「あの…大丈夫ですか?」
ハアハアと息切れをしている彰に、レイラは恐る恐る近づいて声をかけた。
「大丈夫だ…案ずることはねぇ…」
額の汗を拭いながら彰は答えた。
「礼を言われるようなことはしていない。気にするな」
「しませんよ。貴方ゲロしか吐いてないじゃないですか」
「勘違いしないですよね!別にアンタを助けたくて助けた訳じゃないんだから!」
「いや、むしろ助けたの私ですよね?」
分かってはいたことだが、どうやら少々変わっている人らしい。日本人とは、皆こう言う風なのだろうか。
ため息を吐きながら、レイラは話を変えて、気になっていたことを彰に問いかけた。
「ところで、聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「何だ?もしかして彼女の有無の確認か?」
「全く興味がありませんので安心してください。私が気になっているのはコレですよ。コ・レ」
言うと同時にレイラは彰の頭に刺さっているナイフを、正確に言えばオモチャのナイフを掴み上げて、ジト目で問いかける。
「わざわざ、こんなオモチャを頭に取り付けて何がしたかったんですか?」
「何だよ、気付いてたのか」
「当たり前です。最初は気づきませんでしたが、近付いて良く見ればオモチャだってことくらい分かります」
「へー。ほー。大したもんだ」
「茶化さないでください。で?どうなんです?何の理由があるんですか?」
「理由か…強いて言えば」
そこまで言うと、彰は真顔になって暫く塾考する。その顔を見て、レイラも先ほどまでの呆れた顔を切り替えて、真面目に彰の言葉を待つ。だが
「ふざけたかったか、からかいたかったの二択何だが…どっちだと思う?」
「知りませんよ!」
結果は真面目に聞いた方が損をする内容だった。
付き合うだけ時間の無駄な気がしてきたレイラは頭を振って、話すのを止めようと立ち上がる。どうやら、私のバックを引ったくった犯人である少女もどさくさに紛れて逃げてしまったようだし、ここにこれ以上居る必要はない。
「では、私も忙しいのでこれで。先程まで吐いてたのですから、無理はしない方が良いですよ」
「まあ、待て待て。そんなに急ぐ必要もないだろう。ここで会ったのも何かの縁だ。何か困ってるみたいだし、相談くらいには乗るぜ」
即座に帰ろうとするレイラの前に回り込んで、困っているように見えるレイラに手を貸してやろうと言い出す彰。最初は何故分かったのだろうかと驚いたが、先程までの態度を思い出すと、助けになるとはとてもではないが思えなかったので、完全に拒絶することに決めた。
「結構です。むしろ、手伝ってくださらないことが一番の手助けです」
自分でも少し冷たいような気もしたが、そこまで言わなければ分かってくれないような気もしたので、かなりキツイ言い方をしたレイラ。
だがレイラの認識は間違っていた。そこまで言っても分かってくれない生物は存在するのだ。
「ほー。お前さんが同年代の日本人の好きなものが分かっているとは思えんがねぇ」
「何でそのことを知っているんですか!?」
「さっき、お前さんの盗まれたバックが道路に落ちた時に、候補のリストが書かれた紙が落ちてた」
「勝手に見ないでください!」
プライバシーを完全に無視した発言に怒ったレイラは、奪うように彰の手から紙を奪い去る。だが、彰はどこ吹く風と言わんばかりに気にせず会話を続行する。
「というか、お前そんなもん買うつもりか?刀に着物に富士山って…最後は物ですらねぇじゃねぇか」
「放っといてください!しょうがないでしょう!?日本人と会ったことなんてほとんどないんですから!だからこそ、書物などの記憶媒体ににあった日本人が好きなものをリストアップして、そこから共通点を見出そうとしていたんです!」
「果てしなく時間がかかりそうな作業だな…ちなみに、参考にした書物って何だ?」
「水戸黄○です」
「阿呆かお前」
「な!?いきなり何を言うんですか!?」
少しドヤ顔で堂々と果てしなくズレたことを言うレイラに、彰がツッコミを入れる。と言うか、彰からしたら意味が分からない。何処でどう考えたらその答えに行き着いたんだ?
