『おかあさん! 凛ね、スカート穿いてみたいの!』
凛が初めてそう言ったのは、小学校低学年の時のことでした。
まだ体が小さく、私の腰くらいの身長だった凛は、急に私の体にしがみついて、目を輝かせてそう言いました。
『あらあら、どうしたの急に?』
『あのね、今日ね、かよちんから「スカート穿いてみたらもっとかわいくなれるよ」って言ってたの! だからね、凛ね、穿いてみたくなったの!』
あら、小泉さん家のかよちゃんの影響なのね。
でも、かよちゃんはいい目をしているわね。 私も凛にスカートを穿かせてみたらもっとかわいくなれるって思っているの♪
凛は外でたくさん走り回るからスカートじゃ危ないだろうってことで、ハーフかショートパンツをずっと穿かせていたの。 髪も短くしちゃってたから、凛に女の子らしい格好をさせていなかったのよね。
でも、これを機会に凛をもっと女の子らしくしちゃいましょうか!
『まあ、そうなの! そうね、おかあさんも凛がスカートを穿いたら、もっとかわいくなれるって思うわよ』
『ホント! えへへ、おかあさんがそう言うならかわいくなれるね!』
『あら、どうしてそう思うの?』
『だって、おかあさんはいつもスカートを穿いてるもん。 おかあさんのスカートはかわいいし、スカートを穿いているおかあさんもかわいいんだもん♪』
『あらあら♪ もぉ~凛ったらそんな嬉しいことを言ってくれちゃって~、ギューってしちゃうぞ~?』
『キャー♪ だったら凛も、ぎゅーってするもん♪』
うふふ、かわいいわねぇ~♪
ちょっとだけ、からかってみせると、凛は私の誘いに簡単に乗ってくれる。
その時の仕草がとってもかわいいのよねぇ~♪
おいで~って手を広げたら必死な顔をして駆け足でやって来るの。
そして、きゅーって抱きしめるから、私もついついギューって抱きしめちゃうのよ。
あぁ、ウチの子が女の子で本当によかったっていつも実感しちゃうのよね♪
『それじゃあ、今から買いに行きましょうか!』
『え!? ホント!! わーい!! わーい!!』
凛はぴょんぴょんと飛び跳ねて、その嬉しさを体で表現していたわ。
なんて嬉しそうな顔をするのでしょう。 よし! 一番似合いそうなのを買わないとね!
この時の私は凛のためにと張り切っていました。
―
――
―――
――――
『うわぁ~~~~!!! スカートがいっぱ~い!!』
デパートの子供服売り場に着くと、そこには、かわいらしいスカートが色とりどりに揃えられていました。 凛は、その飾られてあるスカートをまじまじと見ては、感嘆の声を上げて、とても輝いた表情をしていたの。
本当に嬉しそうね、凛。
『ねえねえ、おかあさーん! これ! これ着てみたいの!』
そう言って、凛が持ってきたのは、明るくきれいな黄色のスカートでした。
『まあ! なんてかわいらしいのかしら♪ 凛にピッタリだと思うわ!』
『ホント!! えへへ、凛、とってもうれしいよ!』
『それじゃあ、それを着てみましょうか?』
『うん!』
私たちは試着室の中に入って、凛が持ってきたスカートを穿かせてみたの。
すると、どうでしょう。
サイズがちょうどぴったりだし、何より見た目がとてもいいわ! この明るい黄色が、凛の明るい性格を引き立てているようにも感じられるわ♪
『いいわ~♪ いいわよ、凛。 あなたにとっても似合っているわよ』
そう言って、凛に鏡の前に立たせました。
すると、また目をキラキラと輝かせて自分の姿を見続けていました。
体を左右にひねらせたり、くるりと1回転してみせて、今の姿に驚きながらも嬉しそうな顔をしていました。
『おかあさん! 凛、このスカートがいい! このスカートにして!!』
『はいはい、わかってますよ。 うふふ、とっても似合ってたわよ』
『えへへ♪』
私はそのまま会計を済ませると、早速、凛にそのスカートを穿かせて帰ることにしました。
帰り道―――
一緒に並んで帰っている時、凛は少しぎこちない動きをしていました。
今まで、ちゃんと穿いていなかったからなのでしょう、ちょっとモジモジしてみせたり、風が吹いてスカートが少しだけフワッと浮かび上がった時に、キャッ! と言ってしまったりと、とても新鮮な凛の姿を見ることができました。
