やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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入学編#9  こうして比企谷八幡の覚悟は試される。

 

 

 公開討論会当日の朝。

 まだ始業までには時間があるというのに、学内の至るところで差別撤廃同盟のメンバーが討論会の開催を宣伝してビラ配りに余念がない。

 朝から本当、熱心なことで。

 いや、他人のことは言えないか。

 そういう熱気を避ける様に遠回りしながら、俺は登校するとすぐ、目的を果たすために生徒会室へ向かった。言われずとも朝から自ずから動くとか、いつの間にか社畜生活に慣れてしまった自分が恐ろしい。

 昨日、司波深雪伝手に聞いたところによれば、放課後に行われる討論会の手続きは市原先輩が、講堂の下準備は服部副会長主軸で行ったそうだ。何と言うか、普段目立たないながらもきっちり仕事をこなすあたり、やはりあの人たちはもれなく優秀だった。

 と、人込みを避けてようやく生徒会室に到着したというところで、後ろから声がかかった。

 渡辺先輩だ。「おはよう」「うす」――いつものように挨拶を交わして、いつものように生徒会室に入室する。

 意外なことに生徒会メンバーは、中条先輩を除いて既にそろい踏みだった。今日は服部副会長もいる。司波がいるのは妹の付き添いか? と思ったが、俺の訝し気な視線に気付いた司波が、実は業務メールで早朝に集合するよう指示があったことを教えてくれた。

 え? 何それ俺知らない。もしかしてお呼びでない? 八幡、要らない子? とか帰りたい欲求に苛まれながらデバイスを見ると、何のことはない、俺がメールに気づいていないだけだった。まったくこれっぽっちも見てませんでした。

 あっぶねーっ! 

 メールしたならメールしたよって、メールをちょうだいね。ホント。これだからメール見るのが習慣付いている人たちって。

 ……ま、どのみち見ないんだろうけど。

 最後に入室した中条先輩の姿を確認したところで、全員が揃ったと判断した七草会長が口を開いた。

 

「みんな、朝からごめんね。メールで概要は説明しましたが、改めて今日のことで打ち合わせしたくて集まってもらいました。

 一昨日、同盟側と討論会の打ち合わせをした後、壬生さんから聞いたブランシュ襲撃の予測を受けて、十文字君と私を中心に、学校側と調整しました。

 生徒は全員講堂へ集合。最初は任意参加の予定でしたが、全員参加するよう、今日、これから通達してもらう予定です。

 そして今朝、壬生さんとも改めて連絡が取れて向こうの襲撃人数、襲撃時間も割り出せています。襲撃と同時に講堂内の学生側にも動きがあるでしょうから、内部にも風紀委員を配置してもらいます。配置と人員の選抜は摩利にお願いしました」

 

 みんなの視線を受けて、渡辺先輩が頷く。

 

「討論会には私一人で立ちます。司会にはんぞーくん。摩利とリンちゃん、あーちゃんは裏方で待機。襲撃と同時に遊撃要員として動いてもらいます。

 特にあーちゃん。もし講堂内で生徒たちが混乱したら暴動になる恐れがあります。その場合、梓弓を遣って落ち着かせてあげてください」

「はい」

「それから、達也くんと深雪さんは、討論会開始と同時に図書館へ向かってください。壬生さんと落ち合い、機密文書を狙う方の鎮圧をお願いします」

「了解しました」

「お任せください」

 

 司波兄妹も異論はないらしい。司波は風紀委員だが、指揮は七草会長が一本に握っていた。代わりに部活連は統括の十文字先輩が仕切るらしい。俺は会ったことないけど、結構いかつい人だと聞いたことがある。

 

「また先生方、風紀委員、並びに部活連から十文字君が選抜した防衛部隊が、校内の各所に配置に付きます。バリケードを張ると相手に気づかれるため、CADの常備と防弾チョッキ着用をお願いしました。襲撃地点は予めわかっているので、そこを支点として幾人かはパトロールも行ってもらう予定です。

 カメラとセンサーでの防犯も配備済みです。

 警察のほうには十文字くん経由で動いてもらっていますが、よい返事は来ていません。予想通りと言えばそれまでですが、援軍としては期待できませんね。なので、こちらは計算から除外しました。

 現在の対策はここまでですね。何か意見、質問はありますか?」

 

 一拍、小さな間を開けてから渡辺先輩が溜息を吐いた。

 

