(何というか…現実感がないな)
千葉は流れるように行われた片瀬少将の簡略化された葬儀を眺めながらそんなことを思った。案外冷静な自分を冷たいと思うと同時に納得もしていた。
千葉は片瀬少将の下に付いていたとは言え、別に片瀬少将の手腕に惚れ込んだわけでもなく、この人に着いていけば日本開放に近づくと思ったわけでもない。単に自身が心酔している藤堂がいるから付いていただけ。それを今回のことで改めて自覚したのだ。
だからこそ、片瀬が亡くなったことにそれほど衝撃を受けることはない。それ故に、この流れるように行われた一連の形式じみた儀礼に一種の違和感を覚えた。
(まるで予定通りとでも言うような感覚…)
これについて藤堂には相談できない。藤堂が深く衝撃を受けていることは千葉にも感じられた。これ以上、余計な心労を抱えさせたくはない。
となると他に相談ができそうな筆頭は…
「アレが筆頭とか私の人間関係って…」
アレしか思い至らなかった自分の人間関係に頭が痛くなる。勿論、四聖剣の面々に尋ねることもするつもりだが、如何せん現場側の人間の発想になってしまう。千葉が信頼できる人間で、気軽に相談ができ、尚且つこのような力でどうこうできる問題ではないことが相談できる心当たりがアレしかなかった。
暫くしてアレを見つけた千葉だが、生憎と先客が存在していた。
「おい、彰。何とか言ったらどうなんだ?」
別に隠れる必要もなかったのだが、隠れてアレこと彰と先客の卜部の話に耳を傾ける。
「今回のこと、お前はどう思う?」
どうやら卜部も自分と同じことを相談しに来たらしい。
「俺だって馬鹿じゃない。悪いが、お前の部屋でこの資料を見つけた…辛かったよな」
卜部は彰の部屋で見つけた資料を懐から見せながら悲しそうに呟く。
「俺だってそうさ。好きだったからこそ悲しいよな…SMAPの解散なんて…」
(いや、違うだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)
千葉は目の前で行われている展開に内心で絶叫していた。
「彰…本来なら慰めるべきなんだろうが言葉が見つからない…SMAP世代の俺としてもかなり心にくるものがあった。HEROの時の上着を探して回った時が懐かしいぜ」
(いや、知らないけど!!アンタがSMAPのファンだろうがどうでも良いけど!て言うかアンタHERO好きだったんだ!初めて知りましたよ!知った所で何も活かせない知識ですけど!)
「アレを着れば俺もなれると思ってたんだけどなぁ…キムタクに」
「ガワだけ見繕っても仕方ないでしょうよ。まず中身を似せないと」
「ははは、確かにな。ガワだけ似せてもしょうがないよな」
(いや、似せられてないけど!?顔面偏差値に地獄みたいな差がありますけど!?)
「馬鹿かお前らは!今はそんな話をしている場合か!」
「仙波さん。何のようです?」
「彰に用事があったから来たのだがな…お前らが見当違いなことを話しているからたまらず飛び出してきたのだ。今は別のことを話し合うべきだろう?」
全くと言いながらため息を吐く仙波に、千葉は内心で全面同意する。そうだ、もっと言ってやれ。
「そんな昔の話ではなく…今は…嵐の活動休止を悲しもうではないか」
(いや、あんたもそんな場合じゃねぇだろ!?どっちにしろ、ちょっと古いし!)
「流石の儂もこれにはこたえた…花男世代の儂にはヒーローじゃったからな」
(絶対にアンタは花男世代じゃないけど!?むしろ、おしん世代ですけど!?)
「仙波さんも好きだったんですね。まあ、俺はルイ君派ですけど」
「分かってないな、お前は。美作君の良さが分からないのか?」
「馬鹿め。西門の隠れた優しさが良いのではないか」
(本当にどうでも良いわ!何で馬鹿どもの推しキャラの話を聞かされてるんだ私は!?て言うか、嵐好きなら道明寺のこと推すんじゃないのか!?)