『ねえ、おかあさん……凛、何か変じゃないかなぁ……?』
『あら、どうしてかしら?』
『あのね、スカートを穿いてからね、何だかいつもの凛じゃないような気がするの……まるで、別の誰かになったみたいなの………』
不安そうな声でそう言うと、私はにっこりと微笑んで言いました。
『それはね、凛がとってもかわいい女の子になったからよ』
『かわいい……女の子……?』
『そうよ、スカートにはね、女の子をもっとかわいくしてくれる魔法が付いているのよ。 だから、凛はその魔法にかかっちゃって、かわいい女の子に変身しちゃったのよ!』
『えっ?! 凛、いつの間にか変身しちゃってたの!?』
目を真ん丸に開いて驚いた表情を見ると、本当に信じているようです。
そんな素直な凛に私は言葉を続けました。
『そうよ、今の凛はね、本当にかわいい女の子に変身したのよ。 変身した凛の姿を見たらみんな驚くと思うわよ』
『そうなの!? じゃあ、かよちんが見たら驚くかなぁ?』
『ええ、きっと驚いてくれるわよ。 そして、褒めてくれるわよ、かわいいって』
『かよちんが凛のことを褒めてくれる!……えへへ♪ 凛、そう考えたら嬉しくなってきちゃった!』
『うふふ、そうなの? でも、今日はもう遅いから明日学校に行く時に着ましょうね?』
『うん! 凛、絶対に着るよ!』
そう言って、私と凛は手を繋いで陽気な気分で帰路に着いたのでした。
―
――
―――
――――
翌日――――
『おかあさーん! これでいいかなぁ? これでいいのかなぁ?』
凛はいつもよりも早めに起きると、早速、昨日買ったばかりのスカートを着て見せた。 白地の生地に緑色の袖が付いたTシャツに明るい黄色のスカートを着た凛は、昨日よりもずっとかわいらしく見えました。
『ええ、いいわよ! バッチリ決まっているわ!』
『ホント!? えへへ、これでかよちんも褒めてくれるよ♪』
両手を両頬に当てて少し恥ずかしそうに顔を赤く染めると、デレデレと体をくねらせて喜んでいたの。 まるで、初めてデートに行こうとする乙女の姿ね。 好きな人のことを思うその気持ちが、また凛のかわいらしさを引き立ててくれています。
『それじゃあ、いってきまーす!!』
『はーい、いってらっしゃーい!!』
元気よく手を振って出かけていく凛の姿に、私も力一杯手を振って凛を送り出しました。
ふふっ、学校の人たちはどんな反応を示してくれるのでしょう、凛からの報告が楽しみでしかたないわね♪
そう思いつつ、私はいつものように家事に専念し始めようとしていました。
しかし、十数分後―――――
『あら? 誰かしら?』
ドアが開く音がすると、ドタドタと急いで廊下を走っていく音がしました。
夫かと思いましたが、足音が軽いので凛ではないかと思いました。
『凛? どうしたの?』
そう言っても何も返事がきませんでした。
『どうしたのかしら………』
胸騒ぎがしました。 何か嫌な予感がすると、直感的に感じていたのです。
凛に何かあったのかしらと、心配になると私は凛が走って行ったであろう方向に顔を向けていました。
しばらくすると、凛の部屋の扉が開きました。
凛です。 やっぱり、帰ってきたのは凛でした。
その姿を見て、ほっと一息つこうとしました――――ですが、次の瞬間、息を止めるような光景が目の前にありました。
『凛………そのズボンは………?』
『……………………』
どうしたことでしょう、さっきまで着ていたはずのスカートはどこにもなく、いつも着ているショートパンツ姿の凛がそこに居ました。 しかも、とても辛そうな表情をして……………
『―――――っ!!!』
『凛っ!!!?』
凛は、うつむいたまま何も言わずに外へ飛び出して行きました。
とても必死に、何かから逃げるように駆け出ていくその姿はとても痛ましかった。 私の横を通り抜けようとしたその一瞬に凛の顔を見たら、目に涙を浮かばせていたからです。
私はすぐに凛の部屋に向かいました。
部屋の中に入ると、目の前に飛び込んできたのは―――――――
無雑作にも投げ捨てられたあのスカートが―――――――