「基本は専守防衛とわかっていても、面倒だな」

「渡辺委員長?」

「わかっているよ、市原。襲撃時間も、場所も、規模も判明済み。壬生のおかげでこちらは出来るだけの対策を打てた。文句など言うと罰が当たりそうだ」

 

 肩をすくめて見せた渡辺委員長は、手を出されないと動けない状況に苛立ちを感じているらしかった。

 気持ちはわからなくもない。これから銃とナイフをもって襲い掛かろうとしている相手がいるとわかっているのに、襲ってくるまで待たなければならないのはストレスだろう。

 

「会長、壬生先輩は図書館で何を?」

 

 こちらは壬生先輩と合流を指示された司波の質問である。

 

「そちらはあえて人員を配置しません。壬生さんにもそう連絡しました。彼らの狙いは機密データです。データを壊しかねない強引な突撃はしないでしょう。襲撃後、盗み出すのにも時間がかかるはずですから、その作業時間を狙って鎮圧してください。

 あ、でもそちらにもエガリテに参加している生徒たちが加わるかもしれないから、出来るだけ穏便にお願いね」

「もちろんです。彼らも被害者ですからね」

 

 まったく表情変えずに言っても、説得力に欠けるぞ、司波。

 

「壬生さんからの報告では、剣道部のほとんどは参加しているそうよ」

「壬生先輩、お辛いでしょうね」

「だからこそ、生徒を駒として扱うような連中の手口を許すわけにはいかない。出来る限り怪我をさせずに彼らを取り押さえられるよう努めます」

 

 憂う妹、気合の入った返事をする兄。この二人のコンビで制圧されるテロ側が逆に可哀相になる。

 

「出来る範囲でね。それに気を取られるあまり、虚を突かれてしまっては本末転倒だもの」

「なに、部活勧誘期間中の達也くんの活躍を見ていれば、いらない心配だとは思うけどね」

 

 渡辺先輩の感想についても誰も異論なかった。

 そして。

 

「さて」

 

 七草会長の視線がこちらを向く。

 

「……………」

 

 微かな沈黙。交差した視線で何を解いたのかは察知できた。

 ここから俺のターンだ。息を吸う。不思議と、鼓動は落ち着いていた。

 

「比企谷くんの答えを聞かせてください」

「俺は……反対です」

「比企谷?」

 

 渡辺先輩の訝し気な声には応えず、俺はまっすぐに七草会長を見る。彼女は顔色を変えず、また俺の答えを咀嚼してその裏側の意図を探っているようだった。

 目を逸らしたら負けだ。これはただの意地の張り合いなのだから。

 

「何が反対なのか、教えてもらってもいいかしら?」

「一から十まで全部。何もかもです」

 

 そこでようやく、七草会長の目に微かに懸念の色が灯る。

 

「……どういうことか、説明してもらえる?」

 

 俺は頷き返した。もとよりそのつもりだ。ゆっくりと説明しよう。普段のようにどもったら駄目だ。きょどっても駄目だ。自信がない部分を見せたら駄目だ。

 

「……テロリストは武器を持ってますよね?」

「そうね」

「どうやって鎮圧するんですか?」

「おおよそ、ほとんどの銃火器であれば無効化、無力化は可能だと踏んでいます。また、それが出来るだけの人材は用意しました」

「相手側にも魔法師がいると、壬生先輩から情報が来ていたはずですが」

「それについては不確定情報で、計算に入れるには確実性が足りません。でもだからこそ、十文字くんに動いてもらっています。彼なら心配いりません。またこの学校の教師陣も一流です。相手が軍隊であって引けを取らないでしょう。

 そもそも魔法科高校は、魔法系大学の非公開文献閲覧だけでなく、授業でも色々な秘匿情報が扱われているから、対テロ対策もきちんと取られています。知らないかもしれないけど、マニュアルだってあるのよ? 今回の件で、俄かで手を打ったわけでないわ」

「なるほど。だから、誰も傷つかないと?」

 

 笑みを浮かべた七草会長には悪いが、その対策では不十分なのだ。

 

「不安に思う気持ちもわかるけど、大丈夫よ」

 

 違う、わかっていない。七草会長の言葉は味方にしか向けられていない。それがどれだけ正しくても、どれだけ綺麗であっても、呑み込めないからこそ連中のような存在が出てきているのだ。

