シャーリーは後悔していた。こんなことなら、来るんじゃなかったと思っていた。
このままでは自我が崩壊してしまう。自分は後戻りできない所まで落ちてしまう。一刻も早くこの場から立ち去る必要を感じているが、それもできない。
入るしかないのだろうか。この新しい宗教に…
「姫様の素晴らしさが分かっていただけたかな?そう!姫様は厳しく!凛々しく!猛々しい!素晴らしいお方なのだ!それを守る私は、その職務に至福の喜びを感じているのだ!」
コーネリア教という新しい宗教に。
話は30分ほど前に遡る。
本当に警察署に向かうらしい彰に理由を尋ねた所、「俺の自己満足のため」としかシャーリーは教えてもらえなかった。
全く要領を得ない回答だが、何となくシャーリーにはそれが事実に感じられた。
悪いことであれば全力で止める所だが、そう言われては止めて良いものかどうかは微妙であった。まあ、警察署に忍び込む段階で悪いことなのは間違い無いのだけれども。
そんな風にシャーリーが自分の脳内で自問自答を繰り返していると、そんなことを全く気にせずに、彰は悠々と警察署へと向かっていった。
何故なのかは分からないが、何となく気になったシャーリーは彰の後を追いかけていった。
すると、彰はそのまま警察署の中へと本当に入って行った。あの男は自分が追われているという自覚があるのだろうか。
そんな考えにシャーリーは襲われながら、迷った末に自分も警察署の中へと入って行った。
しかし、割と直ぐに入ったはずなのに先に入った彰の姿を発見できなかった。何だかんだ言っても、現役のテロリストだけのことはある。
彰は何処に行ったのだろうかと、付近を見渡すシャーリーの様子を見た男の一人が声をかけた。
「君は…シャーリー君だったかな?まだここに居たのか」
その声にシャーリーはビクッと身体を震えさせる。その声は先程の取り調べで嫌と言うほど聞いた声だったからだ。
内心絶叫を上げ続けながら恐る恐る振り返る。すると、予想通りに細身ながらも筋肉質でメガネの高身長の男が立っていた。
「ギ、ギルフォードさん。お、お疲れ様です。さっきぶりですね」
「本当にさっきぶりだな。何か用事があるのかい?」
そんなものなどある訳がない。と言うか、あんな取り調べを受けたら戻りたいと思う訳がない。
シャーリーが取り調べであんなに疲労を感じたのは、全てギルフォードによるものなのだから。
「い、いいえ!た、ただ、警察に来ることなんて早々ないので少し見学してただけ…で…」
そこまで喋ったシャーリーの言葉が止まる。ギルフォードの後ろを平然と歩いている彰の後ろ姿が見えたからだ。
(何で堂々と歩いてんのあの人ーーーー!!!???)
「どうした?何か後ろに」
シャーリーの急に顔を引きつらせるのを見て、そう発言したギルフォードは後ろを振り返ろうとするが、慌ててシャーリーはその肩を掴む。
「そうでした!思い出しました、ギルフォードさん!私、ギルフォードさんのお話をもっと聞きたいと思ってたんでした!」
「おお、そうだったのか。良いぞ。少しだけなら時間がある。さあ、こちらに座ってくれ」
シャーリーはギルフォードの注意を自分に引くために思ってもいないことを口にしたが、そんなことを知る由もないギルフォードは笑顔でシャーリーの要求に応じた。チョロ、ゴホン、優しい男である。
そのギルフォードの言葉に、シャーリーは内心で余計なことを言わなければ良かったという後悔の思いで一杯だったが、出してしまった言葉を無かったことにはできないので、嫌々ながら言われた席に座る。
それを確認したギルフォードは若干嬉しそうにしながら、シャーリーの前の椅子に座る。
どうでも良いことだが、シャーリーは割と人の話を聞くのが好きな方である。基本的にどんな人の話も面白く聞くタイプだ。
では、何故そんなシャーリーがギルフォードの話を聞くのを嫌がるのか?答えは簡単である。
「君にも漸く伝わったのだな。姫様の素晴らしさが。いやいや、私の口だけでは伝えきることなど不可能なのだが、せめてその一欠片だけでも伝わってくれたのならば嬉しい限りだ。では、早速なのだがな、最近の姫様の素晴らしき行動についてなのだが」