私はそれを拾い上げると、ところどころが痛んでいるのを目にしました。
昨日買ったばかりなのに、どうしてこんなになってしまっているのだろう………まるで、無理矢理にも脱ぎ捨てたかのようでした。
『どうして…………』
私は力が抜けたようにその場に座り込んでしまい、一時もその痛んだスカートを見つめながら、ただ呆然としていました。
夕方――――――
玄関のドアが開くような音がすると、またドタドタと急いで廊下を走っていく音が聞こえました。
『凛ね………』
そう確信すると、凛のところに向かおうとしました。
廊下を歩きだしていたちょうどその時に、チャイムが鳴りました。
『………はーい!』
真っ先に凛の方に行かなくてはいけなかったのですが、ウチに来た人をそのままにすることもできず、私は玄関の方に向かいました。
『どちらさまでしょうか?』
少しだけトーンを高くした声で聞いてみると、とても小さな声で、
『こ、小泉です…………』
と聞こえた。
私は扉を開くと、そこには凛と同じ背丈をしたかよちゃんの姿が―――――
しかし、その表情はとても暗く、今にも泣き出しそうに何か申し訳なさそうな顔をしていました。
『どうしたの、かよちゃん? どこか転んじゃったの?』
『あっ………あの………あの……………!』
言葉を発するごとに声を震わせるかよちゃん。
何か私に伝えたいことがありそうなのだけど、上手く言葉にすることができない様子だった。
『ここじゃ、話しづらいよね? 中にお入りなさい』
そんなかよちゃんを見て、私は家の中に入らせた。
凛にかよちゃんが来たこと伝えようかと思ったのだけど、かよちゃんがそれを嫌がっているようにも見えたので、私は伝えないことにした。
『どうしたのかよちゃん? 何か悪いことでもあったの?』
私はその場で、何があったのを聞こうとした。
もしかしたら、かよちゃんが話そうとしていることは、凛にも関係する事なんじゃないかと脳裏に過った。 先程からのかよちゃんの様子からそう判断していた。
一方かよちゃんは、伝えたいことをまだ上手くまとめることができない様子で、断片的な言葉がたどたどしく口からこぼれていた。
そして、しばらく経つと、ようやくハッキリとした言葉で話すようになった。
『あっ………あの……今日……ですね………凛ちゃんが………男の子に……からかわれちゃって………凛ちゃん……泣いちゃって………ごめんなさい………』
いきなり謝って来るので、私は驚いてしまいました。
『どうしてかよちゃんが謝るの? かよちゃんは何も悪いことしてないでしょ?』
『ううん………私が……凛ちゃんに……スカート穿いてみたらって言ったから………私は……そうしたほうがかわいいと思ったの……だから言ったの………でも……男の子にからかわれて………凛ちゃんショックを受けて………それで……凛ちゃんを泣いちゃったの………私が言わなければ……凛ちゃんが泣くことはなかったの……だから……全部私が悪いんです…………』
『―――っ!!』
涙ながらに話すかよちゃんの話を聞いて、私は一連の流れをようやく理解することができた。
凛が朝出かけた後、通学途中で男の子にスカートを穿いていることをからかわれてしまい、そのことでショックを受けてしまった凛は家に帰ってきた。 そして、スカートを脱ぎ棄ててズボンに穿き替えたのだというのだ。
私はそれを聞いてとても腹が立った。
いくらふざけていたとはいえ、ウチの凛を泣かせた男の子のことが赦せなかった。 歯をグッと噛み締めて、この怒りをどこにぶつければよいのかと考えていた。
けどその前に、このことを伝えてくれたかよちゃんを慰まなくちゃいけないとして、この怒りを無理矢理に押し殺しました。
そして、こう話し始めました。
『ありがとね、かよちゃん。 わざわざ、おばさんに伝えて来てくれて嬉しいよ。 でもね、かよちゃんが泣くことはないんだよ。 かよちゃんは何も悪くないの』
『で、でも……私が言わなければ、凛ちゃんは………凛ちゃんは………!』
『違うわよ、かよちゃん。 かよちゃんは凛がスカートを穿いてくれたらかわいいと思ったんだよね? 凛のためにと思って言ってくれたのよね?』
