とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》 作:篠乃丸@綾香
2016年2月21日20:48
ロレンズが浮島へコンタクトを取りに飛び立ってから、約5時間以上が経過した。空は暗闇を増し、この世界の太陽も夜には沈む仕組みになっているらしく、遅くながらも我々の世界との一致点が見つかったようだ。それに合わせて時計も修正されたが、アイガイオンがこの海域に出現した時から数えた時計もそのまま残している。その中で、アイガイオンのコックピット兼指令室である操縦室で、マカロフ大佐が目の前のモニターと獣のようににらみ合っていた。
<<司令!我々は時間があまりないのです!ロレンズ・リーデル大尉の安否がわからない以上、斯くなる上はあの浮島との直接接触をしなければならないのです!>>
「まあ待ちたまえアズレート中佐、時間は確かに少ないが、それでもまだ約60時間は猶予がある。彼なら問題なくやってくれる」
<<しかし司令!臨時編成とはいえ、隊員一人の命がかかっているのですよ!彼の安否を確かめるためにも、コンタクトを取るためにも我々はあの浮島に接触しなければならないんです>>
機内のコックピットは怒号が飛び交う戦場となっていた。その内容は飛び立ってから5時間も連絡のないロレンズ大尉の話で持ちきりだった。と、言うのも発端はアズレート中佐の意見具申で、「ロレンズ大尉が戻ってこなかった場合、彼を戦死したとみなすしかなく、その場合に備えて空中艦隊は浮島に向けて直接接触を試みるべき」と言う交渉の可能性を下殴り捨ててしまうような内容であった。そのため、モニター内で全機長を交えた会議が開かれ議論が行われていたのだった。
「我々があの浮島に近づいたら、彼らを刺激しすぎる事になる。アイガイオンは彼らにとってイレギュラーな存在かもしれないのだよ、無用に刺激してしまっては元も子もない」
<<そうです。そもそも、ロレンズ大尉がコンタクトを取りに行ってからまだ5時間しか経っていないのです。まだ焦る時間ではありませんよ>>
マカロフ大佐はアズレート中佐の意見具申にはあまり賛成できなかった。全幅900m以上もあるアイガイオンは、もはや飛行艇の域を超えてしまった大きさだ。それをレシプロ機時代の技術しかないあの浮島に見えるところまで近づけ、接触するのはもはや脅迫外交に近い。それでは例えロレンズ大尉の生存が確認できたとしても、それでは今後の交渉に悪影響が出てしまうのは歪めない。それはニコライ少佐も分かっているのだろう、私を援護するようにフォローをしてくれた。しかし
<<司令、私はアズレート中佐の意見具申に賛成です。このまま彼からの連絡がなけれ彼は戦死、KIAとみなすしかありません>>
<<わ、私も彼に賛成です。コンタクトを取るにしても、あの浮島まで近づかなければなりませんし……>>
焦りというのは人の感覚を鈍らせてしまう。このように一部の乗組員や幹部からはアズレート中佐に賛同する声がちらほらと上がってきたのだ。原因は異世界に突然転移してきたことに対する不安、そこからくる焦りの感情が過激な意見を助長してしまった。
<<そうです!もしロレンズ大尉がKIA、死亡とみなされた場合、その行為は我々に対する宣戦布告を意味する事になります。それならば、あの浮島に報復攻撃を……>>
「待ってください、司令私は反対です!まだ大尉がKIAとなったとは限りません、少しでも講和の可能性を残すべきです!」
モニターの前でマカロフ大佐は項垂れた。
(講和の前に、我々がまとまらなければならなければならないのだが……)
あの浮島との講和どころか、我々空中艦隊ですらまとまりがない。これでは一切交渉など無理であろう。マカロフ大佐にも焦りの悪魔が忍び寄った。
2016年2月21日22:30
尋問室からうって変わり、ここはイスラ右岸、空挺騎士団宿舎執務室。ここには先ほどの重苦しい圧迫感はなく、代わりに2対のソファと机の木の香りが出迎えてくれた。ルイスにとってはいつもの執務室である。ソファにはルイスが座り、ソニアはその側で護衛としてつくことになった。そしてロレンズ君が向かい側のソファに座ると、コンコンと木製のドアを叩く音が聞こえてきた。
「失礼します」
ピッチリとした白い制服、キチッとした敬礼。そして丁寧で冷静な口調、外務長のアメリアだった。
「イスラ外務長、アメリア・セルバンテスです。長旅ご苦労様でした」
アメリアは持ちばえの流暢な挨拶でロレンズに自己紹介をした。ロレンズも立ち上がり、敬礼で答える。
「エストバキア連邦東部軍管区所属、ロレンズ・リーデル大尉です。失礼ですが、「外務長」という職業はどういった役職でしょうか?」
「はい、正式には対外防諜・積極諜報・宣伝謀略本部長と呼びます。長いので外務長と略していますが、主にイスラでの航海における他勢力との外交、情報収集、情報工作などが主な仕事です」
「なるほど……外交官のような職業という事ですね」
「外交官という名前は肩書きのみですが、職業を見ればそう解釈されても問題ありません」
