(あのように言われましたけど、やはりある程度のもてなしは差し上げなくてはならないと思うのですが…どうすれば日本人の方は喜んでくださるんでしょうか?)
難しい顔をしてレイラは近くの飲食店に顔を出すが、来ると聞いている客人をどのようにもてなすかで頭を悩ませていた。
レイラは上司に丁寧にもてなす必要はないと断言されたが、何故そこまで雑な対応をしようとしてるのか気になったので尋ねてみると、相手がイレブンの二人組だからと言われた。要するに、イレブンのことを最初から馬鹿にしているということだ。同盟のことも捨て石にするための作戦だったのだろう。
その事実を思い出してレイラは露骨に顔を顰める。会ったこともない人を人種だけで馬鹿にすることは、レイラにとっては最低な行為だったからだ。
(そもそもイレブンではなくて、日本人です!何でそんなことも分からないのでしょうか、あの人達は…)
そんなことを考えることは、レイラの不機嫌度が更に増していくことに繋がり、レイラは周囲への警戒を緩めてしまった。その隙を狙っていたのか、レイラより何歳か年下に見える黒髪の女の子にレイラはバックを奪われてしまった。
「あ、こら!待ちなさい!」
しかし、待てと言われて待つひったくりなどいるはずもないので、当然のように全く減速することなく女の子は逃げていく。だが、運が悪いことに逃げる先で、偶然あたりを巡回中だった軍の下っ端と、その上官に見える男と遭遇してしまった。
「またこのイレブンのガキか!」
「薄汚いドブネズミが!味をしめやがって!」
しかも、この女の子はどうやらこの辺りでは悪い意味で有名らしく、下っ端軍人は即時に状況を把握し、舌打ちをしながら女の子を迎え撃とうとする。
しかし女の子の方もある程度慣れているのか、直ぐに脇道に入ることで挟み撃ちに合うのを回避した。とは言え、それだけで諦めてくれるはずもなく、そいつらは怒り心頭といった様子で女の子を追いかけ始めた。
その更に後ろから女の子を追っているレイラも怒ってはいたのだが、目の前の下っ端どもが余りにも怒りを露わにしていたので、逆に少し追われている女の子の心配を始めていた。こんな状態の人たちに捕まっては酷い目に遭うことなど、火を見るより明らかだったからだ。とは言え、自分のバックが奪われているのだから、もう少し怒っても良いと思うが。
そんなレイラの心配が的中したのか、あまりにも慌てて逃げていた女の子は何かに躓いたせいで、体勢を崩してその場に倒れてしまった。その隙を追いかけている男たちが見逃すはずもなく、これ幸いと持っていたナイフを女の子に向かって投げつけた。
レイラが止める間も無く、投げられた4、5本のナイフは真っ直ぐに女の子のもとに向かっていく。
だが
「着いたばかりだってのに、ゴチャゴチャウルセェんだよテメェら。発情期ですか?この野郎ども」
突然現れた男にそのナイフは弾かれた。
邪魔された事実ともう一つの事実に、軍の男たちは戸惑いを隠さずに何とも言えない顔で立ち尽くしていた。
それはレイラと助けられた女の子でさえ同じだった。
しかし、そんなことには全く関心を払わない男は、転んだ拍子に女の子が落としてしまったレイラのバックを担ぎ上げて、チラリと転んだ女の子を見遣る。
「たく。こんなことしてるから目をつけられるんだよ。テメェみたいなガキンチョは、早く家にでも帰って細々と悪事をやってくんだな」
何やら偉そうに忠告なのか微妙なことを言っているが、あまり皆の耳には入っていなかった。
全員の注目は全く別の所に集中していたからだ。
全員が男の頭に注目していた。何故なら
((((いや、めちゃくちゃ頭にナイフ刺さってるんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!???))))
弾いたナイフの一本が、男の頭に思いっきり刺さっていたからだ。
シリアスな空気は一瞬にして微妙な空気になった。
本来であれば、邪魔された事実に怒らなければいけない筈の軍の男達でさえ、頭にナイフが刺さったまま気にせず話し続ける男のシュールさに圧倒されて、話すことさえ出来なかった。
喜んで良いのか微妙だが、とにかくこの場を丸く収めるキッカケを手に入れたレイラは、意を決して笑顔を作りながら男に会話を呼びかけた。
「あ、あの…ちょっと良いですか?」
「あん?何だ?突然話しかけんなよ。びっくりしちゃうだろ」
それはコッチのセリフだと、レイラはナイフが頭に刺さったまま平然としている男に言いかけてしまったが、何とかギリギリの所で押し留めた。
引きつった笑顔になってしまったが、レイラは会話を続ける。
「そ、それは申し訳ありません。私は貴方が持っているバックの所持者なんですが、流石に女の子に怪我をさせるようなことは望んでおりませんでしたので、貴方がいらっしゃったお陰で助かりました」
「気にするな。通りがかっただけだ。まあ、結果として誰も怪我をしなくて何よりだ」
「一人だけ思いっきり怪我してる人いますけど」
「おいおい、マジで?そんな怪我してる人いんの?怖いわー。自分だったらって思っちゃうとアソコが縮み上がっちゃうわ」
「いや、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!どう考えても怪我してんのお前!!何で普通に立って喋ってんのお前!?痛覚死んでるんじゃないのか!?」
流石に黙っていられなくなった女の子は、レイラの心の声を代弁するかのようにツッコミを上げるが、特に気にした風もなく男は照れながら答える。
