「死ぬ…だと?」
彰の言葉を片瀬は笑うことが出来なかった。それは片瀬が考えられる可能性として考慮に入れていたことだからだ。しかし、それを一兵卒に過ぎない桐島が知っていることなどあり得ない。
「言っときますけど、別に俺が特別な情報を得ていたとかそんなことはないですよ。ただの推理…いや、予想です」
「検討違いの推理もあったものだな。私が誰に殺されるというのだ?コーネリアか?」
「だったら守りようもあるんですがねぇ。違いますよ。アンタが一番良く分かってるでしょう?」
適当に言っているだけかどうか確かめようとしたのだがどうやらそうでもなかったらしい。だが、それを認めることはできない。ここまで知っているということは、桐島が向こうの手下の可能性が十分にある。余計な手札を晒す訳にはいかなかった。
その片瀬の様子を見て彰は頭を掻く。
「考えていることは何となく分かりますし、その懸念は尤もですが状況を考えてくださいよ。仮に俺がアンタの考えている奴等の配下なら態々こんなことを言いに来ると思いますか?どう考えてもこんなこと言いに来るわきゃねぇでしょう」
「どうかな。裏の裏の可能性もある」
「んなこと言ってちゃ何もできないでしょうが。そこまでいくと慎重じゃなくて臆病ってんですよ。それとも藤堂さんに相談でもしてみますか?」
片瀬が苦々しい顔をするのを確認して彰は続ける。
「できませんよね?相談するとなるとアンタの裏の顔を藤堂さんに晒すことになる。あの人は清廉な人だ。そんなことになれば、今後アンタに疑いの目を向けるかもしれませんからねぇ」
とは言え、それ自体は悪いことではないと彰は考えている。
「別にアンタの裏の顔自体が悪いと言ってんじゃないですよ。むしろ、組織のトップならそれくらいして貰わなくちゃ困ります。綺麗事だけじゃ組織は回らない」
藤堂とてそれは分かっているだろう。だが、理解はできても納得はできない部分が残るはずだ。それを片瀬は気にしている。
「分かっておるではないか。では問題ないだろう。出て行け」
「問題はそこじゃないんすよ。アンタが藤堂さんに相談できない以上、今度の問題はアンタが自分で決めなきゃいけない。今までみたいに藤堂さんを頼る訳にはいかないんですよ」
「だから自分で決めたことだ。出て行け」
「アンタの奴等への恐れは正しい。奴等を信じるなんて論外だ。これまでの関係性はただの利害関係の一致に過ぎない。ウチには分かっていない連中が多過ぎますがね」
連中との関係性を正しく認識しているのは日本解放戦線では彰と片瀬のみだ。他の組織に拡大してもルルーシュくらいだろう。
「だが、そのアンタでも分かってない。連中を舐め過ぎだ。アンタが考えている誤魔化し程度で連中の目を欺くことができるなんて本当に信じているんですか?」
「出て行けと言っているだろう」
「アンタは別にクロヴィスと違って無能って訳じゃない。曲がりなりにも解放戦線をここまで維持して来たんだ。だが、今は状況が違う。無能じゃないレベルじゃあ、お話しにならないんですよ」
クロヴィスの時代ではそれでも良かった。しかし、ルルーシュがクロヴィスを退場させてしまったことで全てが変わってしまった。日本は化け物達の闘技場と化した。片瀬が頼り切る藤堂でさえ「優秀な指揮官」レベルで扱われてしまうクラスの。
仇を取りに来たコーネリア
復讐の為立ち上がったルルーシュ
裏で糸を引くシュナイゼル
ラウンズ級の実力を持つスザクとカレン
こんな化け物共が集った状況で何も変わらないなどあり得ない。むしろ、変わろうとした草壁さん達過激派は考え方としては正しいと言えた。ただ、正しさに方法が伴わなかっただけだ。
「出て行けと言っている!」
「今まで築き上げできたものを全部捨てることが難しいことなのは理解しますよ。ですが命あっての金と地位でしょう。死んだら何も残らない」
「だから出て行け!誰かコイツを引きずり出せ!」
