。ククク…明白だな。全く恨むよナナリー。お前が連れてきた変な男のせいで俺は…俺は…)
恨んでいると思いながらも、ルルーシュの顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「もう…ナナリーがいるだけでは…ナナリーの兄であるだけでは…満足できなくなってしまったじゃないか」
そんなことに気付いたルルーシュの耳に、更に大きくなった爆発音が聞こえてきた。同時に強くなった爆風に吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたルルーシュは、地面に転がされボロボロになった状態で天井を見上げた。爆風の衝撃で天井の損傷が限界を超えて、ルルーシュの元へと降り注ぐ。不思議とその様はスローモーションに見えた。
(全てを守ろうとした癖に…そのせいで全てを守れない…か。分かっていたはずなのにな。俺に全てを守ることができないなんてことくらい)
自らへと降り注ぐ天井のカケラを見つめながらルルーシュは呟いた。
「悪いな彰。後は頼んだ」
だが、その直後に
「まだ終わってないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
頭上から降ってきた謎のナイトメアが、ルルーシュに降り注ぐ岩盤を打ち砕いた。
そして拡声器越しに放たれるその声は、ルルーシュにとっては物凄く聞き覚えのある声だった。
「勝手に…諦めてんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
その声は力強く、凛とした声で続けた。
「諦めんじゃないわよ!前を見ろ!頭を働かせろ!生にしがみつけ!そうすれば絶対に…私たちが助けに来る!」
珍しく目の前の現実を受け入れられずに呆然とするルルーシュ、思いつくままに言葉を発した。
「カレン…何で…ここに…?」
「カレンだけじゃないがな。何を格好良く死のうとしている。格好良く死ぬくらいなら、みっともなく足掻け。それが生きるということだ」
カレンに気を取られている間に、ルルーシュの背後には黒ずくめの仮面の男ゼロが立っていた。だが、ゼロの正体は他ならぬルルーシュ自身のはずで、そのルルーシュがここにいる以上、ゼロが現れるはずがない。
にも関わらず、ルルーシュは多少の驚きは見せたが、すぐに納得した表情を浮かべて皮肉交じりに呟いた。
「ふん…何でここにいるのかは知らんが、来るなら早く来い。危うく死ぬ所だ」
「そこまで喋れるなら問題ないな。だが、質問が間抜け過ぎるな。何でここにいるのか?そんなもの当たり前だろう」
仮面の男ゼロは、ばさっと自身のマントをはためかせながら、堂々と告げた。
「正義の味方だからに決まっている!」
やっとこの面倒臭い男を自覚させられた…気分的にはR2の生徒会のメンバーと花火を見たときくらいのイメージですが、もう少し覚醒してますかね。