やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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入学編#10  -Interlude……

 

「よかったのか?」

 

 真由美と合流しようとする最中、摩利の言葉にあずさは「何がですか?」と聞こうとして、けれどその問いが比企谷のことだと気づいて言葉を呑んだ。

 これでよかったのか? その思いはまだ渦巻いている。

 比企谷を残してきたこと、ではない。

 自分が前に出てきたこと、だ。そのことで彼が思い遣ってくれたことを踏みにじっていないかと。それだけがあずさにとって心残りだった。真由美や摩利と一緒に前線に出ること自体に異論はない。

 摩利が聞いたのは、そのどちらのことも合わせた問いだった。

 

「はい、いいんです」

 

 けれど、あずさは迷いなく頷き返した。

 まだ震えが収まったわけではないが、鼓動は落ち着きを取り戻し始めている。恐怖はある。これから先に待ち受けるだろう困難も、予想はできている。それでも気持ちがぶれなかったのだから、この感情は本物なのだと、あずさは自信をもっていた。

 摩利が比企谷に言ってくれたこと。あずさにとっても、それがただ一つの答えだ。

 

「わたしと同じくらい怖がりで、他人を傷つけるのをためらう比企谷くんが、震えながらも頑張ってるんですよ?

 一人なんかじゃないのに、一人で頑張る必要なんてないです。会長や摩利さん、鈴音さんや司波くんたちがいます。わたしもいます。

 わたしたちのために頑張ってくれている年下の男の子を、一人にさせたくないじゃないですか」

「……うん、まぁ、そうだな。そうなんだが……」

「どうかしました?」

「これは本人が気づいてないパターンか?」

「はい?」

「いや、何でもない。やはり比企谷を受け入れて正解だったなと思っただけだ」

 

 どういう意味かは図りかねたが、それを問い返す時間はなかった。真由美の背中が見えたからだ。

 

「中条!」

「はい」

 

 あずさの固有魔法『梓弓』は人の情動に干渉する魔法だ。精神干渉系魔法は、数ある魔法の中でも特に厳しく法律で規制されている。本来なら軽々しく使用できるものではない。未成年者が独自の判断で勝手に使えば、後ほど、厳しく処罰される可能性だってある。

 

(だけど――)

 

 それでも、今この時に使わないで、いつ使うのか。

 真由美の演説――討論会は最後は真由美のオンリーステージになっていた――の終わりに行動したエガリテの生徒たちをとどめたときに一度。

 比企谷に会う前に一度。

 そしてこれが三度目。

 普段は首元のチェーンにかけているロケットを手に握る。視界の端にテロリストたちがいるのが目に見えているのに、思いのほか、集中は一瞬で済んだ。恐怖はもうない。

 ただひとり、怯えながら、怖がりながら、震えながら頑張っていた男の子のことを想い、サイオンをロケット型の術式補助デバイスに流し込む。

 自らの手に具象化した、光の弓の弦を弾く。矢はない。澄んだ弦の音が、空間を渡っていく。それはまさに鳴弦の儀。弓に矢をつがえずに弦を引き音を鳴らす事により、霊子(ブシオン)を震わせ、魔気・邪気を祓うが如く世界に浸透していく。

 澄み切った響きは、その場にいた人の情動を直接震わせ、無意識下に働きかけて、感情を平坦にさせる。

 それは理不尽な暴力でもって魔法科高校を攻め入ろうとしていたテロリストたちの激情を、たった一秒にも満たない一瞬で鎮静化させる結果となって効果を現出させた。

 これから自分たちは、世界を欺き、物理をごまかし、人に偽りを見せる。だけど、真由美がいて、摩利がいて、達也と深雪がいて、比企谷がいる。一人じゃない。不思議と恐怖はなかった。

 

 

   ***

 

 

 達也と深雪が向かった図書館は、情報の通り静かな様相だった。その分、陽動が派手に動いている証拠でもあるが、本命の割にはお粗末で杜撰な部隊編成と言うのが達也の率直な感想だ。

 外に見張りはいない。すんなりと抵抗もなく中に入る。

 本来なら、自身の持つ『精霊の眼(エレメンタルサイト)』を使って敵の配置を把握するところだが、今の達也にその必要はなかった。自分の目に映るのは、敵であることを示すレッドカーソルのキャラクター配置だ。

 エイドスを読み取り把握するという点で共通するこれらの力は、戦いでは非常に役に立つ。戦いを望んでなどいない者にこそ戦う力が宿るとするなら、力を渇望してやまない連中にとっては何とも皮肉なことだ。