 正しいことだからこそ、受け入れられないのだ。

 間違っているとわかっていても、正しく在れないのだ。

 

「……けど、その『誰も』の中に、テロリストの連中は含まれてないでしょう?」

 

 一瞬、七草会長は俺が何を言ったのか本気で図りかねたような顔をした。それは他のメンバーも同じだった。

 

「みんなを守る為。みんなを助ける為。誰も傷つかない。誰も傷つけさせない。七草会長や十文字会頭、この学校の教師陣が動けば可能なんでしょう。それは何も間違っていない、正しい選択なのだと思います」

 

 わかっている。彼女の言い分が正しいのだ。間違っているのは俺だ。

 武器をもって襲い掛かってくる人間は、『みんな』の中には含まれない。倫理的に何も間違っていない。

 

「でもそれは――七草会長の言う『みんな』とは、この学校の生徒や関係者だけに向けられたものですよね? エガリテに参加した学生たちについては、ぎりぎり範囲内なのかもしれない。けれど襲ってくるテロリストがどうなろうと関係ない、って考えてませんか? 会長の対策ではテロリスト達について考慮されていない。それが、俺が反対する理由です」

「…………い、いや、ちょっと待て、比企谷。お前、自分が何を言っているかわかっているのか?」

 

 慌てて声を荒げたのが渡辺先輩だというのは予測済みだった。彼女か、もしくは司波達也のどちらか。二人なら誰より早く冷静さを取り戻してこちらに問い質してくるだろうと思っていた。

 

「はぁ、それはもちろん、わかっているつもりですが……」

「向こうはあたしたちの命を狙ってきている犯罪者だぞ?」

「まぁ、そうですね……」

「無抵抗で奴らの侵攻を受け入れろって言うのか!」

「いや、そんなことは言ってませんって。

 身は守って当然です。防衛するな、なんて言いません。戦うな、とも言えません。分かり合え、なんて綺麗ごとを押し付ける気もないです。

 武器を掲げて、実力行使で排除しにきた相手に話し合いで解決しようとするのなんて、無理に決まってます。

 ただ俺は、この学校の生徒や関係者が傷ついてほしくないのと同じレベルで、テロリストを傷つけるのが嫌だと言ってるんです」

「……それは矛盾していないか」

 

 司波達也の低い声に、俺は肯定の意を示した。

 それはそうだろう。俺は無茶苦茶なことを言っている。それくらいは自覚している。

 

「なら司波。お前は――いや、お前だけじゃないな。会長や渡辺先輩、ここにはいない十文字会頭も、そんなにテロリストと戦いたいんですかね?

 あ、それとも戦いで自分の力を誇示したいとか? 降りかかる火の粉を払うのは当然みたいなふりして、自分より弱い相手を切り捨てるのが楽しいとか、ちょっと引きますね」

 

 瞬間、明らかに部屋の空気が変わった。怒張というには生ぬるい殺気にも似た激情。服部副会長だ。七草会長を侮辱されたことに眉間にしわを寄せ、今にも爆発しそうなほどの怒気を視線に滲ませている。

 確かに怖い。圧力も半端ない。ただその怖さは、何故か他人事のような稚拙さも感じられた。

 

「七草会長や十文字会頭が、好き好んで戦いに臨んでいるとでも思うのか?」

 

 意外なことに、司波深雪のほうは随分冷静にこちらを見ていた。挑発の対象に兄も含めたから、彼女から口撃が来てもおかしくないと思っていたのだが。

 

「違うんですか? 普段は使えない攻撃魔法を合法的に使う絶好の機会ですよ?」

「そんなはずがないだろう! 口が過ぎるぞ、比企谷! 分を弁えろ!」

 

 その怒声は予測の範疇だ。むしろここで激昂してくれたのはありがたい。

 

「はぁ、すみませんが、今、俺からの説明を求めているのは会長で、副会長じゃないんですけど。ただまぁ、それでも黙れというなら黙りますが?」

「……………続けて」

「会長!」

 

 服部副会長の抗議は受け入れられず。これも予想通り。では続けるとしよう。

 

「戦いたいわけじゃないんですね。なら何で戦うんです? 自己犠牲ですか?」

「違います。そうしないと守れないからよ」

「そのために、人を傷つけることになっても?」

「そうね、テロリストだって同じ人間だもの。だから相手が卑劣な犯罪者であっても、人を傷つけて気持ちのいい人なんていないわ。少なくとも私は嫌ね。摩利も、十文字くんも、達也くん、深雪さん、風紀委員のみんなも。そうだと思うわ」