「阿呆でなくて何なんだ。というか何でそれを参考にしたんだよ?まさか、日本で人気の番組だからとか言うんじゃないだろうな」
「そ、そうですけど」
「ど阿呆だったか」
「更に悪くなった!?」
当たって欲しくない予想が当たったことに、彰はふうとため息を吐く。コイツはアレだ。典型的な委員長タイプだ。しかも天然入ってて、真面目なもんだから、真面目に頭おかしいことをやり出すタイプだ。
「もう良い。とりあえずそのリストを寄越せ」
「な、何をする気ですか?まさか、また馬鹿にする気じゃ」
「それ以前の問題だ。良いから寄越せ」
そこまで言われると拒否もしづらく、渋々とそのリストを彰に渡すと、彰は吟味することもなく懐からライターを取り出して、紙に火をつけた。
「こんなもん焼却処分だ」
「私の1週間の成果がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!な、な、な、な、な、何をするんですか!?訴えますよ!?」
「何処へだ馬鹿野郎。こんなもんに1週間も費やしてんじゃねぇよ。ただ、武田哲○に詳しくなっただけじゃねぇか」
「違います!西○晃です!」
「お前って微妙にツッコミがズレてんだよ。良いから落ち着いて聞け」
自身の努力の結晶が一瞬にして灰になった事実に、レイラは涙目で詰め寄るが、彰が落ち着いて返答する。
「まず、お前の抱いてる日本人が好きなもののイメージが、果てしなくズレてることは置いといて、好きな物が分かった所で意味ないだろうが。大体の日本人が好きなものを、お前が出迎える日本人が好きかどうかなんて分からんだろ。そいつはどんな奴なんだよ?」
「た、確か二人とも男性で、年は一人は私と同じくらい。もう一人は大分上と聞いてますけど」
「ほう、そうか。一人は俺とも同年代だな。なら、話は早い」
急に的を射た彰の発言にレイラが戸惑っていると、彰はちょっと待ってろと言ってスタコラと何処かに出かけて行く。ついて行くことも、ましてや帰ることもできずに呆然とレイラが待っていると、本当にちょっとで彰は帰ってきた。先程と違って手にバッグらしき物を持っている。そこに手を突っ込んだかと思うと、ビニールテープとリボンらしき物を取り出した。
まさか、それが日本人が喜ぶものではないだろうし、何に使うのか意味不明な代物にレイラは首を傾げる。
しかし、そんなレイラの態度を気に止めることなく、彰はレイラに近づく。
「待たせたな。んじゃ、準備するか。ちょっとじっとしててくれ」
「は、はあ?」
良く分からないまま、彰に待たされたビニールテープの片方の端っこを握ったまま、自身の身体にビニールテープを巻き付けていく彰にレイラは疑問符を浮かべるが、根が真面目なのが災いして、特に止めることなく彰の好きにさせていく。
ビニールテープをレイラに巻き終わり、レイラが持っていた端っこと彰が持っていた端っこを結び、リボンを付けると彰は清々しい笑顔になって告げた。
「完璧だ!これを差し出されて喜ばない男はいない!日本人どころか、一部の人を除けば男なら万国共通で喜ぶ!」
「あ…あの…これの何処に日本人が喜ぶんですか?」
「はあ?決まってんだろ。古典的な手法だ。プレゼントはわ・た・しだよ」
彰の言っている言葉の意味が分からずに少し戸惑ったが、暫く考えて理解すると照れと怒りで真っ赤になり、勢いのままに身体に巻きついているテープを剥がすと、そのまま彰に投げつけた。
「や、や、や、やる訳ないでしょう!?何を考えてるんですか!そんなふしだらなことを考えるなんて犯罪です!」
「んな訳ねぇだろ。思考の自由と表現の自由は保障されてるんだよ」
「限度があります!そ、それに私がこんなことやったって喜ぶわけないじゃないですか!」
「はあ?何言ってんのお前。お前みたいに美人でスタイルが良い奴がやって、喜ばない男がいる訳ないだろ」
「な!?」
予想外の彰の言葉に、今度は別の意味で顔を赤くしたレイラだが、褒められている内容が内容だけに、すぐさま彰を睨みつけて反論する。
「そんなお世辞は止めてください!だ、第一、そんなの女性に対して不敬です!人間に大切なのは外見じゃなくて中身なんですよ!」
「はい、出たー。優等生的回答。いるんだよなー。美人に限ってそういうこと言う奴。どうせ、本音じゃ馬鹿にしてんだろ?美人であることに優越感を感じてるんだろ?」
「どんだけ私を最低な奴だと思ってるんですか!?違います!そんな人いる訳ないでしょう!?」
普通にいると思うのだがな。
彰はそんなことを思ったが、どうやらこの優等生はそんなこと想像さえしないらしい。どんだけ箱入り娘なんだとツッコミを入れようとしたが、不毛なので止めにした。良い奴なのは間違いないが、ここまでいくと将来が少し不安である。
そんなことを彰が思っていることなど知る由もないレイラは、未だに顔を真っ赤にしながら怒鳴っているが、彰は完全にそれを無視して自身の懐に手を入れたかと思うと、無言でレイラの手にそれを渡す。
急に渡されたレイラは戸惑いが怒りを上回り、少し落ち着きながら、渡された物を恐る恐る確認すると、そこには意外な物があった。
「これはあの…何ですか?」
「チョコだけど」