『………う、うん……………』
『うふふ、そうよね、かよちゃんはやさしいからそう言ってくれたんだよね。 おばさんもね、凛がスカートを穿いてくれたらかわいいと思っていたのよ。 だからね、昨日すぐに買ってきちゃたのよ。 そしたら、とっても似合っててね、ついつい写真を撮りたくなるくらいにかわいらしかったのよ。 かよちゃんも、今日の凛を見てかわいかったと思うでしょ?』
『う、うん………!』
『そうでしょ? だから、かよちゃんには感謝しているのよ。 凛を女の子にしてあげる機会を与えてくれて』
『そ、そんな………! わ、私は……ただ凛ちゃんのことを思っただけで………』
『いいのよ、それで。 かよちゃんはそこまで凛のことを大事に思っていてくれているんだから感謝しているのよ。 これからも凛のことをよろしく頼むわね』
『は、はい…………!!』
ぐずついた表情をしながらもハッキリとした声で返事をするかよちゃん。
その声を聞いて、少しばかりか安心した気分になれる。 そんな感じがしたのです。
その後、かよちゃんは帰りました。
御迎えを呼ぼうかと言いましたが、1人で帰れますと言っていたので私はそのまま見送ったのでした。
そして、私は凛のところに向かっていくのでした。
『凛、入るわよ』
ノックをした後、声をかけてから部屋の中に入って行きました。
明かりも点けずに部屋の中は薄暗かった。 凛はどこにいるのかと見回してみると、部屋の隅に背を向けた状態で座っていました。微かに聞こえるすすり泣く声とともに………
『凛、どうしたの?』
震える肩に触れながら私は尋ねました。
すると、ゆっくりと顔をこちらに向けると、その顔は涙で汚れていました。
『お……おかぁさん………わ…わたし………もう穿かない……もうスカートなんて穿かない………凛には……凛には似合わないの………!!』
刃物のような鋭い叫びが私に突き刺さる。
涙を流し、悲しみに満ちた表情で語りかけて来るその声が私の耳に入って来ると、その声が頭の中で何度も反響した。
『凛………何があったの………?』
凛の心をえぐってしまうような言葉――――私は恐る恐る聞いた。
『凛ね………学校に行く時にね、男の子たちにからかわれたの………凛の格好を見てね、いろいろ言ってきたの………お、おとこなのに……す、スカートを…穿いてるって………!!』
『―――っ!!?』
『そ、それでね………凛ね……とっても悔しくって……苦しくって………悲しくなっちゃって………それで………家に帰って着替えちゃったの………ごめんなさい、おかあさん……凛のために買ってくれたのに、穿かないって言っちゃって………ごめんなさい……女の子になれなくって………ごめんなさい…………』
『―――――――っ!!!!』
凛の言葉が私の心を貫き通した。
心の内に溜めこんでいた怒りがあふれんばかりに湧き起こって来ると、それがすべて悲しみに変わり、いつしかそれが涙となって私の瞳から流れ落ちていったのだった。
こんな……凛にこんなっ………こんなひどいことを言われるだなんて………悲しすぎるわ…………
私の心は締め付けられるように苦しい気持ちでいっぱいなのに、凛は私以上に苦しい気持ちに遭っている。 そのことを思うだけで、胸が張り裂けそうだった。
私にすべてを話し終えた凛は、私の胸に飛び込んで大粒の涙を流して力いっぱい泣き続けた。
今までに聞いたことがないくらいの大きな声で凛は泣いた。
そんな凛に、私はただ抱きしめてあげることしかできなかった。
けど、そんな私もある決意を胸にする――――
『おかあ……さん………?』
私はその場で立ち上がった。
急に立ち上がったので、凛は少しだけ驚いた表情を浮かべて、じっと見ていた。
凛、あなただけ悲しい思いはさせないから――――――
私は着ていたスカートの裾を手にすると、腕に力を十分に込めてそれを引き裂いた。
『おかあさん?!』
驚嘆した声が聞こえたけど、私はそれを止めることなく引き裂き続けた。
そして、もう直すことができないほどにボロボロに破り捨てた。 おかげで、下着一枚になっちゃった。
けど、それがどうしたの?
