「いい加減にしてください!何、真剣な顔してエロ本を漁ってるんですか!?庇ってた私が馬鹿みたいじゃないですか!やるんならせめて、とんでもない悪事でも企ててくださいよ!」
「軍人のセリフかてめぇ…」
「あの…レイラ?とんでもない悪事をされるくらいなら、エロ本の方が良いんじゃないかしら?」
「色々混乱してるねぇ」
レイラが彰を怒りに任せて蹴り飛ばした後、彰が痛みに悶える中、顔を真っ赤にしたレイラは混乱に陥りながらも思いのままに声を荒げる。発言の内容に問題はある気がするが、まあしょうがないだろう。
「しゃあねぇだろ?色々とご無沙汰なんだからさぁ。俺くらいの歳になると、今まで表に出てこなかった3大欲求の最後の一つが暴れ出してくるんだよ。それを抑えるためには必要なことだ」
「ただスケベなだけじゃないですか!!どれだけ言葉を並べても、最低なことには変わりがありませんよ変態!」
「馬鹿野郎。男なんてみんな、あそこが一皮剥けるときにはスケベなんだよ」
「それが最低だって言ってるんです!」
「まあまあ。二人とも落ち着いて」
ヒートアップするレイラと彰の言い争いを見ていた中年の男は、苦笑しながら会話に入り込む。
「彰君の言うことも分からないではないよ。僕も男として納得できる部分もある。まあ、大分枯れちゃったから、もうそんなにはないけどね」
しっかりとエロ本を後ろ手に抱えながら。
「いや、残ってますけど!?枯れてたはずの欲が後ろから漏れ出してますけど!?」
そんなレイラのツッコミを完全に無視して、彰と男は互いのエロ本を交換してそれぞれの意見を述べる。
「ふーん、こういう趣味か。斬新だな。良い趣味してる。やるな、あんた」
「いやいや、君もその若さで大したもんだよ。僕も本当は家で読みたいんだけど、子供がいるとなかなかねぇ」
「何言ってんだよ。こういった物と一緒に育つことが子供の成長期には必要なんだ」
「貴方達はこの世に必要ありませんけどね」
何故かエロ本談義で盛り上がっているスケベ共を、レイラは青筋を浮かべながら睨みつける。
そんなレイラの態度に彰はため息を吐く。
「全く…相変わらず頭が硬い女だ。お前の歳でそんなこと言ってると行き遅れるぞ?男なんてみんなエロいんだよ。みんなお前の服の中身を想像しておかずにしてるんだよ」
「いや、良いこと言うねぇ。レイラ君なら最高級品のおかずになるだろうなぁ」
「暫くはおかずに困らんだろうよ。特A級の素材だからな」
「何の話をしてるんです!?セクハラで訴えますよ!?」
顔を更に赤くしてリンゴのような顔になったレイラが怒鳴ってくるが、どこ吹く風と言わんばかりの顔で彰は答える。
「全く…最近の若い奴はすぐに訴えるって言いやがって。これだからゆとり世代はダメとか言われんだよ」
「大丈夫だよ、彰君。僕、一応レイラ君より上司だからさ。君の無罪は僕が証明してあげるよ」
「流石だな。良い趣味してるおっさんってだけじゃなかったか。敬意を込めてひろし係長って呼ばせてもらうわ」
「ねぇ、それ昇格してるの?足が臭くなっただけじゃないの?」
「何言ってんだよ。世界一格好良い父親だぞ?オト○帝国のあのセリフとか感動しかないだろうよ」
「話聞いているんですか貴方達!?というか…え?上司?」
「うん、そう」
そう言うと男はスッと自分の身分証明書を差し出した。
「クラウス・ウォリック大尉だよ。よろしくね」
ヘラっとだらしなく笑うひろし、もといクラウスに、レイラは敬礼も忘れてその場で膝から崩れ落ちた。
「こんな…こんな人が直属ではないとはいえ私の上官…?」
「レ、レイラ!?しっかりしてレイラ!?」
直面した現実に項垂れるレイラをアンナが励ましてるが、あまり効果がないようで、瞳に光が戻ってこない。何というか生きるのが大変な奴だなぁと、自分が原因の大半の癖に人ごとのように考える彰。
そんな彰に呆れた感じを含ませた声がかかった。
「…一体何やってんだよお前」
何処か聞き覚えのある声に反射的に彰が振り向くと、そこにはすぐに逃げられる体制を取りながら立つ、彰より少し下の日本人の少女がいた。
その姿に見覚えがあった彰は、同じように呆れた声を含めて応えた。
「そりゃ、こっちのセリフだ。何でこんなとこにいるんだよ。ひったくり娘」
「好きでやってる訳じゃない!それに私にはアヤノって名前がある!」
