やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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入学編#10  比企谷八幡は生まれて初めて仲間を得る。

 

 

 遠くからマイクのハウリング音を耳して、討論会が始まったのを知ったと同時に、『結衣(ゆい)』を起動――俺の感覚は波紋のように広がった。

 想定通り、魔法科高校の中心部を含む、半径一キロを索敵範囲に収め、その空間内にいるすべての人間の位置を把握する。その空間内全ての空気を読んだと同時に、すかさず『雪乃(ゆきの)』を呼びだす。

 否定するのは、対象、目的を問わず、危害を加えることただ一つ。グリーン以外のキャラクター全てに対して課した、俺の傲慢さが生んだ命令。

 世界は変えられない。自分は変えられる。ならばどうするか。

 答え、俺が神だ。

 

「はっ――」

 

 わかっている。これは自嘲だ。そうやって格好つけていないと心が折れそうになるのをごまかしているだけ。嘘で塗り固められた虚構の神様は、太陽に近づけば翼を焼かれて地に墜ちる。

 だから調子に乗ってはいけない。自重しろ。落ち着け。冷静に前を視ろ。たとえいつか墜ちるのだとしても、いまはただ、堅実に行くしかないのだ。

 数台の車が入ってきた。遅れてトラックがさらに数台。そのコンテナの中に何人も潜んでいるのがカーソルで分かる。

 色はすべてレッド。

 ああ、とうとうお出ましだ。

 風紀委員と部活連からの選抜部隊の姿は見えない。理由はわからなかったが、逆に都合がよかった。

 テロリストたちは車から降りて武器を手にし、一部は講堂に、一部は校舎に、一部は壬生先輩からのリーク通り図書館へ向かったようだ。前二つは陽動。本命が最後であることも承知している。

 中腰で銃を構えた連中の一部は、魔法科の生徒が誰一人周辺にいないことを確認しながら、こちらに向かってきた。

 荒々しい靴音と共に、ライフルを構えた集団が俺の視界になだれ込んでくる。

 

「いたぞ! 魔法科の生徒だ!」

「ひゃひっ!」

 

 分かっていても、銃を向けられたら怖いよね? だから思わず裏声が出てしまった俺は悪くない。銃を向けた彼らが悪い。

 というか勧告すらなく撃つ気かよ!

 しかしその行為は、俺が課した事象の否定に抵触する。

 銃を構えた瞬間、想定通り、彼らの意識は刈り取られた。バタバタとその場で昏倒していく様子を見つめ――見つめて、見つめるだけだった。

 

 …………死んでないよな?

 

 敵さんの部隊は小分けされているらしく、気絶した彼ら以外は別の場所へ向かったらしい。しばらく静かになる。別の場所から足音だけがうっすらと、時折「どうなっているんだ?」という罵声が聞こえ、耳を澄ましてもドンパチは聞こえない。銃声はならない。爆発もしていない。

 そのことにほっとする。

 深く息を吐く。

 吐く。吐く。吐いて、せき込んで、それでも、もう一度、吐き捨てて。のどに痛みを感じてようやく息を吸って、俺は顔を上げた。

 倒れたテロリストたちに忍び足で近づく。及び腰になったかもしれないが、誰も見てないので良しとしよう。その胸部が上下に動いていることを確認して、念のため、適当な一人の首筋に指を這わせて脈を測ると、ちゃんと音が聞こえた。

 

「ふぅぅぅぅぅぅ…………」

 

 思わず肺の中の空気を全力で吐き出した。よかった。息している。気絶しているだけだ。

 大丈夫。俺はやれる。俺はスーパー、俺は最強、俺は神様。よし。

 

「何だどうなっている、他部隊からの連絡はどうした?」

「くそっ! おい貴様! 魔法科の生徒だな! 魔法で何かしたのか! 答えろ!」

「げっ! また来た」

 

 想定外の事態に慌てふためきながら、それでも攻勢をやめない部隊が現れた。銃を構えようとして、やってきたのと同じくらいの勢いでバタバタと気絶していく。

 ちょっと殺虫剤っぽいよな……俺が。

 いや、そんなバカなことはどうでもよくて、あの勢いで倒れたら、ちょっと危なくないか。いや、大丈夫だ。それくらいは自業自得だ。想定内だ。びっくりしたけど、予想通りだ。

 俺は大丈夫。会長たちも大丈夫。生徒たちも大丈夫。ならば続行あるのみ。

 でもこれ、心臓によくない。本当によろしくない。人が脅かしてくるタイプのお化け屋敷に似ている。なので出来れば今から攻撃しますって言ってから気絶してほしい。無茶か? 無茶だな。

 

「まったく、お前はもう少し自分の心配しろ」

 

 後ろからパンっと背中を叩かれる。……え? いや、えぇ? 

