「はあ…」
香坂カオルはため息を吐きながら空を見上げた。リョウたちが居なくなって一日が経ったがアヤノも含めて誰も帰ってこない。何をしてくれているのかは知らないが、自分のために動いているのであろうことは想像ができた。自分の病気のことを気遣って何かをしてくれようとしてくれていることは素直に嬉しい。
しかし、それよりも危ないことはして欲しくないという気持ちの方が強いのだがその思いは誰も分かってくれていなかった。
再びため息を吐くが、側に誰もいない状況は変わらない。体調が良くないのは変わらないし、もう寝てしまおうかと考えていると外から何やら物音がすることに気が付いた。
「ここかよ、裏切り者の売女がいる所はよ!」
そんな謎の怒りを込めた一撃でカオルの家の扉が無理矢理破壊される。恐怖と驚きで声が出ないカオルを尻目に日本人の男どもが次から次へと入って来る。理由は分からないがこの人たちは自分を殺す気だ。それだけははっきり分かる。
「この売国奴がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
カオルが何か言う前に放たれる暴力にカオルは目を瞑る…が、いつまで経っても来るはずの痛みがやって来ない。恐る恐る目を開けると目の前には良く知る彼氏と先日見たばかりの顔見知りがいた。
「おい…何人の女に手を出してんだテメェら!」
「悪いが彼女は人気あるんでな。殺すなんて勿体無いだろ」
数十人の男達が屯している場所でリーダーと思われる男は周りの部下に目をやるとそう言えば思い出したという感じでこの間命令した件を聞いてみた。
「あの女の始末はつけたんだろうな?」
「間違いないです。周りのイレブンの卑しい連中に女を利用してユーロに媚を売っている女がいると色々教えてやったんで逆上して襲う計画立ててました。今日、明日の命ですよ」
「なら良い。元々病気で捨てようと思ってた女だが、俺等に逆らうって例外を作るわけにはいかねぇからな」
「女売って病気になって同族に殺されるたぁ、哀れな女もいたもんだぜ」
ゲラゲラと下品な笑いを男たちは漏らす。
その瞬間
バァンという爆音と同時に人がピンポン玉のような勢いでそのまま後ろの壁にぶち当たる。何が起きたか分からない中で全員警戒体制に入るが、それを意に介さず堂々と入り口から二人の男と一人の幼いが将来は確実に美人となることが確定している女が現れる。
突然の出来事に硬直している連中を尻目に先頭を歩いていた男は持っていた剣を肩にトントンと当てると馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「お邪魔しますよー。私、ピエールアノウがゴミ回収に伺いました。ああ、一応言っときますが拒否権は無いのでご容赦を」
〜一日ほど前〜
「良いか?俺等がしなきゃならないことは二つだ。一つはアヤノの姉を守ること。二つ目は今回の元締めのゴミどもを潰すことだ」
彰は集まっている全員に指を立てて説明するが、卜部は頭を抱える。
「…今更、止めたって聞かないことは分かってるから止める気もないがどうやって俺等やレイラちゃんやクラウスさんに迷惑をかけずにやる気…いや、お前ならできるな…残念ながら」
「え?どういうこと?」
「能力だけは無駄に高いということです。で?貴方に化けられる不幸な方はどなたですか?」
「ピエール・アノウ様になるだろうな、調べた所明日は書類仕事という名のサボりだ。目撃証言が取れないように眠っていただいている間に英雄にさせてあげよう」
「外道…」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。俺は上昇志向が強いあの方を助けてあげようとしているんだぞ?」