「では二人とも、詳しい話は席について話そうではないか」
ルイスがそう促すと、まずアメリアがルイス側の席にルイスから人一人分空けて座り、そのあとロレンズが向かいの席に静かに座った。これでもかと思うほどの礼儀正しい姿勢だ。
「では、君たちの状況について説明してもらえるかね?」
「はい、それに関しては私の上官から手紙を預かっておりますので、そちらを読み上げましょう」
ロレンズは彼の上官からの手紙を、通訳しながら読み上げた。通訳内容を紙に書かせようとしたが、時間がかかるので翻訳しながら直接読み上げることにしたのだ。紙にまとめるのは後回しにして、直接ルイスにロレンズ達の状況を説明していた。
「と、いう経緯を経て我々はあなた方とのコンタクトを取ったわけです」
ロレンズの説明が終わる。手紙の内容には、ロレンズの上官の丁寧な挨拶、我々がエメリアという国の奇襲を受けたと思ったら突然この海域に連れてこられたこと、そして我々が別世界の人間であることとその証拠、疲弊しており、補給のためにイスラとの協力を求めていること、これらが記されていた。
手紙の最後はこう締めくくられた。
『見知らぬ同胞の方々、あなた方に敬意を表します。我々とどうか我々と手と手を取り合いましょう。身勝手な願いをお許しください。ですが、私どもは信じております。この手紙を読むことができるのならば、お互いの疑念を振り払い、協力することもできるはずです。もちろん私どもも、あなた方に出来る限りの、知り得る限りのことをお伝えします。あなた方が求めれば、可能な範囲での一戦力にだってなりましょう。もし、あなた方が我々との接触を求めるのならば、共に合言葉を交わそうではありませんか。お互いの友情を信じて。』と。
文脈はかなり丁寧に作られている、彼の上官のマカロフ大佐という軍人はかなり優秀な軍人なのだろう。
「つまり、貴方方はエメリアという敵国軍の奇襲を受け全滅したと思ったら、いつのまにか聖泉付近の海域を飛行していたということでしょうか?」
「はい、ありのままの事実を述べると、そういうことになります」
アメリアはそう言ってロレンズに渡された資料などを見る。どうにも、彼らが異世界から来たことを信じられない様子だった。元々アメリアは冗談が通じない常識的な人物である。それも相まって、彼女の頭の中では常識と事実が格闘戦を行なっているようである。
「アイガイオン、空中艦隊か……」
ルイスもアイガイオン達が映し出された写真を片手に取り、手紙の内容と見比べる。空中艦隊、と言ったが艦隊を組んでいるのは我々の世界における水上艦がそのまま空を飛んだような飛空挺と呼ばれる兵器とは違う、それとは呼び難い形状をした、全く別途の兵器だった。
「飛空挺と言ったが、まるで爆撃機だ……」
隣にいるソニアも驚ききってそう呟いた。巨大なエイのような形状をした飛空機編隊がきっちりとした編隊を組んで飛んでいる写真。だが、中央にいる機体だけは違った。ジンベエザメのような機体の胴体、それこそ機首から機尾にかけて空母のような甲板がぽっかりと空いている。あの甲板の大きさからして途轍もなく巨大で重く、空力の悪い機体形状に見えるが、墜落する様子はなく悠然と飛んでいるのが写真に写っていた。周囲にはロレンズ君の乗ってきた血塗りの機体と同機種らしき戦空機編隊も見受けられる。
これが、彼のいう空中艦隊というものだろう。ロレンズ君は我々の常識の通用しない異世界の人間だ、先程言葉の違いがあったように兵器の進化の過程も我々とは全く違うのだろう。
だが、人間というのはどうしても自分たちの常識と言う主観で物事を見てしまうものだ。眼に映る写真がどうしても非常識なものに見えてしまう。ルイスは自分の常識をどうにか捨て去り、状況を整理する。先ず、一番先にアメリアが口を開いた。
「まず、貴方々の求めるものは何でしょう?」
「最優先は燃料と食料です。それと、もし戦闘が起こることがあれば弾薬の補給も行いたいです」
「燃料?それは水素電池になる水の事でしょうか?」
「?いえ、我々の言う燃料とはジェット燃料、化石燃料のことです」
ルイスとアメリア、そしてソニアは驚き顔でお互いの顔を見合われた。なんと、どうやら彼らは化石燃料という大昔の燃料を使って飛空機械を飛ばしているようだった。もしかしたら、彼らの世界では水素電池をはじめとした技術が存在しないのかもしれない。
「ロレンズ君、実は……」
ルイスはここで我々の世界における飛空機械を飛ばす仕組みを教えた。主に水素スタックについてだ。
「なんと……この世界の飛行機は水から燃料を作り出すのですか……」
それを聞くと、今度はロレンズ君が驚かされる番であった。彼らの技術レベルから見て、我々と同じ水素電池を利用していると思っていたが、見通しが甘かったようだった。意外なところで技術レベルの優位が出でしまった、それも裏目にだ。思えば彼らは異世界からやってきたのだから、我々の世界の常識は通用しないのは当たり前である。ルイスは自分たちの視点から見てしまった事を悔やむ。するとロレンズは暫く考え込むと第一に