「お前の名前なんかどうでも良いわ。捕まるぞお前。日本人ってだけで目立つんだから、もう少しわきまえた行動しろよ」
「真昼間から平然と、捨てられたエロ本を読み込んでる奴にそんなこと言われたくない!」
毛を逆立てる勢いで文句を言ってくるひったくり娘、もといアヤノに彰はやれやれと肩を竦めて答える。
「俺は良いんだよ。一応、許可を持ってここに入っているからな。問題はオメーだよ。バレたら捕まるぞ?まあ、リスクを取ってもここに忍び込む理由は分かるけどな」
日本人が多くいるような浮浪者が徘徊する所では、金目のものなどあっという間に取られてしまうだろう。だが、ここなら話は変わる。EU市民しか基本的に入れない所なので、生活水準がとても高い。つまり、多少の金目の物なら簡単に手に入る可能性が高いのだ。まあ、反対に見つかれば簡単に死刑だろうが。
しかし、そんな彰の言葉が不快だったのか、明らかに気分を害したと言った風な顔になるアヤノ。
「こんな所に住めるアンタに…私たちの何が分かるって言うんだ!」
「がなるなよ。アヤノ…だっけ?ほとんど初対面の俺にお前のことが分かるわけねぇだろうが。俺はストーカーですか、この野郎」
「そういうことを言いたい訳じゃ…ああもう!」
ダンダンと足で地面を叩くアヤノを見て、カルシウムが足りないんじゃないかと思う。どうでも良いけど。
そんな二人のやり取りが一段落したのを見て、何とか落ち着きを取り戻したレイラがアヤノに声をかけた。
「貴方は確か…この間の」
「何だ?この間のことで何か文句があるのか?奪われたお前が悪いんだろ」
「文句あるに決まってんだろうが。それに奪ったお前が悪いんだよ」
「お前には聞いてない!入ってくるな!」
自分とレイラのやり取りに加わってきた彰をアヤノは怒鳴りつけるが、何故か何もしていないレイラよりも心なしか扱いが良い気がする。
理由などは考えるまでもなく、日本人かそうでないかの違いだろう。あれだけ差別されて嫌いになるなと言う方が無理があるとはいえ、もう少し何とかならんもんかねぇ。まあ、無理だろうな。
そんなことを考えて、内心彰はため息を吐く。どうやら、こっち(EU)でも自分の理想とやらは実現していないらしい。分かっていたとこではあるのだが。
しかし、そんなことを知るわけがないクラウスは、面白いものを見つけたという風に笑いながらアヤノに近づいて行く。そんなクラウスに少し危機感を持ったのか、アヤノは少し戦闘体制を取る。
その態度を感じ取ったのか、降参を表すかのように手を挙げてクラウスは話し始める。
「そんな風に警戒しなさんな。何もしやしないよ。こんな所にいる日本人に興味を持ったってだけだよ」
「そいつがいるだろ」
アヤノはクラウスから警戒を解かずに彰に向けて指を差す。人に指を向けちゃいけません。
しかし、クラウスはアヤノの警戒など興味がないと言わんばかりに会話を続ける。
「そりゃまあいるけど、彼は日本から来た客人だからな。君とは立場が全く違うのよ」
「え?日本から?」
若干アヤノを下に見ているクラウスの言葉に怒るかとも思ったのだが、アヤノはそれよりも別の場所に反応を返した。
そのまま自然と視線は彰の方を向いて、茫然と彰を見つめてくる。何なんだと思った彰は訝しげにアヤノを見るが、その彰の変化に気づいて慌てて別の話に切り替えた。
「な、何だ?私が日本から来てないから惨めだとでも言いたいのか?馬鹿にするならこっちにも考えがあるぞ」
そう言って持っていたナイフをアヤノはクラウスへと向ける。それでもクラウスは笑みを変えないが、少しだけ警戒感を滲み出している。
正に一触即発。レイラとアンナは突然のことに戸惑っているが、彰も彰でどうしたもんかねぇと頭をかいている。そんな微妙な沈黙の中
ぐぅ〜〜〜
緊張感のない音が響いた。
誰だろうと犯人を探すまでもなく、顔を真っ赤にしたアヤノを目にすれば一発で分かった。
アホらしいと彰は明後日の方を向くが、他の3人は漏れなく全員可愛いものを見つめる目をアヤノに向けていた。
そんな目に耐えられなくなったのか、涙目になりながらアヤノは声を荒げた。
「な、何だよその目は!?日本人だからって馬鹿にすんなよ!!あれだからな!今の音は私じゃないからな!」
「分かってるわ。お腹が減ってたのよね?」
「何も分かってないだろお前!?」
