「香坂カオルさんと言うんですか。私はレイラ・マルカルと言います。はじめましてですね」
「は、はあ…」
にこやかに笑いながら話しかけるどう考えても貴族階級の女性にカオルは、はっきりと引きつりながら答える。
まあ、気持ちは非常に良く分かる。
自分のようなどう考えても貧困層の日本人にEUの貴族階級が親しく接してくるということももちろんだが、今日の自分のお客様を突然蹴り飛ばしたかと思うと勢いそのまま何度も地面に叩きつけるというバイオレンスな行為を生み出した不審人物を警戒するなと言う方に無理がある。
「できればゆっくりとお話しをしたい所ですが、私たちはそろそろ戻らなくてはいけないのでまた今度ということに。あ、連絡先聞いても良いですか?」
「ご、ごめんなさい。私、携帯とか持ってないですから…」
「あ、そうですよねごめんなさい。じゃあ、迷惑料ってことで。多少の足しにしかならないかもしれませんが」
そう言ってレイラはスッと手に持っていたお金をカオルへと渡す。とは言っても、これは別にレイラのお金ではない。さしものレイラとはいえ、出会う人に全てお金を渡してたら幾らあっても足りる訳がない。
では、このお金は誰のお金かと言うと
「「あの…そのお金、僕たちの溜まってるものの処理代なんですけど…」」
「何か仰いましたか?」
「「いえ、その…何でもないです」」
彰とクラウスが自分の欲望のために用意してきた金だった。
自分たちの欲望への行為を止められてしまった以上、その金は自分たちへと戻るのが正常なはずなのだが悪魔だって逃げ出すほど恐ろしいレイラの笑顔に二人とも言葉を止める。
そんな二人を盛大なため息を吐きながら卜部は見ていたが、そんな三人を無視してカオルとレイラの会話は続いていく。
「いや、貰えませんよ!私、何もしてあげてないですから」
「お気になさらないでください。人に備わっている理性のほとんどを性欲に侵された哀れな獣達の汚らわしい視線や態度のことを考えればこれくらい安いものです。これでも足りないなら命で償わせますがどうでしょうか?」
(どうでしょうか?じゃねぇよ!アホか!何で俺の命をお前が決めてんだよ!)
(一応、僕上司なんだけど…)
二人のやり取りを聞いていた彰とクラウスはそんなことを思っていたが、聞こえていないので話はそのまま進んでいく。
「い、いえいえ!結構です!充分です、はい!」
「そうですか…すいません、こんな人達の命なんて奪ったところで何の価値もありませんよね…。私としたことが不用意な発言をしてしまい申し訳ございません」
レイラは自分の発言を恥じた。こんな性欲の獣達の命を差し出した所で何の足しになるのだろうか。
「この野郎…黙って聞いてりゃ好き勝手に言いやがって…」
散々な言われように思うことしかなかった彰は震えながらスッと立ち上がる。
「こんな色気のある美人としたいと思って何が悪い!俺くらいの年頃ならなぁ!誰でもそうなんだよ!誰しも美人と繋がる瞬間を夢見てんだよ!」
(開き直りやがった…)
(わあ、男らしい)
彰の発言に卜部は呆れたが、クラウスはある種の感動を覚えた。ここまで全力で自身の性欲の正当性を主張するものは多くないだろう。
「悪いに決まっています。己の性欲すら操作できずに何が人間ですか。そんな汚い自分の欲望を女性に吐き出そうだなんて本当汚らわしい」
正にゴミを見る目で見つめてくるレイラに臆することなく彰は意見を述べる。
「アホかこの堅物委員長が!操作なんか出来るわけねぇだろぉ!!人類史上、男で性欲をコントロールできた奴なんて一人もいねぇんだよ!分かるか!?テメェの監視とかのせいでソロプレイしかできない俺の苦しみが!分かるか!?容姿だけは良い女達に囲まれながら何もできない男の苦しみってやつがよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「分かってたまりますか!!貴方は一体公衆の面前で何を発言してるんですか!本当に逮捕しますよ!?」
「うるせぇぇぇぇぇ!!やれるもんならやってみろ!職権濫用で訴えてやらぁぁぁぁぁぁ!!」
