男は一人そこに立ち、歓喜で震えながら電話に手をかけた。
それは景色に感動してなどといったことではない。
「やっと…やっとだよ…C.C.」
自身が会いたいと切に願い続けてきた存在に会える時が漸く近づいてきたからだ。
その銀髪で長身のその男はずっとC.C.を探し続けてきた。会える保証などどこにもなかった。だが、探さずにはいられなかった。自分の心に唯一平穏をもたらせてくれる存在を。
電話のコール音が無限のように長く感じる。今までの苦労はこの為にあったのだ。この為に長い時間をかけて居場所を探し、その場所の電話番号まで手に入れたのだ。
『はい』
コール音が途切れた後に聞こえた声に男は涙した。この声こそ自身が探し続けていた者の声だ。
「C.C.僕だよ!」
『お前…マオか!?どうしてこの番号を!?まさか、私が居る街まで来たんじゃないだろうな!?』
「隣町まで来たよ!迎えに行くから帰ろうC.C.!僕らが過ごしたあの街に!」
『マオ…悪いことは言わない…これはお前のための忠告だ』
電話越しの女は少し言葉を溜めた後、はっきりとした口調で述べた。
『この街には近寄るな。精神がおかしくなるから。いや、マジで』
「何を言っているんだいC.C.!?」
『そのままの意味だよ。この街は危険だ。早く去った方が良い。通常の環境で育ったお前には到底耐えられるものじゃない』
「そんな危ない場所ならC.C.も逃げないと!オーストラリアに家を買ったんだ。そこで一緒に過ごそう」
『なら、今すぐオーストラリアに帰れ!いいな、絶対だぞ!?』
そこまで言うとブツッとC.C.からの通話が切れる。
呆然と立ち尽くしていたマオだが、暫くするとフツフツと怒りが沸いてきた。それはC.C.に対する怒りではない。
「僕のC.C.がそんな危険な場所に居て良いはずがない!待っててね、C.C.!今すぐ行くからね!」
大好きなC.C.がそんな危険な場所にいることに対する怒りだ。
怒りのままにマオはC.C.の忠告を無視して、そのままC.C.のいる場所へと向かう。その歩みはとてもじゃないが、止まりそうにない。
だが、マオはもう少し考えるべきだったのだ。危険というのは何も肉体的に限った話ではない。精神的に危険という可能性もあるのだということを。
(ここがC.C.の住んでいる場所の近く…の筈…)
そんなことを思いながらマオはC.C.を…正確に言えば住んでいる場所を探している。そしてその予感は強ち外れてはいない。まあ、電話番号まで調べられるのだからそこまで驚くことではないのだろうが。
具体的な住所は分かっていなかったが、ここまで行けば簡単に見つかるだろう。心が読める自分には造作もないことだと内心ほくそ笑む。その予感も普通に考えれば間違っていない。普通に考えればの話だが。
そのことはマオにとっては喜ばしいことのはずなのだが、何故か顔色が冴えない。何故かと言わなくてもマオの能力のことを知っていれば自ずと答えは出るだろう。
(人が多すぎるせいで…さっきから声が…うるさい!)
本人の意思に関わらず、ギアスの呪いで常時他人の思考が聞こえるマオにとって人混みは地獄のようなものだ。
しかも、そのせいでリアルで人が近づいてきても注意を向けていなければ反応が遅れてしまうことも多々ある。明確な敵意でも向けられていれば話は変わるのだが。
「あー、ごめん。ちょっと良い?」
(折角わざわざ外に出たのに限定版のゲームソフト買えなかったよ…あー、動き損だ)
この少年のように全く持ってどうでも良いことを考えられていた場合は難しい。話しかけられるのと同時に思考を読み取るが、どうでも良い内容過ぎて脱力してしまう。というか、こんなことを考えながら何故自分に話しかけてくる?
「悪いけど、僕は忙しいんだ。他の人に聞いてくれ」
そんな疑問を浮かべながらも、イラついていたので深く考えずに拒絶しようとしたのだが
(何かコイツの顔ムカつくなー。まともに質問答えなかったら、無駄足の腹いせに爆破しよ)
「っと思ってたんだけど、全力で質問に答えたくなっちゃったよ!どんな質問?」
この少年の思考に危険を感じて冷や汗をかきながら何とか返答を修正した。
(何なのコイツ!?何で人のビジュアル見て突然殺意を漲らせてんの!?)