いよいよ、誰かを呼ぼうとした片瀬に舌打ちをしながら説得を諦めた彰は部屋を出て行った。しかし、こうなってしまっては最早止めることは不可能だろう。彰に出来ることは上手くいくことを願うだけだ。無理だろうとは感じながらも。
片瀬が自殺体で見つかったのはその三日後のことだった。
「漸く、河口湖での事件で集まってたマスコミも居なくなったわねぇ。はー、これでやっと羽を伸ばせそう」
「会長は全く気にせずに羽を伸ばしてたじゃないですか…」
生徒会室へと歩きながら伸びをするミレイにシャーリーは呆れたように呟く。
「だよなぁ、会長だけ何時も通りって感じだったし」
「そんなことないわよ。面白いイベントも起こせなかったし。スザク君も退屈だったでしょ?」
「い、いえ、そんなことは」
「遠慮しなくても良いのに〜。よし、これからは中途加入のカレンとスザク君やイブちゃんが退屈しないように頑張らなきゃね」
スザクやイブはともかく、カレンは退屈とは縁遠い生活を送っておりむしろ学校でくらい退屈させてほしいのが希望なのだがミレイには知る由もない。まあ、知った所で止まらないだろうが。
「ところでそのカレンは何処行ったの?」
「先にルルーシュと生徒会室に行ってるみたいですよ」
「本当に仲が良いね」
昔のルルーシュを知るスザクから見れば驚きを禁じ得ない。まさか、あのルルーシュが彼女を作るなんて思ってもみなかったからだ。厳密に言えば通常の彼女という定義からは大分外れているのは知る由もない。
「まあ!2人で何してるのかしらね〜?」
「会長が頼んだ仕事やってるんでしょ?」
「それだって別にカレンと一緒じゃなきゃできないことじゃないじゃない!もしかして2人なのを利用して何かしてるのかも」
ミレイは面白いことになっているかもと期待して生徒会室の扉に耳を当てる。すると
「うぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「ちょ、大丈夫、ルルーシュ!?」
生徒会で何かが叩きつけられる音が弾くと同時に、中から聞こえるルルーシュとカレンの声。どう聞いても只事だとは思えないのだが…
「随分と楽しそうなことしてるみたいね」
「何やってるんだろうね」
「何、呑気なこと言ってるんですか!?悲鳴ですよ!大丈夫、ルル…」
見当違いなことを言っているミレイとニーナを尻目に慌ててシャーリーは扉を開ける。するとそこには
「何やってんのルル?」
「そんなこと俺が聞きたい…」
生徒会室の書類に頭から顔を突っ込んでいるルルーシュと唖然としているカレンと息を切らせている知らない女の子。
はっきり言ってカオスな状態だった。と言うかこの娘は誰なのだろう。
「え、と、カレン?この女の子は?」
「え?えーと、マーヤ・ディゼルさんよ。ほら、あの不登校で有名な」
「あ、あー、え!?こんな可愛らしい子がそうなの!?」
ほとんど学校に来ていない女の子が居るとは風の噂で聞いていたが、まさかこんな可愛らしい子がそうだとは思わなかった。
「へぇ、スゲェ可愛い子じゃん。んで?何でルルーシュとカレンはこの子を生徒会室に呼び出したんだ?」
リヴァルはポンとマーヤの肩に手を置いてそんなことを聞くが、それを見たルルーシュとカレンは顔色を変えた。
「止めろ、リヴァル!そいつから離れろ!」
「へ?」
疑問の声と同時に同時にリヴァルは宙を待った。何が起きてるか分からないまま地面に叩きつけられたリヴァルの悲鳴が生徒会室に響いた。
「ブリタニアの男性に触れられると反射的に投げ飛ばしちゃう?」
「はい…」
会長の言葉にしょんぼりと項垂れているが、先程の凶行を味わったルルーシュとリヴァルは一定の距離を取る。忘れてはいけなかった。コイツはあの彰がやべー奴と断定した異常者なのだ。
「何でそんな病気抱えてて此処に通ってんのよ」