 

 誰も口を挟まない。代わりに、全員が頷いた。服部副会長だけ、慌てたようにワンテンポ遅れたのはご愛敬か。

 

「誰かを傷つけたくないのはみんな同じ。それで済むなら、それが一番よ。でも戦わなければ守れないものがあって、その守りたいものを譲れないから、例え人を傷つけて、それで自分が傷つくことになっても、私は戦います」

 

 そう、それが、七草会長の覚悟なのだ。

 

「そう……ですね。それが正しい人の在り方だと思います。だから俺の言うことは間違いで、とても甘い、理想にすらなっていない、現実を見ないガキの戯言で、我侭なんでしょう」

 

 だが、たとえ戯言であっても、間違いだとしても、それが俺の覚悟なのだ。

 

「誰かを傷つけたくありません。誰かが傷つくところを見たくありません。

 誰かが傷つけば、それを見た他の誰かが傷つく。

 誰かを傷つければ、その誰かを傷つけた人も傷つく。

 誰かが誰かを傷つけるってことは、それだけで、傷つけあいが連鎖する。

 誰も彼もが刃で相対して、誰も彼もが傷つけあう。

 そしてそれを、仕方のないことだからと妥協して享受して、当たり前のように受け入れる。

 そんなのは地獄だ。誰も救えない。誰も救われない」

 

 戦って、テロリストを排除すれば、確かに学校は救われる。学校は守られる。襲ってきた奴らが悪い。そんなのは当たり前だ。でもその当たり前を、当たり前だと切り捨ててしまうことは正しいのか? 社会が当たり前だと思うことを、当たり前だと受け入れることが出来ずにテロなんて行為が生まれたというのに。

 

「だから、その誰かに例外なんてない。学生であろうと、教師だろうと、学校近辺にたまたま通りかかっただけの無関係な人だろうと――テロリストだろうと、例外なく、俺は嫌です」

 

 誰も言葉を発しない。俺もまだ話すのをやめない。まだ言うべきことは残っている。

 

「俺の言い分が、臆病なガキの戯言だと思うなら、それでも結構です。甘いと断じるなら、その誹りは受けます」

 

 汚いものを見たくない、っていうのは俺も同じだ。傷つきたくない、傷つけたくないだけ。そのくせ、安全な場所から言葉だけは巧みに理論を積み重ねて武装するだけの卑怯者だ。

 けれど――いや、卑怯者の俺だからこそ出来ることをするのだ。

 

「会長は言いましたね。戦わずに済むなら、そのほうがいいと。人を傷つけたくなどないのだと」

「……そうね」

「なら、その方法は俺が現実化します」

「比企谷くん?」

 

 そしてここからが具体策だ。

 

「俺の魔法で、第一高校を中心とした半径一キロ圏内にいるキャラクターカーソルがグリーン以外の全ての人間を対象にして、『人に危害を加えたり物を破壊する行為』を否定します。

 テロリストは構内に入って攻撃態勢を取った瞬間、俺が予め展開した事象否定の干渉力に中てられて行動不能になる。

 銃もナイフも、魔法も使えない。肉弾戦も不可能。対人はもとより、対物であっても変わらず効果は発動する。

 そしてそれは会長たちも例外じゃない」

「あたしたちの行動まで制限する気か?」

 

 渡辺先輩の苦言も予測の範疇だ。

 

「言ったはずです。誰かが誰かを傷つけるのを俺は認めない。それはここにいる人たちだって同じだ」

 

 一度、小規模範囲で試行済みだから失敗はない。

 だがそこで、当然の疑問を呈してきた奴がいた。司波である。

 

「しかし、現実問題としてどうやって連中を取り押さえる気だ? 逮捕は必要だろう」

「……それも言っただろ? グリーン以外全員だ。俺は例外だよ」

「比企谷くん!」

 

 その意味するところを、七草会長は察したようだった。青ざめた顔で席から思わず立ち上がるほど慌てたらしい。手をついた勢いで、カップの中の紅茶が飛び跳ねた。

 

「私も言いましたよね? 比企谷くんに背負わせるつもりはないって!」

 

