とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》 作:篠乃丸@綾香
「君たちは?」
突然格納庫の扉から声がして、ロレンズ達は振り返る。そこにはポリタンクやドラム缶を積んだ台車を引いた二人の少女がいた。彼女らはこのカドケス高校の女子生徒の制服を着ている、そこから察するにここの生徒達だとわかるがさっきの自己紹介の時にいなかったため彼女らがセンデジュアル組の生徒達だとは思いにくい。だが、カルエル達にとってはよく知っている人物であった。
「シノン・アストレア、見ての通りバレステロスの出身よ」
シノン、と名乗った短い銀髪の少女はそっぽを向きながら無愛想にそう呟いた。彼女は少しクールな性格だ。他人と会話をすることが苦手という面ではクレアと一緒だが、そこにかっこよさが混じっている子だ。彼女のボーイッシュな外見がそれを引き立てる。彼女は顔を顰めロレンズをじっと横目で見つめている。
カルエル達が思い出しているうちに「次は私の番ね!」と隣にいる少女が自己紹介した。
「あたしはアスカ・シノ!斎ノ国出身よ☆」
キラッ☆と言う星の付きそうなアイドル系の挨拶で自己紹介をしたアスカ。女子生徒の服を華麗に着こなし、ロングの黒髪をたなびかせ無邪気にダブルピースで笑っていた。しかし、その少女像は一瞬にして消え失せる事になることをカルエル達は知っていた。
「あ、こんな見た目ですがあたしは男です♪」
「え⁉︎」
と、突然飛び出した彼女、いや彼からの男です宣言に思わずたじろぐロレンズ。それもそのはず、彼女はいや彼はとても男性には見て取れない見た目をしている。男性だなんて言われても信じられずに思考停止してしまった。
「あー、彼はこの学校でかなり有名な男の娘ですよ、ロレンズさん」
とベンジャミンが軽く説明した。
「お、男の子?」
「違う違う!『男のむすめ』と書いて男の娘ッス!要は女の子みたいな見た目をした男の子の事ッスよ」
なるほど……といってもあまり理解はできていなさそうだが、ロレンズはそう言った。女装、というだけなら誰でも出来る事だろう。だが、ここまで少女にしか見えない見た目をしてなおかつ声や仕草まで少女のそれともなれば話は別、もはや別次元と言える。カルエル達も最初会ったとき驚いたものだ、男の娘とは新種の性別か?と思い込んでしまうレベルである。
「あの二人はヴァン・ヴィール組って言って私たちとは別のクラスの子達なの」
「クラスが分けられているのか……」
「うん、ヴァン・ヴィール組は貴族の集まりなんだ。本当は憎い奴ばっかりだけど、彼女らは違うよ。俺たちにも優しいんだ」
アリエルとノリアキがロレンズに彼らのことを説明した。ヴァン・ヴィール組とは主に三ヶ国の貴族階級の生徒が入るための特権クラスであり、各国から貴族の御坊ちゃまやお嬢様たちが集まっていると言う。基本的にカルエル達センデジュアル組を見下した態度を取るため気にくわないと思っているが、シノンとアスカの二人は彼ら彼女らと違ってカルエル達センデジュアル組にも優しくしてくれている。そのため、センデジュアル組達とも仲が良いのだ。お陰で彼女らはセンデジュアル組から敬意を込めて「二人のエルダー」なんて呼ばれている。
「にしても貴族制度か……」
「ロレンズさんの国でも貴族はいたの?」
好奇心ばかりか、アリエルが質問した。
「ああ、私の故郷の国では昔の騎士団の末裔達が空軍で貴族的階級を持っていたんだ。私の恩師もそれに近い階級を持っていてな、今の私の空戦道を形作ってくれている。と言っても、私の国の貴族にはそうらしい人とそうでない人が居たからな、貴族と言われてもピンとこないが」
「へえ〜どこの国でも貴族ってのは一緒なんだな〜」
「それで、君たちは何をしにきたのかね?」
貴族階級の話題から場の空気を元に戻そうとルイスが促した。その質問に元気よくアスカが返事をした。
「あたしたち、ロレンズさんの手伝いに来ました!」
「人手は多い方が無難でしょう、灯油を探しているんだったのよね?持ってきたわ」
と、そこで皆は二人が引いてきた台車を見た。そこには大量のドラム缶とポリタンクが数多く積まれていた。あのポリタンクやドラム缶は薬品や燃料を入れるためのものだ、とすると中に入っているのは……
「そ、それって灯油でごわすか⁉︎」
「そう、時間がないって言うから持ってきたの♪」
「私たちは整備科とも仲がいいから灯油の場所を知っていたの。困っていそうだったからね」
確か聞いたことがある。イスラには緊急時に備えて水素電池用の水以外にも化石燃料を常備しているらしい。その一部がこの学校で見つかったと言う事だろう。いや、彼女らが見つけてくれたというべきだろうか。そこでロレンズは歓喜に沸く気持ちを抑えながら、喜んだ。これでガソリンが手に入ったことで懸念していた燃料問題も解消した。その事に全員が安堵を覚える。
「ありがとう、シノン君、アスカ君」
「べ、別に……イスラのためだからだ助けただけよ……センデジュアルのためじゃないし」
「ツンデレだね〜しののんは相変わらず♪素直に喜びなよ〜」
「う、うるさいっ!」
アスカはそうやってシノンをからかい、巧みにシノンのツッコミを避けた。シノンは逃げるアスカを追い立てながら軽いコントのようなやり取りを見せている。と、カルエル達はあどけない笑いを見せながら見た。彼女らのこのやり取りはいつものことだからだ。喧嘩するほど仲が良いのだろう。あ、でも僕とアリエルは違うからね!