 

「は? あ、れ? 何で……?」

 

 振り向いた先にいたのは渡辺先輩だった。中条先輩もいる。渡辺先輩は俺の動揺など素知らぬ顔で俺の隣に立ち、やってくる敵に対してにこやかに、堂々と、一切臆することなく、苛烈なまでの激情を双眸に宿しながら、デバイス操作をして魔法(・・)()発動(・・)した(・・)

 それをきっかけに追撃部隊もまた、何もできないままに気絶する。『結衣』でよく視ればわかるが、渡辺先輩の魔法は届いていない。あれは『雪乃』の効果で気絶しただけだ。

 だから戸惑った。何のために魔法を? いや、そもそも――

 

「うん? あたしらが何でここにいるのかって?」

「それはもちろん、比企谷くんを助けに来たに決まっているじゃないですか!」

 

 ふんっと拳を握りしめて、どやぁ的な顔をした中条先輩の頭を思わず撫でそうになった。

 それはいい。いいのか? いや、じゃなくて!

 

「何で……?」

 

 先ほど背中を叩いたのは攻撃でも何でもなく、ただ先輩が後輩におふざけ的な接触をした程度の勢いだ。実際、痛みなど何もなかったから、危害を加えないという範疇には含まれないのだろうけども。

 問題は、渡辺先輩が魔法を遣ったことだ。

 あれがなんの魔法なのかは司波と違って起動式の読めない俺にはわからない。空気を読めてもきっと分からない。攻撃する意思がなかった? ならなおさら、彼女らが俺の前に出て、テロリスト相手にそのような行動を取る理由がわからない。

 下手をすればテロが闊歩する構内で意識を奪われるってわかってる? ――そんな俺の疑念は、視界に入った彼女らの頭上に浮かぶ、敵味方識別を示す逆三角錐の立体によって遮断された。

 その色が鮮やな蛍光グリーンになっていることに、少しの間、俺は理解が追いつかなかった。

 

「……え? は? グリーン? マジで?」

「どうやらそうらしいな。何だ、気づかなかったのか?」

「…………」

 

 無言を返すしか出来ずにいると、やれやれと渡辺先輩は苦笑した。

 

「空気が読めてもそれに気づかないとか、何とも比企谷らしいなぁ――ともかく、達也くんのようにパーティメンバーではなくても、あたしらも自由に動けるってことだよ。つまり味方だから、そう怯えるな」

 

 いやいや、俺は超冷静、超クール、スーパー冷静ですよ。なんならクールにクールを掛け合わせてみるまである。

 俺はいつだってクール×クール。

 お、ちょっと格好いい。でも最後にパーとかつけると意味が変わるのでしてはいけない。

 ともかく絶対零度の俺の心はちょっとやそっとじゃ怯えたりしませんとも。ええ、まったく、これっぽっちも、怯えるとかありえない。

 ただ、何? 驚き過ぎて挙動不審なだけだ。怯えているとか名誉棄損である。

 

「い、い、いや、でも、それは、えっと……」

 

 いかん。言葉が出ない。落ち着け俺。思った以上に動揺しているらしく、口から言葉がうまく出てこない。こういう時は深呼吸だ。

 

 …………深呼吸ってなんだっけ?

 

「ヒッヒッフー? ヒッヒッフー?」

「何故、唐突にラマーズ呼吸?」

 

 呆れたような渡辺先輩のツッコミに気づく。どうやら違ったらしい。その辺に穴とかないですか? なければスコップでもいい。穴掘って埋まります。

 

「はい、比企谷くん、落ち着いてくださいね。こういう時は深呼吸です。吸ってー、吐いて―、吸ってー、吐いてー」

 

 中条先輩の声に癒されながら、息を吸って吐く。繰り返していると、どうにか鼓動が収まってきた。この人、小柄で幼い容姿のせいで時々忘れそうになるが、年上なんだよなー。お姉さんか。いいかもしれない。

 

「……はふぅ……」

「落ち着きましたか?」

「……えっと、はい、なんとか、どうにか……」

 

 お礼を言おうと頭を下げようとして、しかしそれは中条先輩に止められた。

 