ギルフォードがシャーリーの「基本的な」人に当てはまらなかっただけのことである。
ちなみにだが、最初の取り調べでもシャーリーはギルフォードから延々とコーネリアの素晴らしさについて聞かされていただけである。取り調べとは何だったのだろうか。
〜15分後〜
「そういう訳で、姫様は誰よりも凛々しく戦場を駆け抜けていかれた訳だ。側に立つ者としてあの方ほど充足感が得られる方を私は知らない。あの方の騎士になれたことは、私の生涯をかけての幸運だったと感じたよ」
「へ、へぇ〜。そうなんですねぇ」
〜30分後〜
「あの方はそれだけでなく、とても厳しい方なのだ。他の人であれは見捨てるであろう方も、見捨てずに罰を与えてくださる。私も良く罰を受けているが、年々その罰のレベルが上がってきていて、私の快感も日々増大しているんだよ」
「…い、いやあ、行った方が良いんじゃないですか?頭の病院に」
「うむ。ちゃんと行ったぞ。ドロドロの液体をかけてくれる病院にな」
(絶対病院じゃないんだよなあ…)
〜60分後〜
「見てくれたまえ。昨日姫殿下がお与えくださった傷だ。あの姫殿下は私が望むモノを与えてくださる。シャーリー君も側に仕えてみると良い。きっと分かるはずだ。姫殿下の良さが。全く、時間というのは早いものだ。まだ少ししか話していないのに、こんなにも時間が経っているのだからな。まあ、こんなものはオープニングだ。実はもっと凄い話があってだな」
「…」
〜2時間後〜
「コーネリア殿下ばんざ〜い…姫殿下ばんざ〜い」
「おい、戻ってこい」
探し物を終えた彰が警察署から出てくると、警察署の前で体育座りをしたシャーリーが、虚無の目で同じ言葉を呟き続けている。ぶつちゃけ、怖い。通りがかりの子供が泣くどころか完全に引いて遠巻きで見ていることから、その危険度が知れるだろう。
彰とて知り合いでなかったら心から関わり合いになりたくないのだが、残念ながら知り合いなのでとりあえず声をかけてみたのだが、返事がない。ただの尸の様だ。いや、尸じゃねぇから。
暫く様子を見ていたが、全く変わらないシャーリーの様子にため息を吐いた彰は、実力行使に出ることにする。
「戻ってこい、馬鹿野郎」
「痛い!?ってアレ彰?用事っていうのは終わったの?」
「むしろ、俺の方が洗脳から解けたのかどうか尋ねたいんだがな」
中々の威力の手刀を彰が喰らわせると、シャーリーは少し涙目になりながらも漸く現実に戻ってきたのか、ちゃんとした受け答えに成功した。まあ、あんな話を延々と2時間近く聞かされれば狂いもするだろう。
しかも、後ろ姿からでは分からなかっただろうが彰はちゃんと変装をしていたので、ぶっちゃけシャーリーが何もしなくてもバレることはなかったという、まさに無駄な行為だったというおまけ付きである。可哀想過ぎるので流石の彰でも口には出さないが。
(本当にちょっと残念な奴だよなコイツ…)
シャーリーを見ながら割と酷いことを思う彰。しかし、同時に…
(たく…何処まで似てやがるんだよコイツは)
彰の脳内に悲しい記憶と幸せな記憶が走馬灯のように駆け巡る。思い出したいような、思い出したくないような過去に思いを馳せていると、シャーリーは首を傾げて彰に尋ねてくる。
「どしたの?何か微妙な顔をしてるけど」
「放っとけ。もともとこんな顔だっつーの」
シャーリーの言葉で現実に戻った彰は、何時ものように憎まれ口を叩く。そんな彰の様子に気のせいだったのかと考えたシャーリーは、次の話題に移る。
「で?どんな悪いことをしてきたの?」
「何で悪いこと前提なんだよ」
「だって彰だし」
自分のことを誤解しているシャーリーには今度罰が必要だろうと彰は思った。
「阿呆か。コレ取り返してきただけだっつの」
そう言って彰はスッと懐から取り出したものをシャーリに見せた。だが、それを見たシャーリーは眉を潜める。
「何これ…?剣?」
「見ての通り剣だよ。随分ボロボロだがな」
「そんなの何に使うの?」
「使うという訳でもないんだが…まあ、俺にとっちゃ必要なもんでな」
そこまで言うと、彰はくいっと指で道を指し示す。
「良かったら着いてきてくれないか?別に面白い物でもないんたが、お前に見せたい物があるんだよ」
ちょいと短いですね。