やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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入学編#3  -Interlude……

 真由美と比企谷が生徒会室を去ってのち、最初に再起動したのは達也だったのかもしれないが、最初に肩の力を抜いたのは摩利だった。

 

「嵐が去った」

 

 端的に、心情を吐露する。

 それが、他のメンバーの凍り付いていた緊張を解きほぐした。

 異性がいるとか(達也のことだ)、後輩がいるとか(司波兄妹にあずさ)などの体面を気にすることなく、摩利は脱力に身を任せて机に突っ伏した。

 だらしないことは自覚していたが、そんなことはどうでも良くなるくらい、心労が身体に重くのしかかっていたからだ。

 それを見た鈴音もまた、椅子からずり落ちない程度に椅子に浅く座りなおして天井を見上げる。

 珍しい反応だった。摩利の知る限りで最も堅物の彼女をしてこのように態度を崩させた張本人たちを思い出しながら、摩利は脳裏で先ほどのやり取りを軽く反芻していた。

 あまりに中身の濃い昼休みだった、と言わざるを得ない。

 比企谷の魔法に始まり、真由美の比企谷生徒会入りの決定に終わる。

 途中、妙なノリツッコミの時間があったような気がしないでもないが、蛇足なので割愛だ。

 

「紅茶、淹れ直しますね」

「手伝います」

 

 力が抜けたという意味では後輩二人の女子も同じだった。

 立ち上がり、ポットに向かうあずさと深雪の背を見ながら、達也が表向き平静を保ったまま、呟く。

 

「結局、比企谷は俺たちの記憶を消しませんでしたね」

 

 額に汗が浮かんでいるあたり、彼も疲労を感じていないわけではないらしい。

 

「魔法の発動時間、有効範囲、諸々、細かい条件は何も話してもらえていません」

 

 鈴音の言う通り、比企谷の魔法にはどこまでも秘密が多い。

 つまり、比企谷八幡が魔法を遣ったのかどうかがわからないのだ。

 遣ったけれど効果が現れるのに時間がかかっているのか。

 遣う条件を満たしてしているのか。

 遣っていないのか。遣っていないとして、今日のことを否定することは、いつまで可能なのか。

 場所は? 時間は?

 

「考えても仕方ないことだな。なるようにしかならん」

「それはそうですが……理由は気になります」

「ああ、それはただ真由美の押しに負けただけだろう」

「明らかに怖がってましたね。最後のほうは、見ていてちょっと可哀相でした」

「というか、真由美のほうが怖かった」

「それはそうかもしれませんが……」

 

 不服そうな達也に、摩利はその心情に同意しながらも、言葉だけで言い返した。反論ではない、何故なら達也もわかっているからだ。

 

「どうせあたしたちには、比企谷の決定に身を委ねるしかない」

 

 それとも。

 

「達也くんには、奴の魔法を防ぐ手段があるのかい?」

「いえ」

 

 答えに淀みはなかったが、それを摩利は胸中で嘘だなと断じた。

 動じてない様子にそう思ったから、ではない。彼の様子から嘘か真かを判断するのは厳しい。

 だが、その隣にいた妹はそうではない。深雪の様子を見る限り、少なくとも何かしら対抗案を持ち合わせているようだった。

 深雪本人のことなのか。それとも達也に、なのかはわからないが。

 その対抗策が確実堅実であるとは言えないのかもしれない。であればその時点で達也の返答も間違ってはいない。

 嘘をついていない、という意味では。

 

(そういう意味では、達也くんのほうがよっぽど裏が読めないから、面白いのと同じくらい恐ろしくもあるんだが……)

 

 比企谷とは違う。あれは性根が捻くれて腐ってはいるようだが、反応自体はわかりやすく読みやすい。考え方が斜め上――いや、この場合は斜め下か? に飛んでいるため、そういう意味では予想外な言動が多いが。

 加えて真由美が言った通り女子に慣れていないのか、押しに弱い。

 それを思い出してみれば、浮かんでくるのは真由美の行動だった。

 

「しっかし、真由美には驚かされた」

「そうですね」

 

 付き合いが最も長い三年生だけが頷きあう。

 

「なにが、でしょう?」

「うん? そりゃもちろん、比企谷のことだよ。あ、紅茶ありがとう」

 

 紅茶を入れてくれたあずさと深雪に礼を言って喉を軽く潤してから、摩利はわずかな呆れと、それとは比較にならないほどの驚きを含ませて続けた。

 

「ああいうダメな男に弱かったんだな、あいつ」

「意外でしたね」

 

 へ? と下級生たちが呆けた顔をする。達也でさえ意味を図りかねている様子も少し意外だった。

 

「七草会長が比企谷に、ですか?」

 

 わずかに頬を染めた下級生女子二人の様子もさることながら、額面通り受け取った達也の反応で知ったのは、彼は思いのほか――というより予想通りと言うべきか? 相当な朴念仁だということだ。

 

「違うよ。別に惚れたとか、そういうことじゃないさ」

 

 いくら何でもそれはない。初対面で比企谷に惚れる要素がないというのはおそらく女子なら誰でも抱く感想に違いない。だからあずさと深雪は驚いたのだろうが、その感性は正しいものだと摩利は思う。