マオは目の前の少年のサイコパス振りに内心絶叫するが、下手な動きはできない。思考を読み取ることができようとも、マオに戦闘能力はほぼない。至近距離に近づかれてしまった上に、突然の思いつきで人を爆破しようとするサイコパス相手では分が悪すぎる。ある意味、マオの天敵だ。
「大したことじゃないんだよ。ただ、聞いときたくてさ。銃殺と爆殺ならどっちが好き?」
(嫌いな方で殺してあげるよ)
(どっちも嫌に決まってんだろ!?というか、質問に答えても殺す気満々!?)
意味もなく、自分が殺される一歩手前に追い詰められていることにマオは青ざめる。普通の人間なら当然の感性である。
「い、いやあ、ははは。両方とも嫌かな」
「なるほどね…甲乙つけ難いと」
(両方が良いのか…なら、爆破してから銃殺でトドメがベストかな)
「誰もそんなこと言ってない!!」
「は?」
「い、いやあ、ゴホン!何でもありません!」
思わず口に出してしまったマオの言葉に少年の機嫌は明らかに悪くなる。マズい…このサイコパスの少年の機嫌を損ねたら何をするか予想もつかない…
最悪の未来を想定したマオは何とか軌道修正を図ろうとする。ようやくC.C.と会える時が近づいているというのにこんな訳もわからない所で殺されるなど真っ平である。
とはいえ、どうするかと頭を働かせていると少年の背後から声をかける少女が現れた。
「おーい、ユキヤ。何してるんだ?用事が終わったのなら早く行くぞ」
「あ。アヤノ。ちょっと待ってて用事があるから」
「用事ぃ?」
アヤノと呼ばれる少女の存在にマオは心底安堵した。心を読んでも何してるんだコイツ?ということしか考えていなかったので、このサイコパスと2人でいるよりは安心だと考えたからだ。
「うん。ちょっとこの人の希望に沿った仕打ちをしてあげようと思って」
「はあ?…まあ、よく分からんが」
そう言うとアヤノは軽くユキヤの肩を掴む。
「あまり人がいない所でやれよ?」
「当然でしょ」
(いや、じゃねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)
明後日の方向に注意をするアヤノに対してマオは内心でツッコミをあげる。何だ、この女は!?この女もサイコパスか!?
「お前の当然は信用できないんだ。この間もうっかりリョウを街中でふざけて(爆破しようとして)捕まりそうになったばかりだろ」
「人は成長するんだよ。同じ失敗はしないって」
(ちゃんと証拠は残らないようにするよ)
(なら、問題ないか)
(問題しかないよ!?というか何で途中から心中で会話が成立してんの!?コイツらもギアスユーザー!?)
更にツッコミどころしかない会話を続ける2人にマオは自身の危機が更に近づいてくるのを感じる。だが、自身にはまだアドバンテージがある。本気でユキヤとかいう奴が僕を殺そうとしていることを僕が知っていることを2人はまだ知らない筈だ。であれば、殺られる前に殺ってしまえば良い。
そう考えたマオは自身の懐にしのばせていた拳銃を手に取る。
だが
「アヤノに近づいてんじゃねぇ!この不審者がぁぁぁぁ!!」
「ギャァァァァ!!!」
少し遠くから突然聞こえた怒声と同時に着弾したロケランによってマオは吹き飛ばされた。
「ちょ!?おい、リョウ!?気を付けろ!私たちにまで当たる所だったろうが!」
「あーあ。折角の暇つぶし材料だったのに」
「知るか!おい、アヤノ!大丈夫か!?何か変なことされてねぇか!?」
「されてるわけあるか。むしろ、あの人がユキヤに何かされる所だったと思うが」
「ま、良いじゃん。どうでも。サッサと帰ろうよ。結局、ゲームは買えなかったし」
「人気作らしいからな。しょうがないだろ」
そんなことを言いながらその場から立ち去っていく3人の後ろ姿を見ながら、全身がボロボロになったマオは何とか立ち上がって言葉を発した。
「よ、漸く行ってくれた…何なんだあの3人組は…と、とにかく漸く行ける…待っててC.C.…すぐに行くからねぇ」
そう言うとふらつく足でマオは歩き出した。頑張れマオ!C.C.に会えるのはもうすぐだ!
…多分
C.C.「マオのやつまさか本当に来るんじゃないだろうな?死ぬぞ、普通に。しょうがない。不要だとは思うが一応確認しに行くか」(外に出ようとする)
仁美「C.C.様。ピザが焼けましたけど、一緒に食べませんか?」
C.C.(ピザを食べてから行こう!)