やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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入学編#8  こうして比企谷八幡は覚悟を決める。

 

 

 時刻は深夜。

 春先でも、この時間帯になるとまだ肌寒さが残っている。部屋のベランダに出て、柄にもなく夜空を見上げる。嘲笑されるかもしれない。何をおセンチになっているだと。似合わないことくらいは自覚している。長居すれば風邪をひくかもしれないことも。

 それでも頭をクリアにするには冷たい空気が必要だった。

 思考を続ける。

 俺には魔法で空気は読めても、魔法で人の感情が視えたとしても、それを理解できる頭がない。経験がない。理屈でしか人の行動を説明出来ないから、感情から起こる動機が理解できない。

 だから、理解できないなら、考え続けるしかない。考えるべきは俺の感情。俺の動機だ。

 俺が何をしたいのか。どうすべきなのか。

 その答えを出すために道標をくれた小町の言葉を思い出す。俺には何も守るものがない――そんな俺の独白を聞いた小町が心底意外そうな顔をしたのは、俺にとっても意外だった。

 

  

   *** 

 

 

「え? お兄ちゃん、もし小町が襲われかけても守ってくれないの?」

 

 馬鹿言うな。そんなわけあるか。何を捨て置いても小町は守るに決まっている。

 

「襲った相手を傷つけてることになっても?」

 

 もちろん、小町が最優先だ。相手のことなんぞ知らん。むしろ小町を襲ったことを心の底から後悔させた上で、子々孫々償わせるまである。

 

「小町嬉しい。お兄ちゃんは、やっぱり小町のお兄ちゃんだね!」

 

 もちろんだ! 俺が世界で一番愛しているのは小町だからな!

 

「ありがとう! 気持ちはありがたくいただいておくね。小町はそれほどでもないけど」

 

 おうふ!

 

「それにちょっと愛が重いから、ほどほどにしてくれると小町嬉しいなー」

 

 そんな器用なことが出来ると思いますか?

 

「ああ、うん。無理だね。ごめんね」

 

 そこで納得されるのも複雑な気分だ。

 

「愛は重すぎると引くだけだからね、気を付けてね、お兄ちゃん」

 

 俺の愛は今のところ小町にしか向いていないからなぁ。

 

「今後、他の方向に向くことってあるの?」

 

 俺が小町以外に愛を語るなんてことがあると思うか?

 

「はぁーーー、そうやって開き直っているうちは無理だね。ってことは、お義姉ちゃん候補の出現はまだ先か。どこかにポップしてエンカウントしたりしないかな」

 

 俺の未来の奥さんはモンスターか何かですか?

 っていうか、架空の存在に期待したって疲れるだけだぞよ?

 

「冗談だよ、冗談! まぁ、お兄ちゃんの存在が冗談みたいなのはさておき……」

 

 ちょっと小町ちゃん? お兄ちゃんは実在しますからね。架空の存在じゃないからね。え? 違うよね?

 

「そこは自信をもって違うって言おうよ」

 

 お、おう。そうだな。確かに俺は実在する。俺、思う、故に俺あり。

 

「どこかから拾ってきた格言をそれっぽくアレンジするのやめようね、中二臭いから」

 

 ぐはぁっ!

 

「話を戻すとね。フフフ。頭で難しく考えるのではない。心で感じるのだよ。ならば解は既に出ている。何故ならこれはお選択の問題だからだよ、八幡くん」

 

 ……お洗濯? ん? ……いや、選択か? 「お」を付けると別の言葉になるからやめなさい。っていうか、いきなりそのキャラ付けは何なんの? いや、待て。低い声出してそういう言い回しはどこかで聞いたような……?

 

「え? これ? お兄ちゃんが昔、中学生特有の病気だった頃の口調を真似ただけだよ」

 

 ぐふぅっ!

 

「まぁ、いい加減お兄ちゃんをチクチク刺すのも飽きたから今度こそ話を進めるとね。要は、お兄ちゃんが本当に望むことは何なのか、考えてみればいいと思う」

 

 俺が望むこと?

 

「働きたくないとか、外出たくないとか、養ってほしいとかそういうことじゃないよ?」

 

 まだ何も言ってませんが?