「もし私の世界でその技術があったら、もう資源を巡った争いは無くなるでしょうね……」
と、彼は暗い表情を露わにし、思い口調でそういった。過去のいい味のしない過去を振り返っているようである。しだいにロレンズ君はその回想から漏れだすように語り出した。
「……私の生まれ故郷はベルカ公国という国でした。かつては大国として栄えましたが、次第に国力が弱まり、領土を手放ざる終えなくなりました。
しかし、その手放した領土に天然資源が見つかったことから飢えに苦しんだベルカは……」
「戦争を仕掛けたのだね」
ルイスは悟ったようにそう言った。
「ええ、しかし同時に世界中を敵に回し惨敗しました。それもベルカは自分たちの国をも吹き飛ばすほど追い詰められたほどです。
もし、あの世界、あの時代にそのような技術があれば、戦争は起こらなかったのかも知れませんね」
ここまでロレンズ君は表情を暗く真剣な表情のままで思い返していた。どうやら彼の故郷の国は悲惨な過ちを犯してしまったらしい。たしかに、我々の世界でも産業革命が起こる前は資源を巡っての領土争いがあったものである。その意味では異世界でも変わらないのだろう。
「なるほどな……だが、残念ながら人間というのは貪欲だ。もっと他の理由で戦争が起こった歴史も我々の世界ではある。
王位継承、貴族の喧嘩、さらには革命と称したクーデターだって戦争の引き金だ。人間と争いは切っても切れないのかもしれないね」
人間とは戦いをしたい本性でもあるのだろう。それはこの世のありとあらゆる、すべての生き物達に共通する本能である。が、故に生き物の一つである人は下らない争いをやめられないのだろう。
「悲しい事です。そして……その戦争で私の恩師はその愚かな戦争と下らない国境をなくすため部隊を率いて反乱を起こしました。私もそれに参加し……いえ、この話はまた今度にしましょう」
「(国境をなくす……?それは一体……)」
途中で話された内容がルイスの個人的好奇心に触ったが、なんの話かを詳しく聞く前に彼が話をやめてしまった為、本題に戻ることになった。
「本題は燃料問題か……補給ができないとなると、どこかに着水するしか……いや、それもこの海域では不可能か……」
一応イスラにも、もしもの時を備えて化石燃料の石油が何トンか蒸留した状態で保存してあるが、それだけでは彼らにとっては心許ない量だろう。軍隊というのは大量の資源を必要とする。我々が一回の出撃や偵察、飛行に何トンもの海水が消費されるのと同様、それが化石燃料の場合はもっと消費されることになる。その量を補うだけの余力はイスラには無い。
「落ち着きましょう。貴方は我々との接触をしに来た使者であり、交渉人ではありません。これからの対応は貴方の上官達に任せればよいのです」
アメリアはそう言ってロレンズを落ち着かせる。そう、彼の仕事は我々とのファーストコンタクト。今後の課題を考えたり、我々と交渉したりするような役割ではないのだ。
「そうでした……失礼、私としたことが事の重大さゆえに大事な事を忘れておりました」
「冷静さを欠けた兵士は戦場でいい運命を辿りません。少し落ち着いてから考えましょう」
冷静なアメリアらしい正論であった。だが、ロレンズ君が焦る理由もあるだろう。聞いたところによると、彼ら空中艦隊の飛空挺はそう長い時間飛ぶことができないらしい、彼らにとって燃料問題は死活問題に直結する問題だろう。
「そうだな。ひとまず空中艦隊の上官との接触をしたい、話はそれからだな」
「わかりました、私の戦闘機に空中艦隊まで届く通信装置が備えてあります。それを使えば連絡が取れます」
「よしわかった、では君の機体のあるエスコリアル飛空場まで向かうとしよう」
やっとまとまった交渉を胸に、ルイスはイスから腰を上げた。彼らとの接触はまだこれからになるが、この一歩は大きな変化であろう。もしかしたら、今後イスラを救うことにも……
そこまで考えたところで、扉が急ぎ足でノックされ空挺騎士団員が慌てた表情で報告をしてきた。ルイスはその報告に目を見開きざるおえなかった。
「イスラ南方300キロ地点にて、所属不明の巨大な超大型飛空機が接近中!ルナ・バルコ以下空挺騎士団が現在迎撃準備に当たっています!」
「ロレンズ君……これは一体……?」
「まさか……アイガイオン……?」
再びイスラに戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
用語解説コーナー
《ジェット燃料》
航空機のジェットエンジンに使用する燃料。ジェット燃料は天然の原油を精製して得られる成分を主体に構成し、市販されている灯油やガソリンに幾分近い性質を備える。原油由来の炭化水素であるパラフィン属やナフテン属が中心となり、これに芳香属やオレフィン属が加わり、さらに水、金属成分、硫黄成分などの不純物を除去する。その他に添加剤を加えてジェット燃料を構成する。
wikiより
これが無いとジェット機は飛べない、でも元はガソリンや灯油みたいなものなのでかき集めれば何とかなる(と思う)