知らない家族。
知らない我が子。
思い出したこれまでの記憶に、絶望した。
ハリー、ロン、ハーマイオニーは翌日の昼に退院したが、城には人がほとんどいなかった。茹だるような暑さだったが、茹だるような暑さにも関わらず、試験終わりの喜びを満喫するべくホグズミードへと向かったようだ。しかし三人は出かける気にならず。ハリーと校庭をぶらぶら歩きながら、昨晩の大冒険を語り合っていた。
時を同じくして、レイラは校庭にある森の中で、巨木に背を預けていた。吸魂鬼がファッジによって城から追い出されたことで、怯え隠れていた妖精たちが戻ってきていた。
「ほら、持っておゆき」
妖精たちに持ってきていたクッキーを分けて与えれば、彼らは久々のお菓子に嬉しそうに齧り付いていた。
医務室のベッドを朝早くに抜け出したレイラは、長い丈のワンピースとカーディガンを着て、読書に勤しんでいる。アルフレッドからは「安静に、していろ」と強く言われたので、森林浴くらいなら良いだろうと思ってのことだった。
蒸し暑さを除けばのどかなひと時を楽しんでいるレイラに、近づいてくる人がいた。
「やあ、お邪魔しても良いかな?」
先ほどまでいた妖精たちは既に草木の影に隠れて、来訪者の様子を窺っていた。
「ええ、どうぞ。ルーピン先生」
レイラが本から顔を上げれば、そこにはやつれた様子のルーピン先生が立っていた。
ルーピン先生はレイラから少し離れた木の幹に背中を預けるようにして座る。そしてそのまま、黙り込んでしまった。何かを話そうという雰囲気を感じ取れるが、言葉が出てこないといった様子だ。
「お体の調子はいかがですか?」
「……ああ、本調子では無いけど、落ち着いているよ」
ならばとレイラが先に口を開き、会話のきっかけを作ることにした。ルーピンは短いながらも言葉を交わせたことで意を決したようで、すっくと立ち上がった。両の手の拳は硬く握りしめられている。
「昨晩は本当に、すまなかった」
口の端は引き締められ、顔は俯いている。
ああ。とレイラは理解した。
「幸いわたしは五体満足ですので、そうお気になさらないでください」
ほら、とレイラは立ち上がり、真っ直ぐにルーピン先生の顔を見た。ルーピン先生はなおも動かず、「すまない」と言葉をこぼした。
「今回の事を考慮して、私は職を辞すつもりだ。昨晩誰も噛んでいなかったのは奇跡だ。次も大丈夫なんてとても思えない」
「それは……ハリーが残念がるでしょうね」
柔らかな風が吹いて、長く伸びたレイラの髪が躍る。
「君は本当に、リリーにそっくりだ」
告げられた言葉に、レイラはくすりとほほえんだ。ルーピン先生は不思議そうに首を傾げた。
「きのうシリウスにも言われました。やっぱり、仲がいいんですね」
レイラが目を細めて言えば、ルーピン先生ははっと驚いた顔をして、次いで笑みを浮かべた。
「ああそうさ、大事な友達だ。ホグワーツを出たら、あいつを探そうと思う」
「でしたら、スペインを探すことをお勧めします。トルティージャが食べたいと言っていたので」
ルーピン先生はまたしても驚いた顔をして、そしてにっこりと笑った。
「そうしよう。休暇もかねて、ね。では私は行くよ、荷造りをしなければ」
「はい。また会いましょう、ルーピン先生」
「さようなら、レイラ。また会おう」
ルーピン先生はそう言って。城へとまっすぐに戻っていった。
それから暫くして、レイラはもう一度木の幹に背中を預けて座っていた。偶に現れる妖精にお菓子をあげ、ホグワーツ城を見ながら何をするでもなくぼーっとしていた。
レイラは森の外から歩いてくるアルフレッドを視て、伸びを一つした。
「安静にしていろと言ったはずだが、なぜベッドを抜け出している?」