 そう言う七草会長の言葉は本音だと思う。

 本心で、彼女はそう考えている。

 そして同時に、当たり前のように自分がすべきことだとも。

 問題が目の前にあって、自分の力で解決出来るのならば行動すべきだ――進んだその先に自分の嫌悪する何かがあったとしても、出来ることをする。至極当たり前のように思考して結論に導く。

 それが十師族の一員として、何より人として当然の行動だというのが七草会長のスタンスだ。無意識の信念、信条と言ってもいい。だから彼女は自分が生徒たちの命を背負うことを、生徒たちの代わりに自分たちがテロリストと戦うことを自己犠牲だとは考えていない。それが自分の役割だと思っているから。

 もちろん、その思考の内側に、利己的な思惑がないとは思っていない。打算もあるだろう。優しいだけの人でないことは、言葉の端々や生徒会長としての活動を見ていてもわかることだ。誰かのため、だけではなく、何より自分のために、七草会長は意志を曲げない。

 では七草会長の行動の根幹が自分のためなら、それは偽善だろうか――と考えて、だけど俺には彼女が偽善者だとはどうしても思えなかった。

 彼女の言った、俺に背負わせたくないという言葉は、確かに俺を心配してくれたものだ。自分が背負う。だから君は気にしなくていいと。本音を包みこんで本質を隠す。それは嘘ではなく、同情でもなく、欺瞞でもない。気遣いで、思い遣りだ。

 同時にそれはとても甘いささやきだ。心地よいぬるま湯だ。その言葉を信じて目を閉じ耳をふさげば、それはとても居心地のいい、心安らかな世界になる。俺が望む通り、見たくないものを見ずに済む。

 だから、彼女の優しさは毒だ。

 俺のように、優しさを向けられてもそれを信じられず、疑い、裏を読もうとする人間からすれば、七草会長の優しさは、受け入れたらそこから逃げ出せないほど強力な猛毒だろう。

 だけど俺のような人間にすら向けてくれるその優しさを、必要とする人だっている。毒でも、押しつけでも、たとえ悪意だとわかっていても、必要なこともある。

 嘘がない優しさは、優しいままでいてほしいと思う。

 七草会長の、当たり前のように誰かに優しくできる行動が、誰かや何かを切り捨てたものであってほしくないと願う。

 それは俺の願望だ。中身を見ず、真に理解しようとせず、理想を押し付けただけの、独りよがりで醜い感情から生まれた、傲慢な願いだ。

 だから――

 

「俺は別に背負ったつもりなんてないですよ。これはさっきも言った通り、俺の我侭で、願望で、身勝手な物言いです。我侭だから、会長の言い分は聞きません。俺は俺が出来る、俺のやり方を押し通すだけです」

「比企谷くん……」

 

 結果として、俺が魔法を発動した後にテロリストを抑えることが出来るのは俺だけになる。だが発端は俺の我侭なのだから、これくらいの労働は仕方ないだろう。

 そしてそんな俺に、司波は俺の提示した条件の穴を突いてきた。

 

「図書閲覧室の方はどうするつもりだ? 機密文書を盗み出す連中は、他者への危害という条件にカテゴライズされないんじゃないのか?」

 

 本当、なんでこいつ、こんなに頭の回転が速いんだろうな。そしてその指摘の通り、先に挙げた条件では、図書室潜入チームだけは行動阻害出来ないのだ。流石に広範囲に渡って効果を数時間維持しながら、まったく別種の条件を設置するほどの技量はない。

 

「あー、それな。実はどうしようか、悩み中。まぁ行ってみれば、どうにかなるんじゃないか」

「……まだ特に対策がないなら、俺に行かせてくれないか?」

「あん?」

 

 何を言い出すかと思えば、お前さんもイエローだって忘れてませんか?