「たくさん頑張りましたね。でもここからはわたしたちにも頑張らせてください」

「え、あ、いや、でも、それは……」

「比企谷。真由美の言葉を覚えているか?」

「え? ……え、ええ。まぁ、その、なんとか……」

 

 え? どれのことだ? とは口には出来なかった。あの人にはいろんなことを言われた。覚えていることもある。忘れているかもしれないことも、きっとある。

 

「なら、わかるだろう? お前が真由美に傷ついてほしくないように、真由美もお前に傷ついてほしくないんだ。それはあたしらも同じだ。だからここに来た」

「…………」

 

 それは、あまりにも単純明快な理由だった。ただそのためにここに来たと、竹を割ったように言い切った渡辺先輩の笑顔を直視できずに、俺はそっぽを向いて黙り込んだ。

 そんなことを言われても困る。何と返していいのかもわからない。

 家族以外で初めてグリーンとなる人が出てきたからと言って、怯える必要も動揺する必要もない。俺は『結衣』を信じている。だから空気を読んだ彼女が味方であると判断したのなら、それは間違いなく、俺の味方なのだ。

 同情? 憐憫? 哀れみ? 彼女らの言葉は一体どこから来た動機だろうか。けれどグリーンなのだ。そこだけは疑いようがなく、だからその言葉に虚構がないことも間違いない。

 だけど、それでも、どうしたって、彼女らの行為の裏側があるのではないかと疑ってしまう俺は、どこまでもあさましく、愚かで、臆病者だ。

 信じるな、疑え、きっと彼女らはいつか俺を裏切るに決まっている。そう思うことで、自己防衛を図ろうとする卑怯者。

 失うくらいなら、最初から手を伸ばさない。だから俺は何もいらない。一人でいい。自分のことは自分で。当たり前のことだ。誰だってしていることだ。頼らず、寄らず、自分の足で歩んでいくしかない。

 その歩みに寄り添ってくれる人がいたとしても、それはただ、たまたま歩く道が並行だっただけだ。交わることはない。ぶつかることもない。伸ばした手は届かず、届いても握り返されることはなかった。

 だから俺はいつだって、どこまでも一人だ。

 それでもいいと思ったから、今、俺はここにいる。犠牲になんてなったつもりはない。お互いが、お互いの道で、平凡ながらも平穏で心休まる道になるための選択だ。近づいても傷つけるだけなら離れた方がいいに決まっている。だというのに、生徒会のみんなとの終わりの分岐が見えている今になって一番距離が近づくとか、皮肉にもほどがあった。

 彼女らの手を取ることはできない。それはすぐに手放してしまう温もりだから。

 落ち着きを伴って、渡辺先輩に向き直ると、彼女はじっと、寂しげ気に、こちらを見ていた。

 もしかしたら、気づいているのかもしれない。俺の次の行動に。俺の考えていることに。俺がごまかすのが下手である以上に、勘のいい人たちだから。

 それでも、そうとわかっていてなお、俺に手を差し伸べてくれるのなら、それは同情でも哀れみでもなく、惜別なのかもしれない。その思いすら嘘なのかと疑うには、彼女らの眼は真剣に過ぎた。

 真剣だからこそ、彼女らの優しさが嘘ではないという事実がひどく胸に痛かった。

 けれど欺瞞でない優しさを向けられても、返す術など俺は持ち合わせていない。もらっても返せないのに、もらうわけにはいかないのだ。施しなんてもっと御免だ。

 拒絶する。そんなものは要らない。そう言い切ってしまえばいい。けれどその一言が声に出なかった。

 そうして思ったことを口にすることすら出来ないでいると、

 

「その反応だけでも十分ですよ?」

 

 中条先輩が、やんわりと俺の言葉を遮った。

 いや、ちょっと、心の声を読まないでください。

 

「お前がわかりやすすぎるんだ」

 

 その苦笑にすら、俺は何も返せなかった。

 

「さて、あまり時間もないから単刀直入に状況を伝えるぞ。奴らが攻勢に入ったのは討論会の終了間際だ。同時に行動を開始した講堂内のエガリテ所属の生徒は、既に全員が気絶して取り押さえてある。

 司波兄妹は予定通り図書館側へ回った。講堂内は市原と服部に任せた。風紀委員と十文字率いる選抜隊も、講堂内で待機させている」

「……え? あれ、それじゃあ、他の場所から聞こえる騒ぎは?」

 

 他の場所へ攻撃を仕掛けたテロリストたちが、俺の魔法に否定されて気絶して生まれた騒動だと思っていたのだが。違うのか?