レイラの傍までたどり着いたアルフレッドが、不満げに口を開いた。
「森林浴で体を癒してるんだ。天気がいいんだから、陽の光を浴びたほうが健康的だろ?」
ため息。アルフレッドのだ。おおかた医務室に行ったら空のベッドを見つけ、急いで探しに来たんだろう。
慌てた姿のアルフレッドを思い浮かべて、レイラはふふんと鼻を鳴らした。
「はぁ、まったくお前と来たら……まあいい」
ため息をついたアルフレッドが、ポケットから小さな紙袋を差し出した。
「これは?」
受け取って、レイラが首を傾げる。
「校長に会ってな、レイに渡してくれと言われた」
「ダンブルドアが? なんだろ」
かさかさと音を立ててレイラが袋を開けると、そこには飴玉が二つ、包装紙に包まれて入っていた。
「飴だな」
「飴だな」
ふむ。と、レイラは飴を手に取り、一つをアルフレッドに渡した。レイラは残った飴を摘んで、アルフレッドにも同じようにしろと促す。
「いったいなんだ?」
「まあまあ」
レイラは自身の飴を、アルフレッドのものにこつんとぶつけた。
「おつかれさま」
そして、ひょいと口に放り込んだ。アルフレッドは目を瞬かせた後、「ああ」と納得して苦笑した。
「おつかれ」
同じようにアルフレッドも飴を口に放り込み、レイラの隣へと腰掛け、顔を見合わせて笑った。
学期の最後の日に、試験の結果が発表された。レイラ、アルフレッド、ドラコ、ダフネは全科目合格しており、みんなで喜びあった。ハリーも無事に全科目合格したと言っていたので、魔法薬学がなんとかなったのだろう。アステリアは学年で一位を取れたことをダフネに伝え、二人して涙を流して喜んでいた。
翌朝、ホグワーツ 特急がホームから出発した。
コンパートメントの中にはレイラとアルフレッドだけだった。
「帰る家が嫌な場所なのは、わたしくらいだろうな」
「そう言うな。ホグワーツの外でレイが行けて、かつ二番目に安全な場所だろう」
「それはそーだけど。やっぱり、気が滅入る」
アルフレッドは苦笑して、横目でチラリとレイラを見た。ダーズリー一家の家に帰ればハリーはもちろんいるが、ダーズリー家の人々もいる。血が繋がっていなければと思わないでもないが、ハリーの安全を考えてこそ、出ていくわけにもいかないのが現状だった。
「ハリーは休みの間、ロンの家に泊まるそうだ」
「聞いたよ、隠れ穴だろう? あそこも安全な場所だ。場所を知らなければ、ダンブルドアでも探すのに手間取る」
「うん……やっぱり友達と一緒の方が羽目を外せるだろうしな」
ハリーはロンからクィディッチのワールドカップに招待されており、ダーズリーの家を出る口実ができたと喜んでいた。レイラはというと、アルフレッドとともにドラコから切符を貰うこととなっており、これでハリーについていけると喜んでいた。
「ワールドカップを観に行くまで、少しお世話になるよ」
「ああ。王たちも、お前に会いたがっていた。きっとみんな喜ぶだろう」
キングス・クロス駅まで、二人は一年間を振り返りながら話をした。途中でシリウスからの手紙を持ったハリーが入ってきて、ホグズミード行きの許可を与える旨の綴られた羊皮紙を持ってきたりした。来年への期待を膨らませながら、汽車は駅に到着した。
レイラがアルフレッドに別れを告げ、ハリーもロンとハーマイオニーに別れを告げた。
「迎えに行く」
「ん。待ってる」
バーノンおじさんを見つければ、ハリーがシリウスからもらった手紙の話をして青ざめさせられているところだった。
「ただいま戻りました、おじさん」
きっと、去年よりはましな夏休みになるだろう。
これにて、間延びしてしまった『アズカバンの囚人』を終わりといたします。
次話が更新されるまでまた暫し時間がかかるでしょうが、何卒ご容赦ください。(社会ェ……)