「ま、それも悲しいのは事実ですけどね。今の俺の関心は別の所に向いてるんですよ、全く困ったもんだ…どうすりゃ良いんだか」
彰の発言に千葉は驚愕した。まさか、あの馬鹿がボケの流れを断ち切ってくれるとは思わなかった。いや、そうか。何だかんだで色々と考えている奴ではある。この状況でボケてばかりはいられないという人として当然の結論に達してくれたのか。
まあ、勿論
「SMAPよりも嵐よりも今はBTSの活動休止について話し合いましょう」
「お前ら馬鹿チームの活動を停止しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
そんなわけがなかった。
意気揚々と話し出した彰の後頭部を思い切り蹴り飛ばした千葉は息を荒げながら言葉を続ける。
「何でこの状況で芸能界の話で盛り上がれるんだお前らはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!現実を見ろ!むしろ、私たちのグループが解散寸前だぞ!?」
「何と!?マズイのう、ソロ活動の準備をせねば」
「そうだな、とりあえずボイトレに行こう」
「何のソロ活動開始する気だ!?ソロ活動の準備をする前に団体行動の基本を覚えろ!」
「いや、団体行動の基本をよりも先に個人の技量を高める方が先決じゃないですかね」
「そうじゃな。個人の技量を高めることで、チームプレイの効果が跳ね上がるからのう」
「いや、そうだけども!確かにそうなんだけれども!気のせいかな!?まだお前らが音楽活動の話をしてる気がするんだが!?」
「何、安心しろよ千葉。ボーカルの席はお前に譲ってやるから」
「あ、俺、ギターやります」
「それじゃ、儂はベースかのう」
「俺はドラムにするか。んじゃ、掛け声合わせてこうぜ」
その言葉を合図に、彰と仙波と卜部はエンジンを組む。
「「「結束戦線ファイ!!!」」」
「お前らは日本解放戦線だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!そんなギターが押し入れで練習してそうなグループなんかじゃないだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
色々とキレた千葉は馬鹿どもを全員蹴り飛ばし、纏めて正座させると、千葉は息を荒くして言い放つ。
「私たちの結束を大事にしろ!話を聞け!さっきまでの葬儀に何も感じなかったのか貴様ら!?」
「いやまあ、確かに感じましたけどできることないですしねぇ」
「…お前、何を知っている?」
千葉の怒号を聞いて少しは真面目に答えた彰の返答に千葉は目を鋭くさせる。彰の答えに何か含んだものを感じたからだ。
「さてね。証拠もないことを憶測で答えてもしょうがないでしょう」
「憶測…ね。お前の憶測ほど当てになるもんもないけどな」
「買い被りですよ」
卜部の返答に彰は肩をすくめる。信頼も過ぎれば重荷でしかない。藤堂さんを見れば良くわかる。
「ふん、どうせ言わんのだろ?なら、その憶測はどうでも良い。お前はこの後、どうなると踏んでる?」
彰の性格を知り尽くしている千葉の配慮が彰には有難い。今回の事体の説明などしたところで誰の益にもならない。向こうとの軋轢が増えるだけだ。
「池田大佐辺りが片瀬さんの後釜になるって所でしょ。ま、誰がなってもそんなに変化ないでしょうし、どうでも良いですけど。どっちにしろ、キョウトの傀儡だ」
「…まあ、だろうな」
その彰の考えには千葉も同意するしかない。何の面白みもない人選だ。可もなく不可もなく。粛々と片瀬の路線を進んでいくであろうことは明らかだった。
「しかし、中佐がトップになるのであれば話が違うのではないか?片瀬少将の路線を継ぎながらも、何か新しいことをしてくれる可能性も」
「最悪の人選ですね。アンタまでバカなこと言わないでくださいよ仙波さん。あの人の器じゃない」
「藤堂中佐には無理だってか?」
「完全に向いてませんね。あの人は綺麗過ぎる」
それは人としては美点だが、軍のトップとしては欠点でしかない。トップであれば部下を犠牲にしてでも、生きなければならない。あの人にはそれができない。そんなことをするくらいなら死を選ぶ人間だ。
「だからこそできることはない…か。だが、そんなことは無いんじゃないのか?お前にしかできないことがある」
「は?」
卜部の言うことが理解できない彰は首を傾げる。だが、そんな彰の様子など気にせずに卜部は続ける。
「お前がいるだろう。お前がトップに立て。もう面倒臭えとか言ってる場合じゃねぇぞ」
月日が経っちゃったからもうBTSの話題もそんなに新しくないんだぜ…