 当初の作戦では、風紀委員や選抜部隊がテロの相手をするはずだった。その彼らには俺の魔法は伝えていない。だから申し訳ないが、交戦した時点で選抜部隊側も共倒れになったのではないかと予想していた。

 だが改めて『結衣』で察知してみればその通りだった。イエローの集団が塊でいくつか、講堂内に陣取ったまま動いていない。その周囲にレッドはいない。レッド――講堂へ向かったテロリストたち皆一様に講堂の外、点灯する一つのグリーンのもとへ集中している。

 彼らを後方へ下がらせたのは、俺の魔法の邪魔になるからかもしれないが――では、このグリーンは誰だ? と情報を読む前に、渡辺先輩が答えを示した。

 

「真由美が前線に出た」

「………………え?」

 

 想いは声にならない。だから言葉にならず、口をついて出たのはわずかに、息が切れたような音だけ。ただそれだけのこと。届かない言葉などに意味はない、だから黙るしかない。

 そもそも俺が何を言おうとしたのか、俺自身、分かっていないのだ。それを他人に分かれと言うのは傲慢に過ぎる。

 俺の言葉も、意思も、感情も、結局は独りよがりでしかない。そうとわかっていながらも、爆発してついて出た俺の感情は届かず、拾われず、だからどこにも行き場もなく霧散する。

 そう、思っていた。

 

「言っただろ?」

 

 けれど渡辺先輩は、静かに、優しく、ゆっくりと、それを拾った。

 

「お前が真由美やあたしらを守りたいと言ってくれたように、あたしたちもお前を守ろうと思ったんだ。

 真由美だって同じ気持ちだから、鉄壁と呼ばれる十文字を後ろに下がらせて、自分が前に出た。だから比企谷、あたしらにお前を守らせろ。代わりにお前があたしらを守れ」

「…………はい?」

「守ってくださいね」

「……え? いや、ちょっ、え? な、中条先輩まで、前に出るんですか?」

「はい。私と摩利さんと、会長の魔法が、比企谷くんを守るために必要だからです」

 

 いや、何でだよ?

 敬語も忘れてしまうほどの動揺から、口に出ずとも俺の疑問は伝わっていたはずだ。だけど二人は何も言わず、ただ微笑むだけだった。

 

「……なのでちゃんと守ってくださいね。あと、ちょっとだけすみません。比企谷くん、頭下げてもらえますか?」

「え? あ、はぁ……いいですけど。でも、なんで?」

「ちょっとだけ、触らせてください」

「………………ひぇ?」

 

 なんですって?

 え? あ、待って、ちょっと待って、服を引かないで。伸びる。伸びる!

 

「わ、分かりました! しゃがみます! 屈みますから!」

 

 あと顔が近い近い、あと近い! なんかいい匂いがするからもう少し離れてくださいお願いします間近で見ると肌白いしさらさらしてそうだしさっきから息がかかるんですけど甘い香りがうわなにこれ!

 

「ふむふむ」

 

 そうして勢いに圧されて屈んだ俺の頭に彼女の小さな手が乗る。わしわしと、少し乱暴気味に頭が撫でられているのだと知った瞬間、俺の思考は凍り付いた。

 

 ハチマンハ、コンランシタ。

 

「……ナニヲシテイラッシャルノデショウカ?」

 

 駄目だ、さっきとは違う意味で唇が動かない。

 

「ちょっとだけまだ怖いので、勇気をください」

「あ……」

 

 そう言えば、中条先輩はこういった荒事が致命的に苦手だったはずだ。そのことに気づいてぞっとした。悪寒が走った。

 彼女がここにいる理由。ここに来ようと思った理由。俺の頭を撫でるその小さなの手が、僅かに震えていることに気づいた瞬間、身体から力が抜けた。

 

「意外と髪質、固いんですねぇ。もふもふです」

「アホ毛が立っているくらいだからなぁ……」

 

 場違いな渡辺先輩の感想に返答できる余裕もなく、なすがままにされる。反抗? 出来るわけがない。

 中条先輩に撫でさせてくれと頼まれて断れるような男がいるだろうか。いやいまい。いるわけない。いたらそいつは男とは認めん。何ならこちらも撫でさせてほしいまである。撫でていいかな? 駄目かな。頼んでみる? キモイって言われない? 

