「これは、これは主殿。お早いご準備で」
シン・ヒュウガ・ヴァインベルグがエリア11に向かう飛行機に向かっているとその通路にオレンジ髪を逆立てた男がニヤついた笑みを浮かべながら立っていた。とはいえ、シンにとっては想定通りの行為であり特に気にかけるような問題ではなかった。問題なのは奥にいるもう一人の方だ。
「お前ほど早くはないがなルキアーノ。まさか、お前が彼女と待ち合わせているとは思わなかったよ」
「寝言は寝て言いなさい、シン」
シンに呼ばれた彼女ーモニカ・クルシェフスキー卿は美しい顔を不快に歪めながら返答する。嫌悪感をこれ以上ないほど表現していた。それを知っても、いや知っているからこそかシンは笑顔を浮かべる。
「相変わらず私には厳しいな。今となっては仲間だ。過去は忘れて仲を深めようではないが」
「仲間?人間に愛着を持てない貴方が?」
吐き捨てるようにモニカは言葉を発する。会った時からこの男は変わらない。変わらずに壊れている。シュナイゼル殿下の壊れっぷりも相当なものだが、他人に迷惑をかけることを考えればこちらの方が余程タチが悪い。
「それは誤解だ。私は私なりの考え方で全ての人間を愛している」
「随分と歪んだ愛情ね。それは愛情じゃなくてただの価値観の押し付けよ。コミュニケーションの勉強を小学生からやり直したらどうかしら?」
「好き放題言われておりますなぁ、主殿」
シンとモニカの口論の何が面白いのか耐えられないとでもいうかのように、ルキアーノは笑いを溢す。コイツもコイツで相当だ。ナイトオブラウンズの地位を蹴ってまでシンの下を選んだ変わり種。悪趣味な外道だが、分かりやすいという点においてはシンよりも遥かにマシである。
「別に理解をして欲しいとは言わないさ。モニカとは価値観が合わないことを知っているからな」
「驚きですね。貴方のような怪物と価値観が合う人間がいると思っていたんですか」
この男の過去を知っているモニカからすれば冗談にもならない話だ。目の前の男は人間として終わっている。
常人から見れば厄災を振り撒くだけの怪物だ。
だからこそ、モニカはこの男がナイトオブラウンズに選ばれると知った時に全力で反対したのだ。
「少なくとも多少はいるのではないか?少なくとも馬鹿な真似をしてナイトオブラウンズの候補から下ろされた猿よりかはな」
思わずモニカは剣を握る。全身から殺気も滲み出した。別にモニカに奴を庇う理由はない。しかし、事情を知るモニカからすれば看過できない。
誰が言っても許せてもこの男がいうことは許せない。ジノの右腕を死に体にした元凶のこの男だけは。
モニカの殺気に合わせてルキアーノも剣を握る。久方振りの強者の血を見る興奮に笑みを浮かべている。
しかし
「ストップ」
3人の間に降り立った桃色の髪の少女に殺気は打ち消される。
「ナイトオブラウンズ同士の殺し合いは御法度」
「これはこれは。まさか貴方までいらっしゃるとは」
「シュナイゼル殿下の指示。モニカとシンは仲が悪いから」
「流石は殿下。ご慧眼だ」
ニヤリと何が楽しいのか理解できないがシンは笑顔を浮かべる。その笑顔にモニカは苛立ちが募る。ここまで笑顔で不快な感情を与えるのはこの男だけだろう。
「モニカ、ストップ」
桃色髪の少女ーアーニャはモニカを見つめる。
「シンがエリア11に行くのは殿下の許可が下りてる。邪魔はできない」
「…分かっています」
ナイトオブラウンズとは言え、シュナイゼル第二皇子の命令を拒否などできるはずがない。
結局、モニカはシンとルキアーノがエリア11に行くのを見守ることしかできないのだ。
「理解してくれてありがたい。では、私達は行かせて貰いましょう。ああ、そう言えば」
シンは思い出したかのようにモニカに視線を向ける。
「最後になるかもしれませんから、奴に会えば伝言でも伝えておきましょう。何かありますか?」
「必要ありません」
モニカはシンに視線を合わせて堂々と答える。
「次に会った時に直接伝えます」
シン達が去った後も暫くぼんやりとしていたモニカの耳にカシャっと音が響く。
見るまでもない。アーニャが写真を撮った音だろう。
「記録」
「相変わらず、写真を撮るのが好きですね」