 

「俺がイエローに分類されているのはわかっている。だが、例外を設けられるなら、そこにもおそらく抜け道があると推測したんだが?」

「…………正解。流石は入試筆記一位」

 

 司波の言う通り、イエローであっても条件から抜けることは可能だ。

 

「パーティを組めば、カーソルはイエローからブルーに変わる。魔法発動後も条件から外れて行動は可能になる。ただし……」

「ただし?」

「パーティリーダーの俺は、メンバーのステータス内容を閲覧することが出来る」

 

 はずだ。多分。きっと。試したことないからわからんけど。

 

「……そうか。それなら構わない。やってくれ」

「お兄様?」

 

 妹の驚く様からすると、こいつの内側には知られたくないことがあるのだろう。それも複数。出生? それとも魔法技能に関して? なんにしても、その秘密を知られることをあっさりと許容したことには素直に驚いた。

 

「……いいのか?」

「実をいうと、俺にも秘密にしていることは多々あるんだが、それを隠すよりも、今は比企谷の魔法への興味のほうが勝っている。後付けの理由であれば、比企谷の魔法ばかり教えてもらっている現状は、あまりフェアじゃないと思うのもある」

「…………」

 

 俺が言葉を返さずにいると、司波はふぅと小さく息を吐いた。

 

「……という建前を用意しても、駄目か」

「駄目なわけじゃないけど、なに? お前、それを建前って認めちゃうのな」

「隠しても無駄なようだからな」

「…………」

「比企谷こそ、本当にいいのか?」

 

 その質問が、司波をパーティに入れてもいいのか、ではないことは直ぐにわかった。だが、そうとわかっていて聞いてくるのは卑怯だ。そしてわかっていてその質問をはぐらかす俺も、司波のことをどうこう言えやしない。

 

「関係ねぇよ。俺の目の前で起こっていることは、いつだって俺の出来事だ。主人公は俺、他はモブ」

「……世界は、それを見る人の主観で出来ている、か。真理だな」

 

 どうやら、こいつも面倒な思考回路をしているようだ。表情筋が乏しくあまり感情が表に出ないタイプだからわかりにくいが、今回に限って言えば、司波の行動の裏はそう難しくない。

 今は理性で思考を切り離しているのかもしれないが、この場が一度仕切り直され、冷静になってみればすぐにわかる。司波は間違いなく俺を警戒している。警戒度が上がれば結果は同じ。イエローでなくなった奴のステータスを視ることが出来る。

 だから逆に自分から言い出した。

 これは奴の意思表示だ。

 後はそれを俺がどうするか、だが。実際問題手が足りてない状況なのだから、手伝ってもらうことは自体は吝かではない。敵対する気があったとしても、直ぐどうにかするとは思えない。俺はこいつの行動理念は知らないが、わかることもある。

 それは妹のタツヤスキーさんの存在だ。妹が兄を慕うように、こいつも妹を第一に考えている。妹が巻き込まれかねない現状に対して、自己を優先する奴ではない。俺のシスコンレーダーがそう告げている。

 その妹の不安げな表情をあえて意識から外してこちらを見る司波に、もう一度問いかけた。

 

「もう一度聞くけど、いいんだな」

「ああ」

「ほーん、まぁ、お前がいいならいいけど、じゃ、まずは握手して――」

 

 手を握り合う。意外とがっしりとした手だった。鍛えているらしいことがわかる手のひらである。

 

「この状態でお前が合言葉を言えばパーティ申請と登録が完了するんだが……」

「合言葉?」

「おう。合言葉は『やっはろー』だ」

「…………すまん。もう一度言ってくれ。なんだって?」

「ん? だから、『やっはろー』だ」

「……何語だ?」

「ヤッホーとハローを合体させて短縮した造語だな。うちの妹が使っている挨拶らしい」

 小町が言いだしたものではないらしいが、では誰だ? こんな頭の悪そうなポヤポヤした挨拶を考え出したのは。まぁ、それは今はどうでもいいことだ。

 

「…………」

「…………」

「……言わなきゃ駄目か?」

「駄目だな。やめるか?」

「……いや、わかった。話の腰を折ってすまない。では言うぞ。『やっはろー』」

 

 いやいや口にしても、声が棒読みでもパーティ登録は問題なく行える。だがもう少し抑揚付けてほしかった気がしないでもない。まぁ、恥ずかしいのはわかる。

 

「これで司波はブルーになった。じゃあ悪いが、放課後の図書室はよろしく頼むわ」

「了解した」

「では会長。そう言うことなので。討論会は頑張ってください」

「………あ!」

 

 俺と司波のやり取りに呆気に取られていたのか、七草会長ははっと何かに気づいたように慌て始めた。

 

「いえ! ちょっと待って! 待ってってば! お願いだから結論を出すのは待って!」

「なんですか?」

 

 もう解は出ている。俺の独りよがりなものではあるが、解は解だ。それを消すつもりはない。

 