 だが例え望んでいなくとも、降りかかった火の粉は振り払う。比企谷と違って、達也はそれを戸惑うことはない。遣うことにも躊躇はしない。ただ今回に限っては遣う必要性すらなく目的地を把握することが出来た。

 二階の奥にある閲覧室。そこに数人の男たちと、一人、後方で控えている女子がいた。それが壬生先輩だろう。登録していたパーソナルナンバーにかけて、声に出さずに応答を依頼する。これから突入することを連絡すると、彼女は軽く咳ばらいを一度して、すぐにコールは切れた。

 自分たちの到着に驚いて、慌てて攻勢に移ったのは一高の剣道部員だ。手に持ったのは刃の入った真剣。それをふるうことの意味を、彼らはわかっているのだろうか。それは紛れもなく人殺しの道具だと、わかって手にし、振り下ろそうとしているのだろうか。

 考えて、達也は表情に出すこともなく胸中で否定した。

 耳障りのいい言葉に踊らされた結果が今の彼らなのだとしたら、ブランシュに誑かされたことを差し引いても彼らに同情する余地はない、というのが達也の率直な感想だ。例え自分の才能に未来と価値を見出せず、凡庸であることに絶望した結果なのだとしても。

 その安易な道を選ばず、いまだ苦悩しながらも正道を進む者たちに対する侮辱だ、なんてことを考えたわけではない。

 連中はただ自分の才能が、自分を取り巻く周囲の環境が、人間が、そして社会が気にくわないと考えている連中だ。言い換えればただ単にグレただけだ。お上品に不良化した印象しかない。それがテロへの加担になったのだとしたら、実に笑えない結果である。そんな連中に思慮深く気を遣ってやる気は毛頭なかった。

 制圧するのは容易だし、殺しに来ている連中に手加減する必要もない。殺し返しても正当防衛だろう。

 しかしそれでは、心を痛めながらもテロリストたちに同行している壬生先輩と、そんな彼らすら傷つけることをためらった比企谷の顔をつぶすことになる。

 だから達也は、後ろに深雪を連れたまま、何もせずに彼らの前に歩み出て、そのまま止まることなく閲覧室へと足を向けた。何もしなくとも、比企谷の展開した魔法によって彼らは意識を刈り取られていく。

 

「すごいですね」

 

 深雪の呟きは独り言のようだったが、達也は無言でうなずき返した。その感想には達也も同意見だ。比企谷の魔法の恐ろしさは理屈の上では理解はしていたが、実際に目の当たりにしても、やはり驚きを隠しきれなかった。

 

「文字通り無敵だな」

 

 だからこそ比企谷の魔法が世に知られた時点で、彼の自由は終わるだろうという確信が達也にはあった。十師族だけでは済まない。世界の誰もが欲するだろう力。それを手にすることへの渇望。危険だとする拒絶の意思。

 世界は割れる。世界は荒れる。嫌が応もなく、奴を中心にして。

 

「お兄様、お聞きしたいことがあります」

「何だい?」

 

 閲覧室に向かう最中で問いかけてきた深雪に、達也は穏やかな声で答えた。本来なら占拠された敵の施設内で取るべき態度ではなかったが、今の彼らに危害を加えられる者はいない。油断はせず、けれど気を張りすぎすることもなく、ただいつものように図書館に来た日常の延長のような声色で、妹に視線をやる。

 

「比企谷くんのことです。お兄様は本当は……」

 

 どうするつもりなのか。聞かれるだろうと思っていたが、それが思ったよりも早かったことに達也は少しだけ驚いていた。七草、十文字、という十師族への対処ではなく、自分たち()()()()()()()としてどうするのか、という問いかけだ。

 けれど達也は、微笑みながら首を横に振った。

 

「言うつもりはないよ。生徒会室で言った通りだ」

 

 達也と深雪が、生徒会室で語った言葉に嘘はない。ただし、それは真由美らには隠している出自を差し引いたらの話だ。だからこそ改めて深雪は達也の意向を知りたがった。深雪のほうは、自分たち兄妹に害が無い限りは比企谷のことに対して自分から動くつもりはない。

 

「……理由をお聞かせいただいても?」

 

 達也は深雪の実兄だ。だが一族内の立ち位置としては深雪のガーディアンでしかなく、役職としてはただの使用人に過ぎない。四葉本流の血筋であっても一族として扱われない、末端中の末端でしかない。