「モニカの写真は高く売れる」
「売ってるんですか!?」
「最近はあまり売れない」
「…なんで私の人気が下がった的な言い方なんですか?別に私モデルでも何でもないんですけど」
「もっと露出が必要らしい」
「それ言った人誰ですか?逆探知して突き止めましょう。消し飛ばします」
とりあえず殺すことにしよう。変態とクズは殺すというのはEU時代に覚えた鉄則だった。気付けば繁殖しているゴキブリのような連中だ。定期的に間引くことは必須条件だ。
そんな決意を固めているとアーニャが真顔で見つめていることに気がついた。別に何をしたわけでもないのだが、こうも真顔で見つめられていると何か悪いことをした気分になってくる。
「な、何ですか?」
「モニカ変わってる」
「貴方に言われたくありません」
思わずモニカも真顔になった。変人度で言えば目の前の幼女も相当な者だ。
「私が変なのは自覚してる」
「そうですか。ですが安心してください。貴方以上の変人を私は何人も知っています」
主な生息域は日本とEUである。
「そうじゃない。ナイトオブラウンズなのにモニカはブリタニアに忠誠を誓っているように見えない。変」
「…まあ、そうですね」
確かにナイトオブラウンズではあるし、ブリタニアのために戦えと言われれば勿論戦うが、忠誠を誓っているかと言われれば違うと答える。
「私も迷っている最中なんですよ。何のために戦うのか。誰のために戦うのか」
「モニカが何を言っているのかわからない」
アーニャからすれば考えたこともなかった問いだ。ブリタニアのために戦うのはアーニャから見れば当たり前だ。
「そうですね。あの出会いがなければ私もそうだったでしょう」
いや、それ以上に拗らせていたかもしれない。碌に覚えてもいない父親に自分を認めさせるためだけに力を振るっていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
「私はモニカ・クルシェフスキー」
「…知ってる」
突然、当たり前のことを言い出したモニカにアーニャは疑問符を浮かべる。突然何を言い出したのだろうか?と言っている目だ。
そう、当たり前のことだ。当たり前のことを私は見ていなかった。
「私がこの名前になったのは最近のことなんですよ」
「何言ってるの?」
アーニャは首を傾げる。だが、そんなアーニャの姿はモニカの目には映らない。映っているのはかつての情景。似ても似つかない正反対の夫婦の姿。
時が経った今でもその姿は瞼の裏側に焼き付いている。
『何処見て戦ってんだ?良く見ろよ。お前の敵は目の前にいるこの俺だろうが』
『貴方が認めて欲しい誰かでなくとも私は貴方を認めますよモニカ。敵かもしれませんが、貴方のような人間を私は好きです』
「あの二人と一緒にいると…色々どうでも良くなるんですよ。生まれも育ちも血も国も」
大事なのは生き方だ。それが込められている剣に私は焦がれた。
「だからジノは帰ってこなかったの?」
「そうでしょうね。ジノは特に旦那の方の在り方に憧れたから…あんなバカなことになってしまった」
あの選択がなければ恐らくジノはナイトオブラウンズの一員だったろう。奴は地位も名誉もあの選択で失った。
結果だけ見ればとんでもない大馬鹿者だ。
「でも、モニカ嬉しそう」
「そう見えますか?」
そうか、私は笑っているのか。それに気づいて更に笑みを浮かべる。
「ただの馬鹿なのに…格好良かったんですよねぇ」
全てを失っても守れたものを知って笑ったあの馬鹿が。
あの馬鹿にあんな選択を選ぶような影響を与えたあの男が。
「益々わからない。それなのに何でモニカはナイトオブラウンズをやってるの?」
「何ででしょうね」
それは自分でも分からない。むしろ分からないからこそ答えが出るまで続けているのかもしれない。そもそも、答えなんてないかもしれないけども。
「人生はチョコレートの箱。食べてみるまで分からない」
「…何で突然映画のセリフ?」
「本当にそう思っているからですよ」
食べてみるまで分からないなら食べてみようではないか。そこから見える景色もきっとある。
力だけが全てではない。少なくともそれだけは自信を持って答えられるようになったのだから。