今日は11/1らしいです。
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夜の帳は降り、真っ黒な暗闇が町を包む。街灯がぽつりぽつりと小さな陽を点けて並び、その間を縫うようにスキップで抜けていく影が一つ。三日月の薄い光が照らす中で、黒魔女は小さな鼻唄を鳴らした。
漆黒を切り取ったような外套に身を包み、頭の上にはオレンジのリボンがついた三角帽子。かぼちゃの飾りがついた小さなステッキを握りしめ、ご機嫌なミーシャはケーキ屋のドアを普段より二割増しほどで蹴りつけた。
「はっぴー! はっろうぃーん!!」
がしゃん、と盛大に音を立てて開いたドアの先には、驚いたような視線を向けているアイリスとケインの姿。どうやらいつものように仕事終わりの一杯を嗜みに来たらしく、予想が当たったミーシャはにひひ、と口元を歪めた。
「ミーシャちゃん?」
「トリックオアトリート! アイリス、お菓子くれないとイタズラしちゃうわよ!」
ふふん、とかぼちゃのステッキをくるくる回しながら、ミーシャが胸を張る。そんなやけに意気込んだ彼女に、アイリスとケインはぽかんと口を開けたまま動かない。そうして一瞬だけ目を合わせたかと思うと、とても疲れたような顔をしながらケインがミーシャへ問いかけた。
「なあ、ミーシャ。悪戯ってなんの話だ?」
「何言ってるのよ、ハロウィンよハロウィン。さあ、お菓子はあるの? それともないの?」
ため息まじりに呟いて、ミーシャがほれほれ、と手のひらをアイリスへ向ける。どうやら標的は最初からアイリスらしく、ケインは一応グラスなんかを用意してその様子を傍から見守っていた。
やがてとても困ったような笑みを浮かべると、アイリスが申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさいね、ミーシャちゃん。お菓子なら昨日食べちゃったの」
「あら、そうなのね……それなら仕方ないわ……!」
元よりそちらが目的である。ミーシャは手に持ったかぼちゃのステッキを天に掲げて魔力を込めた。
しばらくするとステッキの先のかぼちゃが目を光らせて、口から紫色の淡い光を放つ。割と手の込んだその仕掛けに二人は少しだけ声を漏らしたが、その直後に淡い光が意志を持ったようにアイリスへと襲い掛かる。
「さあアイリス! 私のイタズラを受け取りなさい!」
なんて声と共に、その光は姿を変えた。視界を奪うほどのその輝きに、アイリスとケインが思わず目を背ける。
そして現れたのは、店内を埋め尽くすほどに大きな南瓜の化け物だった。あらら、とやけにリアクションの薄いアイリスの後ろでは、驚いたケインが物音を立てていた。
巨大な南瓜の化け物はアイリスの眼前へと迫り、そのぽっかり空いた穴から鈍い眼光を向けている。そして、 ぐわ、とその南瓜は大きな口を開いたかと思うと、一瞬にしてその姿を煙に変えた。
後に残るのは霧散していく紫の煙と、その中で得意げになって胸を張る黒魔女の姿。そうして何も動かないアイリスに対して、黒魔女は大きな口を開く。
「あはははは! どうよ、この日のために頑張って考えたこの魔法! 怖くて声も出せないみたいね!」
ちなみにかぼちゃのステッキはこの日のための特注品である。二日かかった。
笑い声を上げながら店の中を歩き、ミーシャが高めのカウンター席へよいしょ、と昇る。それを待っていたかのようにアイリスは椅子だけを回してミーシャへと向き直り、出されたケーキを頬張る彼女へ口を開く。
「ねえ、ミーシャちゃん」
「あん? なによアイリス。悪いけど仕返しは受け付けないからね?」
なんたって今日はハロウィンだもの、と付け足して、ミーシャが苺のケーキを頬張る。そんなミーシャに囁くように、アイリスは壁を指さした。
「ちょっとそこのカレンダー見てくれる?」
「なんでよ。今日はハロウィンよ? 十月の三十一日に決まってるじゃない」
まったくもう、と悪態を吐きながら、一応ミーシャが目だけを動かして壁にかかったカレンダーへと視線を向ける。そしてその瞬間、ミーシャは手に持ったフォークを床に落とした。こーん、と軽い金属音が店内に響く。