顔を真っ赤にしながら全くもって正論な反論をレイラは展開するが、そんな騒ぎを起こしていると何処からともなく数人の男達がゾロゾロと現れて7.8人の集団となりレイラと彰の周囲を覆い始めた。
それに気付いたカオルはヒッと声を上げるが、残りのメンバーは気付いているのかいないのかいつも通りの行動を演じている。強いて言えば面倒なことになりそうだなと卜部が頭をかいたくらいである。
「おいおいおい、ねぇちゃんよぉ。そんな売女にやる金があるくらいならよぉ。俺たちに分けちゃくんねぇか?ちいっとさあ、困ってんだよ」
「命だけは助けてやるからなぁ。けけけ。感謝しろよな」
そう男達はレイラに声をかける。
しかし
「誰が職権濫用ですか!至って正当な権力の行使です!貴方の存在自体が公序良俗の罪に問われます!」
「それが職権濫用だって言ってんだよ!推定無罪って言葉を知らねぇのか?」
レイラと彰にはその声は聞こえていない。それどころか視界にすら入っていない。完全にその男達の言葉と存在すら無視して会話というか喧嘩は続いていく。
その様子に苛立ちを覚えた男達は武器を取り出して迫った。
「て、テメェら状況分かってんのか?俺たちを無視してんじゃ」
だが、その言葉が最後まで続けられる前に顔に青筋を浮かべたレイラは見もせずにその男の服を掴んだ。
「こ、この…最低男ぉぉぉぉぉ!!!」
そして、その言葉と同時に掴んだ男を彰に向かって投擲した。しかし、彰もそれを見て近くの男を掴んで盾に利用した。
「いきなり何すんだこらぁぁぁぁぁぁ!!!危うく怪我する所だったろうが!」
「「いや、俺らは思いっきり怪我してんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」」
二人の巻き添えでボロボロになった男二人は声を上げるが、その声を無視して二人の話は続いていく。精々、卜部が「やっちまいやがった…」と天を見上げたくらいである。
「貴方は少しくらい刺激を与えないとマトモな頭にならないんですよ!じっとしててください!私が矯正してあげますから」
「テメェこそじっとしてろ!テメェのその固すぎる頭を刺激して柔らかくしてやらぁ!」
そう言うと、彰も近くの男の顔を掴んで思いっきりレイラへと投擲するが、レイラも分かっていたのか同じように近くの男を投擲することで男達は空中で揉みくちゃになりながら衝突する。
余りの出来事に囲んでいた男達は全員顔を青褪めるが、時すでに遅し。次から次へと彰とレイラの弾に選ばれてその役目通り、空中へと放り出されていく。
レイラと彰の罵り合いと不遇な男達の阿鼻叫喚の渦の中、事態を静観していたクラウスはこう呟いた。
「あーあ。俺、知ーらね」
「中々…やるじゃないですか。クズの癖に」
「そういうお前も…な。堅物委員長の癖に」
時が経ち、汗だくになったレイラと彰は漸く一時休戦し息を整える。
そして冷静になることで周りの死屍累々となっている男達に漸く気が付いたのか首を傾げながら尋ねた。
「「と言うか、この人たち誰」なんです??」
「「「今更かよ!」」」
余りの今更過ぎる発言に今まである程度は落ち着いていた卜部だけでなく、クラウスとカオルも声を荒げる。どうやら本当に無自覚でこの惨状を引き起こしていたらしい。
「全く…どれだけ他人を巻き込んだら気が済まんですか!関係ない人にまで迷惑をかけて!今すぐ謝りなさい!」
「そういうお前なんじゃないの?いるんだよなぁ〜、そうやって自分の罪を他人になすりつける奴って。優等生に限ってそうなんだよ」
「「いや、お前ら(貴方達)二人でやったから」」
「と言うか、何で皆してそんな落ち着いてるんですか!?」
慌てずに罪をなすりつけたりしながら話してる四人を見て関係がないはずのカオルの方が何故か焦っているという不思議な光景が生まれていた。そんなカオルを見て彰は首を振った。
「カオルさん。俺は過去を振り返らないようにしているんだ。やってしまったことは仕方ないさ」
「まあ…死んではいないようですし…」