凛がこんなに悲しんでいるのに、何もしてあげられないなんて母親として失格なのよ。 だったら、せめて凛がこれ以上、スカートを見て苦しまないように私が着ているスカートの1枚や2枚を破り捨てて何か問題があるの?
凛の悲しみに比べたら些細なことなのよ―――――
『お、おかあさん……そ、そのスカート……おかあさんの大好きなのじゃ………』
『いいのよ、凛。 凛がスカートを穿かないっていうのなら、私も穿かないって決めたのよ』
『で、でも……でも………!』
『凛……スカートを穿けなくなっちゃった私は魔法が解けちゃって女の子じゃなくなっちゃった。 これで凛と一緒だね』
『おかあさん………』
『いい、凛。 凛が大きくなって、スカート穿けるくらいとってもとっっってもかわいい女の子になったら、私も女の子に戻ってスカートを穿くわ。 そしたら、またどこかへお出かけに行きましょ………』
『―――っっっ!!! おかあさぁぁぁん!!!!!』
凛はまた私に抱きつくと、さっきよりも大きな声で泣き始めました。
それはとっても大きな声で、お隣さんにも聞こえたのではと思うほどでした。 けど、そんな凛を私はやさしく包み込みました。 それは受けた苦しみを癒してあげるように、そっと背中をさすってあげました。
そして、大きくなったらみんなが驚くくらいの女の子になれますように、と言うおまじないも込めて、私は凛をそっと抱きしめてあげたのでした。
―
――
―――
――――
あれから、数年の月日が流れました――――――
今年、凛は高校生になりました。
私の母校である音ノ木坂学院に入学し、華の3年間を過ごすことだろうと思っていました。
ですが、そんな凛はあれからずっとスカートを穿くことをしませんでした。
いえ、正確に言えば私服として着ようとすることが無くなったのです。
中学、高校となると制服での登校となるので、嫌でもそれを着なくてはなりませんでした。 私はこうした入学の時期になると、内心ドキドキさせていました。
制服を見たら嫌がるのではないだろうか? 学校に行くことを拒むのではないか、と考えていたからです。
しかし、不思議なことに、中学、高校とその制服を着ても拒絶する素振りを見せずにいました。
それを見て、安心しているものの、やはり、普段着として着ることをしない様子に内心揺さぶられています。
いつになれば、女の子になれるのかしら…………
私はそんな日が来るのを待ち遠しい気持ちで見守っていました。
入学してから1月くらいが経とうとした時、凛の口から思いがけない言葉が飛び出しました―――――
『凛ね! スクールアイドルになる!!』
それを聞いた時、持っていたものを床に落としてしまうほど、衝撃的なことでした。
凛が……スクールアイドルに……………?
その当時は、スクールアイドルと言うモノが巷で流行っていて、その流れで母校にそれが誕生したそうです。 凛は、かよちゃんが入るから私も入る、というような気持ちで入ったそうなのですが、私はとても嬉しく思いました。
なぜなら、アイドルと言うのですから、そこで凛のかわいさに磨きがかかり、それを自覚する時が来るのだと信じていたからです。
それ故に、私は凛を応援し始めたのです。
私は、凛たちが歌って踊る映像がネット上で更新される度に、見続けていました。
その映像を見る度に、ここに映っている子たちはみんなかわいいわねぇ、と思いながらも、やっぱりウチの凛が一番よね、と親バカっぷりを表に出しています。
そして、映像が更新される度にその日の晩御飯は、凛の健闘ぶりを讃えるために、ちょっとだけ豪勢に作ってみたりということをしています。
そんな私ですが、まだ生で凛が歌って踊っているところを見たことがありません。
恥ずかしながら、家事が忙しくことやその他でやらなければならないことがたくさんあるために、いつも見ることができませんでした。
ごめんなさいね……と心の内で謝るものの、一向に見る機会は訪れませんでした。
――――ところが、そんな私に1通の手紙が届きました。
その中身を開いてみると、手紙とチケットが1枚封入していました。
何かしら? と手紙の内容を見てみると、そこにはこんなことが書いてありました―――――
『こんにちは、凛ちゃんのおかあさん。 小泉 花陽です。
いつも私たちのことを応援して下さりありがとうございます。
凛ちゃんのおかあさんのことをよく凛ちゃんから聞いています。 私たちが歌って踊った映像が更新される度に見て下さっていて、その日の夜はいつもよりも豪華な食事が出てとってもおいしいって嬉しそうに言っていました。 そして、凛ちゃんのことだけでなく、私たちのことをも褒めて下さっていると聞いて私も嬉しく思っています。
そんないつも応援して下さっている凛ちゃんのおかあさんに、チケットを同封させていただきました。 聞けば、まだ一度も凛ちゃんの晴れ姿を見ていないということだったので、今回のライブは必ず見ていただきたいと思い送らせていただきます。
今回は、凛ちゃんがセンターで歌うことになっています。
その姿を凛ちゃんのおかあさんに是非とも見ていただきたいのです!