 そして今の達也ら二人は、その四葉の関係者であることを隠して第一高校に通う身だ。

 そのことを誰よりも理解し、警戒し、自分の立場が弱いことを知るからこそ慎重に、己の内側を見せることなく壁を作り、情報漏洩を気にする達也が、比企谷にステータスを見られることを許容した理由。深雪が知りたがっていることの本質を、達也は誤解せずに察していた。

 本来なら学内でする話ではない。だがそれでも気にせずにはいられなかった。誰の目も耳もない今だからこそ深雪の口をついて出た疑問に、達也は苦笑を返した。

 

「そうだね……」

 

 達也自身、普段ならガーディアン失格となる行動かもしれないことは自覚していた。だから深雪の抱いた疑問は至極自然なものだ。

 しかし比企谷から聞かされた魔法の力、その先にある結果、そして秘められた可能性と危険性――それらに思考が追いついた瞬間、何よりも大切な深雪のために、比企谷を何としても『内側』に入れなければならないというのが達也の抱いた直感だった。

 

「…………」

 

 そしてその直感は正しかったと、達也は深雪に悟られないように胸中で呑み込んだ。

 達也の視界に映る配置図(マップ)には、比企谷と摩利、あずさのカーソルが映っている。周囲にはテロリストと思しきレッドカーソルが大勢。そのうち閲覧できるのは、レッドである敵を除けば、パーティメンバ―である比企谷のステータスだ。

 比企谷のステータスを見る。HP。MP。特技。そして魔法一覧。

 

「お兄様?」

 

 魔法一覧から見れる限りでは、事象否定の魔法が『雪乃』、空気を読むの魔法を『結衣』というらしかった。

 何故、魔法名が人名――それも女性の名前なのかは気になるが、とても気になるが、問題はそこではない。問題だと思えなくなるくらいに些細なことだ。

 今、達也が、比企谷のステータスを見れていると言う現象自体が、彼の魔法の非常識さを物語っている。

 

「比企谷の魔法の可能性は、会長らに言ったそのままだよ。十師族に知られることの危険性もね。だからこそ、俺は比企谷の魔法を誰かに渡してはいけないと思っている。家族にも、響子さんたちにもだ」

 

 深雪がはっと吐息を短く吸い込んだ。

 達也の言う家族とは、父のことではない。無論、母・深夜(みや)がなくなった後に父が再婚した後妻のことでもない。叔母である四葉(よつば)真夜(まや)――十師族の中でも七草と並び勢力を誇る四葉家の現・当主のことだ。

 そして後者に出した響子とは――藤林響子といい、十師族の一角・九島家に連なる藤林家の長女である。魔法科第二高校出身の、その世代では有名な魔法師で、現在は日本陸軍一〇一旅団・独立魔装大隊に所属する軍人であり、隊長補佐を務める副官であり、()()()()()()()()()()()()()()であり先輩だ。

 つまり達也は、実家(四葉)にも自分の所属する軍にも知らせるつもりはないと言ったも当然だった。

 

「……比企谷くんを、どうされるおつもりですか?」

「どうもしないよ」

 

 それではまるで自分こそが比企谷を利用しようとしているみたいだなと思ったが、深雪がそういう意図で聞いた質問でないことくらい、達也も了承していた。

 

「ああ、でも、少しだけ考えてみたのだけど……いっそのこと、会長らも含めた俺たちで『()()()()』の勢力を作ってしまうというの手かもしれないね」

「お兄様、それは……」

 

 日本を裏で牛耳る十師族。その彼らと対抗するための十一番目という数字の意味を、深雪ははき違えたりしなかった。しなかったからこそ顔を青ざめて、思わず足を止めてまで兄を見つめた。

 つられる形で達也も止まって深雪に向き直る。浮かんだのは笑顔だった。

 

「もちろん冗談だよ。少数精鋭なのもいいけれど、流石に少数過ぎて勢力とは呼べないからね」

「……わ、笑えない冗談ですよ、お兄様。心臓に悪いです」

 

 胸をなでおろす深雪に、そうとわかるように、達也は笑顔で返した。冗談なのは確かだった。けれどその可能性を、ちらりとでも考えなかったのかと言えば、嘘になる。

 比企谷の魔法には、もしかしたら――否、もしかしなくとも、本人すら気づいていない別の本質があると達也は踏んでいる。

 少なくとも『結衣』は空気を読む()()の魔法ではない。

 深雪から視線を外して、達也は気絶した剣道部員の手にある真剣を見た。念じるのは一瞬。その存在を否定する。結果は達也ですら認識できない速度で現れた。

 注視していたつもりだった。瞬きすらしなかった。けれど視線の先には、もう刀は跡形もなかった。消える際の残滓すらなく、消える瞬間は『精霊の眼』ですら認識できなかった。