 第一、恋愛方面の話をするのなら、真由美の男の趣味はどちらかというと達也のほうだと思う、とは摩利は口にはしなかった。鈴音も押し黙ったのは同意見だからだろう。()()()()()()()()()()()()、わざわざ踏みに行くことはない。

 そして別段、比企谷を見下したわけでもない。目も根性も腐っているとは思ったが気持ち悪いとまでは思わなかったし、こちらを怖がって言動が挙動不審なのも過去の経験を聞けば納得できるからだ。

 もしこれまでの人生で、比企谷が本当に女子から拒絶しかされてこなかったのなら、それは同情の念を禁じ得ないものだ。心の底から運が悪いとは思う。それが彼の人格形成に大きく影響を与えたのは予想に難くない。

 同情はするが、そこから一足飛びで惚れた腫れたはあり得ない。

 だから摩利と鈴音が言ったのは、そういう意味ではない。

 

「彼自身、とても高い才能を持っていると思います。努力もされているようです。それを惜しいと思われたのでしょうね」

「そういう方面も含めて、あの実は能力高いけど性格残念捻くれ男をどうにかしてまっとうにする、という使命に燃えていると思うぞ、真由美は」

 

 真由美から比企谷を見た印象はおそらくダメ人間の一言に尽きるだろう。

 あ、こいつはダメな男だ。このままだと性根が腐ったままだ。せっかくの才能にせっかくの能力なのになんてもったいない。誰かが何とかしないと、という思考が展開され、半ば暴走気味に感情のままに突っ走った結果が生徒会への強制参加である。

 

「世話を焼いてやらないと、っていう使命感、義務感? まぁ言葉は何でもいいが……」

「母性本能を刺激された、がしっくりきます」

「そう、それだ」

 

 鈴音の補足に摩利はからからと笑った。

 そういう視点で見た場合、真由美の心情はとても分かりやすく理解できる。

 

「そういうものでしょうか……?」

 

 それはもちろん、摩利や真由美、鈴音が比企谷よりも年上だからということもあるだろう。

 年上というカテゴリーならばあずさも該当するのだが、どちらかというと当人の気質的な意味合いが強いと摩利は思っていた。そういう意味では真由美は、三年生組の中でも特に条件に合っているかもしれない。

 日本魔法師達の最高峰に位置する十師族。その中でも四葉と並んで頂点に君臨する七草家の、跡取りではないにしても直系で、長女という立場。加えて十師族の中ですら傑出した才能を持つ魔法師としての将来性。真由美が立つ場所は、普通の人間から見れば贔屓目に見ても雲の上に違いない。

 もちろん、それが本人のたゆまぬ努力もあってのことだというのは、友人である摩利がよく知っている。血筋に胡坐をかくだけの傲慢な人間ならば、摩利は友人にはならなかっただろうし、鈴音は生徒会に入らなかっただろう。

 それでも自然と真由美の視点は上からになることがあるのは仕方のないことだろう。それは本人の性格とは関係なく、能力と血筋が彼女をそういう立ち位置に押し上げているからだ。だから彼女はそうならないよう常に気を付けているし、出来る限り相手に悟らせず、悟られても嫌な気にさせない手腕も持ち合わせているから、そうそう表面化したりしない。

 だから、今日は本当に驚いた。驚いて、おかしくて笑ったのだ。

 まさか七草真由美という存在を知りもしない、立場も出生も気にもしない人間が、この魔法科高校にいたのかと。

 真由美の十師族という出自や、魔法師としての実力、生徒会長という立ち位置をこれっぽっちも気に留めることなく、ただの年上の先輩として接してきた。そのうえで真由美と距離を取ろうとした。そんな男は、間違いなく比企谷が初めてだった。

 二科生のように自分を卑下して諦め、蔑みを受け入れ努力を放棄するタイプではなく、一科生のように他者を見下し下手なプライドばかり満たそうとするタイプでもない。

 自分を卑下しているし、口調は生意気だし、挙動不審だし、女子に慣れていないし、目は腐っているし、根性は捻くれている。だけど、比企谷八幡は普通の男の子だ。魔法師であることが信じられないくらいに、普通の少年だ。

 それが真由美の感情を揺さぶったのだろう、というのが摩利と鈴音の予測だった。

 

「比企谷の魔法のことは気になるが、しばらくは真由美に任せてみるしかないな」

「…………そうですね」

 

 納得がいってなさそうな同意ではあったが、それでも達也は頷いた。

 

「あたしとしては、今日の面白かった話も含めて、忘れないで済むようになればいいとは思うがね」

 

 面白くなってくれればいい。そうなる予感があった。それで双方が笑える未来がくるならなおよい。そんな期待を抱きながら淹れたての紅茶に口を付ける。

 熱が身体の芯にじんわりと広がっていく。舌を包む茶の苦みとは裏腹に口調は軽かったが、それは紛れもなく摩利の本心であり、同時にその場にいた者たち全員の心情を代弁したものだった。

 

 

 




今日のところの投稿はここまでになります。
また次回よろしくお願いします。
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