「この程度なら今更だしな」
「別に僕何もしてないし」
「そういう問題ですか!?」
微妙に論点がズレた話をしている気がする四人にカオルは言い募る。
「そういう話ではないんです!ここでは、タチが悪いグループが牛耳っています。この人たちはそのグループの一味です。こんなことをしでかしたらどうなるか…早く逃げないと「それってさぁ、ああいう連中?」え?」
彰が指さした方向をカオルが見ると、何処から湧いて出たのかウジャウジャと明らかにカタギではない連中が集まっていた。二、三十人はいるだろうか。その連中が明らかに気分を害した顔をしながら、獲物を構えながら彰達に暴言を吐いている。彼らからしてみれば自分たちの縄張りで勝手に好き勝手やられているのだからそれは不愉快だろう。正当性は全くないが。
「あーらら。団体さんが到着されたみたいだな」
「みたいだな。どうやら相当にご立腹だ。で?どうする?」
「さっきも言ったでしょ?やっちまったもんは仕方ない。その上で」
そう言うと彰も隠し持っていた刀を抜きながら一歩前に出る。
「責任を取るのが大人ってもんでしょ」
「本当の大人なら、こうなる前に対処して欲しいもんだがな。たく…しゃあねぇなぁ」
頭をかきながら卜部も一歩前に出て、彰の横に立つ。その姿を見て彰が眉を顰める。
「何やってんすか?」
「厄介な弟分の尻拭いだよ。幾らでかくなっても兄ってのは弟の後始末をするもんさ」
「はっ!相変わらずお節介な」
笑いながら会話をしている彰達を見て囲んでいた男達は予想外という顔をした。この戦力差で戦う気があるとは思わなかったからだ。
「テメェら!ここが誰の島だと思ってんだ!好き勝手に暴れやがって!」
「覚悟はできてんだろうなぁ!」
「島?もしかして大島さんの島ですか。表札あったっけか」
「馬鹿野郎、彰。ちげぇよ、小島さんだろうが」
「ああ、アンジャッシュのパターンですか。そう言えば渡部さん何時復帰すっかなぁ」
「復帰する姿見たいけどな」
「ふざけてんのかテメェら!?ここは俺たちのシマだっつってんだよ!」
脅しのセリフもふざけ半分に返された男達は尚更怒気が強まる。その姿を見て彰と卜部はニヤリと笑った。
「アンタらのシマねぇ…ま、俺たちには関係ないけどな」
「ここが誰のシマかなんてどうでもいいんだよ。俺たちはシマからシマへと渡り歩く」
彰と卜部は話しながら笑って男達の集団に突入した。
「「渡り鳥だ、この野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
突入するや否や、瞬時に相手に斬りかかることでこの場は瞬時に戦闘エリアへと切り替わる。どう考えても不利なのは彰と卜部のはずなのだが、個の実力が隔絶しているため驚くべきことに拮抗どころか多少押している状態となっている。
事態の推移についていけずに暫し呆然と立ち尽くしていたレイラはフッと笑みをこぼした。
「全くあの人たちは…仕方ありませんね。監督者として黙って見てはいられません。事態を鎮静化しに行きますか」
「待ちなさいよ。上司として一応忠告しとくよ。あのチンピラ崩れの奴らは本当にここを仕切ってる連中に見える。となると、必ずバックがいるはず。どんな獣が出てくるか分からない。ここは黙って見てるのが正解だと思うけど?」
戦場へと歩き出したレイラにクラウスが忠告する。しかし、それでもレイラの歩みは止まらない。
「生憎と正解を選んでばかりの人生を送れるほど器用じゃないんです。それに今日の貴方は非番なので私が従う義務はありません。であるならば私は私の好きなようにさせてもらいますよ」
そう言うと、レイラも同じように激戦地へと突入した。
ギリギリで拮抗していたパワーバランスはレイラが加わったことで一気に崩れて、彰達が圧倒していった。そして、その光景を見ながらクラウスがボソリと呟いた。
「全く格好良いねぇ…どいつもこいつも」
香坂カオルは正確に言えばオリキャラじゃないんでしょうけど、まあ、ほとんどオリキャラと思ってください。一応、誰かさんの姉です。