そんなアヤノの太々しい態度すら可愛くなってきたのか、先ほどまで怖がっていたアンナですら少しばかり安心した顔に変わっていた。
レイラは更に何を思ったのか、自分の昼飯用にと買っておいたパンをアヤノに差し出した。
「そうです。私がお昼用にと買っておいたパンがあるんです。良かったらどうですか?」
レイラからすれば善意100%の行為だったのだが、それはアヤノには届かなかった。
アヤノはすっと真顔になり、目を細めるとレイラが差し出したパンを弾き飛ばした。
驚きに目を広げるレイラだが、彰とクラウスからすればある程度予想できた展開であるので、大して驚きもせずに見つめていた。
「下に見るな!哀れみのつもりか!?」
「そ、そんなつもりはありません!私はただ」
「ふざけるな、この偽善者が!」
そう言うとアヤノはレイラの胸ぐらを掴んだ。少し安心して事の成り行きを見守っていたアンナは少し悲鳴を上げるが、気にせずにアヤノは言葉を続けた。
「お前らみたいなのは悪党よりもタチが悪い!少しばかりの優しさを見せて、本当に私たちを助ける気なんてカケラもないんだ!そんなお前らの中途半端な正義のせいで、何人の奴らが死んだと思ってる!」
「わ、私は助けます!」
レイラの言葉にアヤノはギリっと歯軋りをする。彰にはアヤノの気持ちが良く分かった。助けるなどと言う言葉を気軽に使う奴に虫唾が走るのだろう。絶望の中にいる人間にそんな言葉を信じることなど不可能だ。その絶望を知らないような奴に言われれば尚更だろう。
「できもしない約束をするのはどうかと思うけどねぇ」
すると、今まで黙っていたクラウスがそっと会話に入り込む。しかし、その内容がレイラにとっては受け入れられないものだったので、即座に反論する。
「そんなことありません!」
「そんなことあるんだよ。君一人が頑張ったところで何も変わらないよ」
その言葉にレイラはキッとクラウスを見やる。中々熱い女だとは知っていたが、ここまでとは知らなかったので、彰はめんどくさそうに物理的に二人の視線を遮る所に移動して、レイラのことを見つめる。
「落ち着けよ。とりあえずお前は現実を見ろ」
「き、桐島さんまで何を!同じ日本人が苦しんでいるんですよ!?」
「だから分かるんだよ。とりあえず落ち着け」
そこまで言って漸くレイラが少し落ち着いたのが分かったので、彰は本題に入った。
「んじゃ、早速質問だ。レイラと…確かアンナか?アレは何だと思う?」
「え?」
急に話が振られるとは思っていなかったアンナは戸惑いながら、レイラと一緒に彰が指さした方向を見る。そこには布のようなもので覆われた大きな何かが置いてあった。表情を見るに、レイラは知らないようだが、アンナは中身について聞いたことがあったので素直に答えた。
「補給物資だと聞いてますけど」
「補給物資ねぇ…物はいいようだな」
はんと彰は鼻で笑う。
「まさかだとは思うが、お前そんな話を本気で信じてるとか言わないだろうな?」
「し、信じるも信じないもないですよ。別におかしい話じゃないと思うんですけど」
「いえ、アンナ。それはおかしいですよ」
「レ、レイラ?」
アンナの発言に何故かレイラが訝し気な表情を浮かべていた。しかし、何がおかしいのか分からないアンナはレイラの続きの言葉を待つ。
「ここは前線基地ではありません。補給物資なら、別にあれだけ大きな箱に入れずとも、ある程度分散して仕入れることができるはずです。実際、働いていても毎日仕入れのようなものがありましたし」
「へぇ、詳しいのねレイラ」
「え、ええ。不本意にも一時期働いていましたから」
そんなアンナの称賛の声に何故か顔を痙攣らせるレイラ。しかし、本題はそこではないのでこほんと咳をして話を進める。
「と、とにかくアレが補給物資のはずがありません。とは言え中身までは分かりませんが」
レイラのその発言に彰はニヤリと笑みを零す。優秀な奴だとは思っていたが、どうやらビンゴだったらしい。
「良い線はいってるぜ。もう少し知識があれば正解に辿り着いたかもな」
「その言い方だと、貴方より下の感じがして不本意ですが…では貴方は正解を知っているのですか?」
「たりめーだろ。じゃなきゃ、質問なんかしねぇよ」
そこまで言うと、彰は真顔になりレイラとアンナの方を向くと真剣な声で告げた。
「あの箱の中身は…人間だ」
恐らく次の話で区切りです!