 

「言おうとしたくせに」

 

 ぎくり。

 

「ったく。あのね、小町が襲われかけたら、お兄ちゃんは守ってくれるんだよね? 何で?」

 

 そりゃあ、あれだ、小町が大事だからに決まっている。

 

「うん。それは素直にありがとう。お兄ちゃんは、小町のことが大事だから戦ってくれるんだよね?」

 

 そうだな。

 

「お兄ちゃんが戦うことで相手を傷つけるかもしれない、その結果自分も傷つくかもしれないよ? それでも?」

 

 もちろんだ。

 

「うん。だからね、今回のことも同じだと思うよ?」

 

 え? ……同じ……か? いや、違う気がするけど?

 

「小町は同じだと思う。テロリストと戦うことが目的みたいになっちゃったから、勘違いしているんだよ。お兄ちゃんがしたいのは、テロと戦いたいわけでも、テロから学校を守りたいわけでもないんじゃないかな」

 

 それならやはり、俺にできることはないんじゃなかろうか。

 

「あー、もう、そうじゃないってば! 『全は一、一は全』ってどこかの漫画の主人公が言ってたけど、今のお兄ちゃんは、全と一の区別が出来てないんだよ。ごっちゃになってるの。キケンなの。混ぜちゃダメ」

 

 漫画の名言を洗剤見たく言うのやめてね?

 はぁ……で? なんだっけ? 

『全は一、一は全』? この場合『全』は学校か? では『一』ってなんだ?

 

「そりゃあ学校の生徒個人でしょ?」

 

 まぁ何だ……確かに、俺は学校に特に愛着があるわけでも何でもないから、戦ってまで守りたいかと言われたらそれは違うと否定するだろう。どうでもいいとまでは言わんが、どうしても守り切りたいと思うほどでもない。

 ならば『一』は? 個人? 生徒? 

 

「お兄ちゃんが学校で付き合いのある人たちって言えば、生徒会メンバーでしょ? 後は風紀委員長さんとか? こういう時、お兄ちゃんは交友関係狭いからわかりやすいよね」

 

 おーい、さらりとディスらないでくださいませんかね。

 

「これでも褒めてるんだよ。中学の頃は全く誰とも付き合いなかったでしょ。進歩してるんだから、いいことじゃん」

 

 進歩と言えるのだろうか。俺は、彼女らとどういう感じで接していくべきなのだろうか。

 

「べき、とか言っている時点でまだ固いんだけど……うん、まぁ、前向きに検討している分だけ、まだましか。大丈夫、お兄ちゃんはやればできる子だよ。それは妹である小町がよく知ってる。だからもうちょっと考えてみてよ。生徒会の皆さんのことはどう思う? 例えば七草って生徒会長さんは?」

 

 いやいや、七草会長って、十師族だぞ? すごいんだぞ? 小悪魔だぞ?

 

「意味が分かんないよ。特に最後。とりわけ優秀だっていうのは伝わったけど。学校の話を聞く限りの印象だと、お兄ちゃんの腐った目を見ても引かないし、斜め上のなめ腐った言動や時々気持ち悪い感じで笑うことを知っても接し方が変わるわけでもないし、結構、小町的にポイント高いんだけどなぁー」

 

 だからさらりと俺をディスるのやめてってば。そろそろお兄ちゃん、本気で落ち込みますよ。

 

「それは後にして」

 

 後で落ち込むのは決定ですか。そうですか……。

 

「いいからどう思うの? ほれほれ。隠さずに言ってみ?」

 

 ……むぅ……まぁ、確かに、いい人では……ある……かな?

 優秀だし、才能に胡坐をかかない努力の人だ。あと、意外と言っては失礼だけど、知識欲も高い。イメージ的には市原先輩の独壇場だと思ってたけど、さすが三年主席だけある。

 優しく平等で、人当たりもいいから生徒からの人望も高い。カリスマ性は半端ない。

 俺の目を見ても、言動を聞いても引かない優しい人だな。だけど誰にでも無条件で優しい、というのとは少し違うようにも思う。

 冷静に物事を見て、偏見を持たずに判断して、何が正しいかを考え続け、その過程で、厳しさが見え隠れしているときがたまにあるからだ。

 ただ当人はそう見られるのが嫌なのか、あざとく振る舞ってごまかすことが多い。つまり腹黒い。ストレス発散代わりに男を手玉に取る小悪魔だ。服部副会長がマジで不憫。

 あとやはりあざとい。

 

「何で二回言ったの?」

 

 いや、なんとなく。

 

「ほーん。まぁいいけど。うん、その生徒会長さんがテロリストと戦う場面を想像してみるとして、どんな感じ?」

 

 負ける姿が一切思い浮かばないな。

 

「それだけ?」

 

 ……だと思うんだが……ん? どういうことだ?