真っ黒い笑顔で告げる彰を良く分かっていないアヤノを除いた全員がヤバい人間を見る目つきで見るが他に代替案も思いつかないため、その案は承諾された。ピエールさんが見捨てられた瞬間である。しかも、大して重要視もされず話はどんどん進んでいく。
「では、私と貴方とクラウスさんが元締めの人たちの所へ。卜部さんにはアヤノちゃんのお姉様を守っていただくことにしましょうか?」
「いや、僕は行かないけど?」
「ここまで来たら付き合って貰うぜ?代わりにアンタが欲しいもんやるからよ」
「へぇ?何それ?」
「金だよ。どうせ元締めの所には大量に転がってんだろうし、くすねたってバレねぇよ。アンタが渡ろうとしている危ない橋より大分渡りやすいと思うけど?」
彰の言葉にレイラとアヤノは首を傾げるがクラウスは珍しく驚愕の表情を浮かべると、彰ではなく卜部の方を振り向く。すると、卜部の苦笑している顔が見えて諦めたように脱力する。
「舐めてたなぁ、日本解放戦線。良く気付いたねぇ。周りは誰も気付かなかったのに」
「ただ軍に在籍しているだけの連中と一緒にすんなよ。俺等はブリタニアを滅ぼすために戦ってんだぜ?当然、取引相手のことは調べるさ。利用できそうな奴がいれば当然利用する」
彰の言葉にクラウスは両手を上げて降参の意を表す。
「分かったよ、降参だ。行きますよ」
「なら決定だ。さて、俺とオッサンは情報収集してくるからレイラはピエール様に睡眠薬でも仕込んどいてくれ」
はい、と懐から取り出した睡眠薬を渡されたレイラは物凄く微妙な顔を浮かべた。
「あの…私、犯罪者側の気分になってきたんですが…」
「何言ってるんだ?英雄への片道切符を渡してあげるだけだろ?」
レイラは怪物を見るような目で彰を見るが無視して彰はアヤノへと目を向ける。
「オメーはさっきのリョウとか言ったっけ?あのチンピラ崩れどもを連れて来て姉ちゃんを卜部さんと一緒に守らせろ。流石に女守りながら集団を相手にするのは卜部さんだけじゃ難しい」
「わ、分かった!」
各々の役割を割り振ると彰はニヤリと笑って両手を上げた。
「さあ、祭りの始まりだ!」
突然現れた三人の軍人に驚きはしたが、流石にリーダー格の男は余裕を持って言い放つ。
「これは、これは、軍の方々。何用でこちらへ?女の斡旋でも頼みたいのでしょうか?」
「別に大したことではないさ。ただのゴミ掃除ですよ」
そう言ってアノウに変装した彰はそのリーダー格の男に剣を向けて答える。流石にその男の額にも青筋が浮かぶがまだ理性は残っているのか何とか会話を続ける。
「ははは。アンタはどうやら勘違いされているようだ。私たちはアンタより上の連中の汚れ役を請け負っているだけ。ギブアンドテイクの関係だ。こっちに手を出したらアンタ方の方が困りますよ」
「ああ、本当に困るな。そっちから漂う腐敗臭のせいでこっちにまで臭いがうつっちまう。嫁入り前の娘もいるんでねぇ、サッサと駆除されてくれないか?」
この人喧嘩を売る天才なのでは?と褒めて良いやら貶して良いやら微妙な感想を浮かべるレイラを尻目に、目の前の彰曰くゴミどもは我慢の限界を越えたのか明確な殺意を向けていた。
「おい、テメェ…舐めてんじゃねぇぞ!テメェ等くらい証拠を残さずに消すことくらい俺等には訳ねぇんだよ!」
「舐めてんのはそっちだろ。まさか、ここまで来て話し合いで済むと思ってんのか?好き放題今までやってきた代償だ」
彰は向けていた剣を肩に担ぎ直して静かに、しかしはっきりと告げた。
「テメェ等全員…このまま人としての人生を終えられると思うんじゃねぇぞ」
彰の発言を聞いてクズどもは堪えきれないかのように吹き出した。
「格好良いなぁ、おい!正義の味方のつもりかよ」
「俺たちドSだからよぉ、ちょっと色々遊ばせてもらうぜぇ!特にそっちの嬢ちゃんとはなぁ!」
自分達の優位を疑っていないのかゲラゲラと笑うクズどもの発言に何時もなら不快感を覚えるはずのレイラは特に何の感情も動かなかった。