「ふっ。確かに一年前の俺にはそんな時期もあったな。かめはめ波とか良く練習したもんだよ。今考えると普通に痛いわな。確かに俺はあの時の傷がまだ残っているのかもしれない。だがな少女よ。男には皆、そういう時期があるんだよ。それを乗り越えて少年は青年になっていくんだ」
「お前の恥ずかしい過去なんて知らんわぁぁぁぁ!!!お前が怪我してんのは現実!!外面的な傷なんだよ!頭にナイフが刺さってるんだよ!」
「そうだった…あの時の俺の心には常にナイフが刺さっていた。もしかしたら今になってそれが具現化したのかもしれない…もしかしてこれが…念能力か?」
「んな訳あるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!何処の念能力者が自分の頭に刺さったナイフを具現化するんだ!?いい加減現実を見つめろ、このバカ!!」
二人の頭が悪い会話を聞いていて、レイラはコメカミを抑えた。いや、頭が悪いというのは失礼だと直ぐに思い直した。何故なら見たところ二人は日本人のようだ。だとすると、これは日本人にとって日常会話の可能性がある。だとするとこれはただの文化の差ということだ。
成る程と自分を納得させたレイラだが勿論そんなことはない。無駄に深読みしてしまっただけである。
そんな無駄なことをレイラが考えていると、完全に蚊帳の外に置かれていた軍の男達はどうして良いやら途方に暮れていたが、上官はようやく現実に帰り、自分たちの仕事を成し遂げようとした。
「お、おい!んなことはどうでも良いんだ!そのガキをこっちに渡せ!」
「どうでも良い訳ねぇだろ。自分の特性を知っておくのは大切だぞ。そうしないとメモリの無駄遣いになるからな」
「お前は何時まで念能力の話をしてんだよ!?いい加減に現実を見た話をしろ!」
「現実で思い出した。そう言えば、俺吐きたいと思ってたんだわ。この辺にトイレある?」
「人の話聞けよ!?」
「いや、船旅が長かったから気持ち悪くなっちゃってさ」
完全に無視された挙句、再び少女と会話を始めた男を見てバカにされているのだと感じた上官は、拳を震わせながら男に殴りかかった。
「イレブン風情が!舐めた態度を取るんじゃない!」
男の腹に向かって振るわれた拳は見事に命中。顔を歪めた男を見て下っ端は優越感に満ちた顔になる。イレブンの分際で調子に乗るからこうなるのだ。
「自分の立場を漸く理解したか?今すぐ退けば許してやるぞ?寛大な心を持つこのピエール・アノ「オボロロロォォォォォォォォ!!!」ギイヤァァァァァァァ!!何をする貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そのまま良い気分で話している上官に、男は思い切りゲロを吐きかけた。ゲロが思いきりかかった上官は絶叫をあげるが、男は青い顔のまま上官を睨みつけた。
「何をしやがるはこっちのセリフだ。お前人の話聞けよ…気持ち悪いって言ってただろ?そんな人間に腹を殴るなんて、天に唾を吐くに等しい行為だぞ」
「唾どころかゲロが返ってきたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!貴様良い加減にしろ!私を誰だと思っている?暫くすれば軍のトップになるこのピエール・アノ「オボロロロォォォォォォォォォォォォ!!」ギャァァァァァァァァ!!!貴様本当にふざけるなぁぁぁぁぁ!!何時まで吐いてるつもりだぁぁぁぁ!!」
「何時まで?馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ…俺の胃が空っぽになるまでに決まってるだろ…お前船の辛さ舐めんなよ…俺みたいなデリケートな人間には、中々ハードなんだよ」
「デリケートな人間が人に向かってゲロを吐いてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!もう許さん!貴様、ぶち殺してやる!」
遂に怒りが限界を超えたのか、上官は持っていた拳銃を男に向けようとするが、それよりも前に状況を見守っていたレイラに腕を掴まれる。もちろん、上手にゲロの場所は避けている。
「貴様は軍の関係者だろう!何のつもりだ!」
「上官とは言え、それ以上の暴挙は看過できません。貴方は無抵抗の人間に何をしようとしているのですか」
「何処が無抵抗だぁぁぁぁ!!ゲロ吐きかけられまくってるわぁぁぁ!!」
レイラの言い分に、上官としては思う所しかなかったが、確かにこの場でこんなイレブンを殺したくらいで何かケチでもつけられたくはない。全く納得などしていないが、歯軋りをしながら上官は部下を従えて、その場を立ち去った。
何とか事無きを得たレイラはほっとため息を吐いてから、いきなり銃を向けられて怯えているであろう男を励ますために振り返る。
まあ、そんな気遣いなど
「オボロロロォォォォォォォォ!!!」
全くの杞憂であったのだが。
恐怖を感じるどころか全く気にせずにゲロを吐き続けている男を見て、レイラは無視して立ち去ることもできずにその場に思い留まる。
(な、何なのでしょうかこの人は…?)
名乗ってはいなかったが、男の名前は桐島彰。女の名前はレイラ・マルカル。
後に夫婦となる二人の馴れ初めである。
彰「あー…やっと着いた…気持ち悪い…ちょっと散歩してきます」
卜部「まあ、会うのは明日だから別に構わんが…あまり、騒ぎは起こすなよ?」
彰「大丈夫ですよ。どうやったら、散歩してるだけで騒ぎになるんですか?」
卜部「まあ、普通はそうなんだが…」
彰「でしょ?んじゃ、行ってきます」フラフラと出かける
卜部(どうしよう。問題を起こす気しかしない)