長くなりましたが、この辺で終わらせていただきます。
これは、かよちゃんからのお手紙です!
わざわざ、私のために書いてくれたことを考えると、胸が熱くなりました。
そして、手紙を読んでいる中で、私はある1文に目がとまりました。
凛が………センターに……………
センター………ということは、凛ちゃんがメインで歌うということなのね!
そう思うと居ても立ってもいられなくなった私は、早速、その日に向けての準備をし始めました。 溜めていた作業をすべて終わらせられるように予定を組み、ありとあらゆることがその日にかぶることがないように調整し始めました。
だってそうでしょ? 念願だった凛の晴れ舞台なのですよ! それも、凛が一番輝く姿を見られるだなんて、嬉しすぎてその場で飛び上がってしまいそうな気持ちになります。 私も凛みたいには目を輝かせて、しゃいじゃいそうでした。 それほど、私にとっては特別なことだったからです。
―
――
―――
――――
当日―――――
凛がいつものように笑顔で出かけていったのを見送った後、遅ればせながら、私も出掛けて会場へと向かいました。
ビル街に囲まれた少し大きめなホール。 そこが会場のようです。
玄関口に立てかけてあった看板には、[ ファッションショー ]って書いてあったけど、ここであっているのよね? ライブって聞いていたからてっきり、凛たちがいるμ’sだけのライブかと思ったけど………大丈夫なのよね………?
入場した際に受け取ったパンフレットの内容を見て、確かにμ’sの名前が掲載されていることを確認すると少しだけホッとしました。
『会場にお越しのみなさん。 本日は、我々のファッションショーに御出で下さいまして、誠にありがとうございます。 大変ながらくお待たせいたしました。 ただいまより、開演させていただきます―――――』
開演を知らせるアナウンスが流れると、明かりが消えて、会場中が暗くなりはじめました。 それを待っていたかのように、会場に集まっていました人たちが一斉に拍手をし始めました。 その場の雰囲気につられてしまったのでしょうか、私も思わず拍手を送っていました。
しばらくすると、舞台上に明かりが灯り、それに合わせるかのような音楽が鳴り始めますと、数々のモデルさんたちが舞台上を行き来しまして、まだ見たこともない素晴らしく美しい衣装を私たちに披露してくれました。
それらの衣装からは、彩りみどりにきらめく宝石のような輝きを放っていて、それを着こなす人たちも美しく輝き、私たちを魅了しました。
どれも素晴らしい衣装を見ていましたら、私も着てみたくなってしまいます。
ふふっ、自分をキレイに見せようとしているだなんて、ちょっとだけ若返ったような気持ちになっちゃうわね。 モデルさんたちに自分をあてるようにして、どれが自分に合うのだろうかと、少しだけ真剣な表情になっていたような気がします。
『――――続きまして、現在話題のスクールアイドル、μ’sのみなさんです!』
きたっ―――――――!!
待ちに待ったそのアナウンスが響き渡ると、私は改めて舞台上を凝視しました。
その時、会場中の照明が一斉に消えましたが、そんな些細なことに動ずることなく見続けていました。
(コツ――――――コツ――――――コツ―――――――)
石のような硬い音が一定のリズムを刻むように響いてきました。
それは、何かが近づいてくるような……歩み続けているような音のようにも聞こえました。
音が大きくなるにつれて、舞台上から私たちの方に近づいてくる影が見えてきました。 照明が消えた暗闇の中ではハッキリと見ることはできませんが、確かに、目の前に誰かがいると言うことを感じました。
パッと、照明が灯りますと、一瞬だけ眩しくって目を塞いでしまいました。 けれど、段々と目が慣れていきますと、キラキラと輝いた衣装が――――――!!