あきれ半分といった表情でカレンはルルーシュにしか聞こえないくらいの言葉で呟くが、ルルーシュも完全に同意見だった。そんな状態でこの学校に通うなど無理難題である。
「でも、珍しいね。ブリタニア人なのに日本人ならともかくブリタニア人相手にそんな反応するなんて」
「何か怖い目に遭ったの?」
ニーナとシャーリーの呟きにマーヤは顔を曇らせる。どうやら何かトラウマがあるようだ。
「無理して言わなくても良いよ?」
「いえ、ここまでご迷惑をおかけしてしまった以上、話させてください。あの事件は私の中学時代に起こりました」
「事件って…もしかしてその事件の関係者が…」
「はい…私なんです」
辛そうに言葉を漏らすマーヤにこの場の全員がかける言葉を無くす。しかし、それでは話が進まないと考えたルルーシュは代表して話を促す。
「で?どんな事件だったんだ?」
「暴力事件です。私は何人かの男子のブリタニア人とチームを組んで弱者の気持ちを考えるというプレゼンの準備をしていたんですが、その準備中に突然、その男子が俺って弱者の気持ち分かんねーなー。俺って強者側だし?と言いながら私に暴力を振るおうとしてきたんです」
「酷いな…それでマーヤさんは怪我を?」
「ええ。少しばかり負わせてしまって」
「そうか…え?」
負わせてしまって?何か言葉のニュアンスがおかしい気がする。
「あの、マーヤさんが負わせたの?負わせられたんじゃなくて?」
「はい。弱者の気持ちが分からないというので教えてあげようかと思ってとりあえず投げ飛ばしたんです」
「今の話の流れでアンタ加害者なんかいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
予想外過ぎる話の展開に学校でのキャラを投げ捨ててカレンがツッコミを入れるが、当然の反応だった。
「え、いや、感謝されたんですよ?最終的には泣いてもう分かったから止めてくれとせがまれましたし」
「それ恐怖!恐怖による支配!」
「それで逆に色んな男子に喧嘩を売られるようになってその全員を投げ飛ばしていたら何時の間にか触られたら反射的に投げ飛ばすようになってしまって…」
「そうだったの…ごめんね、辛い話をさせちゃって」
「私たち何も知らなかったから…」
「ねぇ、何この空気!?何でトラウマ聞いちゃった的な空気が流れてるの!?トラウマでもなんでも無いわよ!馬鹿が馬鹿やって馬鹿な習性を身につけただけでしょ!!」
「アレ、カレンってこんな性格だったっけ?」
「だ、だよな〜。俺も随分と元気だなってさっきから」
「コホッ、コホッ!ご、ごめんなさい、思わず慣れてない大声を出したから咳き込んじゃって…コホッ、コホッ」
周囲からの疑問の声に自分のキャラを思い出したのか慌てて繕っているカレンを見て、何故こんなゴミみたいな演技で騙される奴がいるのか理解できないがルルーシュは特にそれには触れずに話を元に戻した。
「それでお前の習性は分かった。確かにそんな習性を持っていれば不登校レベルで学校に来なくなるのは納得だ。病院送りになる男子が多発するからな」
「困ったわね…別にウチの男達なら幾らでも投げてもらって構わないんだけどクラスの人に迷惑をかけるのはねぇ」
「会長、人権って知ってますか?」
「知ってるわよ。アンタ達に無いものでしょ?」
「リコールしますよ」
基本的人権の尊重という近代憲法に必須の考えを理解していない上司を解雇しようとするが、カレン以外に賛成票を得られなかったため諦めざるを得なかった。全く納得がいかない人事である。
「そうだ、とりあえずこうしましょう」
「止めましょう」
「まだ何も言ってないわよルルーシュ?」
「どうせ禄でもないことでしょう?」
「そんなことないわよ。いい、マーヤちゃん。今日から貴方を生徒会のメンバーに決定します」
驚きの表情を浮かべているマーヤを尻目にルルーシュは頭を抱える。
ほら、やっぱり禄でもないことだった。
次も月一投稿をしていきたい!(希望)