「さて、燃料も解決したことだ。早速作業に入ろう」
ロレンズの言葉に、皆がうんと頷く。さて、本題はこれからだ。灯油でもフランカーは飛べなくはないらしいが、質が悪い以上はそう長くは飛ぶことはできないそうだ。それに量にも制限がある。シノンとアスカから聞いた話ではこれでカドケス高校にある灯油は全てだという。
ロレンズが計算したところによると40分が限界だそうな。さらにルナに追いつくために最高時速を出そうとする事を考えると更に時間は縮んでしまう。
ロレンズはそのことを皆に伝えた。正直言ってたった40分で交渉ができるのかと不安であった。彼の空戦力は類稀なるものだが交渉には時間がかかる。そのため皆には一抹の不安があった。だが、ロレンズはそれを切り返すように
「私に良い考えがある、といっても強制的な手段だが可能性はあるさ」
と答え、疑問に感じながらも皆を納得させた。
「よし、みな人手も燃料も揃ったことだ。このままフランカーに燃料を積み込むぞ!」
ロレンズがそういうと、皆頷いて準備に取り掛かった。まず、近くにあったポンプ式の給油器を見つけ、ロレンズに使い方を教えた。これはポンプの圧力を使って燃料を補給する方式で使うには、付属の燃料タンクの注ぎ口に少しずつ燃料を入れ続けなければならない。今はどうやらこれしかないようだ。
ロレンズは機体の翼下にある給油口の蓋を開けそこに給油器のホースを繋いだ。偶然にもぴったりサイズだ。時間はかかるが、これで給油が可能になる。
「本当にこれで燃料を入れんスか?」
「普段はこんな事やらないんだが、今回は急造だ」
そう言ってロレンズは生徒達が運んできた燃料を給油器のタンクに入れるよう指示した。ポトポトと音を立てながらポリタンクの燃料が注ぎ込まれていく。ある程度たまると同時にロレンズはポンプを上下に動かし始めた。それから数十秒の間燃料を補給し、空になったら次のポリタンクを用意した生徒と交代する。
機体のコックピットを見ると、ぐんぐんと燃料メーターの針が上がって行くのが見えた。ロレンズによると満タンである必要はないらしい。先ほど行ったとうり40分あればいいルナを止められると言う。
そして、ここにある全ての燃料の詰め込みが終わった。その状態でロレンズは機体に乗り込む。ロレンズは機体からホースの繋がった兜のような物を取り出してそのまま被った。
「その兜みたいな物は何?」
興味津々にナナコが質問してきた。
「これはヘルメットだ、酸素マスクとセットになっていて高度とかの情報を表示してくれる優れものさ」
ロレンズは兜のバイザーを下ろして操縦席の計器をいじった。するとバイザーにピカッと光る模様が現れた。
「え⁉︎兜が光った⁉︎」
「コックピットの計器も光ってるでごわす!」
「こいつはHUDと言ってな、機体のパラメータや高度、速度とかを契機を見ずに直接投影してくれるんだ。更には敵機だって捕捉できる」
凄い、これだけで機体の情報がわかるんだけど驚く生徒達を尻目に、カルエルは一人複雑そうな表情をした。
「(空戦は機械じゃなくて感覚に頼るのが正々堂々だって言うのに……)」
そんな捻くれたカルエルをよそにロレンズは機体の状況を確認する。機体よし、システムよし、各システム問題なしと呟き何も問題がないと確認したようだ。
「よし、問題ない」
「飛べるんスか?」
「ああ、行けるさ」
「待ってくれ、ロレンズ大尉」
と、このまま発進しようとしたロレンズをソニアが止めた。
「こちらの通信機を持って行ってくれ、これでお互いの近況を報告できる」