『っ―――――!!!!』
それを見た瞬間、息が止まりそうなくらいに驚きました!
いえ、それ以上に胸に込み上がってくるものがありました!
それは、私が待ち望んでいた光景―――――――
私が心に想い、願い求めて続けていた光景が―――――――!!
全身を純白のウェディングドレスに包まれ、背中の大きなリボンとスカートの裾や頭に飾られた太陽のような色をした花を付けて立っている少女―――――
そう、彼女こそ――――――
私の自慢の娘――――――
私の最愛の娘――――――
――――――私の大好きな凛なのです―――――――
『こんにちは!音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!!』
スッと一歩前に踏み出すと、しゅっと落ち着いた声で明るく話し始めました。 そして…………
『精一杯歌うので、一番かわいい私たちを……見ていってください!!!』
その言葉を聞いた瞬間、目頭が急に熱くなったと思ったら涙がぽろぽろと溢れ出てきました。 ステージ上で一生懸命歌っているその姿が滲んでしまうほどに涙が溢れてきたのでした。
凛が……あの時からずっと、自分からかわいいと言わなかったあの凛が自分からそう言うなんて………!
それに、女の子たちの誰もが憧れるウェディングドレスを身に付けて…………!!
なんて………かわいいのかしら…………凛………!!
さんさんと照り輝く光に映し出された凛は、ここに集まったどの女性や女の子たちよりも美しく、かわいらしい………私の自慢のかわいいかわいい娘に変身していたのでした。
―
――
―――
――――
『凛―――――凛っ――――凛っ――――――!!』
ファッションショーが終了してから、私はすぐにその足を凛がいるところへと向けていました。
あの凛の姿を見た私は、今までにない衝撃を心に感じ、胸が強く高まっていたのでした。
あぁっ!! この気持ちを早く伝えてあげたい……! 私が今抱いているこの気持ちをあの子に伝えてあげたい……!!
会場中を走り回る私は、早く早くと心の中で叫びながら向かって行ったのでした。
『あっ!』
控室の扉が見えてきた時です。
その扉の前に、黒のタキシード姿をした人が立っていました。
『確か、あの衣装は…………』と、どこかで見たことがあるなと思いつつ近寄って行きました。 すると、こっちが認識する前に、向こうの方が先に私のことを認識したみたいで、小さくお辞儀をしてくれたのです。
私がその子のことをようやく認識することが出来たのは、正面に立ってからでした。
凛よりも少し長い髪に、おっとりとした表情。
微笑み出したらこちらまでつられて微笑んでしまいそうになる柔らかい顔。
ちょっとした動作さえもかわいらしく見えてしまうこの子は、昔から凛と遊んでくれていたあのかよちゃんだったのです!
『かよちゃん………!』
昔の面影を残しながらも、美しく成長した姿を見て内心嬉しく感じていました。
『お待ちしていました、凛ちゃんのおかあさん!』
改まってまたお辞儀をすると、微笑んだ表情を浮かばせて話をし始めました。
『よかったぁ……凛ちゃんのおかあさんならきっと来ると信じていました』
『ええ、かよちゃんのおかげで今日ようやく凛の晴れ舞台を見ることができたわ。 ありがとね♪』
『い、いえ……! わ、私はそんな大層なことをしてはいませんよ…………』
『いいえ、かよちゃんのおかげよ。 あなたがこうした機会を与えてくれなかったら、私は一生見ることができなかったのかもしれないのだから』
『は、はい…………あ、ありがとうございます…………!』
急に恥ずかしくなったのか、落ち着きを保っていた表情が赤く染まっていくのを見て、ふふふ♪と笑い声が漏れてしまいました。
『それでは、凛ちゃんが待っているので来てください!』
こほんと咳払いをしてから平静を保たせてから扉をそっと開いて中に入って行きました。
そして、そこで目にしたのは―――――――――
『凛………………?』
先程のステージで見せたあの衣装を着て、すっと真っ直ぐに立っていました。
近くに寄って見ると、雪のように純白に輝く衣装とそれに合わさるかのように綺麗になった凛の姿を見て、目が眩みそうになりました…………いえ、にじんできたのです…………思いもしないほどに目元が熱くなっていき、頬を通って下に落ちていったのです。