いや、正確に言えば動かす余裕がなかった。目の前に立っている仲間のはずの男の行動の方が余程怖かったからである。今までの苦労が滲み出ている考えだ。
「ドSねぇ…」
彰のその呟きを聞いた時、レイラは全身から嫌な予感が湧き上がるのを覚えたという。
「お前ら程度のSっぷりでドSを名乗るとは舐められたもんだな」
彰はニィと極悪な笑顔で笑い、鞘に入れたままの剣を構えた。
「本当のドSってのを教えてやるよ。なあ、バッティングセンターごっこやらないか?」
「は?何を言って」
意味がわからず疑問符を浮かべた男に対して彰は遠慮なく全力で剣を振り抜いた。
「「「あ、兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」」」
「何だよ、バッティングセンターごっこも知らねぇの?バッティングセンターってのはバットでボールを打つ所だよ。で、お前等がボール役。俺がバット役ね。はい、早い者勝ち〜」
「な、何だそりゃお前だけ有利でぶげらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おい、何ボールが喋ってんの?空気読めよ、お前等ボールなんだよ。ボールの役目は大人しく吹き飛ばされるのを待つことだって分かんないかなぁ」
(い、イキイキしてる…)
(楽しそうだねぇ)
(あ、アレは演技でそうしてるんですよね?本人の趣味とか含まれてないですよね?)
(…ウン、モチロンソウニキマッテルジャナイカー)
(私の目を見てそう言ってください!)
レイラはクラウスの肩を掴んで詰め寄るが、こんなことをしていることから自身も目の前の男の行動が誰かのために行われていることを信じられなくなっているようだ。
しかし、このドSの行動がアヤノや知らない誰かを助けることに繋がることは間違いない…はずなのだが、それさえも若干疑わしく感じていた。
(私はとんでもない人間に選択を委ねてしまったのでは…)
クズを潰すためにドクズを信じてしまったのではないかとレイラは冷や汗を浮かべた。
(…纏めて拘置所にぶち込むことって可能ですかね…どう見てもアレ過剰暴力ですよ)
(そんなことすればあっちのクズどもを捕まえられないでしょ。正義のためには多少犠牲を払わないと)
(正義とは一体…)
レイラは正義とは何かという哲学的問いを自らにかけるが少なくとも人をボール扱いする人間を正義とは認められそうになかった。
その間にも正義か疑わしいどころか完全に悪役のドSは黒く輝く笑顔を浮かべて次から次へと人間ボールをホームランしていく。
「はっはっは。こんだけホームランしてたら景品貰うべきだよな俺。おい、お前景品として金出せよ」
「て、テメェ調子のって、、、ごめんなさい、嘘です!金なら渡しますからドケブバァァァァァァァァァ!!」
「ボールが喋るなって言ってんだろうが。金なら後でお前等の屍から奪うから問題ねぇよ」
「最低ですか!!」
あまりのクズっぷりに黙っていられずにレイラはツッコミを入れるが、この惨劇を生み出したドクズは何を言っているのか分からないといった顔を浮かべる。
「え、何が?ボールを打って何が悪いの?」
「…もう、ダメですね…手遅れです…」
「おい!テ、テメェ、俺たちの後ろにいる奴が誰だか分かってんのか!今の組織で生きていけなくなるぞ」
レイラがドクズの人間としての終わりっぷりに涙を流していると、最初に打たれたボールの兄貴分がフラフラになりながら、雑魚キャラの代名詞のようなセリフを言っている。典型的過ぎて鼻で笑ってしまった。そんなことを気にしてる奴がこんな所にいるはずがない。
「馬鹿か、テメェは。俺がそんなこと気にする奴に見えるのか?」
彼が気にするのは常に一つのルールだけ。
「俺が守るのは何時、如何なる場所でも自分のルールなんだよ」
難産でした…やっぱりシリアスって難しい