 言われないかもしれないが、やめておこう。なんか彼女の震えを知った今、そういう態度は不誠実な気がする。でも今度お願いしてみようかしら。

 叶わない願いだ。未練だった。未練が出来た。安いな俺。

 

「……で、中条はいつまで比企谷の頭を撫でているつもりだ?」

「あ、すみません。ちょっと癖になりそうな手触りだったので、つい……」

「真由美ひとりにしておくわけにもいかない。そろそろ行くぞ」

「はい!」

 

 ……え? もう終わり? もうちょっと……いやいや、そうじゃなくて!

 

「お前はそこから動かず、いや、出来ればもっと落ち着いた場所で魔法の展開に集中していろ。ただでさえこういう広範囲な魔法行使は神経を使うんだ。試してみたことはあるらしいが、こんな極度に緊張した状態ではなかっただろう?」

「いや、まぁ、それは、そうですけど……」

「比企谷がその魔法を展開し続けてくれている限り、あたしらは無敵だ。攻撃も受けない」

「い、いや、けど、だけど、前に出るってことは、あれですよ? 連中の的になるってことで!」

「そうだな。けれど、後輩の男の子を独り矢面に立たせて、後ろの安全な場所でふんぞり返るようなこともしたくないんだ。あたしも、真由美も、中条も。前には出てこれなかったが、おそらくは市原もな」

「……………」

「だから、せめてそれくらいはさせてくれないか。それとも、あたしらが信用できないか?」

 

 その聞き方は卑怯だ。

 言葉もなく、首を振る。声に出なかった。

 

 もうわかっている。ごまかしようもない。どんな言い訳を並び立てようと、理論立てた理屈で武装しようと、俺の思考なんてものは彼女らの感情によって容易く砕かれる。中条先輩の震えと、その先にある決意を見て、俺に向けられた感情が欺瞞なのだと切り捨てられるはずがない。

 その優しさを、もう疑えない。そのことが、逆に怖い。

 目に見えない、掴んでも掴めない空虚なものを、疑えないことがひどく怖い。

 だけど彼女らは、その俺の反応すら予想通りと言った感じで、優し気に笑うだけだった。

 

「なら、あとは任せろ」

「行ってきますね」

 

 颯爽と踵を返す、その後姿を呆然と見送る。渡辺先輩、男前すぎやしませんかね? 中条先輩はやはり可愛い。

 あ、いや、そんなことはどうでもよくて。

 あれ? 俺が朝、生徒会室で言った決意とか、覚悟とか、どこに行ったのだろうか。七草会長、渡辺先輩がいるなら、俺なんてこの場にいる必要もないだろうに。

 もとより俺の魔法だって要らなかった。俺が出しゃばる必要もなかった。余計なお世話だった。いや、別に恩着せがましく身勝手な行動に出たわけでもないので、むしろ後で怒られる覚悟くらいはしていた。

 俺の魔法で、誰も傷つかない世界が完成する。

 きっと、それで最後だという思いがあった。

 だから下手な挑発をした。下手な言論で武装した。言い訳を並べて、ただ彼女らと距離を置くことに対して、正当な理由を探した。そして身勝手で周りを見ない独りよがりな行動の末、馬鹿なぼっちが一人、ここに佇んでいるのが現状だ。

 彼女らの世界に俺なんていらない。そう思おうとして、けれど――何故か、沸き起こる気持ちがそれを肯定させてくれない。

 守ってくれと彼女らは言った。代わりに俺を守るからと。

 何から、なんて聞くまでもない。考えるまでもない。答えは決まっている。

 ステータス画面から俺のサイオン残量を見る。テロリストたちの攻勢がいつまで続く分からないが、彼女らが前線に立ってしまった以上、絶対に気を抜けなくなった。

 

 生まれて初めて、絶対に、破れない約束が出来てしまった。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字報告ありがとうございます。随時適用させていただいております。

八幡無双、またの名を殺虫剤モード(笑)。
スカッとする無双を想像された方はすみません。
ただ格好良く終わるとか八幡らしくないとか思いつつも、でもぼっちでも頑張る八幡に報われてほしいという私の個人的な願望が入り混じった回でもあります。

次回はあっさりとテロ事件収束話。
あれ? 何で達也がキャラクターカーソル見れるの? 的な回。

よければ次回も読んでやってください。よろしくお願いします。
 
 
*****
2017/12/27
そう言えばテロ連中は勧告もなしに問答無用に撃っていたなと思ったので、八幡とテロリスト達のコンタクト部分を修正しました。



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