ルイスが渡したのはカルエル達の世界で標準的な通信機だった。電話の受話器のような形状のマイクと、背負って使う型の送信装置がセットになっていて、あの狭いコックピットでは少々かさばりそうだ。
「ありがとうございます、これで作戦が遂行できます」
しかし、これは作戦上必要不可欠であるためロレンズはそのままコックピットに詰め込んだ。
「よし、行くぞ……!」
「格納庫の扉を開けてくれ!」
その言葉を聞き、ウォルフが格納庫の扉を開けるスイッチを入れた。ガラガラと音を立てながらシャッターが開けられ月明かりの空が見えてきた。
「ロレンズさん、頑張ってください!」
残りの生徒達がロレンズに機体の言葉を投げかけた。ロレンズもそれに応えるため、気合いを入れ直した。そんな中でカルエルは一人、思い悩んでいがた。
(んな野蛮な機体に乗っているのに、彼はどうしてあんなに強いんだろう……)
感じたのは胸のザワザワとキュッと締め付ける心の痛み。それが何なのか分かっていた。
飛空士としての嫉妬。
野蛮な技術や機体を使いながらも空賊相手にあれほどまでの戦果を挙げ。血をぶちまけたような塗装と魔術師のエムブレムの機体からは想像できないほど、人格も良さそうなロレンズ・リーデルと言う名の飛空士。カルエルは彼が妬ましかったのだ。そんな思考に彼が答えるはずもなく、ロレンズはヘルメットのバイザーを確認した。そして機体をそのまま前進させる。ロレンズの機体は翼や尾翼などを上下左右に振りながら格納庫を出て行った。
「ロレンズ君、聞いてくれ」
ルイスが通信機を使ってロレンズに連絡を入れた。
「アメリアからの電話が今入った、ルナはどうやら観測機で空中艦隊を発見したらしい。空中艦隊は攻撃してくる様子がないが、おそらくロレンズ君が着く頃にはルナから攻撃が始まっているかも知れん」
<<わかりました、行きましょう>>
血塗りの機体はそのままエプロンを進んで滑走路と直線になるように構えた。この高校の飛行場の滑走路は、エプロンと一直線に繋がっている。そのため、エプロンの機体を片付けた今なら滑走路の長さは1000メートルほど確保できている。これなら、ロレンズの巨大な機体でも離陸ができるだろう。そのためにエプロンのエル・アルコンは生徒達が燃料を入れている間に別の場所へと片付けてある。
<<エンジン点火!>>
カルエル達が見守る中、ゴオッという音を立て機体のジェットエンジンが始動した。初めて聴く轟音、耳を貫かんとする音は機体の力強さを物語っているようだった。レシプロ式のエル・アルコンとは違う、圧倒的な力強さをカルエルは感じた。
<<シュトリゴン0、テイクオフ!>>
巨大な血塗りの機体が離陸滑走を始める。轟音と共に機体のノズルから陽炎を噴射した。暗闇でもよく見える、いやだからこそ映える紫色の炎。それを出したまま機体はぐんぐんと速度を上げていく。そして、その巨大な機体からは想像できないほどの短い滑走距離で飛び上がって行った。
「凄い速さだ……」
当初の皆の予想をはるかに裏切る短さ、そして血塗りの機体はギアをしまいきる前に垂直上昇。普通の機体ならばあんな機動をすればすぐさま失速してしまうだろう。だが、ジェット機は違ったようだ。失速どころかさらに速度を上げて加速していく。そして綺麗なS字の機動を描き、ロレンズの機体はイスラ南方へと向かっていった。
アリエルも他の皆もその機動に見惚れてしまっていた。皆ロレンズの機体が消えていった南方の空を見上げている。
「血塗りの飛空士……頼んだぞ……」
カルエルはそう呟くと、空を振り返るのをやめた。