 

(俺の分解とは全く違う。やはり()()()()()何が起こったのかすらわからなかった)

 

 これが『雪乃』と呼ばれる事象否定の魔法。存在の否定によってもたらされた事象改変。

 達也の『精霊の眼』で視れないということは、エイドスを書き換えているのではないということだ。では、本当にこの魔法はなんなのだろう。

 興味が尽きない以上に、空恐ろしくもあった。

 何故なら起動式も魔法式も公開されていない――つまり仕組みの解明されていない魔法を、他人が遣うことはできないからだ。BS魔法ならばなおさらだ。けれどその常識は『結衣』の前には意味をなさない。

 

 達也は『雪乃』を使えた。

 

 達也の目に映る比企谷のステータス。敵のステータス。キャラクターカーソル。敵味方識別。どれもすべて達也の『精霊の眼』では見れない情報だ。見れるようになった原因は一つしかない。比企谷の魔法『結衣』によるものに違いない。

 ならば空気を読む魔法とは――『結衣』の本質とは何か? 

 

(空気を読んで、()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは同時に、比企谷が達也の魔法を使えることも示唆している。

 軍や実家に渡せるはずがなかった。言えるはずもなかった。これらが魔法だというなら、自分たちが遣っているものは何だと言うのか。好奇心による歓喜と恐怖による寒気が同時に襲ってくる不可思議な感覚を、達也は初めて実感した。

 それが達也が実家にも軍にも言わないと言い切った理由の根源だった。

 自分のことすら十分に対応出来ていない現状では、時期尚早だというのが達也の結論だ。力も、知識も、人材も、何もかもが、まだ早い。結論付けることすら出来ないほどに、まだ、何も、整っていない。

 

「ごめんごめん。さ、着いたよ……壬生先輩、司波です」

 

 深雪をなだめながら再び閲覧室へ。扉の前で中の紗耶香に連絡を入れ、開けてもらうよう指示する。

 閲覧室内部は、通路と違ってとてもひんやりとしていた。この図書館でも随一のコンピュータが設置されているから、温度には気を遣っているのだろう。機密資料にアクセスできる校内唯一の端末にハッキングを仕掛けている連中は、その端末からデータを抜き取ることに集中しすぎて、達也らが侵入したことにも気づいていないようだった。

 敵であるはずの達也らを招き入れた紗耶香の行動にすら気を払っていないところを見ると、どうにも素人臭さがぬぐえない連中だと達也は場違いな感想を抱く。

 抱きながらも、降伏勧告をすることすらなく、無言のまま、手元の拳銃型CADを抜き放ち、容赦なく引き金を引いた。

 情報を抜き出し記憶する記録用ソリッドキューブが砕け散った。続いてハッキング用の携帯端末が分解される。ハッキングしていたデバイスから接続が断たれるまでのわずか数舜。彼らは驚き戸惑い、自分たちが犯罪行為をしていることを忘れているかのような顔でお互いを見やり、そうしてようやく思考が回復して達也らを見やった。

 見て、ようやく気付いた敵の存在に驚いて、慌てて懐から武器を取り出すという、その稚拙な迎撃工程を、達也も深雪も何をすることもなくただ見つめ、見つめるだけで事が終わる。

 何もできずに気絶した彼らを、ただ冷ややかな嘆息で切り捨てて、達也は紗耶香に向き直った。

 

「お疲れ様です、壬生先輩」

「あ、ううん。あたしはほとんど何もしていないんだけど、ねぇ、あの、何がどうなったの?」

 

 テロリストたちがいきなり気絶したことを指した紗耶香の質問には、達也は微笑で濁した。

 

「俺の魔法を遣いました。内容は聞かないでいただけると助かります」

 

 こういわれて問い続けられるほど無神経な人間はそうそうそういない、という達也の目論見は正しく、紗耶香も聞きたそうな顔をしてはいるものの、それ以上魔法については聞いてこなかった。

 

「外のほうは?」

「あらかた鎮圧し終えました。壬生先輩が、情報を流してくださったおかげです」

「そう……役に立てたならよかった。その……怪我とかしてない?」

 

 司波くんは? という質問だったかもしれないが、達也はあえてとぼけたふりしてその対象を全員に移し替えた。

 

「ええ、表立った被害があったという報告は受けていません。生徒は一部を除いて全員が講堂に集合していますからね」

「剣道部の……みんなも?」

「気絶しているだけです。悪くても打ち身程度でしょう」

 