「さっきの方法、本当に実践するつもりなの?」

「ええ」

「貴方のほうこそ、それは自己犠牲じゃないの?」

「え? まさか。見も知らぬ誰かのために犠牲になるとか死んでも御免です。あ、いや、死ぬのも御免ですが……」

 

 これは本当に本音だ。何だって見知らぬ連中のために犠牲にならにゃいかんのだ。その他大勢とかどうでもいいのだ。

 さっきも言った。何度も言った。

 俺は俺のためにしか行動しない。

 

「ただ対価を払うだけです」

「対価って『我侭』のですか?」

「ええ、我侭言うんだから、それくらい当然でしょう。ガキじゃないんだから、喚くだけじゃ届かないことがあることは知ってますよ」

「そうじゃなくて!」

 

 七草会長の叫びは、いっそ悲痛な色をはらんでいた。

 

「それだって、誰かに傷ついてほしくないと思うからこそでしょう? 

 誰かを傷つけたくない比企谷くんが、他の誰にも傷ついてほしくないからって、比企谷くん自身が傷ついていい理由にはならないじゃない!」

「え?」

「え?」

 

 見つめあうことしばし。

 

「はぁ…………?」

「えっと…………?」

 

 そして流れる妙な沈黙の時間。

 

「…………」

「…………」

 

 おや? 何かが意思疎通できていない気がするよ。

 

「え? あれ? 違うんですか?」

 

 七草会長がきょとんとした顔でこちらを見やる。様子を見守っていた他のメンバーも同じような顔をしていた。

 ということはつまり、どうも俺の言いたい事は伝わっていないらしかった。小町ちゃん。お兄ちゃんはやっぱりコミュ障です。上手く伝えられなかったよ。

 

「あー、まぁ、何だ、あれですあれ。俺が言いたかったことは、そんなこんがらがるようなややこしいことじゃなくてですね」

「ええ」

 

 後頭部がチリチリする。無造作に頭をかきながら、俺は続けた。

 

「要するに、七草会長に傷ついてほしくないってだけなんですが」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「………………へ?」

 

 何故か、瞬間湯沸かし器みたいに七草会長の顔が赤くなった。

 ……あれ? 何か怒らせるようなこと言ったっけか?

 

「どうかしました?」

「え? あれ? へ? ちょ? ほあぁ?」

 

 なんだなんだ。どうしたどうした。

 

「いや、えっと、本気でどうかしましたか? 急に壊れたレコーダーみたいになってますけど?」

 

 ちょっとかわいいと思ったのは黙っておこう。

 

「気づいてないのか?」

「何が?」

 

 なぜかジト目でこちらを見やる司波に、俺のほうは理解が出来ていないせいで、問い返すしかない。

 

「いや、気づいていないならいい」

 

 しかし、問いかけてきた司波は、特に答えを出すこともなく質問をひっこめた。

 なんのこっちゃ。

 

「ほーん? まぁ、司波がいいならいいけど。

 それじゃあ俺はこの辺で。

 放課後のことで話したいことは全部話しましたから失礼します。また放課後に」

 

 あ、そう言えば十文字会頭には何の説明もしてないな。どうしたものか。まぁなるようになるか。多分。知らんけど。

 そうして生徒会室を出て、小町との約束を守れたことに満足していた俺は、意気揚々と1-A教室へと足を向ける。

 その背中から、どこか遠くの女生徒の叫びのような声が聞こえた。

 部活の朝練かね? 

 朝から元気な人もいるんだな。俺には真似できん。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。
完全なオリジナル展開です。
こんなの八幡じゃないと思われた方、不快にさせてごめんなさい。
はんぞーくんファンの方、雑な扱いでごめんなさい。

なお#8、#9は本来一つの話だったのですが、長さ的にも区切り的にも分けたほうがしっくり来たので分ける形となりました。
タイトルが似ているのはそのせいですね。安易ですみません。

#9で明らかになった、雪乃と結衣のコンボによる八幡無双。もはや魔法じゃないよな、とか思いながらも書いてます。
これまたすみません。

謝ってばかりですが、次回は、八幡の覚悟を魔法科メンバーがどう受け止めるかっていうお話。
そう、次回は#9Interludeです。
本編じゃありません。まだ煮詰めてるところなので、連続投稿できませんでした。ごめんなさい(またか)。


よければ次回も読んでやってください。よろしくお願いします。

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