「そんなこと知ってます!私が言ってるのは、何でこれを渡したのかってことです!」
「何でってお前…日本人に渡して喜ぶもの探してたんじゃねーの?」
「…え?」
予想外の言葉にレイラは目を見開く。まさか、さっきの買い物の際に一緒に買ってきたのだろうか。
その事実に思い至ったことで、思考が停止しているレイラの反応を他所に彰は言葉を続ける。
「ま。それ渡せば間違いはないさ。うまい飯ってのは万国共通で喜ばれるからな。味覚の違いがあるから一概には言えんが、試しに食べてみたら結構美味かったからな。喜ばれないことはないだろ。疲れてるなら尚更な」
その言葉を聞いてレイラは頬を緩める。ふざけきった男だと判断していたが、どうやらそうでもないらしい。
「ふふ。ありがとうございます。では、お代の方は払わせていただきます。幾らですか?」
「いらねーよ。別に払ってないしな」
「そんな訳ないでしょう」
「本当だっつの。ま、それでもお礼をしたいってんならそうだな…今度デートしてくれや」
「え?」
「好みなんだよ、アンタみたいな美人は。一緒にいるだけで目の保養になる」
その言葉にレイラはくすっと微笑む。金を貰わないためのお世辞だろうが、言われて嬉しくない訳でもない。
「分かりました。では、今度デートいたしましょうか。男の人と二人でデートなんて初めてなんです。キチンとエスコートしてくださいますか?」
「任せな。最高の1日をプレゼントしてやるさ。それより、早くここから逃げた方が良いぞ?面倒ごとが向こうからやってくるからな」
そう言うと、そのまま背を向けて歩き出す彰に向かって、レイラは少しだけ声を大きくして声をかけた。
「大丈夫ですよ。最大級の面倒な人が何処かに去るみたいですから」
その言葉に彰は何を返すでもなく、そのままレイラの視界から消えていった。
レイラはその後ろ姿を見送ると、貰ったチョコをバッグに入れて彰に投げつけたままのビニールテープとリボンを手に持って拠点に戻ろうとするが、今の出来事を思い出してレイラは苦笑する。
それにしても変な日本人だった。名前も聞いていないし、恐らく今後会うこともないだろうが変に人を惹きつける人だ。何かの拍子に会うなら本当にデートしても面白いかもしれないななどと考えていると、町の方から人が大挙してレイラの元に押し寄せてきた。
何だろうと首を傾げていると、その人たちはレイラの元に近寄り、レイラの持っているリボンをみて声を上げた。
「これさっき盗まれたウチのリボンじゃないかい!お前!?ドロボウは!!」
「ド、ドロボウ!?何の話です!?」
「とぼけるんじゃないよ!さっきの男はアンタの差し金だろ!!ウチのリボンを盗んでいったんだよ!」
「ウチのチョコもだ!」
「雑誌も盗んでいったよ!」
「盗み食いもしやがった!」
「テメェが弁償してくれるんだろうな!?」
意味が分からないまま、怒っている人を何とか宥めようとしたレイラだが、そこで先程の男の言葉が蘇る。
『いらねーよ。別に払ってないしな』
その瞬間、レイラは顔面蒼白になる。まさか、あの言葉は冗談ではなく真実だったのか?
そんな訳がないと思いたかったが、目の前の人たちの顔を見ると、その可能性を否定できない。と言うか、その可能性しか浮かばない。
その可能性にレイラは顔を引きつらせるが、大した金額でもないだろうし自分が払えば済むことだろうと考えて、何とか前向き?に考えようとした。
バックからお金を取り出して幾らですかと聞こうと思ったが、出来なかった。何故なら
(あら…?私のバックって何処に置きましたっけ?)
一連の騒ぎで自分のバックが何処にいったのか、すっかり忘れてしまったからだ。
全身から冷や汗を流し出したレイラを見て、取り囲んでいる商いの連中は眼を鋭くしてレイラを睨みつける。
「おい、嬢ちゃんよ…まさかたぁ思うが…金がねぇ何て言い出すんじゃねぇだろうな?」
その言葉にレイラは答えなかったが、更に全身から冷や汗を流し出したレイラの姿が答えのようなものだった。
「「「「ふざけんな、ゴラァ!!!!」」」」
「わ、私のせいじゃありません〜!!」
商人の余りの迫力にレイラは半泣きになったが、それで許されるはずもなく、働いて返せと言わんばかりに労働力として連行されるのだった。
まるで連行されているかのような道中でレイラは涙を流しながら叫んだ。
「お、覚えててくださいよあの男ー!!」
彰「卜部さん、ただいまです〜」フラフラ
卜部「やっと帰ってきたか…そのバック何なんだよ。二つも持ってるけどよ」
彰「二つ?あ、やべ。返し忘れた」
卜部「おいおい、何やってんだよ。まさか、他の人に迷惑かけたんじゃないだろうな?」
彰「まさか。俺も良い年なんですよ?そんなアホなことしませんて」
卜部「むしろ年を経て悪化してる気がするがな…」
彰「まあまあ。とりあえずこれでもどうです?飯食いましょう」弁当と飲み物広げる
卜部「お!気が利くな!腹減ってたんだよ!よっしゃ、まず前夜祭といこう!」
彰「流石話が分かる!それじゃあ」
彰、卜部「「乾杯!」」
レイラ「な、何で私がこんな目に…」泣きながら皿洗い
商人「泣いてないで手を動かせ!」怒り
レイラ(だ、誰か助けてください〜)