 

「お兄ちゃんがテロと戦うのにまだ踏ん切り着かないのはなんで? 戦うのが嫌だからでしょ? 相手がテロリストだとわかっても、それでも誰かを傷つけたくないんでしょ? 誰かを傷つけるために、魔法を遣いたくないんでしょ?」

 

 ふむ……それはまぁ、そうだな。

 

「会長さんは、どうなんだろうね?」

 

 そりゃあ、あれだよあれ。

 好きで戦いたいわけじゃない、と思うぞ。多分。とりわけ戦うことが好きってタイプではなさそうだし。

 いや、スポーツとかテストとかの勝負事が嫌いって意味じゃなくて、この場合は命を懸けたって意味だけど。

 

「そうなんだ?」

 

 まぁ、そうだな。うん。大して深い付き合いがあるわけでもないが、好き好んで誰かを傷つけたがるような人じゃないだろう。

 ならなんで七草会長は戦うことを選んだのか、って聞かれても困る。俺は会長じゃないし。

 でもまぁ、予想するとするなら、だ。

 七草会長にとって、一高を守ることは、生徒会長として、十師族の一員として、何よりこれから魔法師を目指す一人の人間としても、引けない一線なのではないだろうか。

 だから戦うことを決めたのではなかろうか。その先に譲れないものがあるから。

 俺が小町を守りたいのと同じように。

 

「お兄ちゃんがそう思うなら、そうなんだろうね」

 

 いや、けどそれは俺の押し付けかもしれないぞ?

 

「別にいいじゃん」

 

 ……え? いいの?

 

「え? なんでダメなの?」

 

 いや、だって、そりゃ、お前、アレだよアレ。アレがアレで、アレだから……

 

「どれがどれだよ。まったく、これだからごみいちゃんは」

 

 ちょっと、言葉遣いが乱暴よ。

 

「あのね、ここで重要なのはさ、会長さんにも譲れないものがあって、お兄ちゃんにも譲れないものがあるってことなんだよ。お兄ちゃんが、会長さんの作戦に頷けなかったのは、お兄ちゃんの中にも譲れないものがあるからなんだよ」

 

 いや、それはわかっている。俺が戦いを忌避しているからだろう。

 

「ううん。そうじゃない。わかってない。お兄ちゃんは、今、理由を自分に探そうとしているから、わかってないんだ」

 

 いや、普通、戦う理由を誰かに求めたりしないよな?

 

「そんなことないよ。小町は求めてもいいと思う」

 

 それはエゴじゃないのか?

 

「エゴだね」

 

 いやそれは駄目だろう。何かと自己愛にあふれた俺が言うのもなんだが。

 

「何でエゴがダメなの? 自分の利益を中心に考えることの、何がダメなの? 他人より自分。当たり前のことだよ? そもそも戦いなんてエゴのぶつけ合いじゃん」

 

 それを言ったら身もふたもないでしょうよ。

 

「そりゃあね、本当にそれだけだったらダメだと思うよ。人として最低だよ。うん。最低だね」

 

 こら待て。なんで二回言った?

 

「他意はないよ。だってお兄ちゃんは違うよね? お兄ちゃんは他人のために戦える。小町だって、大事な妹だって言ってくれるけど、それはとても嬉しいことだけど、やっぱり究極的には他人なんだ。お兄ちゃん自身じゃないんだよ。でも戦える。小町のために戦ってくれる。

 なのに、今回は嫌だと思うのはどうして?」

 

 それは…………あれ? 何でだ?

 

「その違いの中に理由が隠れてるって小町は思う。だから考えてみてよ。お兄ちゃんが譲れないものって何? わかってると思うけど、今回のことでは小町は関係ないからね」

 

 それはもちろん、小町が関係していたら、俺はこんなに落ち着いていないと思うからな。

 お、今の八幡的にポイント高い。

 

「うん、確かにポイントは高いけど、今、シスコンパワーを発揮されても困るんだけどなぁ……」

 

 …………ふむ。まぁ待て、落ち着け。いや、落ち着くのは俺か。

 俺は俺を信じていないが、小町のことは信じているのだ。だから考えろ。

 俺が、俺以外の理由で、譲れないもの?