『凛っ!!!』
私は思わず走りだしていました。 無我夢中に足を動かしあの子のところへ駆け出して行ったのです。
『おかあさん!!!』
凛も私と同じように駆け出して行き、私の下に向かってきたのです。
近くにまで来た凛を懐に入り込ませて、力一杯ぎゅっと抱きしめてあげたのでした。 強く……とても強く、凛に負けないくらいに抱きしめたのでした。
『おかあさん………!! 凛ね………! 凛ね…………!!』
乱れた呼吸と共に、震えた声で話をし始める凛に私は、うんうんと頷きながら頭を1撫で、2撫でとやさしく手を添えました。
『凛ね………! やっとね………穿けたんだよ………! こんなにキレイなスカートを切ることが出来たんだよ………!! 女の子になれたんだよ…………!!!』
『っ―――――――!!!』
凛の言葉を聞いて、思わず声をあげて泣き出してしましそうでした。
凛が………凛の口からそんな言葉を聞ける日が来るだなんて………! 嬉しすぎて、嬉しすぎて………喉元にまで達していた感情があふれ出てきそうでした。
しかし、それを何とかぐっと抑えながら、凛の言葉に対してうんうんと頷いて答えてあげたのでした。
すると、私の感情に刺激を与えるかのように凛ちゃんからこの言葉を聞かされました。
『ありがとう………おかあさん………! いっつも凛のことを助けてくれて……応援してくれてありがとね………! 凛があの時、穿かないって決めた時におかあさんまでやってくれて嬉しかった………凛のことをこれだけ大事にしてくれていたんだってことを今あらためてわかったの………それでね、凛はもう大丈夫だよ………おかあさんがいて、かよちんがいて、μ’sのみんながいて………みんなのおかげで凛は変われたの!! だからね、おかあさん! もうおかあさんもスカートを穿いていいんだよ! おかあさんも凛と一緒に女の子になろうね! 一緒に買い物に出かけようね!!』
『凛………凛っ………!!!!』
その言葉を聞いた瞬間、胸にぐっと突き刺さるモノを感じました。 それはずっと溜めこんでいたモノや抑え込んでいたモノの蓋が砕け落ちていき、解放されたかのように外へ飛び出して行ったのです。
私はそうしたモノに突き動かされたかのように、声を荒げ、涙をぽろぽろとこぼしながら私のかわいい娘を強く抱きしめてあげたのでした。
すると、凛も私につられたように泣き始めたのです。
けど、それは悲しいから出てきたのではありません―――――今までに感じたことのない喜びを感じ取ったからなのです――――――――!!
―
――
―――
――――
あの日から数日が経ちました――――――
私は普段と変わりなく家に居て、家事に追われる日々を送っています。
いつもと変わらない日常が廻って来ているのです。
しかし、そんな日常にも変化が訪れていました。
とっても些細なことのように思えるかもしれません………しかし、私たちにとってはとっても大きいことだったのです。
「おかあさん! 早く行こうよ!!」
玄関の方から元気な声が聞こえてきます。
男の子よりも元気一杯で、とってもかわいい私の自慢の娘が見栄えが整えられた状態で私が来るのを待っていました。
「はいはい、ちょっと待っててね」
私もすぐに出かける準備をします。 左程時間はかからないのですけどね。
「それじゃあ、行きましょうか♪」
「うん♪」
そう言って、手を繋ぎながら玄関のドアを開けていくのでした――――――――
―――――――おそろいのかわいいスカートを穿いて――――――――
Fin.
以前、投稿されていたモノの再稿作品となります。
今回の話を書き始めるきっかけは、アニメ2期のあの回が放映された直後のことでした。本編中に、あまりちゃんとした過去の描写が無いなぁなんて思っていたら、だったらこんなことがあったんじゃないの?って妄想を働かせたのが、今回の話です。
また、映画の方でサニソンの時にちょろっと凛ママが登場したので、こっちにも登場させちゃおうなんて思いながら書いていました。
普段の名目上は、希推しとなっています自分ですが、超絶怒涛のμ's箱推しなんで問題ないです。
凛ちゃんもかわいいもん!
てなわけで、ここまで長いお話を読んでいただきありがとうございました。