「今日は何日かしら?」
「…………………………じゅういちがつ、ついたち」
「ハロウィンは昨日ね」
告げられる残酷な真実に、ミーシャは思わず顔を覆う。唇はがたがたと震え、瞳孔は定まらない。
そんな小さく怯える黒魔女の肩に、アイリスは優しく手を振れる。感じるその威圧感に、ミーシャが恐る恐るその方へと振り向いた。
「ミーシャちゃん、イタズラをしていいのはハロウィンだけよ?」
アイリスの声色は冷たく、ミーシャはいつだったか図書館で暴れた日を思い出した。口いった規律に白魔女はめっぽう厳しかった。その後ろでは、ケインが呆れたように目を伏せている
囁かれるその声色に、ミーシャが胸の前で手を褪せて恐る恐る呟く。
「で、でもっ……一日中家にいたから、ハロウィンなんて知らなかったし……!」
「今日がハロウィンなら、今事みんな仮装パーティーしてるだろ」
「はああああっ……!」
なぜ道中で気づかなかったのだろうか。ミーシャはあんなにご機嫌になってケーキ屋へと向かう自分を殴り殺したくなった。それよりもこれからは家にカレンダーくらい置いておいた方がいい。
そんな遅すぎる後悔をする暇もなく、アイリスが言葉を紡ぐ。
「ハロウィンじゃないなら、私がイタズラしてもおかしくないわよね?」
「えっ、いや……でも……」
「おかしくないでしょ?」
「はいっ……!おかしくない、です……」
食い気味にほっぺたを両手で挟まれて、ミーシャが涙目になって返す。完全敗北である。最早ミーシャには逃げられる場所なんてなかった。あるのは、この先に待っているアイリスの雷である。
あわあわと目元を泳がせながら慌てるミーシャに、アイリスが少し悪い笑みを浮かべてミーシャに問いかける。
「ならミーシャちゃん、どんなイタズラしてもいいのね?」
「う、うん……」
「じゃ、こうしちゃおうかしら」
と、アイリスはそれだけ呟き――おもむろに、その薄い唇をミーシャの震える唇と重ねた。
静寂が訪れる。ミーシャが次に見たのは、目の前でアイリスがくすりと微笑みだった。コーヒーの苦い香りが少しだけ広がり、ミーシャの頭の中をぐるぐると駆け巡る。そうして理解した途端、ミーシャの顔がトマトのように赤くなる。
「なっ、ななななな、ななななななぁぁああ!?」
「あらミーシャちゃん、そんなに驚いちゃった?」
思わずカウンター席から立ち退いて、ミーシャが声を荒げる。それに対してアイリスは平然としたまま白いカップを傾けた。苦い液体を通すその薄い唇を気が気でないように、ミーシャが目で追う。
ケインはというと黙して語らず、平然とコップへオレンジジュースを注いでいる。目の前で女の子同士がキスをしていたにも関わらず何も言わない彼にミーシャは何か言うべきだったのだろうが、そこまで頭は回らなかった。
「それにしてもミーシャちゃん、そんなに驚いちゃうなんて。もしかしてキスは初めてだったかしら?」
「そそ、そういう問題じゃないでしょっ!」
「あらそうなの? それじゃあ……もう一回、する?」
片目を閉じながら唇へ指をやるアイリスに、ミーシャが思わず口を押える。一瞬ではあったが、柔らかくて甘いあの感覚が蘇り、再びミーシャは顔が熱くなる感覚を覚えた。
ぐるぐると回る思考に、ミーシャの視界が揺らぐ。そしていてもたってもいられなくなったミーシャは、どたどたと短い脚を動かして玄関のドアを開いた。
「し、しない! ぜーったいしないからっ! わたしもう帰るぅーっ!」
「あらあら」
ドアが勢いよく閉められて、叫び声が遠くなる。からんころんと残滓のように響くベルに紛れて、これまでの一連の流れを見ていたケインが、出し損ねたオレンジジュースを飲んでひとこと。
「……さすがに度が過ぎませんか」
「そうねえ……少し、はしゃぎすぎたかも」
少しだけ紅くなった頬を押さえて、アイリスは困ったように笑った。
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