 戦いたくない。傷つけたくない。誰かを傷つければ、自ずとそれは自分にも跳ね返る。

 それは結局、自分が傷つきたくないという自己愛からなるもので、誰かが傷つくのを見たくないと思うのは、嫌なものから目を逸らしたいだけの逃避なのだ。

 現実を見ず、空想に逃げ、妄想の果てに己の内側で完結しようとする。誰の言葉にも耳を貸さず、誰にも言葉を告げず、誰とも関わらないでいる引きこもり野郎に他ならない。

 自分を好きになれないくせに自己保身だけはするとか、気持ち悪いにもほどがある。しかし、ならば生き方や考え方を変えられるかというと、やはりだめなのだ。無理なのだ。

 何故ならその最低の引きこもり野郎こそが、俺という人間なのだ。

 俺は俺を変えられない。いつか誰かに、何かに、変えられてしまうかもしれなくとも。俺は俺自身で変わる気はない。

 ならば、少し視点を変えてみることにする。

 俺は、七草会長を守りたいのか? いや、なんか違う気がする。

 渡辺先輩は? 中条先輩は? 市原先輩は? 司波兄妹は?

 守りたいというのとは、どれも違う気がする。

 生徒会に参加させられてからひと月にも満たない短く浅い付き合いだ。仲間だと言うにはあまりにも浅い。友人ではありえない。もちろん身内でもない。だから、彼女らが小町と同じポジションになることはない。それは彼女らも同じはずだ。

 けれど彼女らがいい人だということはわかっている。俺の人生で出会った他人の中では、信じ難いほどに優しい人たちだと思うのだ。俺以外の誰かにも優しさを与えられるいい人たちだ。

 人の優しさに甘えて目を閉じ、耳をふさぎ、犠牲という名の平穏を得る。それが青春だと知っていて、そんなもの、俺はいらないと断じたはずだ。

 ならば俺は。俺の譲れないものとは――

 

「……答え、出せそう?」

 

 もう少し考えてみる。

 

「うん、それがいいよ」

 

 間違いでもいい。押しつけでもいい。そう、小町が言ってくれたから。

 そうだな。押し付けてみよう。結果は何も変わらないかもしれないが。

 七草会長のお願いだって、元は彼女の押し付けだ。優しさには違いなくても、彼女が考える、彼女のエゴとも言える。ならばお互い様なのだ。これがエゴの押し付け合いから始まったものなら、俺も俺の考えと答えを押し付ければいい。

 未練しかない人生の中で、いつだって後悔しかない生き方をしてきたのだ。今更、恥の一つや二つ、知ったことではない。開き直ったぼっちは手強いのだ。

 

 

   ***

 

 

 流石に冷えてきた。身体をさすりながら自室に戻って窓を閉める。ベッドに寝転がって天井を見上げると、思った以上に体力が削られていたらしい。全身から力が抜けて、ようやくほっと一息付けた。

 眠りたいという欲求があるのに、思考はクリアなままだ。

 ――と、ピロリンと手元の携帯デバイスが鳴った。画面を見やると、「おやすみ」のあいさつをして自室に戻ったはずの小町からのメールだった。

 窓を閉めた音で俺が自室に戻ったことに気づいたのか。というか、まだ起きてたのか。早く寝なさいよ、お肌荒れるから。

 

『がんばれ、お兄ちゃん』

 

 ……ああ、頑張る。

 明日――いや、もう時間は深夜を回っているから、今日、決着がつく。

 俺の覚悟がどうあれ、必ず、今日、終わりは来る。

 

 




お読みいただきありがとうございました。
本作カスタマイズ版、ハイパー仕様の小町、再登場。
ほぼ八幡の独白で話進みませんでしたがご容赦ください。

テロリストが襲撃する時間は刻一刻と迫る中で、八幡が心に決めた覚悟。
それは誰にもできない、彼にだからできる、彼の意思表示。
次回、「こうして比企谷八幡の覚悟は試される。」

はんぞーくんがちょっとだけ登場します。仲間外れじゃないよ。ホントだよ。
次回もよろしくお願いします。


P.S.
すみません。長くなりすぎるのでここでいったん区切ります。

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