 そこで紗耶香はようやく息を深く吐き出した。ほとんどスパイなんて真似をしていたのだから、緊張していて当然だ。深雪が気遣って背中をさすってやると、しばらくして息を整えた紗耶香が顔を上げた。

 

「ありがとう司波さん……もう大丈夫よ。それで、これからどうするの?」

「会長らと合流します。ただその前に、先輩、ブランシュのアジトがどこかご存知でしたら、教えていただけませんか?」

「え?」

「お兄様?」

「まさか、司波くん?」

 

 そのまさかですよ。という言葉を視線だけで返して、達也は無表情のまま紗耶香を見つめ返す。言葉で逃す気はなかった。

 比企谷の顔は立てた。だからここから先の行動は、四葉のガーディアンとして、深雪の兄として、守るべきものを守るための攻勢だ。

 だがそれを問いただすよりも先に、通信が入った。

 

『こちら七草です。テロ集団の鎮圧を完了しました。

 今、十文字君らに手伝ってもらって捕縛しているところです。警察も到着したようなので、彼らに引き渡します』

 

「図書館の司波です。了解しました。

 こちらも連中は全員鎮圧済みです。壬生先輩とも合流しました。彼女に怪我等はありません。ただエガリテに参加していた剣道部所属の生徒が十人弱と、閲覧室にハッキング担当が数人転がっていますので、何人か、捕縛用に人員を回していただけませんか?」

 

『こちら摩利だ。了解した。風紀委員から選んでそちらに行かせるよ。壬生にご苦労様と伝えておいてくれ』

 

「了解です。そう言えば――」

 

 と続けようとして、達也は言葉を呑んだ。

 視界の端に警告と思しき赤い点滅が飛び込んできたからだ。実際、その赤い点滅の中央には文字通り『WARNING』と表示されている。達也は思わず自分の目を疑った。

 

『達也くん?』

 

 赤い点滅は止まる様子はない。つくづく便利な能力だなと感心する一方で、達也は地味に焦っている自分を自覚しながらステータス画面に視線を走らせた。警告をたどって表示されたのは、パーティメンバーのステータスだ。メンバーは達也と比企谷の二人だけ。達也に異常はないのだから、答えは簡単だった。

 何の警告なのかという疑問も直ぐに解けた。あの赤は、パーティメンバーが危険域に入ったことを示す信号だ。比企谷の状態が『虚脱』『衰弱』となっている。MPがゼロになり、HPもそれに合わせて減少していっているようだった。その状態がやがて『気絶』『昏睡』に変わった瞬間、達也は通信機向こうの真由美にアラートを送った。

 

「会長、比企谷が倒れました。場所は――」

 

 通信の向こうで息を呑む音が聞こえ、すぐさま通信は切られた。

 サイオンが枯渇しているとはいえ、命に別状はない、というのはステータスからもわかっている。だがそれでも実際に目にしていない状況では、彼の様子を図り知るのは不可能だ。空気が読めても、理解できなければ意味がないと言った比企谷の言葉通りだった。

 達也の態度と言葉から、何かがあったことを察した深雪と紗耶香を促して、彼ら三人は図書館の外へ向かった。まずは摩利ら風紀委員本隊と合流する必要があった。

 歩きながら、達也は思う。

 これはきっとあいつが無茶をした結果なのだろう。サイオンが枯渇しても気絶するなんて状態は、そう容易く起きることではないからだ。

 

(お前が望んだ、誰も傷つかないで済む結末だ。だがその『誰も』の中に、お前が入っていないんじゃ意味がないだろう)

 

 通信の切れ方からして、真由美の慌て具合はステータスなど見なくとも手に取るように分かった。比企谷が傷つくことで傷つく人がいる。そのことに気づいていない当人の様子を慮りながら、けれど達也は前を歩く二人に気づかれないように、その当人に向かって毒付いた。

 

 あの捻くれ者め。

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字報告ありがとうございます。随時適用させていただいております。

何度目かのInterlude。♯10と同時に挙げられず申し訳ないです。
達也が難しかったです。。。

これにて事件は収束。一件落着。
え? 廃工場? 司一? ブランシュ日本支部?
そんなの達也だけで何とでもなるので、スキップですw
次回はようやく入学編エピローグ。

最後までお付き合いいただければ幸いです。
  
 ***
  
今年最後の投稿となります。
読んでいただいた方、感想・評価いただいた方、誤字指摘いただいた方、本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
皆さま、良いお年が迎えられますように。

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